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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

2012年 こんな本を読んできた (6月編)

2012年12月24日 | 書評した本 2010年~14年

「週刊新潮」の書評ページのために書いてきた文章で振り返る、この1年に読んだ本たちです。

2012年 こんな本を読んできた(6月編)

白川 道 『身を捨ててこそ~新・病葉流れて』 
幻冬舎 1785円

94年に刊行された『流星たちの宴』は相場の世界を舞台にした傑作ハードボイルドだ。物語の中では30代後半だった主人公、梨田雅之の若き日を描く「病葉流れて」シリーズの最新刊が本書である。

昭和44年、雅之はまだ24歳だ。前年に大学を出て就職したが、この時は無職。相場会社との金のトラブルでやくざ者に刺さ、ようやく退院したばかりだった。そんな雅之がふと立ち寄った雀荘で出会うのが砂押だ。一見風采の上がらぬ初老の男だが、なぜか強く魅かれるものがあった。

間もなく雅之は相場で得た大金を持って上京し、砂押の豪邸で書生のような生活を送ることになる。だが、高額レートの麻雀と女性は途切れることはなく、中でも女子大生・水穂の存在が大きくなっていく。やがて雅之は砂押の推薦で広告代理店に入社。そこには今後発展するはずの様々な業界を雅之に観察させようという砂押の狙いがあった。

70年代を目前にした活気ある広告業界で社会人修業に励む雅之。世の中や組織について学ぶ日々が続くが、麻雀と女はもちろん、何より自分を生かせる場所を求め始めていた。本書は自伝的要素の色濃い青春ギャンブル小説であり、恋愛小説でもある。背景となる東京の街もまた輝いている。
(2012・05・25発行)


小沼 勝 『わが人生 わが日活ロマンポルノ』 
国書刊行会  2100円

今年、創立100周年を迎える映画会社の日活。著者は1961年に助監督として入社し、71年から始まる“日活ロマンポルノ”を舞台に怒涛の監督生活を送ってきた。本書は自身の歩みとロマンポルノの興亡を綴った貴重な回想記である。

街に映画館が20館以上もあった時代の北海道・小樽に育ち、日大の映画学科で学んだ若者が見た日活撮影所は、石原裕次郎映画を軸に若さと活気に満ちていた。助監督修業を重ねながら、映画という虚構(ロマン)を作ることに没頭していく。

本書にはロマンポルノに咲いた女優たちの姿も活写されている。ロマンポルノ史上の最高傑作と呼ぶ『四畳半襖の裏張り』(神代辰巳監督)の宮下順子をはじめ、自身の監督作だけでも『ラブハンター熱い肌』の田中真理、『隠し妻』の片桐夕子、『昼下がりの情事古都曼陀羅』の山科ゆりといった懐かしくも艶めかしい名前が並ぶ。中でも『花と蛇』に主演した谷ナオミは別格で、SMの教養のない監督をリードする存在感と輝きは絶大だった。

さらに著者の映画に対する哲学が披露されるのも本書ならでは。曰く「完成を目指さないところに映画美は存在する」。また曰く「映画とは充たされなかった夢を紡ぐ装置」。映画館の暗闇が恋しくなる。
(2012・05・15発行)


石田伸也 『ちあきなおみに会いたい。』  
徳間文庫  630円

『喝采』は歌謡曲の歴史に残る名曲の一つだ。しかし、ちあきなおみ自身は夫の死と共にステージを降りて20年が過ぎた。本書は稀代の歌姫の過去と現在を丁寧に取材した人物ドキュメント。「歌を物語として演じる」といわれる彼女の魅力の源泉に迫っている。
(2012・05・15発行)


黒井千次 『老いのつぶやき』 
河出書房新社  798円

著者は今年80歳。本書は60代から70代にかけての「老い」の季節を過ごしつつ書かれたエッセイ集だ。加齢と老化の相違、終の住処、ラジオの効用など、円熟の眼差しから生まれた滋味溢れる文章が並ぶ。若さを偏重する社会への異議もまた著者ならではのものだ。
(2012・05・30発行)


三島由紀夫:著 高丘 卓:責任編集 『日本人養成講座』 
平凡社  1680円

「無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」と40年前に予言したエッセイ「私の中の二十五年」をはじめ、三島思想のエッセンスが新刊で甦った。3.11以後を生きる日本人のための指南書だ。
(2012・05・16発行)


池坊保子 『美しい日本のしきたり』
角川SSC新書 1680円

社会のあらゆるジャンルでグローバル化が標榜されて久しい。しかし、増殖したのは似非国際人ばかりだ。自国の文化さえ体得していない薄っぺらな人間が世界と伍していけるはずもない。

本書では一年間を通じての美しい習慣に始まり、仕事をする上での常識、さらに人間関係を円滑にするための気配りやマナーまでが、細やかに解説されている。「無理に枝を合わせようとしたら、のびのびとした花を生けられるはずがない」と、生き方も政治も常に軌道修正が必要であることを説く著者は、やはり生け花の世界の第一人者である。
(2012・05・25発行)



大石英司 『尖閣喪失』 
中央公論新社 1890円

もしも今、中国軍が尖閣に上陸してきたら、日本はそしてアメリカはどう動くのか。タイトルだけでなく中身も刺激的な外交・軍事シミュレーション小説だ。

日本国内が衆議院解散総選挙から政権交代へというと慌ただしい状況にある時、中国軍が尖閣を目指す。周到な準備と訓練を重ねた上での軍事行動だった。背景にあるのは泥沼化するチベット問題と中国人民の不平や不満だ。また中米関係におけるイニシアティブに対する自信や日本政府の弱腰、さらに自衛隊戦力への低評価などもこの作戦を後押ししていた。

一方、日本の新総理大臣となったのは政界随一の軍事通である石橋繁である。彼は前政権において参議院・外交防衛委員会の委員長だった坂本仁志を防衛大臣に任命する。そして彼らをサポートするのは外交保安委員会の国上鉄雄上席調査官だ。3人を軸とした、いわば“チーム石橋”が中国という巨人と対峙していく。

中国による絶妙の駆け引き。アメリカの思惑と日米同盟の本質。日本政府の判断と自衛隊。本書は確かに小説だが、そのリアルな展開はまるで明日の現実を見るようだ。特にアメリカにとっての尖閣が日米問題というより米中問題となっていることに衝撃を受ける。今読むべき一冊だ。
(2012・05・25発行)


笹本恒子 『お待ちになって、元帥閣下~自伝 笹本恒子の97年』 
毎日新聞社 1680円

著者は日本初の女性報道写真家。大正3年に生まれ、戦前、戦中、戦後の日本を生き抜き、97歳になる現在もシャッターを押し続ける現役カメラウーマンである。これまでの歩みをふり返る本書は、そのまま激動の昭和史となっている。

著者が内閣情報部(後の情報局)の写真協会に入社したのは日中戦争の真っ最中だ。平沼騏一郎首相の撮影現場が初仕事。その時、首相のネクタイが曲がっていることに気づいた著者は、いきなりその首元をぐっと締めて周囲を驚かす。以降、そんな物おじしない率直さが、ビルマ使節来日、日米学生会議、日独伊三国同盟婦人祝賀会など数々の傑作ショットを生み出していく。

中でも戦後、マッカーサー元帥に向かって「エクスキューズ・ミー」と一礼し「写真を撮らせていただけませんか?」と直訴して、見事カメラに収めた話はもはや伝説である。また人物写真でも徳富蘇峰をはじめ井伏鱒二、室生犀星、尾崎士郎、三木武吉や浅沼稲次郎など錚々たる面々のふだんは見せない表情を印画紙に焼き付けてきた。

本書には写真家としてだけでなく、一人の女性の目で見た昭和という時代と社会、そして人々の暮らしが生き生きと描かれている。最新写真集『恒子の昭和』の刊行にも拍手だ。
(2012・05・25発行)


井上荒野 『夜をぶっとばせ』 
朝日新聞出版 1575円

たまきは35歳の主婦。夫は真面目に働かず、息子はいじめられており、自分自身もくすんでいた。ある日、「いいことがひとつもありません。誰か助けに来てください」とネットに書き込んでみる。押し寄せる男たちからのメール。日常が音を立てて変わり始める。
(2012・05・30発行)


宮田珠己 『はるか南の海のかなたに愉快な本の大陸がある』 
本の雑誌社 1575円

中野美代子『奇景の図像学』、ミシェル・レリス『幻のアフリカ』、菊池俊彦『オホーツクの古代史』など、「そんな世界があったのか、とエキゾチックな嗜好を満たしてくれる本」ばかりを紹介。本好きを自任する人の潜在意識を刺激する異色のブックエッセイである。
(2012・05・31発行)


藤井 聡 『プラグマティズムの作法~閉塞感を打ち破る思考の習慣』 
技術評論社 1659円

気鋭の論者による“日本活性化論”だ。プラグマティズムとは「何をやるにしても、それが一体何の目的や意味があるのかを、見失わないこと」。国家の運営から地方商店街の復活まで、目的と手段を明確にした上でプランを共有し、真剣に事に当たれと主張する。
(2012・05・25発行)



坂井希久子 『泣いたらアカンで通天閣』 
祥伝社 1470円

愛すべき“なにわのヒロイン”が登場した。その名はセンコ。本当は千子と書いて「ちね」と読む。だが頑固な父親のあだ名がゲンコで、その娘だからと皆はセンコと呼ぶのだ。大阪ミナミの寂れた商店街の奥、不味いと評判のラーメン屋「味(み)よし」の看板娘である。

27歳のセンコは亡くなった母親に似て美人だ。でも気取った女ではない。普通の会社で普通にOLをしている。しかも東京から単身赴任で来ている上司と不倫関係にある。もちろん「妻と別れて」とか、「私とどっちが大事?」などと言う女ではない。それより店のラーメンの味を、いかにして祖父が作っていた頃の美味しさに戻すかのほうが大課題だ。

ある日、センコの家に親から放置された少年・スルメが飛び込んでくる。この問題児をゲンコが預かると言い出したことから様々な騒動が起きる。いや、起きるのはそれだけではない。東京でバリバリ働いているはずの幼なじみ、カメヤがなぜか大阪に戻ってきた。そのカメヤの実家である質屋に、ゲンコは母の形見である指輪を預けたらしい。さらに不倫相手が東京に戻ることも決まった。さあ、どうする?センコ。通天閣の足元で展開される、笑って泣ける人情物語だ。
(2012・05・25発行)


和田秀樹 『テレビに破壊される脳』 
徳間書店 1365円

テレビが抱える問題点を真っ向から指摘して話題を呼んだ『テレビの大罪』(小社刊)から2年。精神科医の著者が再び放つテレビ亡国論だ。

日本でテレビ放送が開始されてから約60年になる。テレビ受像機も今や一家に複数台は当たり前。著者は日本の人口に匹敵する数のテレビが、マインドコントロールとも言うべき猛威をふるっていると警告する。

依存症を蔓延させるアルコール飲料のCM。豊富な広告費でテレビ局を支配するパチンコ業界やゲーム業界。格差格差を広げる愚民礼賛ドラマ。検証を経ないまま危機感をあおる放射能報道。もちろんテレビ局は風評被害の責任など取るつもりはない。

またテレビは独自の手法で視聴者を誘導していく。物事を善悪や敵味方など2つに分けて説明する「二分割思考」。ある1つの事実をすべての事象に当てはめる「過度の一般化」。さらに人物から出来事までを一方的な決めつけで論評する「レッテル貼り」などだ。

そんなテレビにしている原因の一つが少ないチャンネル数だと著者は言う。しかも東京キー局が系列局を支配する構造のため、多数の人間が同じ番組を見ており、1つの番組の影響力が大きいのだ。“テレビ脳”脱却の処方箋も提示する。
(2012・05・31発行)


武村岳男 『日本百名山を眺めて歩く ベストコース30』 
山と渓谷社 1995円

深田久弥の名著『日本百名山』を読む人、実際に山々を見てみようという人、いずれにも格好のガイド本だ。それぞれの山の解説、美しい写真、交通案内、地図、そして深田の文章が並ぶ構成は、居ながらにしてのハイキングも楽しめる。これからの季節に最適な一冊。
(2012・06・05発行)


宮崎正弘 『中国が世界経済を破綻させる』  
清流出版 1680円

中国経済の根幹を支えてきた不動産バブルの瓦解が始まっている。次は不良債権の爆発であり、それは日米欧に留まらない大きな衝撃となる。その時我々はどう対処したらいいのか。中国ウォッチャーとして知られる著者が解読する世界経済の今とこれから。
(2012・06・06発行)


藤森照信:文 増田彰久:写真 『銀座建築探訪』 
白揚社 1680円

復活した建築探偵コンビによる銀座名建築巡り。歌舞伎座の威容はいかにして完成したのか。和光の優美なカーブを決めたのは誰か。泰明小学校と震災復興計画の関係。ソニービルに託した盛田昭夫の夢。街がそのまま文化でもある銀座の魅力を堪能できる。
(2012・05・30発行)


佐高信・田中優子 『池波正太郎「自前」の思想』 
集英社新書 756円

今年は池波正太郎の二十三回忌。従来のファンだけでなく、新たな読者も広がり続けている池波作品の魅力を存分に語り合った一冊だ。鬼平、小兵衛、梅安は「人としてふたつの面を持ち合わせている」。それは筋を通す部分と不良の部分だと田中が指摘。

佐高はそれに加えて「つとめと稼ぎ」「仕事と遊び」「江戸と戦前の東京」などを挙げ、対立するはずの事項が溶け合ってひとつの世界観が出来上がっていると看破する。「自前」で生きる男や女が織りなす物語。それは屈折の多い現代人にとっての癒しであり、無類の楽しみだ。
(2012・05・22発行)



誉田哲也『あなたが愛した記憶』
集英社 1575円

『ストロベリーナイト』『ジウ』などの警察小説で知られる著者の新作は、これまでにない異色のホラーサスペンスだ。

若い女性を狙った連続猟奇殺人が発生する。被害者たちは両手の親指を切断され、性的暴行を受けた上で扼殺されていたのだ。その残虐性に警察も戦慄するが、手掛かりを掴めない。

一方、興信所を営む曽根崎栄治のもとに、村川民代と名乗る一人の女子高生が訪ねてくる。依頼は無報酬で2人の男を探し出すこと。戸惑う栄治に、民代は「私の父親はあなたです」と追い討ちをかける。自分の母親は栄治の恋人だった石本真弓であり、しかも真弓はビルの屋上から投身自殺したと言うのだ。

半信半疑ではあるが、実の娘から持ちかけられた人探しを進める栄治は、分かったことを民代に伝え、調査を終わろうとしていた。ところが、民代は「2人のうち、どちらかが連続殺人事件の犯人」だと訴える。

なぜそんなことが言えるのか。民代と男たちの間にはどんな関係があるのか。そもそも民代は本当に栄治と真弓の娘なのか。そして凶行を続ける犯人の狙いは一体何なのか。物語は様々な疑問を投げかけながら展開されていく。読み出したら最後、途中で止めることの出来ない一冊。
(2012.06.10発行)


金子兜太『荒凡夫 一茶』
白水社 2100円

現代を代表する俳人である著者が、93年の人生を通じて愛してやまない小林一茶の魅力に迫っている。

本書における「荒凡夫」とは荒々しい男ではない。荒は自由という意味であり、荒凡夫は「自由で平凡な男」を指す。著者自身が自由人に憧れ、ずっと自由人でありたいと願ってきた。だから、芭蕉や蕪村より自由人である一茶や子規を好む。特に一茶が体現した荒凡夫は著者の理想と言えるのだ。

まず語られるのは自らがたどった戦後の歩みと思索の軌跡。見つけたのは「流れる」という言葉だ。人間は変わるものであり、その人間が形成する社会もまた時々刻々に動いて変化しやすい。つまり社会の定番などはないのだと著者は言う。

次に「漂泊の俳人」一茶と、「放浪の俳人」山頭火の比較が行われる。人間の心には「原郷」という大もとの”ふるさと”があり、本能は原郷を指向する。そこから生まれるものを著者は「生きもの感覚」と呼ぶ。世間で生きていくための欲と生きもの感覚。一茶は両者の葛藤をそのままに、荒凡夫として生きようとしたと著者は見る。

生きもの感覚を常に体現し、句に書きとめた一茶。また荒凡夫としてのこだわりのなさで新しい言葉を俳句に取り込んでいった一茶。その姿が著者に重なってくる。
(2012.06.10発行)


三浦哲哉 『サスペンス映画史』 
みすず書房 3570円

著者によれば、サスペンスとは宙吊り、もしくは未決定の状態に置かれることだ。観客に「神の視点」を与えたヒッチコックはもちろん、「ヒッチコック以後のサスペンス映画の可能性を更新する作り手」としてクリント・イーストウッドを挙げている点も興味深い。
(2012.06.22発行)


西村賢太『随筆集 一日(いちじつ)』
文藝春秋 1523円

昨年、「苦役列車」で芥川賞を受けた著者の第二エッセイ集。「私は作家ではない。あくまでも私小説書き」と豪語した受賞の言葉から、師・藤澤清造への思い、創作の裏側、さらに自らの性遍歴を綴ったスポーツ紙の連載「色慾譚」まで、西村ワールド全開だ。
(2012.05.25発行)


柳家小里ん/石井徹也(聞き手)『五代目小さん芸語録』
中央公論新社 2205円

五代目柳家小さんが亡くなって十年。6年にわたり内弟子を務めた著者が、『饅頭怖い』や『道具屋』など師匠の名人芸54席の真髄を伝えている。それぞれの噺のかんどころと、「大衆に合わせると落語のよさはなくなるよ」などの鋭い警句は後世への宝だ。
(2012.05.10発行)




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