391) 絶食は抗がん剤と放射線治療の効果を高める

図:絶食によって栄養飢餓の状態になると、正常細胞は栄養飢餓に適応するために細胞分裂を停止しストレス抵抗性を高めるように応答する。この状態(細胞分裂停止とストレス抵抗性増強)は、正常細胞を抗がん剤や放射線による細胞傷害から守る方向で作用する。一方、遺伝子異常などによって増殖シグナルが常に活性化しているがん細胞では、絶食しても増殖シグナルは抑制されず細胞分裂は継続されるので、抗がん剤や放射線に対する感受性は変わらない。絶食によって体内で産生が増えるケトン体は正常細胞のエネルギー源となり、さらに抗炎症作用などによって正常細胞には保護的に作用するが、がん細胞はケトン体を利用できずケトン体によって増殖を抑制される。抗がん剤治療や放射線治療はがん細胞を死滅させることによって抗腫瘍効果を発揮するが、正常細胞のダメージは副作用になる。絶食はがん細胞の抗がん剤や放射線治療の感受性を高め、同時に副作用を軽減することが報告されているが、その理由は複雑な分子メカニズムを理解しなくても、栄養飢餓に対する正常細胞とがん細胞の違いという観点から説明できる。

391) 絶食は抗がん剤と放射線治療の効果を高める

【抗がん剤治療や放射線治療の治療指数を高める方法が求められている】
抗がん剤治療にはいろいろと批判はありますが、これが先進国の全てにおいてがんの標準治療になっているのは、平均すれば、がん患者の生存期間を延ばしている事がデータで示されているためです。
しかし、抗がん剤を拒否する選択も多く、その第一の理由はつらい副作用にあります。
最近は支持療法が発達したので、昔のような苦痛は軽減しましたが、それでも、副作用が強いために抗がん剤治療を途中で断念する人がかなりの率でいます。
また、副作用が抗がん剤治療の効果の限界の原因になっています。たとえば、ドキソルビシンの心筋傷害やシスプラチンの腎障害のように、抗がん剤による臓器障害の存在が、抗がん剤の投与量を制限し、そのためにがん細胞への十分な効果が得られない結果になっています。
つまり、抗がん剤による正常細胞のダメージを軽減し、かつがん細胞へのダメージは軽減しない(むしろ高める)、という都合の良い方法を見つけることが、抗がん剤治療や放射線治療の成績を高めることにつながります。
毒性を示す濃度と有効濃度との比率を治療指数(Therapeutic index)と言います。例えば、正常細胞の50%が死亡する量(半数致死量LD50)をがん細胞の50%が死亡する量(半数効果用量ED50)で割った(除した)値です。
通常の抗がん剤の治療指数は1.4~1.8と言われています。この治療指数が大きいほど、副作用が少なく抗腫瘍効果が大きくなります。
がん細胞が100%死滅する用量の抗がん剤を投与すれば、理論的にはがん細胞は全滅し、がんは根治します。しかし、がん細胞が100%死滅する量では正常細胞のダメージが強く、多くの場合、宿主が死亡することになります。つまり、副作用のためにがん細胞が100%死滅する量の抗がん剤が使えないのが、抗がん剤だけでは多くの固形がんを根治できない理由です
通常の抗がん剤治療は、薬効(がん細胞の一部を死滅させる)を発揮しつつ、毒性(副作用)は許容できる範囲の投与量になります(下図)。これだと、がん細胞を永久に根絶できないので、「固形がんは抗がん剤だけでは根治できない」ということになります。

図:正常細胞がほとんど傷害を受けない用量でがん細胞を100%死滅させる抗がん剤があれば、がんは薬で根治できる。しかしほとんどの抗がん剤は、がん細胞を100%死滅させる用量を投与すると宿主も死亡する。がん細胞にある程度の抑制効果があり、正常細胞への傷害が許容できる(副作用が耐えられる)範囲が治療可能な投与量となるが、これだと腫瘍抑制率は100%でないので、根治は不可能。がん細胞の抗がん剤感受性を高め、正常細胞の抗がん剤抵抗性を高める方法によって、がん細胞を100%死滅できる量を投与しても副作用が許容できる範囲に収まれば、抗がん剤でがん細胞を全滅できる。
 
【絶食が抗がん剤や放射線治療の治療指数を高める】
アミフォスチン(amifostine)、グルタチオン(glutathione)、メスナ(mesna)、デクスラゾキサン(dexrazoxane)のように抗がん剤や放射線治療の副作用軽減を目的とした医薬品が臨床で使用されていますが、これらが無増悪生存期間や全生存期間を延長させるという結果は得られていません。症状の緩和に多少の効果があっても、治療効果を高めて生存期間を延ばす効果がなければ、有用性は低いと言えます。
 
抗がん剤や放射線治療の治療指数を高める方法として最近注目されているのが、絶食カロリー制限ケトン食です。
絶食やカロリー制限では、正常細胞は栄養飢餓に適応するため、一時的に細胞分裂を止め、酸化ストレスなどの様々なストレスに対する抵抗性を高め、毒物に対する解毒力も高まることが知られています。抗がん剤も放射線も細胞分裂している細胞が感受性が高いので、細胞分裂を止めることは抗がん剤や放射線治療によるダメージを軽減することになります。
一方、がん細胞は、増殖シグナルが常時活性化しているので、栄養飢餓になっても、細胞分裂を止めることはありません。そのため、抗がん剤や放射線治療に対するがん細胞の感受性が絶食によって低下することはありません。
ケトン体が正常細胞のストレス抵抗性を高めたり(322話参照)、がん細胞の増殖を抑制する(385話参照)ことは多くの報告があります。
神経芽細胞腫を移植したマウスの実験モデルで、食事を自由摂取しているマウスでは50%が死亡する高用量の抗がん剤(エトポシド)を投与する実験で、エトポシド投与の48時間前から水だけを与える絶食を行うと、マウスは死亡せず、がん細胞に対する効果を弱めなかったという報告があります。
短期間の絶食が正常細胞を保護し、がん細胞は保護しないので、その結果、生存期間を有意に延長させるというメカニズムです。
人間でも絶食による抗がん剤治療の副作用軽減作用が検討されています。以下のような報告があります。
 
Fasting and cancer treatment in humans: A case series report(人間における絶食とがん治療:症例報告)Aging (Albany NY). 1(12): 988–1007. 2009
 
【要旨】
高用量の抗がん剤治療の前に短期間(48時間)の絶食を行うと、正常細胞のダメージ(細胞傷害作用)は軽減されるが、がん細胞への細胞傷害性は軽減されないことが、マウスの実験で示されている。
これは、正常細胞とがん細胞の「ストレス耐性相違(Differential Stress Resistance, DSR)」と呼ばれているが、実際に抗がん剤治療を受けているがん患者において絶食を行うことの安全性や有効性についてはまだ十分に検討されていない。
この論文では、様々な種類のがんの患者で、抗がん剤治療前(48~140時間)と抗がん剤点滴終了後(5~56時間)に自発的に絶食を行った10例の結果を報告する。
この10例は様々なプロトコールの抗がん剤治療を平均4サイクル受け、同時に絶食療法を実践したが、空腹感と軽度のふらつき(たちくらみ)以外に絶食による副作用は認められなかった。
抗がん剤治療に伴う副作用の程度は国立癌研究所の基準によって評価した。
同じ患者で抗がん剤治療中に絶食を行った場合と通常の食事を行った場合で比較できた患者が6例いたが、倦怠感や体力低下や消化器症状の副作用はいずれの患者も絶食を行った時の方が軽かったという評価であった。
腫瘍の大きさや腫瘍マーカーで評価した抗がん剤治療の効果に対して、絶食が妨げる作用は認めなかった。
この論文で提示した10例の症例の結果から、抗がん剤治療中の絶食の併用は、実施可能であり安全性は問題なく、抗がん剤による副作用を軽減する効果が示唆された。
しかし、この研究は、抗がん剤治療中の患者における治療ガイドラインを確立する目的で計画された臨床試験ではないので、生活の質(QOL)や抗がん剤治療の治療指数(therapeutic index)を含めた臨床効果における絶食の有用性を評価するためには無作為対照試験の結果が必要である。
 
がん治療中の食事療法は、「栄養不足にならないように、通常よりも栄養摂取を増やす」というのが基本だと多くの人は信じています。
がん治療中に食事摂取量が減ることは、栄養素の不足や体重・筋肉の減少が起こり、治癒力や回復力が低下するのでダメージを受けた組織や臓器(骨髄や消化管粘膜や肝臓や心臓や腎臓など)の機能低下が起こって、副作用を起こしやすくなります。
したがって、「抗がん剤治療や放射線治療の最中に絶食を行う」という意見には多くの人は反対しています。
多くのがん治療専門医はがん治療中の絶食やカロリー制限は危険だと考えています。
しかし、マウスを使った実験では、抗がん剤治療を行うときに絶食させておく方が、食事を自由に摂取しているマウスより副作用が少なく、死亡率も低下することが報告されています。
 
この論文では、以下のような結果が報告されています。
1)体重は絶食を行っているときに一時的に減少するが食事を開始すれば直ぐに回復する。
2)抗がん剤のダメージは蓄積していくので、副作用は回数を重ねるごとに強くなる傾向にあるが、絶食が抗がん剤治療のサイクルの中で後の方が行われたにもかかわらず、絶食の方が副作用が軽かった。
3)絶食を行った10人全員において、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛、口腔粘膜炎の副作用は認めなかった。しかし、普通の食事も行った6人のうち5人では、普通の食事を行った場合はこれらの副作用の1つ以上がみられた。
4)抗がん剤治療中の全てに絶食を行った4例では、同じプロトコールの抗がん剤治療を受けている場合に通常認められるレベルの副作用の程度や発生率に比べて、極めて副作用が軽かった。
5)同じ患者で絶食した場合と絶食しなかった場合の2つの食事を実行した6例の検討では、絶食したときの方が副作用が軽かった。
 
このような研究はなかなか賛同が得られないので、この論文では、自由意志で絶食療法を試した様々ながんを持つ患者を対象にしています。そのため、対象が不均一であるため最終的な評価をできる臨床試験のレベルではなく、あくまでの臨床経験や症例報告のレベルです、したがって、厳密な無作為対照試験の結果がでるまでは絶食の有用性に関する結論はだせません。しかし、副作用を軽減し、治療効果を高める可能性は高いように思います。
 
【正常細胞とがん細胞におけるストレス耐性の違い】
絶食(fasting)というのは生物にとっては生きるか死ぬかの強いストレスになるので、体は最大の防衛モードに入ります。
日頃細胞分裂を行っている正常細胞も一時的に増殖を止めるか分裂速度を低下させます
抗がん剤は細胞分裂をしている細胞を死滅させるので、正常細胞の分裂が低下すれば、それだけダメージを受けにくくなります。
しかし、がん細胞は体の制御から外れた状態での自律増殖を行っているので、短期間の絶食では増殖速度は変わらないので抗がん剤や放射線に対する感受性は変化しません
また、正常細胞は絶食やカロリー制限によって様々なストレスや毒物に対する抵抗性が高まります。これも抗がん剤や放射線による正常細胞のダメージの軽減にも関連しています。
酵母の実験では活性酸素や抗がん剤に対する抵抗性は栄養飢餓(絶食)によって10倍以上に高まり、哺乳類のRasやAktやS6キナーゼが欠損していると抵抗性は1000倍以上に向上するという報告があります。RasやAktやS6キナーゼはインスリン/インスリン様成長因子-1シグナル伝達系によって活性化されます。
絶食やカロリー制限を行うと、物質を合成する同化作用や細胞分裂させる作用をもったホルモンや増殖因子(インスリンやインスリン様成長因子など)は減少し、ストレスに対する抵抗力を高める遺伝子の発現は増加します。
インスリン様成長因子-1(IGF-1)の発現が低下するように遺伝子改変したマウスでは、抗がん剤に対する抵抗性が高くなることが報告されています。絶食やカロリー制限やケトン食はIGF-1の活性を低下させる作用があります。IGF-1の活性を低下させる方法は抗がん剤や放射線治療の効果を高めることができます。以下のような報告があります。
 
Reduced IGF-I differentially protects normal and cancer cells and improves chemotherapeutic index in mice(マウスにおいてIGF-1活性の抑制は、正常細胞を保護しがん細胞は保護せず、抗がん剤治療の治療指数を高める)Cancer Res. 70(4): 1564–1572. 2010年
 
【要旨】
インスリン様成長因子-1受容体(IGF-1R)の作用を阻害すると、多くのがん細胞は抗がん剤感受性が高くなる(死滅しやすくなるい)ことが多くの研究で示されている。しかし、抗がん剤治療中におけるIGF-1Rの活性阻害が正常細胞にどのような作用を及ぼすかは検討されていない。
我々は以前の報告で、高用量の抗がん剤治療中に絶食を行うと、正常細胞を抗がん剤の毒性から守り、がん細胞に対してはそのような保護作用は示さないことを示し、これを正常細胞とがん細胞の「ストレス耐性相違(Differential Stress Resistance, DSR)」と名付けた。
この研究では、絶食によるストレス耐性相違(正常細胞を保護し、がん細胞は保護しないこと)のメカニズムにIGF-1活性の抑制が関与している証拠を示した。
72時間の絶食は血中のIGF-1濃度を70%低下させ、IGF-1の活性を阻害するIGF結合タンパク質-1(IGFBP-1)の濃度は11倍に増加した。IGF-1の血中濃度が70から80%減少したマウスでは、投与した4種類の抗がん剤のうち3種類に対して抵抗性を示した。
絶食中にIGF-1の濃度を増やすと、その細胞保護作用は阻止された。
悪性黒色腫細胞を移植されたマウスは、絶食とドキソルビシンの治療群では60%が長期間生存したが、通常のエサでドキソルビシンの治療を受けた群では、転移やドキソルビシンの毒性で全てが死亡した。
IGF-1シグナル伝達系を抑制すると、抗がん剤のシクロフォスファミドに対してがん細胞(グリオーマ細胞)は死滅したが、正常なグリア細胞は保護された(ダメージは受けなかった)。また、IGF-1シグナル伝達系の抑制はマウス胎児線維芽細胞において、ドキソルビシンによって誘発されるDNA傷害から保護した。
同様に、IGF-1シグナル伝達系のタンパク質が欠損したパン酵母(S. cerevisiae)は抗がん剤によるDNA傷害に対して抵抗性であり、欠損を補うとその保護作用は消失した。
以上のことから、血中のIGF-1タンパク質の濃度を低下させると、抗がん剤によるDNA傷害に対して正常細胞やマウスは抵抗性になることが明らかになった
 
短期間の絶食による正常細胞とがん細胞のストレス耐性の差は、IGF-1の低下が重要なメカニズムとなっているということです。
短期間の絶食というのは、通常は36時間から120時間程度の絶食です。
寿命の研究では、成長ホルモン/IGF-1シグナル伝達系の阻害は、ストレス抵抗性や寿命延長など共通の作用を示すことが多くの実験モデルで示されています。例えば、IGF-1シグナル伝達系が欠損している動物は寿命が長く、ストレスに対する抵抗性が高いことが報告されています。
つまり、正常細胞では絶食によるIGF-1シグナル伝達系の抑制によってストレス抵抗性がまし、また細胞増殖活性が低下するので、抗がん剤に対して抵抗性が高くなります
 
一方、がん細胞は増殖シグナルが常にオンの状態で活性化されているので、短期間の絶食によるIGF-1シグナル伝達系の抑制は起きないため、抗がん剤感受性は低下しません。
また、絶食すると数日するとケトン体が多く産生されます。このケトン体は正常細胞に対しては抗炎症作用や抗酸化作用などで保護的に作用しますが、がん細胞に対しては増殖阻害に作用し、抗がん剤や放射線治療の感受性を高めることが報告されています。(385話参照)
カロリー制限が放射線治療の効果を高めることが報告されています。以下のような報告があります。
 
Caloric restriction augments radiation efficacy in breast cancer(カロリー制限は乳がんの放射線治療の効果を増強する)Cell Cycle 12:12, 1955–1963; 2013;
 
【要旨】
カロリー制限のような食事内容の変更によってがんの発生や進展を抑制できることが報告されている。
この研究では、予後が悪いトリプル・ネガティブ(Triple Negative Breast Cancer;以下TNBC)の乳がんの放射線治療において、カロリー制限が放射線治療の効果を高めるかどうかを検討した。
2種類のTNBCのマウスの実験モデルにおいて、放射線照射とカロリー制限はそれぞれ抗腫瘍効果を示し、顕著な腫瘍縮小効果を認めた。そして、放射線照射とカロリー制限を併用すると相乗的な腫瘍縮小効果を示した。
1日の摂取カロリーを30%減らす方法と、隔日の食事投与(1日おきの絶食;間欠的絶食)の方法を比較すると、前者(カロリー制限)の方が腫瘍縮小効果が高かかった。
腫瘍組織の組織学的検査では、カロリー制限と放射線照射の併用は、がん細胞の増殖活性を低下させアポトーシスを増加した。
この反応にはインスリン様成長因子-1(IGF-1)受容体シグナル伝達系が重要な関与をしており、IGF-1受容体シグナル伝達系で活性化されるIGF-1受容体、インスリン基質、PI3K、mTORの活性低下を認めた。
TNBC(トリプル・ネガティブ乳がん)の患者の治療において、カロリー制限食の併用は治療効果を高める方法として有用である。
 
常識的には、抗がん剤治療や放射線治療中は、栄養不足にならないように食事摂取は増やす方が副作用軽減に有効だと考えます。
しかし、「絶食によって正常細胞のストレス抵抗性を高め、細胞分裂を一時的の低下させて抗がん剤や放射線によるダメージを軽減する」というのは合理的な考えです。
抗がん剤治療の場合、例えば1週間に1回の投与の場合は、抗がん剤投与の48時間前から投与終了まで絶食(水分のみ摂取)すると抗腫瘍効果を高め、副作用を軽減できるといえます。
放射線治療の場合は連続して行われるので、治療中継続して絶食することは困難です。この場合はカロリー制限やケトン食(385話参照)が有効です。まだ、議論はあると思いますが、試してみる価値はあると思います。

 

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