191)当帰(トウキ)のエストロゲン作用について

図:当帰(トウキ)はセリ科の多年草のトウキの根を用いる。婦人科領域の主薬であり、非常に多くの処方に配合されている。生理不順や更年期障害の治療にも用いられ、エストロゲン様作用があるという報告とそれを否定する報告がある。ホルモン依存性の乳がん患者に対する使用の是非についても相反する意見が述べられている。

191)当帰(トウキ)のエストロゲン作用について

乳がん治療に伴う更年期障害の漢方治療に関しては72話98話で解説しています。
更年期障害とは体内のエストロゲンの低下により現れる体の様々な変調です。顔面のほてり、のぼせ、発汗などの自律神経失調症状や、不眠、不安、抑うつなどの精神的な変調が見られます。これらの症状はエストロゲンの低下によって内分泌系だけでなく自律神経の中枢も乱れるためを考えられています。
乳がん患者では、抗がん剤治療による卵巣機能の低下や、エストロゲンの作用や産生を阻害するホルモン療法に伴って、更年期障害に苦しんでいる方が多いため、更年期障害の症状を緩和する治療が求められています。
乳がんの場合、ホルモン感受性が無ければ,ホルモン補充療法は可能ですが、ホルモン療法を受けている場合や、切除した乳がんがエストロゲン受容体陽性であれば、エストロゲンを使用することはできません。
サプリメントや漢方薬でも、エストロゲン作用のあるものは使用を避けなければなりません。
更年期障害の治療に漢方薬が有効であることは多くの報告があります。しかし、エストロゲン受容体陽性の乳がん患者さんの場合には、エストロゲン作用のある生薬は使用できません。エストロゲン作用のあるサプリメントの代表が大豆イソフラボンです。マメ科の生薬の葛根(かっこん)にもイソフラボンが多く含まれています。高麗人参のエストロゲン作用に関する議論については第55話で詳しく解説していますが、米国では乳がん患者は高麗人参の使用は避けるべきだという意見が一般的です。
その他、トウキ(当帰)やカンゾウ(甘草)にもエストロゲン作用の有無について否定する報告と肯定する報告があって結論が出ていません。すなわち、一部の実験ではホルモン作用を報告した研究結果もありますが、当帰や甘草にはエストロゲン受容体に結合するような植物エストロゲンは無いという研究結果も多く報告されてます。
当帰(とうき)は米国でも更年期障害のサプリメントとしてよく知られている生薬ですが、エストロゲン作用に関しては結論がでていません。当帰を含む漢方薬の当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、卵巣を摘出したマウスの実験で、ストレスを緩和する効果が認められています。更年期の症状に対して、中枢神経に作用して、不安や不眠や抑うつを軽減する効果が示唆されています。
当帰芍薬散は当帰(とうき)・芍薬(しゃくやく)・川キュウ、蒼朮(そうじゅつ)(または白朮(びゃくじゅつ))・茯苓(ぶくりょう)・沢瀉(たくしゃ)の6種類の生薬から構成され、利水作用と補血作用の加わった駆お血剤です。貧血やむくみを伴う比較的体力の低下した状態に適します。がん患者においては皮膚につやがない、顔色が悪いなどの症状(栄養不良症状)とともに、浮腫・軟便・下痢などの症状が見られる場合に適します。
当帰および当帰芍薬散のホルモン作用について、以下のような報告があります。


Use of dong quai (Angelica sinensis) to treat peri- or postmenopausal symptoms in women with breast cancer: is it appropriate?(乳がん患者の更年期症状の治療のための当帰の使用:適切な治療か?)Menopause 12: 734-740, 2005
(要旨)
更年期症状の治療に当帰が使用されているので、乳がん細胞に対する当帰の作用を、エストロゲン受容体陽性の乳がん細胞株(MCF-7)とエストロゲン受容体陰性の乳がん細胞株(BT-20)で検討した。
エストロゲン製剤の17β-エストラジオールの存在下で、当帰の熱水抽出エキスは、MCF-7細胞の増殖を用量依存的に促進した。その増殖促進効果は抗エストロゲン剤の4-hydroxytamoxifenで阻害された。エストロゲン非依存性のBT-20細胞に対しては、エストロゲンの存在の如何に拘らず増殖を刺激した。つまり、当帰の水溶性エキスは、エストロゲン受容体に依存した増殖刺激と同時に、エストロゲン受容体とは関係ない機序で乳がん細胞の増殖を促進する作用もある。
この研究では、当帰の水溶性エキスに弱いエストロゲン作用の存在を示唆する。また、エストゴゲン受容体とは関係ない機序でも乳がん細胞の増殖を促進する可能性がある。したがって、乳がん患者における更年期症状の治療に当帰を使用することは注意が必要であり、臨床試験で安全性を確認する必要がある。
Estrogenic activity of herbs commonly used as remedies for menopausal symptoms.(更年期症状の治療に良く使用されているハーブのエストロゲン作用)Menopause 9:145-150, 2002
(要旨)
後年期症状の治療に用いられているトウキ(当帰)、ニンジン(人参)、ブラックコホッシュ(black cohosh)、カンゾウ(甘草)のエストロゲン作用を検討した。
エストロゲン作用は、1)エストロゲン依存性のヒト乳がん細胞のMCF-7細胞に対する増殖刺激作用、2)エストロゲン依存性のリポーター遺伝子を組み込んだ細胞を用いたリポーター遺伝子アッセイ、3)マウスを用いた生物学的評価法を用いた。
結果:トウキとニンジンはエストロゲン依存性乳がん細胞のMCF-7の増殖を、非添加群と比べてそれぞれ16倍と27倍に促進した。
ブラックコホッシュとカンゾウは刺激作用を認めなかった。
リポーター遺伝子アッセイ法での検討では、いずれのハーブもエストロゲン活性を認めなかった。
マウスの子宮重量を比較する評価でも、経口的に投与したいずれのハーブもエストロゲン作用は認めなかった。
つまり、トウキとニンジンは、エストロゲン作用とは関係なく、エストロゲン依存性のMCF-7細胞の増殖を促進した。人体でのホルモン作用に関して結論が出るまでは乳がん患者へのトウキやニンジンの使用は注意が必要。
Estrogenic effects of a Kampo formula, Tokishakuyakusan, in parous ovariectomized rats.(卵巣切除経産ラットにおける漢方製剤当帰芍薬散のエストロゲン様効果)Biol Pharm Bull. 31(6):1145-9, 2008.
(要旨)
卵巣切除した経産ラットの子宮に対して、エストロゲンの17β-estradiolおよび当帰芍薬散を投与して効果を比較した。
当帰芍薬散(1000mg/kg体重)を2週間経口投与すると、卵巣切除で萎縮した子宮の改善が見られた。しかし、yeast two-hybrid assayを用いた実験では、当帰芍薬散はエストロゲン受容体(αとβとも)には結合しなかった。17β-estradiolは、子宮のエストロゲン受容体α、プロゲステロン受容体、c-fos、c-junの発現を促進したが、当帰芍薬散にはこのような作用は認められなかった。
この結果は、乳がん患者のようにエストロゲンのホルモン補充療法が行えない患者の更年期症状の治療に当帰芍薬散が役立つことを示している。

上の1番目の論文はトウキにはエストロゲン作用がある可能性があるので、乳がん患者さんの使用は注意すべきだという内容です。
2番目の臨文は、トウキにはエストロゲン受容体を刺激する作用は認めないが、乳がん細胞の増殖を刺激する作用があるという報告です。
しかし、
トウキの熱水抽出エキス中の成分がそのままの形で吸収される訳ではなく、腸内や体内で代謝(変換)されて薬効成分となる場合も多いため、培養細胞に直接添加しただけの実験結果は、人間に使った場合の効果を示すとはかぎりません。。
また、培養細胞を使った実験でトウキの抽出エキスが増殖刺激作用を示した濃度が、人体で到達しうる濃度かどうかがはっきりしないと、このようなin vitroの研究結果はほとんど意味がありません。培養細胞を使った実験の多くは、人体認められる血中濃度の2~3桁高い濃度で実験が行なわれているという事実があります。
つまり、培養細胞を使った実験でエストロゲン作用を認めても、それが、人体で起こりうるという保証は無いので、臨床試験の結果でないと結論が出ないということになります。トウキにエストロゲン作用を認めないという報告も数多くあります。
3番目の研究は、当帰芍薬散についての検討です。漢方治療ではトウキだけを使うことはなく、複数の生薬を組み合わせた方剤の形で使用します。3番目の研究結果では、当帰芍薬散にはエストロゲン作用はなく、更年期障害を改善する効果が期待できることが指摘されています。
当帰や高麗人参に関しては、上記のようにエストロゲン作用に関する相反する結果が得られています。
大規模な臨床試験で検証されるまでは、最終的な結論は出せませんが、漢方治療でトウキを1日数グラムを他の生薬と組み合わせて使う場合には、直接的なエストロゲン作用の心配は少ないと思いますし、
当帰芍薬散を乳がん患者のホルモン療法の副作用軽減で使用することは問題ないと思います。

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