潤子さん、こんばんは 今日はお彼岸の中日。お変わりなくお過ごしでしょうか。
俳優のいしだあゆみさんが今月の11日に亡くなりました。享年76歳。生誕は1948年3月26日で
すから潤子さんより一学年上ということになります。潤子さんがどのような思い出をお持ちなの
か存じ上げませんが、ぼくは二度自分のブログで彼女にふれています。そのひとつは2016--9-27の
標題『三日月の舟を見る』で次のように。
潤子さん、こんばんは
今日、午前2時に家を出て川崎港へアジを釣りに行きました。 先日テレビで見た料理研究家
・辰巳芳子さん直伝のアジの干物作りに再挑戦です。 現場で釣りの準備が終わり顔を上げる
と東の空に柿本人麻呂が歌に詠んだ、舟のような三日月が出ていて、見とれてしまいました。
カメラを忘れてしまい写真にとれませんでしたが①のよ様な形の三日月様でした。 ぼくの見た
のは②のように少し傾いていたけど、それがなんとも言えない風情で夜空のボイジャーというか
旅人というか、天空高くある冬の星座オリオンに向かっていくのです。 おおいぬ座α星シリウス
こいぬ座α星プロキオン、オリオン座α星ベテルギウスがつくる「冬の大三角形」は圧巻でした。
① ② ③ ④

釣果はアジ50匹。 小ぶりのは唐揚げに、中型の12匹は刺身に、③残りの30匹を干物に
します。 干物といっても④一夜干しなんですけど。 明日の朝食が楽しみです。 楽しみは
自分で作らなくてはいけませんね。 今日の一曲は川崎港で横浜の灯が揺れているのを見て、
月の小舟に誘われて
口ずさんだいしだあゆみの 【ブルー・ライト・ヨコハマ】 をお届けします。
~
・歩いても歩いても 小舟のように
・私はゆれて ゆれて あなたの腕の中
~
追伸:いしだあゆみさんは現在68歳、潤子さんより1歳年上なのですね。 今年の6月に他界
した弟が学生時代にいしだあゆみの大ファンだったので、調べてみたら同じ年齢でした。
もうひとつは2021-3-1の標題『後朝(きぬぎぬ)の歌・フィーリング Feelings』で次のように。
潤子さん、こんばんは 昨日洗足池でウグイスを目にしました。 梅と鶯、まさに春ですね。今日
は昨年の12月23日に82歳で亡くなった、”なかにし礼”さんついて書きたいと思います。 潤子さん
とのご縁は1976年12月 にリリースされた 『フィーリング』 という楽曲のでした。 後年彼が書い
た自伝 『翔べ!わが想いよ』には、その翌々年の1978年4月に作詞生活15年周年を記念したリ
サイタルを東京郵便貯金ホールで開催したことにふれ、満員のお客の前で自作20曲を歌ったこと、
ハイファイセット、タイムファイブ、北原ミレイが友情出演してくれたこと、いしだあゆみ、アン・
ルイス、坂本スミ子、今陽子が楽屋のお茶くみ役として華を添えたことが誇らしげに書かれていて、
うれしかったをおぼえています。

なかにし礼さんのリサイタルに友情出演したハイファイセットの山本潤子さんは29歳、義弟の
リサイタルを裏方として支えたいしだあゆみさんは30歳。ハイファイセットの「フィーリング 」
を舞台の袖または楽屋のモニターで、女優としてある種の感慨をもって聴いていたと思うのです
がどうでしょう。

(どうして・・・)
彼女は10歳年上の義弟・なかにし礼氏から「フィーリングの作詞は”後朝(きぬぎぬ)の歌”への
返歌の趣向だよ」と言われているはずだからです。
いずれにしても、その3年後にドラマ「北の国から」で五郎(田中邦衛)の妻で、純(吉岡秀隆)
と蛍(中島朋子)の母親・令子役にキャスティングされていることに、3年前のリサイタル以来
山本潤子さんとの縁を感じてしまうのです。
(どうして・・・)
その第4話にハイファイセットの【雨のステイション】が挿入歌として流れるなか純が母・令子を
回想して次のように独白するシーンがあるのです。
あの頃母さんはハイファイセットという歌のグループに凝っており、父さんが夜勤で帰って来な
い日はいつもそのレコードを聴いており・・・
さらに五郎と螢が令子の浮気現場を目撃する場面の挿入歌がハイファイセットの【フィーリング】
夜勤で帰宅しないはずの五郎が予定が変りいつもの時間に帰宅。令子が帰宅してないので蛍をつ
れて令子が経営する美容室へ迎えに行くと店は閉まっている。ここからの蛍と五郎のやりとり。
蛍:アレ!もう閉まってる 五郎:閉まってるねー 蛍:もう帰ったのかなー 五郎:行き違いかなー
蛍:裏へ行ってみよう 蛍:アラ!レコードかかっている 五郎:ママいたねー
蛍:驚かせちゃおうか 五郎:そーっと開けてみな
裏口のドアをそっと開けるとハイファイセットの歌声は高まり、のぞき込む二人の目はベッドに
腹這いになったしどけない令子の肢体をとらえます。姿は見えないけど窓際のカーテンの陰に男
が椅子にでも座っているのでしょうか。男が吐き出す紫煙が令子の顔にかかると、それに促され
るように身を起こす乱れ髪の令子。彼女がタバコを手にしたとき、二人と視線が合ってしまって。
ちなみに令子と男が聴いていたレコードは1977年2月5日に発表した3枚目のスタジオ・アルバム
『ラブ・コレクション』。 このアルバムは、オリコンのアルバム・チャートで11週にわたり首位
を守り、1977年の年間チャートでも首位となる大ヒット作でしたね。事後の中休みに令子が男に
指示して、あの曲をかけさせたと想像するのですが、いかがでしょう。
国民的女優・いしだあゆみさんの逝去の報に接し、謹んでご冥福をお祈りします。芸能活動を通し
て楽しまさせていただきました。感謝の念を込めて46年前の『ユーミンとの対談の映像』を
ブログに添えます。アップの連続が美しい。30歳といえば潤子さんがなかにし礼氏の
リサイタルでご一緒した頃の容姿ですよね。ということで今回は、なかにし礼、
いしだあゆみ、山本潤子、ユーミンの線でまとめてみました。
追伸:1977年の「NHK紅白歌合戦」にハイファイセットが初出演したとき九回目の出演だった
いしだあゆみが歌ったのが【港・坂道・異人館】でした。それと先に言及した『ラブ・コレク
ション』で、ハイファイセットはユーミンの『雨のステイション』と『中央フリーウェイ』を
カバーしていましたね。
俳優のいしだあゆみさんが今月の11日に亡くなりました。享年76歳。生誕は1948年3月26日で
すから潤子さんより一学年上ということになります。潤子さんがどのような思い出をお持ちなの
か存じ上げませんが、ぼくは二度自分のブログで彼女にふれています。そのひとつは2016--9-27の
標題『三日月の舟を見る』で次のように。
潤子さん、こんばんは
今日、午前2時に家を出て川崎港へアジを釣りに行きました。 先日テレビで見た料理研究家
・辰巳芳子さん直伝のアジの干物作りに再挑戦です。 現場で釣りの準備が終わり顔を上げる
と東の空に柿本人麻呂が歌に詠んだ、舟のような三日月が出ていて、見とれてしまいました。
カメラを忘れてしまい写真にとれませんでしたが①のよ様な形の三日月様でした。 ぼくの見た
のは②のように少し傾いていたけど、それがなんとも言えない風情で夜空のボイジャーというか
旅人というか、天空高くある冬の星座オリオンに向かっていくのです。 おおいぬ座α星シリウス
こいぬ座α星プロキオン、オリオン座α星ベテルギウスがつくる「冬の大三角形」は圧巻でした。
① ② ③ ④




釣果はアジ50匹。 小ぶりのは唐揚げに、中型の12匹は刺身に、③残りの30匹を干物に
します。 干物といっても④一夜干しなんですけど。 明日の朝食が楽しみです。 楽しみは
自分で作らなくてはいけませんね。 今日の一曲は川崎港で横浜の灯が揺れているのを見て、
月の小舟に誘われて
口ずさんだいしだあゆみの 【ブルー・ライト・ヨコハマ】 をお届けします。
~
・歩いても歩いても 小舟のように
・私はゆれて ゆれて あなたの腕の中
~
追伸:いしだあゆみさんは現在68歳、潤子さんより1歳年上なのですね。 今年の6月に他界
した弟が学生時代にいしだあゆみの大ファンだったので、調べてみたら同じ年齢でした。
もうひとつは2021-3-1の標題『後朝(きぬぎぬ)の歌・フィーリング Feelings』で次のように。
潤子さん、こんばんは 昨日洗足池でウグイスを目にしました。 梅と鶯、まさに春ですね。今日
は昨年の12月23日に82歳で亡くなった、”なかにし礼”さんついて書きたいと思います。 潤子さん
とのご縁は1976年12月 にリリースされた 『フィーリング』 という楽曲のでした。 後年彼が書い
た自伝 『翔べ!わが想いよ』には、その翌々年の1978年4月に作詞生活15年周年を記念したリ
サイタルを東京郵便貯金ホールで開催したことにふれ、満員のお客の前で自作20曲を歌ったこと、
ハイファイセット、タイムファイブ、北原ミレイが友情出演してくれたこと、いしだあゆみ、アン・
ルイス、坂本スミ子、今陽子が楽屋のお茶くみ役として華を添えたことが誇らしげに書かれていて、
うれしかったをおぼえています。

なかにし礼さんのリサイタルに友情出演したハイファイセットの山本潤子さんは29歳、義弟の
リサイタルを裏方として支えたいしだあゆみさんは30歳。ハイファイセットの「フィーリング 」
を舞台の袖または楽屋のモニターで、女優としてある種の感慨をもって聴いていたと思うのです
がどうでしょう。

(どうして・・・)
彼女は10歳年上の義弟・なかにし礼氏から「フィーリングの作詞は”後朝(きぬぎぬ)の歌”への
返歌の趣向だよ」と言われているはずだからです。
いずれにしても、その3年後にドラマ「北の国から」で五郎(田中邦衛)の妻で、純(吉岡秀隆)
と蛍(中島朋子)の母親・令子役にキャスティングされていることに、3年前のリサイタル以来
山本潤子さんとの縁を感じてしまうのです。
(どうして・・・)
その第4話にハイファイセットの【雨のステイション】が挿入歌として流れるなか純が母・令子を
回想して次のように独白するシーンがあるのです。
あの頃母さんはハイファイセットという歌のグループに凝っており、父さんが夜勤で帰って来な
い日はいつもそのレコードを聴いており・・・
さらに五郎と螢が令子の浮気現場を目撃する場面の挿入歌がハイファイセットの【フィーリング】
夜勤で帰宅しないはずの五郎が予定が変りいつもの時間に帰宅。令子が帰宅してないので蛍をつ
れて令子が経営する美容室へ迎えに行くと店は閉まっている。ここからの蛍と五郎のやりとり。
蛍:アレ!もう閉まってる 五郎:閉まってるねー 蛍:もう帰ったのかなー 五郎:行き違いかなー
蛍:裏へ行ってみよう 蛍:アラ!レコードかかっている 五郎:ママいたねー
蛍:驚かせちゃおうか 五郎:そーっと開けてみな
裏口のドアをそっと開けるとハイファイセットの歌声は高まり、のぞき込む二人の目はベッドに
腹這いになったしどけない令子の肢体をとらえます。姿は見えないけど窓際のカーテンの陰に男
が椅子にでも座っているのでしょうか。男が吐き出す紫煙が令子の顔にかかると、それに促され
るように身を起こす乱れ髪の令子。彼女がタバコを手にしたとき、二人と視線が合ってしまって。
ちなみに令子と男が聴いていたレコードは1977年2月5日に発表した3枚目のスタジオ・アルバム
『ラブ・コレクション』。 このアルバムは、オリコンのアルバム・チャートで11週にわたり首位
を守り、1977年の年間チャートでも首位となる大ヒット作でしたね。事後の中休みに令子が男に
指示して、あの曲をかけさせたと想像するのですが、いかがでしょう。
国民的女優・いしだあゆみさんの逝去の報に接し、謹んでご冥福をお祈りします。芸能活動を通し
て楽しまさせていただきました。感謝の念を込めて46年前の『ユーミンとの対談の映像』を
ブログに添えます。アップの連続が美しい。30歳といえば潤子さんがなかにし礼氏の
リサイタルでご一緒した頃の容姿ですよね。ということで今回は、なかにし礼、
いしだあゆみ、山本潤子、ユーミンの線でまとめてみました。
追伸:1977年の「NHK紅白歌合戦」にハイファイセットが初出演したとき九回目の出演だった
いしだあゆみが歌ったのが【港・坂道・異人館】でした。それと先に言及した『ラブ・コレク
ション』で、ハイファイセットはユーミンの『雨のステイション』と『中央フリーウェイ』を
カバーしていましたね。