55) 高麗人参のエストロゲン様作用について

図:高麗人参の主要な活性成分であるジンセノサイドは、女性ホルモンのエストロゲンと似た構造を有し、エストロゲンと同じような作用を示すフィトエストロゲン(植物エストロゲン)の一種と考えられている。エストロゲン依存性の乳がん患者には高麗人参の使用は注意すべきという警告がなされているが、その科学的根拠は議論があり、必ずしもコンセンサスは得られていない。

55) 高麗人参のエストロゲン様作用について

高麗人参は体力や抵抗力を高める生薬の代表です。がんの治療においては、抗がん剤の副作用の緩和や、体力や免疫力の増強の目的で高麗人参は頻用されています。
このような滋養強壮効果の他に、高麗人参には
エストロゲン様作用が知られており、更年期障害の緩和の目的でも利用されています。
高麗人参のエストロゲン活性については多くの研究が行われていますが、乳がん細胞に対するエストロゲン様作用については、様々な議論があります。
エストロゲン依存性の乳がんの治療中に、高麗人参のエストロゲン作用が悪い影響をするのではないかという懸念があります。しかし一方、高麗人参のエストロゲン様作用がエストロゲン依存性の乳がん細胞の増殖を刺激することは無いという、相反する意見もあります。
アメリカを中心とする乳がん治療のガイドラインでは、ハーブの使用を制限していますが、その理由の一つはそれらに含まれるフィトエストロゲンなどのエストロゲン様活性が治療に影響すると考えるからです。タモキシフェンなどの抗エストロゲン剤の効果を阻害する可能性が懸念されているのです。
確かに、
高麗人参に含まれる成分のエストロゲン活性を示す実験結果や、高麗人参は乳がん患者には使用してはいけないという意見が多いようです。
しかし、その可能性を否定する実験結果も数多く発表されています。
ここでは、高麗人参のエストロゲン活性に関する論文のうち、乳がん細胞の治療に対して悪影響を及ぼさないという結果を報告している論文を以下に紹介します。


















American ginseng and breast cancer therapeutic agents synergistically inhibit MCF-7 breast cancer cell growth.(アメリカ人参と乳がん治療薬は乳ガン細胞株 MCF-7の増殖を相乗的に阻害する)J Surg Oncol 72:230-9, 1999
アメリカ人参 (Panax quinquefolius L.) はエストロゲン様活性があって更年期障害を緩和することが報告されている。pS2蛋白は、乳がん細胞がエストロゲンで刺激されると合成が促進される蛋白質(エストロゲン依存性遺伝子)。
アメリカ人参のエキスを添加した培養液でエストロゲン依存性の乳がん細胞(MCF-7)を培養すると、エストロゲンを添加したときと同じようにpS2蛋白の遺伝子発現を活性化した。しかし、アメリカ人参はエストロゲン(エストラジオール)とは対称的に、用量依存的に 細胞増殖を抑制した。
エストラジオールは乳がん細胞の細胞分裂を促進するのに対し、アメリカ人参エキスは細胞周期を促進する作用はなかった。
乳がんの治療に使われる薬とアメリカ人参を併用すると、増殖抑制効果が増強した.
培養細胞の実験のレベルでは、アメリカ人参と乳がん治療薬を併用すると効果が高まるという結論が導きだされた。
(つまり、アメリカ人参はエストロゲン依存性の乳がん細胞に対して、エストロゲン依存性の遺伝子発現であるpS2蛋白の量を増やす作用があり、エストロゲン様活性を持っている。しかし、アメリカ人参エキスには増殖促進は認めなかったので、乳がんに対しては有害ではなく有益に働くと言える、という結論であり、エストロゲン様活性があるから乳がんに使えないということにはならないことをこの研究グループは報告している)
Evaluation of estrogenic activity of plant extracts for the potential treatment of menopausal symptoms.(更年期症状の治療に使われる植物抽出物のエストロゲン活性の評価)J Agric Food Chem 49:2472-9, 2001
この論文では更年期症状の治療に使われている植物についてそれらのエストロゲン活性を調べている。red clover (Trifolium pratense L.), chasteberry (Vitex agnus-castus L.), hops (Humulus lupulus L.) はエストロゲンレセプターαとβに対して結合して、エストロゲン活性を示した。これらはエストロゲンの刺激で発現が誘導されるpS2 (presenelin-2)遺伝子の合成を促進し、アルカリフォスファターゼやプロゲステロンレセプターの発現を誘導した。しかし、高麗人参 (Panax ginseng C.A. Meyer) とアメリカ人参 (Panax quinquefolius L.) は pS2 mRNA の発現を誘導したが、エストロゲンレセプターへの結合活性は認めず、アルカリフォスファターゼやプロゲステロンレセプターの発現は誘導しなかった。
(つまり、高麗人参やアメリカ人参はエストロゲンに似た作用をして、それは更年期症状の改善につながる効果を持っているが、エストロゲンレセプターを介した作用ではなく、乳がん細胞に増殖的に作用するという証拠はないことになる)
American Ginseng Transcriptionally Activates p21 mRNA in Breast Cancer Cell Lines.(アメリカ人参は乳ガン細胞のp21蛋白の遺伝子発現を活性化する)J Korean Med Sci 16 Suppl:S54-60, 2001
アメリカ人参(American ginseng)は培養細胞の実験で乳がん細胞の増殖を阻害することが報告されている。p21 というのは、細胞周期を止める働きをする細胞内の蛋白質。
エストロゲン依存性の乳がん細胞株 (MCF-7)とエストロゲン非依存性の乳がん細胞株(MDA-MB-231)はともに、アメリカ人参のエキスを培養液に添加すると、p21蛋白の遺伝子発現が促進されて、細胞の増殖が抑制された。エストロゲンの17-beta-estradiol やフィトエストロゲンのゲニステイン( genistein )はp21蛋白の遺伝子発現に影響しなかった。
(この実験で17-beta-estradiolは乳がん細胞の増殖を促進したが、アメリカ人参は増殖を抑制した。つまり、人参のエストロゲン様活性による増殖促進より、細胞周期に働きかけて増殖を止める作用の方が強いと考えられる)
Anti-proliferating effects of ginsenoside Rh2 on MCF-7 human breast cancer cells.(ヒト乳ガン細胞MCF-7に対するジンセノサイドRh2の増殖抑制効果)Int J Oncol 14:869-75, 1999
高麗人参(Panax ginseng)から分離されたジンセノサイドRh2 (G-Rh2) はある種のがん細胞に対して増殖抑制、分化誘導、 発がん予防効果を示す。ヒト乳がん細胞MCF-7に対するジンセノサイドRh2の増殖抑制効果のメカニズムを検討した。ジンセノサイドRh2は、用量依存的(濃度が濃いほど効果が強くなること)に乳がん細胞の増殖を抑制し、がん細胞の細胞周期を静止させた。
ジンセノサイドRh2は細胞分裂を促進するサイクリンD3の発現を抑制し、細胞増殖を抑制するp21蛋白の発現を促進することにより乳がん細胞の増殖を阻害することが示唆された。
Antiestrogenic effect of 20S-protopanaxadiol and its synergy with tamoxifen on breast cancer cells.
乳がん細胞に対する20S-protopanaxadiolの抗エストロゲン作用とタモキシフェンとの相乗効果)Cancer 109:2374-82, 2007
20S-protopanaxadiol (aPPD) は、高麗人参の活性成分であるジンセノサイドの主な腸内代謝産物。経口摂取された高麗人参のジンセノサイドは腸内細菌によって代謝され、aPPDとして吸収される。aPPDはステロイドホルモンと類似した構造を持ち、高麗人参の主要な薬効成分と考えられている。
この論文では、ヒト乳がん細胞のMCF-7細胞におけるaPPDとエストロゲン受容体の相互作用を、受容体結合アッセイ(receptor binding assay)で検討し、さらに乳がん細胞におけるエストロゲン誘導性遺伝子の発現や細胞増殖について培養細胞と動物実験で検討している。エストロゲンで増殖を刺激したヒト乳がん細胞MCF-7の増殖をaPPDは抑制し、抗エストロゲン剤タモキシフェンの抗がん作用を増強した。さらに、ヌードマウスに移植したMCF-7細胞の増殖をaPPDは抑制した。
このような実験結果から、高麗人参のジンセノサイドの主要な腸内代謝産物であるaPPFが、エストロゲン依存性の乳がん細胞におけるエストロゲン誘導性の遺伝子発現と細胞増殖を阻害し、さらにタモキシフェンの抗がん作用を相乗的に増強することが示された。

コメント: 
高麗人参のエストロゲン様活性は1980年代から知られていて、乳がんに対する懸念もかなり前から指摘されています。確かに、高麗人参に含まれるジンセノサイドの中には、エストロゲン受容体に対する弱い結合活性を示すものもあります。
しかし、上記に紹介したように、乳がん細胞を用いた最近の実験結果を考察すると、
乳がんの治療に高麗人参が悪影響を及ぼすという結論を出すには、まだ十分なコンセンサスは得られていません
培養細胞でエストロゲン活性が示されている成分がヒトの体内では存在しない可能性すらあります。つまり、
高麗人参の成分の人間での代謝や、実際に体内で存在する活性成分については不明な点も多く残っていることを考慮しておく必要があります
更年期障害に対する高麗人参の効果は、低下した内分泌機能を高めたり、自覚症状の緩和、ストレスに対する適応力を高めることなどによる間接的な効果も大きい可能性もあります。
高麗人参のエストロゲン活性に関する研究結果は様々ですが、乳がん患者に対する高麗人参の使用に関しては、原時点では以下のようにまとめることができると思います。

1)高麗人参に含まれる成分の中にはエストロゲン受容体に対して結合活性を有するものが存在し、また、培養細胞を用いた実験では、エストロゲン依存性の乳がん細胞の増殖を促進する結果も報告されています。しかし、これに反する実験結果も多く発表されており、乳がん細胞に対する抗がん作用を示す報告もあります。つまり、乳がん細胞に対する高麗人参のエストロゲン作用や抗がん作用についてはコンセンサスは得られていません。
2)現時点では、ヒトの体内において、高麗人参が乳がん細胞の増殖を促進したり再発を促進するという十分な証拠はありません。抗がん剤治療やホルモン療法の効果を妨げる可能性も十分な根拠はありません。しかし、体内での乳がん細胞に対する高麗人参のエストロゲン作用の可能性を否定できる証拠も不十分です。
3)したがって、安全性の証明が不十分なもの(疑わしいもの)は使用しないという原則に基づくと、コンセンサスが得られていないという理由のため、現時点では、エストロゲン依存性の乳がんに対して、高麗人参を使用するのは十分な注意が必要です。

(文責:福田一典)


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