碓井広義ブログ

<上智大学教授のメディア時評> 見たり、読んだり、書いたり、話したり、時々考えてみたり・・・

期待大の辛口ホームドラマ 「はじめまして、愛しています。」

2016年07月28日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評



日刊ゲンダイに連載しているコラム「TV見るべきものは!!」。

今週は、ドラマ「はじめまして、愛しています。」について書きました。


テレビ朝日系「はじめまして、愛しています。」
期待大の辛口ホームドラマ

大ヒットドラマ「一つ屋根の下」(フジテレビ系)が終了してから、約20年が過ぎた。

柏木家の次男で「チイ兄ちゃん」こと雅也の福山雅治は人気音楽家&俳優となり、女優の吹石一恵と結婚した。四男・文也の山本耕史も大河ドラマの常連俳優へと成長し、妻は女優の堀北真希だ。

彼らの妹・小雪の酒井法子はプロサーファーと結婚したが、09年に覚せい剤取締法違反で逮捕。現在もなお前途多難だ。

そして、あの「あんちゃん」、達也はどうしているのかと思っていたら、この夏、帰ってきた。それが「はじめまして、愛しています。」だ。まあ、それくらい江口洋介が演じる信次は達也を彷彿とさせる。いつも元気で、無類のおしゃべり。そして世話好き。困っている人を見捨てておけない。

一方、妻の美奈(尾野真千子)は、母親の自殺やピアニストへの夢に破れたことで、やや鬱屈気味だ。そんな2人が、親から虐待を受けていた少年との特別養子縁組にトライしている。出会いを「運命」と感じた信次に引っ張られる形で進んでいるが、本当の難しさに直面するのはこれからだ。

脚本は、「家政婦のミタ」(日本テレビ系)の遊川和彦。親子とは、家族とは、という重いテーマだが、信次の明るさと美奈の視点が効いている。現実を踏まえたフィクションとして、期待できる辛口のホームドラマだ。

(日刊ゲンダイ 2016.07.27)

ギャラクシー賞と安倍政権

2016年07月27日 | ビジネスジャーナル連載中のメディア時評


先月、放送界の大きな賞のひとつで、優れたテレビ・ラジオ番組や放送文化に貢献した個人・団体を顕彰する、第53回「ギャラクシー賞」の発表があった。注目のテレビ部門大賞は、『報道ステーション』(テレビ朝日系)の2本の“特集”が受賞した。大賞を、ドキュメンタリーやドラマではなく、報道番組の特集が獲得するのは極めて珍しい。

1本目の特集は3月17日放送の『ノーベル賞経済学者が見た日本』だ。その“主役”は、経済学の世界的権威、米コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授。政府会合の場で安倍首相に消費増税延期を進言したことが報じられた直後に、番組では教授への単独インタビューを放送したのだ。

しかもその内容は、日本国内の格差問題、法人税減税の効果(トリクルダウン)への疑問、さらに新たな税制改革の検討など、安倍政権の経済政策が抱える問題点の指摘や提言となっていた。ともすれば増税先送りにばかり目が向く状況のなかで、有効な判断材料となる専門家の知見を伝えたことの意義は大きい。

●ワイマール憲法と憲法改正

2本目は、翌18日の『独ワイマール憲法の“教訓”』である。1919年に制定されたドイツのワイマール憲法は、国民主権、生存権の保障、所有権の義務性、男女平等の普通選挙などを盛り込み、当時、世界で最も民主的と讃えられていた。しかし、その民主主義憲法の下で、民主的に選出されたはずのヒトラーが、独裁政権をつくり上げていったこともまた事実である。

この特集では、古舘伊知郎キャスター(当時)が現地に赴き、ワイマール憲法とヒトラー政権の関係を探っていた。背景には、安倍首相が目指す憲法改正がある。特に、大規模災害などへの対応という名目で、「緊急事態条項」を新設しようという動きだ。

番組のなかで、ワイマール憲法の研究者が自民党の憲法改正草案について語る場面が圧巻だった。草案に書かれた「緊急事態条項」について、ワイマール憲法の「国家緊急権」と重なると証言したのだ。

さらに、「内閣のひとりの人間に利用される危険性があり、とても問題です」と警告した。この「国家緊急権」を、いわば“悪用”することによってナチスが台頭していったことを踏まえると、こちらもまた、私たちにとって大いに参考となる専門家の知見だった。もちろん時代も状況も異なるが、痛恨の歴史から学べることは少なくない。

2本の特集はいずれも、そのテーマ設定、取材の密度、さらに問題点の整理と提示などにおいて高く評価できるものだった。4月にキャスターが交代した『報道ステーション』をはじめ、各局の報道番組にも、こうした積極的な“調査報道”が増えることを期待したい。




今週末、オープンキャンパスで「体験授業」、やります!

2016年07月26日 | 大学

今年も、こんな感じかな?


7月31日(日)と8月1日(月)、オープンキャンパスで新聞学科の「体験授業」を行います。

体験授業は、両日とも3回ずつの計6回。

私が担当するのは、31日(日)の1回目と2回目です。

同日の3回目と、8月1日は、同じ新聞学科の水島宏明先生が担当して下さいます。

新聞学科の「体験授業」は、高校生の皆さんに、テレビセンターのスタジオを使って行っている実習授業「テレビ制作」を、体験してもらおうという企画です。

おかげさまで、毎年、参加希望者が多く、すべて「定員制」をとっています。

各回とも、当日配布の「整理券」が必要なので、参加希望の皆さんは、以下の大学サイトで確認しておいてください。

オープンキャンパス情報(四谷キャンパス):
http://www.sophia.ac.jp/jpn/admissions/gakubu_kanren/oc


では、高校生の皆さん、今週末のオープンキャンパスで!

書評した本: 柳澤健 『1974年のサマークリスマス』ほか

2016年07月25日 | 今週の「書評した本」



「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。


70年代、伝説の深夜ラジオ 時代の空気が甦る

柳澤 健 
『1974年のサマークリスマス~林美雄とパックインミュージックの時代』

集英社 1728円

1974年、大学2年生だった。下宿の部屋にテレビはないが、ラジオはあった。深夜放送が好きで、特に野沢那智と白石冬美の「パックインミュージック」(TBS)は欠かしたことがない。放送は金曜の午前1時から3時まで。その後が林美雄の担当する第2部だった。

70年に始まった「林パック」は奇妙な番組だった。そもそも林美雄というパーソナリティが正体不明だったのだ。アナウンサーであることは知っていたが、テレビで顔を見たことはない。ラジオでも林パック以外で声を聞いたことがなかった。

内容はもっと不思議だ。音楽は扱うのだが、洋楽はあまりかからない。邦楽も歌謡曲の存在を忘れているようだったし、当時流行していた吉田拓郎やチューリップの曲に遭遇することもなかった。

その代わり、荒井由実という無名の女の子の曲がやたらと流れた。独特の声と歌詞。拓郎ともかぐや姫とも異なるその世界観が新鮮だった。「ひこうき雲」も「ベルベット・イースター」も、初めて聴いたのは林パックだ。石川セリの「八月の濡れた砂」や安田南の歌もこの番組で知った。

映画の話もよくしていた。やはり洋画にはほとんど触れない。邦画も黒澤明や小津安二郎ではなく、藤田敏八(としや)や神代(くましろ)辰巳や曽根中生の作品を語った。ゲストでは原田芳雄が常連だ。こうした偏愛こそが林の真骨頂であり、私たちリスナーの支持もそこにあった。

そして74年。突然、林パックは終了してしまう。実は翌年、水曜夜に復活するのだが、林にも内容にも“別モノ”感があり、私自身はその時点で距離を置いた。

今回、この本を読むことで、分かったことがたくさんある。林美雄とは何者だったのか。なぜ、あんな放送が可能だったのか。また、どうして消滅したのか。同時に、放送史とサブカルチャー史における林美雄の位置と意味も見えてきた。1974年、あなたはどこにいましたか?


桂 望実 『総選挙ホテル』 
角川書店 1662円

『県庁の星』で知られる著者の新作は、業績不振にあえぐ中堅ホテルが舞台だ。新社長として現れた社会心理学の教授が、いきなり従業員選挙を実施する。元の部署に残る者と去る者、そして新たな職場に戸惑う者。次々と繰り出される奇策はホテルをどこへ導くのか。


東京クリティカル連合:編・著 
『平成版 東京五大』 

垣内出版 1728円

神社、商店街、祭り、さらに親子丼や煮込みまで、様々なジャンルの「東京五大○○」を選んでいる。ただし、あくまでも独断と偏見が命。異論・反論ありのラインナップだ。五大ストリップ劇場を制覇するのも、五大霊園に額ずくのも一興。魅惑の都市探検の旅へ。


関川夏央 『人間晩年図巻 1990―94年』
岩波書店 1944円

かつて、『家族の昭和』で文芸表現を「歴史」として読み解こうとした著者。ならば本書は、人の晩年を通して「現代史」を記述する試みだ。何度か交錯した中上健次と永山則夫の人生。ハナ肇と仲間たちが生きた戦後芸能史。彼らが逝った90年代もまた甦ってくる。


辛酸なめ子 『辛酸なめ子の世界恋愛文學全集』
祥伝社 1620円

時代を超越した恐るべき処世術「竹取物語」。5話中4話が死刑で終わるダークな恋愛譚「好色五人女」。純粋な恋愛ができない作家の「蒲団」。辛い恋を快感に変える極意「はつ恋」。社会や人間を鮮やかに斬るコラムニストが、名作から禁断の教えを抽出する。


手束 仁 『プロ野球「黒歴史」読本』
イースト・プレス 972円

シーズン真っ盛りのプロ野球だが、今年は清原事件がどこか尾を引いている。本書に登場するのは、その清原をはじめとする75人だ。堀内や江川などの“悪役”選手もいれば、広岡や落合といった“クセ者”監督もいる。元ヒーローたちの栄光と転落の物語だ。


(週刊新潮 2016年7月21日号)



討論バラエティーの増加は、見る“まとめサイト”化!?

2016年07月24日 | メディアでのコメント・論評



NEWSポストセブンに、討論バラエティー番組が増えていることに関する記事が掲載されました。

この記事の中で、解説しています。


討論バラエティー番組増加 
「見るまとめサイト化」との指摘

『ナカイの窓』(日本テレビ系)、『橋下×羽鳥の番組』(テレビ朝日系)、そしていつの間にか『バイキング』(フジテレビ系)まで。『バイキング』には先日、都知事選の主要3候補が出演、激論を戦わせ高視聴率を記録した。このところ、表向きの看板はバラエティーでありつつも、中身は討論番組の形式をとっている番組が少なくない。なぜ今、そのような番組が増えているのか。

元テレビプロデューサーで上智大学教授(メディア論)の碓井広義さんはこう分析する。

「単純に視聴率が取れているからこの手の番組が増えているわけですが、なぜ人気なのかというと、それが“見るまとめサイト”のようなものだからだと思います。インターネットのまとめサイトが人気になっている最大の理由は、いろんな意見を手っ取り早く知ることができる点にありますが、テレビの討論番組も同じ理由で人気になっていると考えられます。

政治、経済、国際問題といった真面目な話題から、芸能人の不倫騒動まで。関心はあるけれど自分で調べるのは面倒だという人にとっては、テレビのスイッチを入れるだけで文化人やタレントの意見を知ることができるので、ニュースサイトやまとめサイトを見るよりもお手軽なのでしょう」(碓井広義さん・以下「」内同)


手軽さがあるのは観る側だけではない。作り手にとっても、討論形式の番組はお手軽なのだという。

「討論番組を一本収録するよりも、ドキュメンタリー番組を一本作るほうが、時間、費用、手間がかかります。ドキュメンタリーでは入念に準備をし、取材をした後も編集などがありますが、乱暴な言い方をすれば、討論番組は人さえ揃えられれば何とかなる。文化人なら出演料も安く済みます。

ただ、最近の新しい討論番組を観ていると、雛壇芸人を揃えたバラエティー番組が乱立していた時の番組作りに近いものを感じます。本来重いテーマである、事件や事故を扱っている時でさえそう。バラエティーの手法を討論番組に適用しているのでしょうね」


バラエティーの手法を取り入れることで、従来の本格的な討論番組よりも見やすさはあるかもしれない。しかし本格的な議論に期待する視聴者には、物足りなく映らないだろうか。

「テレビを通じて問題の本質を知りたい、知見を得たいという視聴者は減っていると思います。それよりも最近の視聴者が求めているのは、ツイッターなどで『あのタレントがこんなことを言っていた』とつぶやけるようなネタです。

特に生放送の討論番組では、誰かが失言しないか期待しているところもあります。作り手側もハプニングがマイナスだとは思っておらず、ネットで話題になればそれでいいのです」


議論の深まりよりも、ネタになるかどうか。そんな制作スタイルが主流になりつつあるが、それが今後も続くかというと、微妙なところのようだ。

「ひな壇芸人を集めただけのバラエティー番組が飽きられているように、単にエンタメ化しているだけの番組は飽きられやすいと思います。昔から続く正統派のかっちりした討論番組のように、やはり中身が濃くないといけません。

私が個人的に面白いと思うのは、『ワイドナショー』(フジテレビ系)です。討論番組と銘打っているわけではありませんが、松本人志さんを中心とした井戸端会議の中でいろんな人の意見が出てくる。松本さんが何を言うのか、どんな表情をするのか。注目して観ている人も多いと思います。

『橋下×羽鳥の番組』もいいですね。橋下さんの遠慮がない切り返しが大きな見どころになっていて、それを羽鳥さんが下支えしている安心感があります。かつて勢いがあった頃の『TVタックル』(テレビ朝日系)のように、素人のタレントが専門家に本音をぶつけて、専門家がタジタジになるような討論番組が増えてくると面白いと思います」


現在の新興番組の中に、10年後“老舗討論番組”の仲間入りをしている番組はあるだろうか。

(NEWSポストセブン2016年7月23日)


「遊びは文化」であることを知らしめた大橋巨泉さん

2016年07月23日 | メディアでのコメント・論評



今月12日に、急性呼吸不全で亡くなっていたことがわかった大橋巨泉さん(享年82)。

日刊ゲンダイの特集記事に、追悼の言葉を寄せました。

合掌。


巨泉さん死去
テレビの「巨人」がつきつけた
安倍政権への痛烈遺言状

「趣味を仕事にしたようなライフスタイルも含め、全てが斬新だった。たけし、さんま、タモリらが司会業に進出する道を切り開いた、まさにテレビのキングでした」(作家でコラムニストの中森明夫氏)

 テレビの寵児とも革命児とも呼ばれた大橋巨泉さんが12日、急性呼吸不全で亡くなっていたことがわかった。享年82。すでに身内で通夜葬儀は済ませ、後日、お別れの会を催すという。

 テレビ界への貢献度は計り知れず、当初は「俗悪番組」などと非難されながら25年も続く長寿番組となった「11PM」をはじめ、伝説的お笑い番組「巨泉×前武ゲバゲバ90分!」「クイズダービー」など数々の人気番組を作り上げた。タレントを呼び捨てにするなど、ともすると「ゴーマン」な印象も持たれがちだが、その素顔は気配りの人だった。当時「ゲバゲバ90分!」に出演していて、最近もゴルフ交友のあった女優の岡崎友紀さんがこういう。

「あの番組は出演者全員がフラットで、誰かが威張るなんてことはまったくありませんでした。もちろん巨泉さんも。当時16歳だった私がある時、オーストラリアに旅行した時はすぐに現地の知り合いの方に紹介状を書いてくれたことも覚えています。数年前から巨泉さんのご近所に住んでいますが、まだ住む前から“今度コッチに住むんだって?”とお電話を頂き、引っ越してからは、ごくごく親しい人たちのゴルフ仲間『ファミリー会』のメンバーに加えてもらっていただけに残念で仕方ありません」

 数々の人気番組を持ちながら、50代半ばに突然降板。日本人に「セミリタイア」という新しいライフスタイルも提示した。01年には政界にも進出(民主党比例区)していたが、翌年、党の決定に反対して議員辞職。05年に胃がんの手術をしてからは、がんの再発を繰り返し、亡くなるまで11年間もの闘病生活を送っていた。

それでも衰えなかったのがテレビへの情熱と、改憲へと突き進む安倍政権への強烈な批判精神だった。14年5月の本紙インタビューでは「僕は、ポピュリズムの権化のような安倍首相をまったく信用しない」「彼にとって、経済はムードをあおる手段に過ぎず、本当にやりたいのは憲法改正であり、日本を『戦争ができる国』に変えることでしょう。法衣の下に鎧を隠しているような男の言動にだまされてはいけません」「マトモな批判さえ許さない戦前みたいな“空気”を今の日本に感じる」と警鐘を鳴らしていたものだ。

 絶筆となった週刊現代(6月27日発売)のコラムでは「このままでは死んでも死にきれないので、最後の遺言として一つだけは書いておきたい。安倍晋三の野望は恐ろしいものです。選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。7月の参院選挙、野党に投票して下さい。最後のお願いです」とつづっていた巨泉さん。その原点はかつて軍国少年だった戦時中に疎開先で米軍機の機銃掃射に見舞われ死にかけたことと、8月15日を境に世界が一変した敗戦体験にあったという。

 昨年12月に亡くなった作家の野坂昭如氏、先日亡くなった永六輔氏に続く戦争を知る昭和ヒトケタ世代の訃報。その“遺言”は重い。


悼む
「遊びは文化」であることを知らしめた
碓井広義・上智大教授

「テレビ史上初の“夜のワイドショー”として前衛的な番組だった『11PM』で週2回、司会を担当していましたが、中でも『金曜イレブン』は、見る者の心を躍らせてくれました。

 右肩上がりの高度成長期を支える勤勉な日本人に対し、“遊んでいいんだよ”とゴルフや麻雀、競馬といった大人のレジャーを番組を通して紹介して人生の楽しみ方を提案。『遊びは文化』であることを世の中に知らしめたことは、テレビ史、いや、文化史における巨泉さんの多大な功績といえるでしょう。

 また『クイズダービー』の前身である『お笑い頭の体操』も含め、司会業の技を確立させると同時に、クイズバラエティー、トークバラエティーの番組構成の原型も築いた。『世界まるごとHOWマッチ』も含め、複数の長寿番組を生み出した、まさに60年代~90年代のテレビが元気だった当時を象徴するテレビタレント。

 いずれも巨泉さんの人格や教養、批評精神が必要不可欠であり、唯一無二のエンターテインメントの王様です」


(日刊ゲンダイ 2016.07.22 )


元HTBの西野志海アナウンサー、テレビ東京「WBS」に登場!

2016年07月22日 | テレビ・ラジオ・メディア



テレビ東京の西野志海(にしの・もとみ)アナウンサー。

コメンテーターをしている、HTB北海道テレビの「イチオシ!」などで、新人時代からついこの間まで、ご一緒していました。


札幌のHTBで


この7月、HTBからテレビ東京に移籍したんですね。

「テレビ東京女子アナ初の中途採用」なのだそうです。

初仕事は、今月10日放送の参院選特番「池上彰の参院選ライブ」のVTRロケ企画でした。

そして、21日夜の「ワールドビジネスサテライト」に登場。

「トレンドたまご」のコーナーを担当していましたが、スタジオでもVTRでも、HTBの時と変わらず落ち着いたトーク、お見事でした。













西野さん、テレ東での「生放送デビュー」、おめでとう!

これからも頑張ってください。



来週からTBS「NEWS23」に参加する雨宮塔子さん

2016年07月22日 | メディアでのコメント・論評



来週から、TBS「NEWS23」に本格的に参加する、雨宮塔子さん。

関連記事が日刊ゲンダイに掲載され、その中でコメントしています。


女性の「23時台ニュース戦争」
雨宮塔子TBS“出戻り”で激化

自分の“武器”を最大限に生かしたデビュー戦となった。25日から「NEWS23」(TBS系)のキャスターに起用される雨宮塔子(45)がひと足早く、18日の同番組に仏パリから生出演。緊急取材と題し、ニースで14日(日本時間15日)に起きたテロを流暢な仏語でリポートした。

「来週から本格的に加わっていただける雨宮塔子さん」と、敬語で“身内”を紹介する星浩キャスター(60)の振りはともかくとして、取材VTRではパリッと糊のきいた白シャツで清潔感を打ち出した雨宮の姿は、好感度大。胸の谷間が見えそうで見えないというシャツの開襟具合も、おフランス仕込みなのだろう。控えめメークにややコケた頬、画面映えする美貌は相変わらずだなあ……と、見入った視聴者は少なくないはずだ。

テレビの世界から離れて15年以上。花の都パリで2人の子供を育てる“セレブ主婦”からの転身だが、アナウンススキルもブランクを感じさせなかった。

上智大教授の碓井広義氏(メディア論)はこう評価する。

「現地リポートもパリからの生中継も、終始落ち着きのあるしゃべりが印象的でした。表情ひとつとっても、カメラ用につくられたものではなく、現地の人々が抱えている憤りや不安を肌感覚で理解しているように見受けられた。TBSの局アナ時代は本人の意思とは別に、アイドル的な扱いをされていたかと思いますが、当時のTBSにはまだベーシックなアナウンススキルを叩き込む文化や風潮が残っていたはず。くしくもそれを証明した格好にもなりました」


今回の雨宮の起用は、昨年末にキャスターとして出演した特番「報道の日」を評価してのこと。TBSはあくまで、4月のリニューアル当時から白羽の矢を立てていて、ようやく新体制が整ったと強調するが、要するにテコ入れだ。

裏番組は強力揃いで、日本テレビ系の「NEWS ZERO」は桐谷美玲(26)、板谷由夏(41)に加えて、この春からはミス東大でNHK出身の小正裕佳子(33)を起用し、視聴率2ケタ超えをマークする日もある。

小谷真生子(51)からその座を引き継いで1年半、テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」の大江麻理子(37)は経済ニュースに特化した強みもあって安定飛行。

それに対抗するべく抜擢された元アイドルアナに期待されているのは、「添え物に甘んじず、星さんの半歩先に立ち、リードするぐらいの気概。そうすることで彼は解説に専念できる。NEWS23の新体制をうまく機能させるには、それぞれの持ち場を全うすること。それには雨宮さんの優れたバランス感覚が必要不可欠といえるでしょう」(前出の碓井氏)。

いよいよ始まる女性キャスター夏の陣。“出戻り”雨宮の復帰で平日23時台は激戦必至だ。

(日刊ゲンダイ 2016.07.21)

家を通じて“生き方”提案  北川景子「家売るオンナ」脚本の妙

2016年07月21日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評



日刊ゲンダイに連載しているコラム「TV見るべきものは!!」。

今週は、北川景子主演のドラマ「家売るオンナ」について書きました。


日本テレビ系「家売るオンナ」
ユーモアあふれる“仕事ドラマ”に仕立てた、
大石静の脚本に拍手

北川景子といえば、昨年の「探偵の探偵」(フジテレビ系)が印象に残る。北川は全身から怒りのオーラを発するヒロインを、キレのいいアクションも披露しながら見事に演じていた。その後、DAIGOの妻(!)になったりしたが、この「家売るオンナ」(日本テレビ系)で本格復帰だ。

中堅不動産会社の新宿営業所に、成績抜群の営業ウーマン・三軒家万智(北川)が異動してくる。不動産って高額商品だからね。そう簡単に売れるもんじゃない。しかし、万智は違う。何しろ「私に売れない家はない!」のだ。北川が外連味いっぱいにキメ台詞を言い放つたび、堂々のコメディエンヌぶりが笑える。

先週の物件は坂の上の売れ残りマンション。相手は元々一軒家を探していた医師夫妻だ。万智は彼らの1人息子に注目する。忙しい両親に甘えることも出来ず、どこか寂しそうな少年だ。万智の中にひらめくものがあり、結局、彼らはマンションを購入する。

この初回を見て、彼女がスゴ腕である理由が分かった。その家族が抱えている、しかも本人たちさえ気づいていない問題点や課題を見抜くのだ。家はその解決に寄与するツールとなる。

つまり万智は家を売っているのではない。家を通じて“生き方”を提案しているのだ。これをユーモアあふれる“仕事ドラマ”に仕立てた、大石静の脚本に拍手である。

(日刊ゲンダイ 2016.07.20)

【気まぐれ写真館】 梅雨明けはまだ (東銀座) 2016.07.19

2016年07月20日 | 気まぐれ写真館

【気まぐれ写真館】 梅雨明けはまだ (四谷) 2016.07.19

2016年07月20日 | 気まぐれ写真館



【気まぐれ写真館】 梅雨明けはまだ (渋谷) 2016.07.19

2016年07月20日 | 気まぐれ写真館

70年代のラジオに、奇跡のような深夜放送があった!?

2016年07月19日 | 「ヤフー!ニュース」での連載


ノンフィクション作家・柳澤健さんの新著『1974年のサマークリスマス~林美雄とパックインミュージックの時代』(集英社)が、すこぶる面白い。70年代前半のラジオに存在した、奇跡のような「深夜放送」をめぐる物語です。

1974年? サマークリスマス? 林美雄? パックインミュージック?と、クエスチョンマークばかりが並ぶ方も多いと思いますが、しばしご勘弁を・・・。

● 『パックインミュージック』の時代

ジョージ・ルーカス監督の出世作『アメリカン・グラフィティ』(73年公開、日本では翌74年)。あの映画の有名なキャッチコピーが、描かれた時代を思わせる「Where were you in'62?(1962年、あなたはどこにいましたか?)」だった。

それにならえば、1974年に、あなたが何歳で、どこで何をしていたのかによって、この本の読み方が変わってくるかもしれない。

たとえば、74年に私は大学2年生で、大家さんの二階に下宿していた。テレビはないが、ラジオ(ラジカセです)は持っていた。中学生の頃からラジオが好きで、特に深夜放送を聴き続けていた。

まさか、それから35年後に、札幌のFM局で、『USUI's Night~碓井教授のまだ25時なので!~』などというタイトルの深夜番組を持つことになるなんて、想像もしていなかった頃だ。

深夜放送の中でも、野沢那智と白石冬美の『パックインミュージック』(TBS)は欠かしたことがなかった。あの「金瓶梅」も懐かしい、野沢・白石コンビの登場は金曜日。「金曜パック」、「ナチチャコパック(もしくはナッチャコパック)」と呼ばれていた。

午前1時から3時までの放送だったが、そのままスイッチを切らずにいると、金曜パックの第2部が始まる。「ミドリブタ」こと林美雄(はやしよしお)が担当する、通称「林パック」だ。

70年に始まった林パックは、なんとも奇妙な番組だった。そもそも林美雄というパーソナリティが、私にとっては正体不明だったのだ。TBSのアナウンサーであることは知っていたが、テレビで顔を見たことはない。ラジオでも、林パック以外でその声を聞いたことがなかった。

● 「林パック」という奇跡

内容はもっと不思議だった。深夜放送らしく音楽は流れるのだが、海外の曲はあまりかからない。邦楽も、歌謡曲の存在を忘れているかのようだったし、当時若者たちの間で流行していた吉田拓郎やチューリップの曲に遭遇することもなかった。

その代わり、たとえば「荒井由実」という無名の女の子の曲がやたらと流れた。独特の歌詞、メロディ、そしてあの声。拓郎とも、かぐや姫などとも異なるその世界観が新鮮だった。「ひこうき雲」も「ベルベット・イースター」も、初めて聴いたのは林パックだ。

そうそう、石川セリが歌った「八月の濡れた砂」や、安田南(74年からFM東京「気まぐれ飛行船」)のジャズもこの番組で知った。

林は映画の話もよくしていた。だが、やはり洋画にはほとんど触れない。邦画も黒澤明や小津安二郎ではなく、藤田敏八や神代辰巳や曽根中生の作品を語った。ゲストでは、俳優の原田芳雄が常連だったというのも、今思うと変わっている。しかし、こうした超がつく“偏愛”こそが、林の真骨頂であり、私たちリスナーの支持もそこにあったのだ。

そして1974年。突然、林パックは終了してしまう。実は翌年、午前1時からの水曜パックという形で復活するのだが、その内容にはどこか“別モノ”感があり、私自身はすんなりと入っていけなかった。その時点で、少し距離を置くことになった。

今回、この本を読むことで、分かったことがたくさんある。林美雄とは一体何者だったのか。なぜ、あんな内容の放送が可能だったのか。そして、林パックはいかにして消滅していったのか。さらに、放送史とサブカルチャー史における、林美雄の位置や意味も見えてきた。柳澤さんの労作に感謝です。

林美雄が亡くなったのは14年前の夏だ。2002年7月13日(土)、58歳だった。

1974年、あなたはどこにいましたか?


この夏、一挙放送! ドラマ『北の国から』はなぜ名作といわれるのか?

2016年07月18日 | 「ヤフー!ニュース」での連載


連続ドラマ『北の国から』が、BSフジで一挙放送されることになりました。夏休みに合わせる形で、7月20日(水)18時にスタート。翌21日からは、平日17時~19時の放送となるそうです。

1981年の放送から35年。あらためて、この国民的ドラマの意味を考えてみたいと思います。

(以下、敬称略)


1981年秋、ドラマ『北の国から』の衝撃

それは、過去のどんなドラマとも似ていなかった。思わず、「なんだ、これは!?」と、うなってしまった。1981年10月9日(金)の夜、フジテレビ系の連続ドラマ『北の国から』、その第1回の放送を見終わった時のことだ。

この日、午後10時の同じ時間帯にドラマが3本、横並びになっていた。1本目は前月から始まっていた、山田太一脚本の『想い出づくり。』(TBS系)だ。もう1本は、藤田まことの主演でお馴染みの『新・必殺仕事人』(テレビ朝日系)である。

どちらも手練れのドラマ制作者たちによる優れた仕事で、高い視聴率を叩き出していた。『北の国から』はそこへ遅れて参入してきたことになる。しかし、ふたを開けてみれば、あらゆる面で“異色”のドラマだったのだ。

固定ファンが多い『必殺』もさることながら、『想い出づくり。』がかなり話題になっていた。当時は結婚適齢期といわれていた24歳の女性たちが、“平凡な日常生活”から脱却しようと都会を彷徨する物語だ。演じたのは森昌子、古手川祐子、田中裕子の3人だった。

その秀逸な設定と、登場人物たちによる”本音”の掛け合いの妙は、2年後のヒット作『ふぞろいの林檎たち』(TBS系)に通じるものがある。ちなみに、脚本の山田太一、演出の鴨下信一、プロデューサーの大山勝美という『ふぞろいの林檎たち』の布陣は、この『想い出づくり。』と同じだ。

一方、『北の国から』の主演俳優は、田中邦衛である。60年代から70年代にかけての田中は、加山雄三の映画『若大将』シリーズや『仁義なき戦い』シリーズでの脇役という印象が強い。ドラマの主役といえば、スターだったり二枚目だったりすることが当たり前の時代に、いきなりの「主演・田中邦衛」。これには、多くの視聴者が戸惑ったはずだ。

そして肝心の物語も尋常ではなかった。東京で暮らしていた黒板五郎(田中邦衛)が、浮気が発覚した妻(いしだあゆみ)と別れ、子供たち(吉岡秀隆、中嶋朋子)を連れて、故郷の北海道に移住するという話だ。

住もうとする家は、実家だったとはいえ、ぼろぼろの廃屋のようなもので、水道も電気もガスもない。第1話で、小学生の純(吉岡)が五郎に、「電気がなかったら暮らせませんよッ」と訴える。

さらに、「夜になったらどうするの!」と続ける純。この時の五郎の答えは、純だけでなく、私を含む視聴者も驚かせた。五郎いわく、「夜になったら眠るンです」。

実はこの台詞こそ、その後20年にわたって続くことになる『北の国から』の脚本家・倉本聰の“闘争宣言”だったのだ。

夜になったら眠る。一見、当たり前のことだ。しかし、80年代初頭の日本では、いや東京という名の都会では、夜になっても活動していることが普通になりつつあった。“眠らない街”の出現だ。

“社会の合わせ鏡”としてのドラマ

80年代初頭。やがて「バブル崩壊」と呼ばれるエンディングなど想像することもなく、世の人びとは右肩上がりの経済成長を信じ、好景気に浮かれ始めていた。

仕事も忙しかったが、繁華街は深夜まで煌々と明るく、飲み、食べ、歌い、遊ぶ人たちであふれていた。日本とは逆に不景気に喘いでいたアメリカの新聞には、「日本よ、アメリカを占領してくれ!」という、悲鳴とも皮肉ともとれる記事まで掲載された。

そんな時代に、都会から地方に移り住み、しかも自給自足のような生活を始める一家が登場したのだ。これは一体何なのか。

そう訝(いぶか)しんだ視聴者も、回数が進むにつれ、徐々に倉本が描く世界から目が離せなくなる。そこに、当時の日本人に対する、怒りにも似た鋭い批評と警告、そして明確なメッセージがあったからだ。

倉本自身の言葉を借りよう。放送が続いていた82年1月、地元の「北海道新聞」に寄せた文章である。

「都会は無駄で溢れ、
その無駄で食う人々の数が増え、
全ては金で買え、
人は己のなすべき事まで他人に金を払い、
そして依頼する。

他愛ない知識と情報が横溢し、
それらを最も多く知る人間が偉い人間だと評価され、
人みなそこへ憧れ向かい、
その裏で人類が営々と貯えてきた生きるための知恵、
創る能力は知らず知らず退化している。

それが果たして文明なのだろうか。
『北の国から』はここから発想した」

80年代は、現在へとつながる様々な問題が噴出し始めた時代でもあった。世界一の長寿国となったことで到来した「高齢化社会」。地方から人が流出する現象が止まらない「過疎化社会」。何でも金(カネ)に換算しようとする「経済優先社会」。ウオークマンの流行に象徴される「個人化社会」等々。

それだけではない。「家族」という共同体の最小単位にも変化が起きていた。この頃から「単身赴任」が当たり前になり、父親が「粗大ごみ」などと呼ばれたりもした。また「家庭内離婚」や「家庭内暴力」といった言葉も広く使われるようになる。

『北の国から』はこうした時代を背景に、視聴者が無意識の中で感じていた「家族」の危機と再生への願いを、苦味も伴う物語として具現化していたのだ。それはまさに“社会の合わせ鏡”としてのドラマだった。

82年3月末に全24回の放送を終えた後も、スペシャル形式で2002年まで続くことになる『北の国から』。その20年の過程には、大人になっていく純や蛍の学びや仕事、恋愛と結婚、そして離婚までもが描かれた。

フィクションであるはずの登場人物たちが、演じる役者と共にリアルな成長を見せたのだ。また視聴者側も、彼らの姿を見つめながら同じ時代を生き、一緒に年齢を重ねていった。やはり、空前絶後のドラマだったのである。

繁田美貴さん、おめでとう!

2016年07月17日 | テレビ・ラジオ・メディア

2年間ご一緒した、BSジャパン「大竹まことの金曜オトナイト」で


報道によれば、「テレビ東京の繁田(はんだ)美貴アナウンサーが、結婚!」とのこと。

おめでとうございます!

繁田さんは、アナウンス力はもちろん、常識と親しみやすさの両方をもった、チャーミングな女性です。

お相手は、「社内の2歳上の同期」だそうで。

どなたか存じませんが(笑)、繁田さんを、末永く、どうぞよろしくお願いいたします。


<追記>

とり急ぎの「お祝いメール」を送ったら、繁田さんから、丁寧な返信がありました。

残念ながら(笑)、結婚はホントなり!

仕事も続けるそうです。

とても嬉しそうでした。

よかったねえ、繁田さん。

もう一度、おめでとう!!