天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

物言いはつけるべき

2017-11-20 05:44:40 | 格闘技
大相撲九州場所8日目、千代翔馬VS松鳳山は切り返しで前者が勝った。
しかし、ぼくには同体に見えてならなかった。千代翔馬の切り返しを松鳳山が弓なりになって堪えつつ倒れていったとき両者はほぼ互角であった。
松鳳山の腕が千代翔馬より下に位置したので理論的には千代翔馬の勝ちと見てもいいが体全体の着地はどちらが早かったのだろう。ぼくは物言いがついて取り直しがあるかもしれないと思った。



左:松鳳山、右:千代翔馬


2000年のシドニーオリンピック、男子柔道100kg超級決勝で、フランスのダビド・ドゥイエと篠原信一が対戦における審判団の不手際を思い出した。ドゥイエが内股を仕掛けてきたのに対して篠原は内股すかしで返し、ドゥイエが先に背中から落ちたシーンである。
結局、ドゥイエの優勢勝ちとなったがあとで問題となり篠原の一本勝ちであったものを誤審したと結論づけられている。
松鳳山と千代翔馬の倒れ方はこれよりも微妙であった。

左、篠原の本来ならば一本勝ち

大相撲の物言いはもっと頻繁につけるべきである。確認の物言いがもっとあっていいのではないか。
日馬富士の暴行問題で協会の対応がぬるいのもそうだが大相撲はもっといろいろを明朗にすべきである。勝負の判定問題などやればしぐできることである。せめて確認の物言いはもっとつけてほしい。
また、物言いのついたあとの審判長の説明は文章を二つ三つ足してもっとわかりやすくすべきだろう。言葉は内部のものではなく外へ発信するものなのだ。
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