今日のうた

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炎と苗木 (1)

2017-01-16 15:46:15 | ⑤エッセーと物語
田中慎弥著『田中慎弥の掌劇場 炎と苗木』を読む。
田中さんの作品、『宰相A』を読んでから、あまり話題に上ることが
なかったように感じていた。
『宰相A』は、素晴らしい作品だ。この小説を読んで、「この人は信頼できる」と思った。
と同時に、フィクションとはいえ、田中さんの身が気になった。
この程度のことは、小説として世界中で書かれていることだ。
日本でも少し前までは、当たり前のように書かれていた。
だが今は、こんなちっぽけなブログさえ、サーバー攻撃を受ける時代なのだ。

この本は毎日新聞に連載されていたのをまとめたもので、1篇が原稿用紙4枚分ほどの
物語でできている。たった3ページで、1話完結の物語を作りあげている。
最初は、物語が私の心を素通りしてしまうものもあったが、だんだんと引き込まれていった。
心に残った文章を、段落ごとに引用させて頂きます。

(1)庭の光
   きらきら光る田中さんの感性に驚いた。

「夏の庭に光が満ちている。光は時に、粒になって滴り、針になって突き刺さり、水になって
 溢(あふ)れ、そうかと思えば、時間となって滞り、低い庭木が地面に落す影にむしばまれ、
 悪い病気のように暑苦しく繁る葉の表面を磨き上げもしている。
 崩れた煉瓦の壁。水撒(ま)きに疲れた青いホース。五分前に庭を横切った猫。
 花が終った紫陽花。鳥のやってこない巣箱。全体に走っているひびそのものに
 支えられている植木鉢。落ちそうで落ちない蝶。赤い縫い目がほつれた野球のボール。
 毒を持たない蛇……」

(2)絆
   この刑罰は、他人事とは思えない。

「…この国に、不思議な刑罰があった。主に、国家、政府及び政治家、官憲を不当に
 批判、中傷、侮辱した者に科せられた。まず、他の犯罪者と同様に取り調べを受け、
 法廷に呼ばれ、判決が下される。
 すると当の犯罪者の片方の足首に鉄の輪が嵌(は)められる。
 輪の外側にはもう一つ、やや小ぶりな輪がくっついていて、そこから太い鎖が伸びている。
 輪だけでもそうとうな重さであるところへこの鎖だから、いかにも刑罰にふさわしいと
 言えようが、この刑の眼目は、重量にあるのではない。問題は、足首の輪があるのとは
 反対側の鎖の先にやはり同じような輪がついていて、最寄りの刑務所内に設けられた
 巨大な鉄の棒に通されているという点にある」

 つまり受刑者は、何をするにも、どこに行くにも、鎖から逃れられないのだ。
 そしてこの鎖は生涯外されることがない。自ら外そうものなら、直ちに処刑されてしまう。
 はたしてこれは、夢物語なのだろうか? 

(3)国益の作家
   「出版文化保護法」、危機感がびんびん伝わってくる。

「短軀(たんく)を敏捷(びんしょう)に弾ませて首相が現れ、マイクの前に立った。……
 この法律について次のようなことを言った。
 『……従いまして今後は、著しく国益に反すると判断した表現活動は
  制限されることになります。
  国益とはすなわち我が国そのものであり、国民そのものであり、
  また民主主義そのもののことであります。つまり、国益に反するとは、
  民主主義そのものを否定する、いわば国民の安全をおびやかすということであります。
  国民の生命、財産を守るためにこれらを取り締まるのは政府としてごく当然の対応です。
  無益で、異常で、暴力的で、非教育的で偏狭な表現を一掃し、
  本来我が国が持つ、有益で、正常で、平和的で、教育的で、バランスのとれた
  美点を取り戻します。そうです、我々は失われた我が国を、取り戻さなければならないので
  あります。ここで最も重要なのは有益かどうかという点であります。
  我が国経済は長いトンネルをいままさに脱し、輝かしい未来へ向かって
  ゆこうとしています。
  そんな時に国益に反する、つまりなんの利益を産まない表現活動は、
  国民生活と我が国経済を再び暗黒へと突き落すものでしかありません。
  国益を産まない表現は国家と国民の、つまりは民主主義の敵であります。
  国民がもう一度自信と誇りを取り戻し、我が国が世界のド真ん中で赫奕(かくやく)たる
  存在となるために、どうしてもこの法律を作らなければならなかったのであります……』」

 「出版文化保護法」が施行される前に、このような素晴らしい文学に出遇えて
  本当に良かった、と心底思いました。
 『炎と苗木』も、『宰相A』も、まさに今、読むべき本だと思います。 (2)につづ

※2015年5月28日と29日の私のブログに、『宰相A』について引用させて
 頂きましたので、再度、載せます。

「詳(つまび)らかに読んでいませんので・・・・・・追記2~4」
               ↓
http://blog.goo.ne.jp/keichan1192/e/8e460eef38967d7c4872cac30d890307

「詳(つまび)らかに読んでいませんので・・・・・・追記5、6、7」
               ↓
http://blog.goo.ne.jp/keichan1192/e/4a9d2c2272393eeaa0ab0ea2ef738052

『宰相A』新潮社
「おまえは日本人じゃない、旧日本人だ。そして我が国は今も世界中で戦争中なのだ!」
                  ↓
http://www.shinchosha.co.jp/book/304134/



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