筋なんかどうでもいい。
シーンだ、シーンがすべてだ。
青山南『本は眺めたり触ったりが楽しい』
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
古沢広祐
『今さらだけど「人新世」って?~知っておくべき地球史とヒトの大転換点』
WAVE出版 1760円
地球史において、現在は「完新世」に当たる。しかし、わずか70年ほどの間に、人類は地球の様相を劇的に変えてしまった。その事実を踏まえ、新たに提唱された時代区分が「人新世(じんしんせい、ひとしんせい)」だ。本書ではヒトの進化の過程を辿り、最新技術との関わりを考察し、地球と人間の“これから”を展望していく。「人新世」の光と影の両面を掘り下げた、格好の解説書である。
青山 誠
『三淵嘉子~日本法曹界に女性活躍の道を拓いた「トラママ」』
角川文庫 858円
4月から始まったNHK朝ドラ『寅に翼』。伊藤沙莉演じるヒロイン、猪爪寅子のモデルが三淵嘉子だ。大正3年生まれの三淵は、昭和13年に現在の「司法試験」に合格。日本初の女性弁護士の一人となる。戦後は初の女性判事、初の家庭裁判所所長として活躍した。本書は文庫書き下ろしの評伝だ。司法の「ガラスの天井」を次々と打ち破った三淵の軌跡は、戦前・戦後を貫く試練の女性史でもある。
叶 芳和『日本ワイン産業紀行』
藤原書店 2970円
経済学者&経営学者である著者。全国各地のワイナリーを訪れ、産業としてワインを探究したのが本書だ。大型設備を導入した完全「国産」主義の北海道ワイン。「甲州ワイン」の価値を高める努力を惜しまない勝沼醸造。低コスト・高品質の消費者志向のワイン造りを目指す、長野県塩尻市のアルプスワインなどが並ぶ。ブームを冷静に見つめ、基本の「土」にこだわった、産業論としてのワイン論だ。
(週刊新潮 2024.04.25号)
正義感だけではない強い憤り
今田美桜主演
「花咲舞が黙ってない」
第1シーズンの放送が2014年、第2シーズンはその翌年だった。「花咲舞が黙ってない」(日本テレビ系)が9年ぶりの復活である。
銀行本店が問題を抱えた支店を指導する「臨店班」。そこに配属された花咲舞が水面下の不祥事や悪事に立ち向かう。
最大の武器は、たとえ相手が上司であっても、間違ったことや筋の通らないことには、「お言葉を返すようですが!」と一歩も引かないガッツだ。
新シーズンでは、かつて杏が演じた舞は今田美桜に。臨店班の先輩・相馬も上川隆也から山本耕史にバトンタッチした。しかし、ドラマの基本構造は変わっていない。
第1話では、立場を利用して顧客から裏金を得ていた支店長をやり込めた。
そして第2話では、顧客の機密情報をライバル社に流すことで、有利な再就職を目論んだ中年行員にストップをかけた。
いずれの場合も、舞は正義感だけで相手を“成敗”するわけではない。そこには、立場の弱い者や抑圧されてきた者に対する共感からくる、強い憤りがあるのだ。
「私もこの銀行が正しいとは思っていません」と舞。だが、「銀行員としての道を踏み外してやったことは、働いている全ての行員を侮辱する裏切り行為です!」と言い切った。
そんな舞を「不祥事隠ぺい」の道具として扱う、執行役員(要潤)たちの存在も物語に適度な緊張感を与えている。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2024.04.23)
名コンビ、新生活にエール
ビューカード
「そこは、ビューカードでしょ。」
第三弾「新生活篇」
春は、新入生や新入社員のように、新たな環境に飛び込む人が多い。JR東日本子会社のビューカードによる「ビュー・スイカ」カードの新CM「新生活篇」は、この時期ならではの一本だ。
登場するのは眞島秀和さんと山田杏奈さん。会社の上司と部下という関係だ。
山田さんが新人時代を回想する。不安でいっぱいの自分を元気づけてくれたのはビューカードだ。買い物や定期券購入、オートチャージでもポイントがたまるのは、思わず高笑いしたくなるような快感だった。
そして今、チャージしようと駅に急ぐ新人さんに気づいた山田さんは、「がんばって!」と声をかける。その明るい笑顔が誰をも元気にするのだ。
昨年、ドラマ「ゼイチョー〜『払えない』にはワケがある〜」(日本テレビ系)で、市役所納税課の新人徴税吏員を好演した山田さん。
出張先の地域グルメや地酒を帰りの新幹線車内で堪能する、「居酒屋新幹線」シリーズ(毎日放送・TBS系)の会社員がハマり役の眞島さん。
名コンビが新生活の春に熱いエールを送る。
(日経MJ「CM裏表」2024.04.22)
【ドラマ10年館】
10年前、
2014年4月のドラマは
「ハードボイルド」だった
「十年一昔(じゅうねんひとむかし)」という言葉があるように、10年は一つの区切りとなる時間です。
短いようでいて、それなりに長い10年。忘れていることも、ずいぶん多いのではないでしょうか。
たとえば、10年前の今月、どんなドラマをやっていたのか。【ドラマ10年館】と名づけたコラムで、印象に残る作品を振り返ってみたいと思います。
『MOZU~百舌(もず)の叫ぶ夜~』
優れた海外ドラマのような骨格
2014年の春ドラマで、「真打ち登場!」といった感がありました。『MOZU~百舌の叫ぶ夜~』(TBS系)です。
12年の『ダブルフェイス』と同様、WOWOWとの共同制作でした。
東京の銀座界隈で爆発が起きます。テロの可能性が高い。爆弾所持者と思われる男(田中要次)と、現場に居合わせたという公安の女性刑事(真木よう子)の関係は不明です。
また犠牲者の中に、元公安で現在は主婦の千尋(石田ゆり子)がいました。彼女の夫は公安部特務第一課の倉木(西島秀俊)です。
妻の死の謎を解こうとして動き出す倉木。捜査一課の大杉(香川照之)も独自の捜査を進めていきます。
テロ組織vs.警察、刑事部vs.公安部、西島vs.香川などいくつもの対立軸があるのですが、それをさばく脚本(仁志光佑)と演出(羽住英一郎)の手際がよく、飽きさせません。
『ダブルフェイス』もそうでしたが、優れた海外ドラマのようなしっかりした骨格を、俳優たちが見事に体現化していました。
さらに繁華街の爆発現場、けが人が収容される病院なども、予算と人員をしっかりと投入しており、手抜きがありません。
たとえば、感心したのは、捜査本部となった大会議室の片隅に水とコーヒーのサーバーが置かれていたことです。しかも、残量がわずかで使用感があるのです。
ほんの一瞬しか映らないし、アップになるわけでもありません。しかし、こうした細部こそがドラマのリアリティーを下支えしていることを、制作陣は熟知していたのです。
2014年4月のNHK土曜ドラマは、浅野忠信主演の『ロング・グッドバイ』。
よもや「原作=レイモンド・チャンドラー」の文字を、日本のドラマで見られるとは思いませんでした。
一見、無国籍な街のたたずまい。丸みを帯びたデザインのクルマ。ずっしりと重そうなダイヤル式電話機。三つ揃えに帽子の男たち。
そして、誰もが当たり前のように燻(くゆ)らすタバコの煙。この雰囲気、オトナの男なら、思わず「うーん、いいねえ」と唸ってしまいそうです。
ドラマの中では細かい説明がないので、「ここはどこ?」「時代はいつ?」と思うかもしれません。
原作のハードボイルド小説『長いお別れ』が、米国で刊行されたのは1953(昭和28)年でした。
敗戦からの復興を経て、日本でテレビ放送が始まったこの頃が舞台らしいと推測します。
ドラマの中にも「新聞社や出版社を複数抱え、テレビ局までつくった」という大物実業家(柄本明)が登場。私立探偵の浅野が対峙していくことになる、巨魁ともいうべき人物です。
初回では、女優のヒモのような男(綾野剛)と浅野の奇妙な友情が描かれました。やがて綾野は殺されてしまうのですが、それぞれの生き方や2人の微妙な距離感にも、どこか原作の雰囲気が漂っています。
演出は『ハゲタカ』『外事警察』などの堀切園健太郎。音楽はその盟友で、『あまちゃん』の大友良英。
日本にフィリップ・マーロウを現出させようという、素敵な“暴挙”に拍手でした。
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
山田太一『時は立ちどまらない~東日本大震災三部作』
大和書房 2420円
東日本大震災を題材としたドラマのシナリオ集だ。古い団地から動けない老人たちと、そこへ逃げ込んできた若夫婦が徐々に距離を縮める「キルトの家」。生き残った者の罪悪感や援助する側とされる側の葛藤を描く「時は立ちどまらない」。さらに、津波で家族を失った中年男と女子中学生の交流を通じて、再生への道を探った「五年目のひとり」。いずれも本当の意味での「絆」を問いかけた問題作だ。
群ようこ『捨てたい人 捨てたくない人』
幻冬舎 1760円
捨てるか捨てないか、それが問題だ。などと迷っていられるうちはまだいい。本書は、「断捨離」の崖っぷちに追い込まれた人たちの物語だ。結婚しようとしている、本好きの女とフィギュア好きの男。だが、新居に2人の「宝物」は収まりきらない。また、妻に逃げられた息子に代わって、彼女の荷物を整理する父親。雑多な品々から、一人の女の実像が浮かび上がってくる。可笑しくて切ない全5編。
木庭 顕『ポスト戦後日本の知的状況』
講談社選書メチエ 2420円
本書のテーマは、現代の日本で「何故クリティックが定着しないのか」である。このクリティックは単なる批評ではない。物事を判断する際、前提から吟味することだ。著者は戦前から分析していくが、主軸は70年代以降だ。「戦後」に対する空疎な攻撃。クリティック解消の快感の広がり。そして実証主義的理性の存在も危機的状況にある。しかし、それでも著者が示そうとする希望とは何か?
Q.B.B(作・久住昌之、画・久住卓也)『古本屋台2』
本の雑誌社 1650円
白波お湯割りを一杯百円で飲めるが、飲み屋ではない。夜更けに出没する屋台の古本屋だ。水木しげる『トぺトロとの50年』、金子光晴『下駄ばき対談』などはもちろん、店主の頑固おやじが「鴨の長さん、名調子だ」とホメる『方丈記』も手に取りたくなる。重松清は時々来るらしいし、萩原魚雷、岡崎武志、ロバート・キャンベルも作中に登場する。こんな屋台があったら毎晩でも寄りたいものだ。
(週刊新潮 2024.04.18号)
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』。主人公は、法律を学ぶ猪爪寅子(いのつめともこ、伊藤沙莉)です。
これまで、昭和6年のお見合い事件。昭和7年の明律大学女子部への入学。2年生になった昭和8年の「法廷劇」騒動などが描かれてきました。
その特徴を挙げるなら、朝ドラでは珍しい「強い群像劇」になっていることでしょう。
ヒロインである寅子だけでなく、共に学ぶ女子学生たちの人物像もきちんと造形しています。
華族の令嬢である桜川涼子(桜井ユキ)は、語学に秀でているだけでなく、行動やファッションが雑誌などで伝えられる有名人。
最年長の同期生で、既婚者の大庭梅子(平岩紙)には弁護士の夫と3人の息子がいます。
朝鮮半島からの留学生、崔香淑(ハ・ヨンス)は日本語が堪能。兄の勧めで進学しました。
そして、短髪・男装で異彩を放つ同級生がいます。いつも何かに怒っているかのような表情と、遠慮会釈もない言動で不穏な空気を漂わせる、山田よね(土居志央梨)。
単なる「周囲の人」ではない彼女たちの存在が、物語に広がりと奥行きを与えています。
第3週では、よね自身が、その生い立ちから現在までの軌跡を寅子たちに語りました。戦前社会の中で、女性であることからくる生きづらさを人一倍背負ってきたことが明かされたのです。
それは、よねがこれまでに発した言葉の中に凝縮されていました。
「女は常に虐げられて、ばかにされている。その怒りを忘れないために、あたしはここ(裁判の傍聴)に来てる」
さらに、「そもそも男と女、同じ土俵に立ててすらいなんだ!」
当時の女性には参政権がありませんでした。家督(家族の代表者としての地位)も基本的には継げません。遺産も相続できません。
姦通罪(配偶者が別の異性と性交渉をもつことで成立する罪)も女性だけに適用されます。一方、夫は家の外に「囲い者」の女性が何人いようと、問題視されません。
この時代の民法では、女性は戸主である父親や夫の庇護下に置かれる存在であり、社会的には、はるかに不平等な立場だったのです。
よねは、「あたしは本気で弁護士になって世の中を変えたいんだよ!」と訴えます。
「あたしには(涼子のように)お付きの子もいない。日傘や荷物を持たせたりしない。(梅子のように)おにぎりを人に施す余裕も、(香淑のように)働かなくても留学させてくれる家族もいない。大学も仕事も一日も休まず必死に食らいついてる。だから、余裕があって恵まれたやつらに腹が立つんだよ」
憤りを抑えられない、よねは・・・
「この社会は女を無知で愚かなままにしておこうとする。恵まれたおめでたいアンタらも大概だが、戦いもせず現状に甘んじるやつらはもっと愚かだ」
すると、寅子が「それは絶対に違う!」と反論します。
「いくらよねさんが戦ってきて立派でも、戦わない女性たちや戦えない女性たちを愚かなんて言葉でくくって終わらせちゃ駄目。それを責めるのは、もっと駄目!」
脚本家・吉田恵里香さんによるセリフが見事でした。
「戦わない女性たち」や「戦えない女性たち」をも巻き込んでいく姿勢こそ、モデルである三淵嘉子の思想であり、主人公・寅子の基本理念でもあるからです。このドラマのテーマが浮上してきます。
『花咲舞が黙ってない』(日本テレビ系)の初回。花咲舞(今田美桜)は、常に女性を見下す銀行支店長に怒っていましたが、90年前の寅子やよねも黙っていません。
放送作家が語る、
伝説のバラエティー番組の裏側と
個性的なテレビの裏方たち
鈴木おさむ『最後のテレビ論』
文藝春秋 1870円
職業としての「作家」はイメージできるが、「放送作家」はやや心もとない。一体、何をする人なのか。
主戦場はバラエティー番組だ。新番組の企画はもちろん、具体的なネタを出したり、構成台本を書いたりする。番組責任者であるプロデューサーにとって、大物チーフ作家は頼れるブレーン的パートナーだ。
著者は『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)や『SMAP×SMAP』(同)といったヒット番組に携わってきた放送作家だ。加えて漫画『ONE PIECE』の映画版や、放送が終了したばかりのドラマ『離婚しない男』(テレビ朝日系)の脚本なども手掛けてきた。
そんな著者が今年3月末に放送作家を辞めた。昨年秋に宣言し、仕事の整理など準備を進めてきたのだ。本書の上梓も、その一環だと言っていい。32年に及ぶ放送作家体験が凝縮された一冊となっている。
大きな読みどころは二つある。まず、ヒット作の裏側だ。たとえば、企画書を見て一番ワクワクしたという『¥マネーの虎』(日本テレビ系)。クイズ番組の賞金は上限が200万円というルールを、「投資バラエティー」という新機軸で突破していく。
また、一問一答が当たり前だったクイズ番組に逆らって、複数の問題が常に画面に表示されるようにしたのが、『Qさま!!』(テレビ朝日系)の「プレッシャーSTUDY」だ。視聴者が一瞬も目を離せない、新しいタイプのクイズとなった。
もう一つは、著者が一緒に仕事をしてきたテレビの裏方たちだ。『SMAP×SMAP』の「BISTRO SMAP」に高倉健をゲストとして招こうと、1年間に50通の手紙を送ったプロデューサーがいる。
『24時間テレビ』(日本テレビ系)のエンディングで、定番の曲「サライ」の後に「世界に一つだけの花」の大合唱を仕掛けたマネージャーがいる。
伝説を作ってきたのは、常識を疑い、壊していく熱狂の人だ。
(週刊新潮 2024年4月11日号)
「くるり~誰が私と恋をした?~」
「自分って何?」という
普遍的テーマが潜んでいる
火曜ドラマ「くるり~誰が私と恋をした?~」(TBS系)。主演は、これがゴールデン・プライム帯での連ドラ単独初主演となる生見愛瑠だ。
緒方まこと(生見)は階段からの転落事故で記憶を失ってしまう。名前はもちろん、自分に関する情報は皆無。唯一の手掛かりは、ラッピングされた男性用の指輪だった。
やがて彼女を知っているという男たちが現れる。会社の同僚で「唯一の男友達」と称する朝日結生(神尾楓珠)。フラワーショップの店主で、「元カレ」だという西公太郎(瀬戸康史)。さらに偶然出会った年下の青年、板垣律(宮世琉弥)も何やら訳アリふうだ。
主人公が記憶喪失という設定のドラマは珍しくない。たとえば木村拓哉主演「アイムホーム」(テレビ朝日系)がそうだったように、自分が何者で、何をしてきたのか。家族も含め周囲の人たちにとっての自分は、一体どんな人間だったのか。それが分からないことがサスペンスを生むからだ。
このドラマも、まことと3人の男をめぐる一種のミステリーになっている。しかし、それ以上に注目したいのは、「過去の自分」探しと「未来の自分」づくりが、同時進行していく物語の新しさだ。そこには「自分って何?」という普遍的なテーマが潜んでいる。
記憶喪失モノは暗くなりがちだが、生見の明るさを生かした出色のラブコメになりそうだ。
(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2024.04.16)