万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ASEANは中国の軍門に下るのかー国際法秩序崩壊の危機

2016年09月05日 14時49分25秒 | 国際政治
南シナ海の関与、域外国は認めず ASEAN・中国声明
 杭州で開かれているG20では、議長国を務める中国の抵抗により、南シナ海問題は議題には上らない模様です。G20における議題外しも然ることながら、それにも増して懸念すべき事態がASEANでは進行しているようなのです。

 報道によりますと、今月7日にラオスの首都ビエンチャンで開かれる予定のASEAN・中国間の首脳会議での共同声明案が明らかになったそうです。当声明案では、法的拘束力を持つ南シナ海での行動規範の作成については合意するものの、紛争解決方法については玉虫色です。紛争の解決に際しては、”内政不干渉などの原則のもと国連海洋法条約などに沿って法的・外交的プロセスを尊重する”方針を示す一方で、”米国などの域外国の批判や国際司法の関与などは受け入れない姿勢”を明らかにしているというのです。この共同声明は、幾つかの側面で問題含みです。

 第一に、国際社会の原則と国連海洋法条約に誠実に従うならば、当然に、中国にも国際司法の関与を受け入れる義務がありますので、前者の方針と後者の方針との間には整合性が欠けています。すなわち、国連海洋法条約の尊重を謳いながら、同条約に照らして下された仲裁裁判の判決は拒絶するという態度は、本来、あり得ないのです。

 第二の問題点は、同声明は、域外国の関与を認めないとしていますが、南シナ海は、ASEAN諸国、並びに、中国だけの海ではないことです。先日の仲裁裁判に従えば、南シナ海は公海部分を含みますし、況してや南シナ海は、全世界を結ぶ国際航路としての国際公共財でもあります。域外国の締め出しは同海域の囲い込みともなりかねず、その背後に、中国の”一路一帯構想”の野望が見え隠れしています。

 第三に挙げられる点は、締約国に対して様々な権利を保障する国連海洋法条約は、一般国際法としての強行規範性を有していることです。ASEAN諸国と中国のみで地域的な行動規範を多国間条約や協定の形式で締結したとしても、それは、国連海洋法条約に優位するはずはありません。国際法上の強行規範とは、侵略やジェノサイドといった行為がこれに当たりますが、国連海洋法条約が、領海やEEZなどを含む権利保障を含む条約である以上、同条約に対する違反行為は、国内法に譬えるならば、強行法規となる刑法上の”犯罪”をも構成します。仮に、Asean諸国と中国との間で結んだ条約や協定において、中国の「九段線」の主張を認められると共に、国連海洋法条約の規定に反して、公海や他国EEZ内での人工島建設や平和目的以外の使用をも認めるような場合、他の諸国から、同条約・協定を無効とする訴えが国際司法機関に提起されることでしょう。

 当声明案は中国ペースで作成されたのでしょうが、ASEAN諸国には、安易な妥協が、国際法にる権利保障の枠から自ら出てゆく行為に等しいことに気が付いていただきたいものです。仲裁裁判の結果を無に帰する合意は、フィリピンのみならず、他の諸国にとりましても、国際社会から引き離され、中国の軍門に下ることに他ならないのですから。

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