2024.01.31
確信犯的問題作だ
「不適切にもほどがある!」
1月ドラマというより、早くも「今年のドラマ界」の収穫かもしれない。宮藤官九郎脚本「不適切にもほどがある!」(TBS系)だ。
中学校の体育教師である小川市郎(阿部サダヲ)は、昭和61年から令和6年へとタイムスリップ。
そこで出会うヒト・モノ・コトに驚きながらも、ぬぐえない「違和感」に対しては、「なんで?」と問いかけていく。
初回の見せ場の一つが、会社員の秋津(磯村優斗)が居酒屋でパワハラの聴き取りを受けているところに遭遇した場面だ。
秋津は部下の女性への言動が問題視されていた。「期待しているから頑張って」がパワハラだと専門部署の社員。当の女性は会社を休んだままだ。
聞いていた市郎が思わず言う。
「頑張れって言われて会社を休んじゃう部下が同情されて、頑張れって言った彼が責められるって、なんか間違ってないかい?」。
専門社員は、何も言わずに寄り添えばよかったと答える。
しかし、市郎は「気持ち悪い!なんだよ、寄り添うって。ムツゴロウかよ」。
さらに、「冗談じゃねえ!こんな未来のために、こんな時代にするために、俺たち頑張って働いてるわけじゃねえよ!」。
このドラマ、「昭和のおやじ」が令和の世界で笑われる話ではない。「コンプライアンス全能」の現代社会に、笑いながら疑問符を投げつける、確信犯的問題作だ。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2024.01.30)
「日常」の幸福、改めて思う
明治ブルガリアヨーグルト
「笑顔をつなぐ」篇
薬師丸ひろ子さんが、映画「野生の証明」でデビューしたのは1978年のことだ。
以来、「セーラー服と機関銃」や「探偵物語」での清冽な印象を保ちながら、大人の表現者として成熟してきた。2013年の朝ドラ「あまちゃん」で演じた、清純派の大女優・鈴鹿ひろ美も忘れられない。
明治ブルガリアヨーグルトの50周年ブランドCM「笑顔をつなぐ篇」。薬師丸さんは、離れた場所で暮らしている娘(原菜乃華さん)を思いやる、やさしいお母さんだ。
母と娘をつなぐのは、「ひと段落すると、いつもこれだった」定番のヨーグルト。機嫌がいい時はスプーンに3杯で、どちらも食べると満足気に「うん!」とうなずいてしまう。この時間が好きなことも2人は共通している。
誰かとつながっていること、今日の営みが明日へと続いていることは、「日常」という名の小さな幸福だ。大きな災害で幕を開けた今年だからこそ、あらためてその大切さを思う。
被災地の方々の「いつもの毎日」が、少しでも早く戻ることをお祈りしたい。
(日経MJ「CM裏表」2024.01.29)
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
山平重樹『東映任侠映画とその時代』
清談社 2420円
学園紛争の嵐が吹き荒れた1960年代後半。それは東映任侠映画の黄金時代でもあった。鶴田浩二の『博徒』、高倉健を看板スターにした『日本侠客伝』などによって、東映は時代劇からの大転換に成功する。その立役者が「任侠映画のドン」俊藤浩滋プロデューサーだ。本書は俊藤を軸に描く、任侠浪漫と俳優たちの物語である。異形の「情念劇」はなぜ大衆の支持を得たのか。時代の深層が見えてくる。(2023.12.08発行)
谷崎潤一郎ほか『あまカラ食い道楽』
河出書房新社 1760円
雑誌『あまカラ』は、食べ物や飲み物をテーマに昭和26年から43年まで発行されていた、関西の伝説的月刊誌だ。谷崎潤一郎は、炒った大豆などに酢をかけた料理「すむつかり」を語っている。また佐藤春夫は好物の鮨に関する、とっておきの蘊蓄を披露。さらに「玉子焼」について、東京と大阪の違いを綴るのは宇野浩二だ。「美味いもの」に関する文豪たちの文章は、いずれも柔らかく温かい。(2023.11.30発行)
谷川俊太郎、ブレイディみかこ:著、奥村門土:絵
『その世とこの世』
岩波書店 1760円
異色の往復書簡集である。本書にあるのは散文と詩の交歓だ。意外なテーマが、予想を超えた展開を見せる。好きな音楽の数小節が、その世とこの世のあわい(間)に連れて行ってくれること。時間的座標軸として、歴史の中の自分を見つけること。さらに、幽霊の話が人間のデータ化とつながっていくのも興味深い。2人の交信の感度を増幅しているのは、「モンドくん」こと奥村の独創的な挿画だ。(2023.11.22発行)
【週刊新潮 2024.01.25号】
SNS時代の会話の極意とは?
阿川佐和子
『話す力 心をつかむ44のヒント』
文春新書 990円
本来なら10年前に出ていた本かもしれない。阿川佐和子『話す力 心をつかむ44のヒント』である。
ベストセラーとなった『聞く力』の出版は2012年1月。「聞く」が売れたら、当然次は「話す」をテーマに書くものと思われた。
しかし、著者はそうしなかった。「聞く」と「話す」は表裏一体であり、連続すれば似た内容になった可能性がある。10年にわたる知見やエピソードの蓄積と熟成を経て、ようやく本書を登場させた。
思えば、旧ツイッターのXなどSNSのインフラ化で、現在ほど多くの人が積極的に発言している時代はない。同時に自分が発した言葉で窮地に陥る事態も頻発している。本書が示すヒントは今こそ有効だ。
たとえば、「問題は何を話したいか」だと著者は言う。話したいこと、そして話したい情熱の有無が出発点だ。また「相手の話に共感し反応する」、「相手との距離感をつかむ」、その上で言葉を「使い分ける」ことも、SNS時代の話す力として必須だ。
さらに本書では、著者が出会った多彩な人たちの言葉も紹介されていく。中でも「人の話は九十パーセントが自慢と愚痴である」という東海林さだおの名言が光る。
確かに自慢も愚痴も話す側は気持ちいいかもしれないが、聞く側はつらい。これを意識するだけでも、自分の話す内容や話し方が変わってきそうだ。
昔から「文は人なり」といわれるが、話すこともまた人格の表れだと知る。
【週刊新潮 2024.01.25号】
『談談のりさん+(プラス)』
UHB 北海道文化放送
2024年1月26日(金)
ごご1時50分~
テーマ「2024年のテレビ」
佐藤のりゆきさん、田辺桃菜アナウンサーと
UHBのサイトで、
番組の「予告スポット」を見ることができます。
談談のりさん+(プラス) | 番組情報 | UHB 北海道文化放送
読みかけの一冊「劇場」
「月と六ペンス」や
「人間の絆」などで知られる
イギリスの作家、
サマセット・モーム
(1874年1月25日ー1965年12月16日)。
今日、
1月25日は
モームの誕生日。
しかも
「生誕150年」の記念日です。
木梨憲武&奈緒「春になったら」
ドラマは時々、
現実との不思議な符合をみせることがある
月10ドラマ「春になったら」(カンテレ・フジテレビ系)は、父と娘の物語だ。椎名雅彦(木梨憲武)は62歳の実演販売士。一人娘で助産師の瞳(奈緒=写真)と2人暮らしだ。
今年の元日、互いに伝えたいことがあると言い出した。「3カ月後に結婚します!」と宣言する瞳。雅彦は「3カ月後に死んじゃいます!」と告白する。
当初、瞳は雅彦の冗談だと思っていたが、そうではなかった。ステージ4の膵臓がんで余命3カ月とわかったのだ。
雅彦のほうは、瞳の相手である川上一馬(濱田岳)が売れないお笑い芸人で、しかもバツイチの子持ちと知って猛反対。2人の怒涛の3カ月が始まった。
ドラマは時々、現実との不思議な符合をみせることがある。昨年末に「ステージ4の膵臓がん」を公表した、経済アナリスト・森永卓郎氏(66)の顔が浮かんだ。
森永氏は「最後まで闘う」と言って入院し、治療に専念している。一方、雅彦は治療を拒み、「やりたいことをやって死ぬ」と覚悟を決めている。
どちらが正しい、間違っているという話ではない。個々の人生観や死生観にかかわる選択であり決断だ。雅彦は「死ぬ前にやりたいことリスト」を作って動き出す。
脚本は福田靖(朝ドラ「まんぷく」など)のオリジナル。達者な演技の奈緒はもちろん、“俳優・木梨”の頑固おやじもいい味を出している。
(日刊ゲンダイ「テレビ 見るべきものは!!」2024.01.24)
能登半島地震の初期報道
今月1日、「令和6年能登半島地震」が発生した。マグニチュード7.6という日本海側で起きた過去最大級の地震だった。道路の寸断、停電や通信網の損壊などもあり、半月が過ぎた現在も被害の全貌はつかめていない。
圧倒的な情報不足の中で行われた初期報道で突出していたのが、5日に放送されたNHKスペシャル「最新報告 能登半島地震〜命の危機いまも〜」である。現地で何が起きたのか、なぜ起きたのかに迫っていたからだ。
番組は倒壊した家屋からの救出作業、災害派遣医療チームの活動、孤立集落の現状などを伝えた上で、何が地震を引き起こしたのかを考察する。
京都大学防災研究所の西村卓也教授は、「GNSS(衛星測位システム)」を使って能登半島の地盤の動きを調べてきた。
その結果、2010年からの2年間で「水平方向に最大3センチ、垂直方向に最大7センチ」の動きがあったという。
通常は年に1ミリ程度であり、これは異常な値だ。その原因として、地下の深い所から上がってきた高温・高圧の水である「流体」の存在を挙げる。
流体が「断層」に流れ込み、滑りやすくなった断層がズレることで地震が多発。それによってさらに断層が大規模に破壊され、結果的に大地震が発生したのだ。
西村教授は以前から自治体などに対して警鐘を鳴らしてきたが、「事前に想定していたシナリオの中でもワーストシナリオの事態が起きてしまった」と言う。
また地震工学を専門とする愛媛大学の森伸一郎教授は、穴水町などで損壊家屋の実態調査を行っている。今回の被害の特徴は、強い揺れが繰り返されたことで建物の強度が低下する「累積損傷」だと指摘する。
100の揺れが1回の場合より、80の揺れが2回のほうが被害が大きい。特に古い家屋の「耐震補強」の重要性を強調した。
この番組は現地の被害を取材しただけのリポートではない。今回の地震に関する有益な「知見」を、わかりやすい形で見る側に提供していたのだ。それは能登半島における今後の対応だけでなく、各地で続いている地震と向き合うヒントでもある。
何より、これだけの内容を災害発生からわずか4日の時点で放送したことに大きな意義があった。
(しんぶん赤旗「波動」2024.01.18)
『カムカム』安子(上白石萌音)を思わせる、
『ブギウギ』小夜(富田望生)の「戦争花嫁」
先週の連続テレビ小説『ブギウギ』。スズ子(趣里)にとって、大きな「出会い」と「別れ」がありました。
出会いは、「エノケン」こと榎本健一ならぬ、「タナケン」こと棚橋健二(生瀬勝久)です。
喜劇王・タナケンと共演した舞台『舞台よ!踊れ!』の成功は、スズ子を更なる人気者へと押し上げていきます。
そして、「別れ」のほうは、スズ子の付き人を務めてきてくれた、小夜(富田望生)の渡米でした。
「戦争花嫁」という生き方
小夜の相手は、進駐軍のアメリカ人兵士・サム(ジャック・ケネディ)。
当初、スズ子はこの交際に猛反対し、小夜は反発しました。しかし、小夜とサムが2人そろって自分たちの思いや決意を語ったことで、スズ子も納得し、祝福したのです。
小夜はサムと共にアメリカへと向かいました。いわゆる「戦争花嫁」になったのです。
「戦争花嫁」は、戦後の日本に占領軍として駐留していた、米国の軍人と結婚して渡米した女性たちを指す言葉です。その数は4~5万人とも、10万人ともいわれています。
当時は「戦勝国の軍人と結婚して故国を捨てた女性」といったイメージを持たれ、世間から白眼視された人も少なくありません。
『カムカムエヴリバディ』の安子
戦争花嫁たちの回想やインタビューによれば、米兵との結婚・渡米を選んだ事情は様々です。
戦後の混乱の中で、自分にとっての明るい未来が見えなかったという人もいれば、それまでとは違った生き方を望んだ人もいたようです。
小夜を見ながら、同じ朝ドラということで、『カムカムエヴリバディ』の安子(上白石萌音)を思い出しました。
大切な一人娘との関係も含め、すべてに絶望した安子を救ったのが、占領軍のロバート・ローズウッド中尉(村雨辰剛)です。
安子が、ハリウッド映画のキャスティング・ディレクター「アニー・ヒラカワ(森山良子)」として来日するのは、それから半世紀が過ぎた頃。
孫のひなた(川栄李奈)を介して、娘のるい(深津絵里)との和解も実現しました。
小夜にも「幸多かれ」
小夜もそうですが、戦争花嫁の女性たちには、リスクを覚悟で「自分の人生を切り開こう」という強い意思を感じます。
とはいえ、あの時代、それは簡単なことではなかったはずです。なぜなら、国内外の社会背景が現在とは大きく異なっていました。
公民権運動が起きる前のアメリカでは、主に黒人に対する人種差別は今とは比較にならないほど激しいものがありました。
また、日本人を含むアジア系に対する偏見も当たり前の厳しい時代でした。そんな時代を戦争花嫁たちは生き抜いていったのです。
小夜にも「幸多かれ」と祈りたくなります。
そして、いつかスズ子が元気でいるうちに、小夜がひょっこりアメリカからやって来て、うれしい再会を見ることができたら……。
そんなことを思う、第16週でありました。
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
チャールズ・M・シュルツ美術館ほか:著、谷川俊太郎ほか:訳
『チャールズ・M・シュルツと『ピーナッツ』の世界
~スヌーピーの生みの親の創作と人生100』
河出書房新社 4290円
本書はチャーリー・ブラウンやスヌーピーの生みの親、シュルツの生誕100周年を記念して刊行された。「シュルツ美術館」初の公式図録であり、館内の展示を見て歩くような感覚で、作者と作品の軌跡に触れることができる。最古の原画、初の単行本やキャラクター人形、名作番組の脚本とセル画、さらに『ピーナッツ』の最終回も並ぶ。30年も使い続け、表面がすり減った作画机に触れてみたくなる。(2023.11.30発行)
麻田 実『舞台の上の殺人現場~「ミステリ×演劇」を見る』
鳥影社 1980円
ミステリと演劇が交錯する「ミステリ演劇」。古今東西の名作を紹介する本書は、その魅力を再認識させてくれる。ミステリの要件を踏まえた、シェイクスピアの『ハムレット』。初演から70年後の現在も上演が続く、アガサ・クリスティーの『ねずみとり』。そして江戸川乱歩の原作を三島由紀夫が戯曲にした『黒蜥蜴』。人間が生み出す普遍的な謎を、目の前で解き明かしていく独特の醍醐味がある。(2023.11.20発行)
阿部珠樹
『神様は返事を書かない~スポーツノンフィクション傑作選』
文藝春秋 2530円
著者は、フリーライターとして30年以上もスポーツに関する記事を書き、2015年に57歳で亡くなった。本書は雑誌「Number」と「優駿」で発表された珠玉集だ。伝説の4割打者、テッド・ウイリアムスの独白。1992アジア杯での日本サッカーチームの戦い。長嶋茂雄が語る日本野球。メジロマックイーンとトウカイテイオーの激闘など42篇。あらゆるスポーツを愛し、見つめ続けた男の記念碑である。(2023.11.30発行)
【週刊新潮 2024.01.18号】