442)パルミトイルエタノールアミド(その3):神経障害性疼痛

図:炎症や神経障害やがん細胞の浸潤などで疼痛(痛み)が発生する。がん細胞や炎症細胞(マクロファージや肥満細胞など)やグリア細胞(ミクログリアやアストロサイト)などから産生・分泌されるケミカル・メディエーター(プロスタグランジンやロイコトリエンなど)や炎症性サイトカインやプロテアーゼ(タンパク分解酵素)などが感覚神経の受容体を刺激して疼痛シグナル(活動電位)が発生する。神経障害や炎症などによって発生した痛み刺激は、末梢感覚神経から脊髄後角で脊髄の神経細胞に伝達され、さらに脳幹、中脳、視床を経て大脳皮質に達して痛みとして認知される。大脳辺縁系からは下行性のニューロンが、中脳周囲灰白質や吻側延髄腹内側部を通って脊髄の後角に伸び、脊髄後角における末梢神経と脊髄神経の間のシナプス伝達を制御することによって痛みを調節している(下行性疼痛抑制系)。このような複雑な疼痛制御において、内因性のオピオイドやカンナビノイドが重要な役割を担っている。

442)パルミトイルエタノールアミド(その3):神経障害性疼痛

【侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛】
切り傷や打撲や火傷などで組織が傷害を受けて炎症が起こると、ブラジキニンやヒスタミンやプロスタグランジンなどの炎症性メディエーターと呼ばれる痛みを起こす化学物質が産生され、これらの物質が末梢神経にある「侵害受容器」という部分を刺激することで痛みを感じます。このような炎症や刺激により発生する疼痛は「侵害受容性疼痛」と呼ばれています。誰もが何度も経験している痛みです。
がんや神経変性や物理的傷害などによって末梢神経や中枢神経が障害されて痛みが発生する場合があります。このような神経の直接的な障害による痛みを「神経障害性疼痛」と言います。見た目には傷や炎症はないものの、神経が傷つくことによって起こる痛みです。
神経障害性疼痛の原因として、神経組織へのがん細胞の浸潤、帯状疱疹ヘルペスやHIVなどのウイルスの感染による神経細胞のダメージ、多発性硬化症のような脱髄性疾患、糖尿病などの代謝障害、抗がん剤による神経のダメージ、事故や怪我などによる神経の切断や障害、脊柱管狭窄やヘルニアによる神経の圧迫などがあります。

【疼痛伝達のメカニズム】
知覚神経の末端には熱刺激や化学刺激や機械的刺激などそれぞれの刺激に反応する受容体が存在し、それらの受容体が刺激されると、電位依存性Naチャンネルが活性化されて活動電位が発生し、その信号が脊髄を経由して脳に伝達され、脳はこの信号を疼痛と認識します。
脊髄では、感覚神経は後方(後角)に集まります。末梢からの痛みのシグナルは脊髄の後角で別の神経にシナプスを介して伝達されます。
シナプスは神経細胞と神経細胞を結ぶ接合部位で、神経細胞の軸索を伝って刺激(活動電位)がシナプスに達すると、シナプス間隙に神経伝達物質が放出され、それがシナプス後細胞に存在する受容体に結合することによって細胞間の情報伝達が行われます。
脊髄後角の神経細胞に伝達された疼痛シグナルは、上行性に脳幹、中脳、視床を経て大脳皮質大脳辺縁系に到達します。辺縁系からは下行性の神経細胞が、中脳水道周囲灰白質や吻側延髄腹内側部を通って脊髄の後角に伸びます。この神経伝達系は「下行性疼痛抑制系」と呼ばれ、脊髄後角でのシナプス伝達に作用して、痛みを軽減したり増強したりする役割を持ちます。
すなわち、脊髄後角における末梢神経と脊髄神経の間での痛みの伝達は上位の脳により制御されているのです。特定の脳領域を刺激すると痛みが軽減することが知られています。このように脳内には痛みを軽減する仕組みが備わっており、この仕組みを利用して痛み和らげる薬物がいくつか開発され、臨床で使われています。

図:神経障害や炎症などによって発生した痛み刺激は、末梢感覚神経から脊髄後角で脊髄の神経細胞に伝達され、さらに脳幹、中脳、視床を経て大脳皮質に達して痛みとして認知される。大脳辺縁系からは下行性のニューロンが、中脳周囲灰白質や吻側延髄腹内側部を通って脊髄の後角に伸び、脊髄後角における末梢神経と脊髄神経の間のシナプス伝達を制御することによって痛みを調節している(下行性疼痛抑制系)。 

【肥満細胞やグリア細胞が疼痛を増悪する】
神経障害性疼痛の発生には、障害部位の神経組織に存在する肥満細胞グリア細胞(ミクログリアやアストロサイト)の活性化も関与しています。これらの細胞は様々な生理活性物質を産生し、疼痛を増強する作用があります。
傷害や細菌感染など体の組織に異常が発生したとき、それに対応するために異常部位に様々な細胞が動員されたり、様々な生理活性物質が産生されます。このような生体内で局所的に生成されて作用する生理活性物質を総称してオータコイド(Autacoid)といいます。オータコイドにはヒスタミン、セロトニン、ブロスタグランジン、サイトカインなどが含まれます。
肥満細胞(マスト細胞)は全身の粘膜下組織や結合組織に存在する骨髄由来の細胞で、ほぼ全ての組織に存在します。肥満細胞の中にはヒスタミンや炎症性サイトカインなどの各種化学伝達物質(ケミカルメディエーター)を含む顆粒が多く存在します。
肥満細胞は細胞表面にIgE受容体が存在し、これに抗原が結合したIgEを介して受容体の架橋が成立すると、それがトリガーとなって細胞膜酵素の活性化がうながされ、内容物である顆粒からヒスタミンなどが放出されます(脱顆粒)。花粉症や蕁麻疹は抗原刺激による肥満細胞の脱顆粒によるヒスタミン放出によって発症します。
肥満細胞はこのような即時型アレルギー反応の中心となって働く細胞ですが、近年では、アレルギー以外の様々な免疫応答や炎症反応に関与することや、疼痛にも関与することが明らかになっています。
また、神経組織の炎症ではミクログリア(小膠細胞)アストロサイト(星状膠細胞)が活性化され、炎症性サイトカインや活性酸素などを産生して炎症を増悪し、神経障害や疼痛を増悪させます。神経障害性疼痛では脊髄後角でのミクログリアの活性化が報告されています。
これらの肥満細胞やグリア細胞にはCB2受容体が発現し、CB2のリガンドはこれらの炎症細胞の活性を抑制する作用があり、その結果、神経障害や疼痛を軽減する方向で働きます。

【内因性カンナビノイドシステムは痛みを軽減する】
カンナビノイド受容体にはCB1CB2の2種類が知られています。CB1は主に中枢神経系のシナプス(神経細胞間の接合部)や感覚神経の末端部分に存在し、CB2は主に免疫細胞に多く存在しています。
CB1は神経組織に広く分布していますが、特に大脳皮質の運動野や大脳辺縁系領域、さらに痛覚シグナルの伝達や調節に関与している中脳水道周囲灰白質吻側延髄腹内側部脊髄後角末梢感覚神経の終末部に多く存在しています。このようなCB1受容体の分布の特徴は、CB1が疼痛の制御に関与していることを示唆しています。 
神経細胞間の接合部であるシナプスの前の神経細胞(シナプス前細胞)には、伝達物質を蓄えている袋(シナプス小胞)があり、電気刺激(活動電位)がそこに到達すると、その伝達物質が後の神経細胞(シナプス後細胞)に向けて放出されます。
シナプス後細胞には、その伝達物質を受け取る受容体があり、その伝達物質が受容体にくっつくと、それが電気刺激に変換され、その電気刺激が後の神経を伝わっていきます。このようにして、神経間で情報のやりとりが行われています。活動電位というのは細胞が刺激を受けたときに発生する膜電位で、刺激を受けて興奮した部分が他の部分に対して負の電位をもつことで電位差が生じ、電流が流れます。
CB1受容体はこのシナプスの前の神経細胞(シナプス前細胞)と末梢神経終末に存在します。シナプス後細胞の受容体に伝達物質が結合してシグナルが伝達されると、シナプス後細胞では同時に内因性カンナビノイドのアナンダミドや2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)が産生され、逆行性伝達物質としてシナプス前細胞のCB1受容体に作用します。この逆行性伝達によって、シナプス伝達が制御されています。
具体的には、アナンダミド2-AGがシナプス前細胞のCB1受容体に結合して活性化すると、アデニル酸シクラーゼの活性を阻害し、電位依存性カルシウム(Ca)チャネルを阻害したり、あるいはポタシウム(K)チャネルやマイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)を活性化し、シナプス前細胞からの伝達物質の放出を抑制します。
カンナビノイドによる鎮痛作用はCB1受容体の活性化による神経伝達物質の放出抑制が主なメカニズムになっています。例えば、下降性疼痛抑制系を制御する中脳水道周囲灰白質や吻側延髄腹内側部において神経伝達物質のγ-ブチル酪酸(GABA)やグルタミン酸の放出を抑制することによって下降性疼痛抑制系を活性化する作用が知られています。

図:シナプス前細胞のシナプス小包に含まれるガンマアミノ酪酸(GABA)やグルタミン酸などの神経伝達物質は神経の活動電位が到達すると放出され、シナプス後細胞の受容体に作用してシグナルが伝達される。この時に、シナプス後細胞ではアナンダミド(AEA)や2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)が産生され、逆行性にシナプス前細胞のCB1受容体に結合して活性化する。活性化したCB1受容体は、アデニル酸シクラーゼ(AC)の活性を阻害し、電位依存性カルシウム(Ca)チャネルを阻害したり、あるいはポタシウム(K)チャネルやマイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)を活性化し、シナプス前細胞からの伝達物質の放出を抑制する。テトラヒドロカンナビノール(THC)はCB1に作用して神経伝達物質の放出を抑制することによって疼痛制御の効果を発揮する。
 
【PEAはPPARαと内因性カンナビノイドシステムを介して鎮痛作用を示す】
CB1受容体は神経細胞(ニューロン)の間の神経伝達物質の放出を制御することによって、中枢神経レベルと末梢神経レベルの両方で疼痛を軽減するように働きます。つまり、ニューロンに発現しているCB1受容体のアゴニスト(作動薬)は神経の活動性に作用して鎮痛作用を発揮しています。 
さらにCB2受容体は肥満細胞やグリア細胞(ミクログリアやアストロサイト)の活性を抑制し、炎症性サイトカインやケモカインなどの産生を抑制して痛みを軽減します。
PEA(パルミトイルエタノールアミド)はPPARα(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体)や内因性カンナビノイドシステムを介して鎮痛作用を発揮します。(440話441話参照)
ミクログリアの活性化抑制にPPARαとレチノイドが相乗的に作用することが報告されています。以下のような報告があります。
 
Agonists for the peroxisome proliferator-activated receptor-alpha and the retinoid X receptor inhibit inflammatory responses of microglia.(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体αとレチノイドX受容体のアゴニストはミクログリアの炎症性応答を阻害する)J Neurosci Res. 81(3):403-11. 2005年
 
【要旨】
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α(PPARα)は脂質代謝と炎症反応において重要な役割を担っている。最近の研究で我々は、PPARαのアゴニストであるゲムフィブロジル(gemfibrozil)とフェノフィブラート(fenofibrate)が、多発性硬化症の動物実験モデルである自己免疫性脳炎の臨床症状の発現を阻止することを示した。
今回の実験では、多発性硬化症や実験的自己免疫脳炎の発症において重要な関与をするミクログリアのマウス初代培養細胞に対するPPARαアゴニストの作用を検討した。
PPARαアゴニストのシプロフィブラート(ciprofibrate)、フェノフィブラート(fenofibrate)、ゲムフィブロジル(gemfibrozil)とWY14,643はそれぞれサイトカインで刺激されたミクログリアにおける一酸化窒素(NO)産生を用量依存的に阻害した。
しかしながら、フェノフィブラートとWY14,643による阻害活性はゲムフィブロジルやシプロフィブラートの阻害活性より強力であった。
リポ多糖(LPS)で刺激したミクログリアを使った実験では、フェノフィブラートとWY14,643だけがNO産生を強力に抑制した。
さらに、PPARαアゴニストはLPSで刺激したミクログリア細胞からの炎症性サイトカイン(IL-1β、TNF-α、IL-12p40)とケモカインのMCP-1の分泌を阻害した。
レチノイドX受容体(RXRs)はPPARα受容体を相互作用し、そのヘテロダイマーがPPAR-応答性の遺伝子の発現を制御している。興味深いことに、RXR受容体のアゴニストの9-シス・レイチノイン酸(9-cis RA)はLPS-刺激ミクログリアによるNO産生を阻害した。
さらに、9-cis RAとPPARαアゴニストのフェノフィブラートは相乗的にミクログリア細胞からのNO産生を阻害した。この2つの組合せは、LPS刺激ミクログリア細胞からの炎症性サイトカイン(IL-1β, TNF-α, IL-6)の発現を阻害した。
以上の結果から、活性化ミクログリアの関与が指摘されている多発性硬化症の治療にPPAR-αとRXRのアゴニストの組合せの有効性が示唆された。
 
ミクログリアの活性化抑制は神経障害性疼痛の軽減に有効です。またCB2受容体を活性化してミクログリアやアストロサイトを抑制する方法としてβカリオフィレンがあります(434話参照)。
また、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)阻害剤のcelecoxib(セレコックス)も内因性カンナビノイドシステムによる鎮痛効果を増強することが報告されています。
以上のような報告から、様々な神経障害性疼痛の治療法としてパルミトイルエタノールアミドβカリオフィレンcelecoxib(セレコックス)レチノイド(イソトレチノイン)の組合せを試してみる価値はあるかもしれません。
 
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