万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

無力化する『孫子』の兵法ー読まれる中国の戦略

2016年09月24日 13時45分46秒 | 国際政治
 中国の古典的兵法、『孫子』を初めて西欧に伝えたのは、闘う教団であるイエズス会の宣教師、銭徳明ことジョセフ・マリー・アミオです。以来、同書は、第一次世界大戦の敗北により亡命を余儀なくされたウィルヘルム2世が称賛するなど、一定の評価を得てきました。今日あっても、ビジネス書の衣を纏ったり、子供向けの解説書まで登場しています。

 ”孫子ブーム”といった様相も呈しているのですが、本書の極意は”戦わずして勝つ”にあり、勝者となるためには、兵力のみならず、平時における情報収集や謀略の重要性をも説いています。「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」の教えもこの基本方針の一環であり、孫子の現実主義的な思考を表わしています。ところで、かくも『孫子』が内外に知れ渡るようになってまいりますと、むしろ、兵法としての効力が低下するという逆効果現象が現れるようになるのではないでしょうか。

 第1に、『孫子』を読めば、『孫子』を信奉する人々の思考や行動パターンをも読むことができるようになります。「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」という孫子の兵法は、そのままに、孫子信奉者にも返ってきます。

 第2に、孫子兵法が編まれた春秋戦国時代とは戦乱の世であり、孫子の兵法を指南書として実践しようとしている国や人の世界観もまた、無秩序な戦いの世なのかもしれません。現代という時代は、春秋戦国時代とは異なり、ルールや法が存在していますので、孫子を信奉する国や人には”無法者”と見なされるリスクがあります。

 第3に、『孫子』が教える敵方に対するスパイや工作活動の重要性は、『孫子』に従って行動する国や人に対する警戒感を呼び覚まし、対策の必要性を痛感させます。『孫子』が老子の思想の影響を受けていると指摘されるのは、まさに、敵と見なす相手の姿を的確に捉えながら、自らの姿は相手に察知されないよう、上手に身を隠しながら融通無碍に行動することを推奨したからであり、この作戦は、今日においてなおも、表面に見える事象の裏側に存在する策略を見抜く洞察力の必要性を物語っています。

 『孫子』の故郷である中国が、古代の兵法に忠実に行動しているとしますと、今日の国際社会とは、自らの姿を隠しながら巧みに陰謀を企む勢力が暗躍している舞台でもあることになります。奇しくも今日流行る”孫子ブーム”は、”孫子信奉者対策”としてこそ有効なのかもしれません。

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コメント (4)
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