碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

「あまちゃん」完結編としての紅白歌合戦

2013年12月31日 | テレビ・ラジオ・メディア



やるなあ、NHK。

紅白歌合戦での「あまちゃん」、すごかったなあ。

予想していたものは、ぜ~んぶ、やってくれました(笑)。

だって・・・・

ユイちゃんは、長年の夢が叶い、上京することができた。

もちろん、アキもまた「潮騒のメモリーズ」として、ユイと一緒にステージで歌うことができた。

GMT47は、念願の全国デビューができた。

アメ女の「暦の上ではディセンバー」も、この日のための歌だったのかも(笑)。

いや、それだけじゃない。

天野春子もまた、あれほど憧れていた舞台に立つことができたのだ。


もしかしたら、「あまちゃん」はこの紅白で、ようやく完結したのではないか。

「あまちゃん」完結編としての紅白歌合戦(笑)。

いやはや、今年は最後まで「あまちゃん」の年でした。






















【気まぐれ写真館】 信州夕景  2013.12.31

2013年12月31日 | 気まぐれ写真館

<大晦日特別企画> 再録!「あまちゃん」緊急座談会

2013年12月31日 | テレビ・ラジオ・メディア

2013年のテレビを振り返ってみると、最も印象に残っているのは、やはり「あまちゃん」です。

1本のドラマをめぐって、これだけたくさんの取材を受けたという体験もありませんでした。

新聞や雑誌で行った解説やコメントは、このブログの右側にある「新聞・雑誌でのコメント・論評」欄をチェックしてみてください。


さて、大晦日特別企画として(笑)、今もたくさんの方々が読んでくださる、「週刊現代」(2013.06.01号)の座談会を再録したいと思います。

ご一緒したのは、元NHKアナウンサーの松平定知さんと、アイドル評論家の中森明夫さん。

「あまちゃん」の放送が始まってからまだ間もない、5月というタイミングで行われた緊急座談会です。

それでも、このドラマの画期的なこと、その核心部分には、しっかり触れていたのではないでしょうか。

予測部分は、当たっていたこと、外れていたこと、いずれも面白い(笑)。

とにかく、3人のおじさんたちが、これだけ熱く語っているだけで、半端じゃないドラマだったことが分かります。



【緊急座談会】
松平定知×碓井広義×中森明夫

じぇじぇじぇ! 
連ドラ『あまちゃん』にハマっちゃったべ


ありえない透明感

松平 『あまちゃん』のロケ地である岩手県久慈市はこのGW、観光客が押し寄せて大盛況だったみたいですね。これから夏にかけてもっと増えるでしょう。
中森 初回から安定して20%超えという高視聴率ですからね。単純計算すればおよそ2500万人が見ていることになる。
碓井 私は長年朝ドラを見続けていますが、『あまちゃん』は10年にひとつの傑作だと思っています。
松平 私も毎朝欠かさず、家内と一緒に見ています。数少ない夫婦団欒の時間になっています(笑)。
中森 私は脚本がクドカン(宮藤官九郎)で、小泉今日子が出るというから、見始めたんです。すると想定を超えて面白くって、毎朝ツイッターで実況しています。それに反応して達増拓也岩手県知事も連絡をとってきてくれたりして、盛り上がりは大変なもの。こういう中高年男性は案外多いんじゃないかなあ。
碓井 老若男女、どの世代にも受け入れられるつくりになっていますよね。能年玲奈演じるヒロイン・アキ、小泉今日子演じる母・春子、宮本信子演じる祖母・夏と3世代の物語を本当にバランスよく織り交ぜていますから。実際うちの母は80代ですが、私と同じように毎朝笑いながら見ています。
中森 私にとってはなによりヒロイン。能年玲奈ですよ。かわいい! 長年忘れていた「透明感」という言葉を思い出させてくれました。
碓井 魅力的な美少女ですよね。いやらしさを感じない。純朴な天然少女を演じてもわざとらしくない。一生懸命で応援したくなる。スター女優の才を感じます。
中森 ヒロインの能年玲奈と、その親友役の橋本愛は10年、映画『告白』ですでに共演しているんです。中島哲也監督はそのキャスティングの際、「中学生の話だから、役者も15歳以下に絞る」とこだわったんですが、唯一オーバーエイジで選んだのが当時16歳の能年玲奈だった。中島監督は当時から「彼女は特別だから」と明言していました。
 そんな美少女が、海女のかすりはんてんを着て海に飛び込み、潜る。その躍動する姿だけでも見る価値がありますよ。
松平 たしかに水しぶきをあげて飛び込むシーンは、清々しい気持ちになりますね。朝見るのに最適だと思います。
碓井 『あまちゃん』の素潜りの映像の力はすごいですよ。見ているだけで楽しい。海底の青い画面は美しいし、ボンベをしないから顔も見える。テレビドラマにおける発明だと思います。
中森 海から上がってきたら全身びしょびしょで、そこもまたかわいい。彼女を見ると幸せな気分になりますよ。

実在の小泉今日子について

松平 東北弁が織り込まれた台詞がまたいいですよね。エスプリが利いていて実に面白い。言葉そのものは平易なんですが、これが実際に掛け合いになると、途端に生き生きとしてくる。特に北三陸の地元民の方々の会話は傑作で、ずっと聴いていたいくらい。毎日一言一句聞き逃すまいとしていますよ。
碓井 ユーモラスな会話劇に定評のあるクドカン脚本ですからね。でも、やはり松平さんのような言葉のプロだとそういうところを気にされるんですね。
松平 一つだけ気になっていることがあるんですよ。皆さん「あまちゃん」の「ま」にアクセントを置いて発音されていますが、それでは「海女」ではなくて「尼」になってしまう。正しいアクセントは「あ」のところだと思うんです。
中森 言われてみればそうですね。
松平 もしかしたら東北の方言なのかもしれませんが、少し気になります。
碓井 方言と言えば「じぇじぇじぇ!」(東北の方言で、驚いたときに使う)ですよね。ヒロインの能年玲奈じだけじゃなく、登場人物がことごとく言うから、不思議に耳に残る。
中森 流行語大賞狙えるんじゃないでしょうか。私もツイッターやメールで頻繁に使ってます(笑)。
松平 しかし主演の能年さんだけでなく、杉本哲太さん、木野花さん、渡辺えりさん、荒川良々さんなど、バイプレイヤーも抜群ですよね。
碓井 キャスティングも本当に素晴らしいですね。おそらくこれほど舞台の実力者が出演している朝ドラはかつてなかった。
 それになんと言っても小泉今日子。かつてのアイドルが本当にいい女優になりました。あのキョンキョンがほとんどノーメークということで、旧来のファンからは少なからず批判もあるそうですが、おかげで40代女性のリアリティを表現できている。
松平 アキが新人海女として地元のアイドルになって、テレビ出演が決まりそうになったとき、あのキョンキョンが自分の娘に向かって「あんたみたいなブスがアイドルになれるわけないでしょ!」って叫ぶんですから、驚きましたよ。
碓井 でも彼女がそんなに激する理由も、物語が進展して、わかってきた。小泉今日子演じる春子は実は「アイドルを目指して上京して夢破れた主婦」だった。だから、たいした意志もなくアイドルになろうとしている娘に嫉妬していたわけです。
中森 アイドル中のアイドルである小泉今日子が、アイドルのなりそこないを演じるんだから、たまらないですよ。にくいキャスティングです。
碓井 上京した時のまま、時間が止まったように保存されている春子の部屋には、当時の春子の憧れのアイドル・松田聖子のポスターがでかでかと張ってある。
中森 その部屋を春子が出て上京したのは1984年という設定なんですが、なぜ1984年なのか。ここが重要だと思うんです。
 現実のその年、キョンキョンは『渚のはいから人魚』で初めてオリコン1位を獲得し、トップアイドルになっています。でもその部屋を埋め尽くすポスターやレコードには、松田聖子や山口百恵はいても、キョンキョンはいない。つまり『あまちゃん』の世界は、「小泉今日子がアイドルとして成功できなかった」パラレルワールド。言わば『あまちゃん』はクドカン版『1Q84』なんですよ。
松平 おお! なるほど!(笑)


3・11をどう描くか

中森 これでクドカンも一躍国民作家ですね。
碓井 彼も元々はマイナーな舞台人。ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)や映画『GO!』でゼロ年代初頭に颯爽と登場し、一部の若者には絶大な支持を得ていたけれど、幅広い層にウケる脚本家ではなかった。だからクドカンにとって『あまちゃん』は、言わば第二のメジャーデビュー作。勝負の一作だったはずです。
中森 この他にも、八木亜希子が元女子アナ役だったり、今後薬師丸ひろ子がアイドル役で登場予定だったり、ドラマ世界と現実世界が入り交じっていて、様々な深読みができる。それもこのドラマの面白いところだと思います。
松平 王道的な朝ドラとしてしっかりクオリティを保ちながら、こうしてツッコミどころをたくさん仕込んでくるクドカンの手腕というのは恐ろしいですね。
中森 本当に脱帽ですよ。先日は、アキの親友役の橋本愛が、映画で共演した俳優の落合モトキとフライデーされ、その翌週に落合が『あまちゃん』に登場したりして、「これもクドカンの演出なのか?」と一瞬疑ってしまった。それも『あまちゃん』が現実と虚構を越境するドラマになっているからです。
松平 NHKの公式発表によれば、ドラマの後半、アキが上京してアイドルグループ『GMT(ジモト)47』の一員として奮闘する物語になるとか。海女ドラマからアイドルドラマに大きく舵を切るようですね。私としてはついていけるか不安です(笑)。
中森 私にとっては望むところなんですが(笑)。
でもそういう展開になったときに、中年男性の水先案内人を務めるのが小泉今日子でしょう。小泉今日子というのは、特別なアイドル。30年間アイドルとしてやってきて、いまでもアイドルです。このドラマは彼女がいたからこそ成立したと言えます。小泉今日子は影の主役といってもいいかもしれない。
碓井 今後のことで言えば、もう一つ気になるのが、東北(宮城県)出身のクドカンが、3・11をどう描くか、ということです。おそらくそのために、『あまちゃん』の舞台は、わざわざ08年と少しだけ過去に設定されている。
中森 朝ドラというのは本来、女の一代記であると同時に、戦争の物語でもあるんですよ。『おしん』だって『澪つくし』だって、戦争がドラマの重要なファクターとなっていました。だから終戦記念日の頃になるともんぺを履いて空襲、というのがかつての朝ドラのパターン。近年はすっかり忘れ去られていましたが、『あまちゃん』では3・11が戦争の代わりになるわけです。
碓井 被災から2年が経ちますが、日本のドラマはまだ一度も正面から東日本大震災を描けていません。昨年の話題作『最高の離婚』(フジ系)は震災をきっかけに結婚した夫婦のドラマでしたが、舞台は東京だった。おそらく『あまちゃん』は日本初の本格的震災ドラマになります。
中森 能年玲奈のいまの凛々しくかわいらしい顔が、3・11という極限を前にした時、どう変わるのか。その顔が見たい。
碓井 その震災の描き方の予想のひとつのカギは、ナレーションだ、という話があります。
松平 ナレーションは祖母・夏役の宮本信子さんが担当されていますよね。あれもハマリ役だと思います。
碓井 ナレーションは普通、第三者的に、いわゆる神の視点で物語をナビゲートするか、登場人物が回想として心の声をナレーションするか、のどちらか。でもこの夏のナレーションは、その両方をこなし、さらに夏以外の登場人物の心の声も語る。役も神も超越してしまっているわけです。
 ここから「夏は11年の震災で亡くなってしまうのではないか。そして霊となって08年に遡行してアキたちを見守っているのではないか」という予測もあるようです。
中森 鋭い意見ですね。そう考えれば色々と合致してくる。
松平 震災後、アキはどんな行動をとると皆さんは予想されますか?
碓井 アイドルとして三陸に戻るんじゃないでしょうか。被災した地元の人々の元に駆けつけ、震災と向き合う。そこにアイドルを描くことの意味があると思うんです。

ドラマと現実の境目が消える

中森 震災以来、現実のアイドルであるAKB48が被災地訪問を続けている姿と重なりますね。
碓井 そうですね。中森さんのような専門家の前でアイドルを語るのもおこがましいのですが、私はアイドルというものは、人を元気にさせる存在だと定義しています。その意味でアイドルは、最も遠いように見えて、最も朝ドラのヒロインにふさわしい職業かもしれない。
中森 私は能年玲奈が劇中のアイドル名義でCDデビューするんじゃないかと睨んでいるんですよ。それで紅白歌合戦に出場する、と。朝ドラ主演女優としてではなく、「天野アキ」という歌手として。
 97年の朝ドラ『ふたりっ子』では、劇中歌手のオーロラ輝子がCDを出して大ヒット、その年の紅白にも出場しましたから、ありえない話ではない。
松平 大友良英作曲、クドカン作詞で、小泉今日子が歌うドラマオリジナル曲『潮騒のメモリー』も発表されましたからね。期待していいかもしれません。
碓井 そうなるといよいよ現実と虚構がないまぜですね。面白くなりそうです。
中森 『あまちゃん』は本当に文句なしのドラマなんだけど、ひとつだけ苦言があるんですよ。ドラマの直後に始まる『あさイチ』です。
 キャスターの有働由美子アナと井ノ原快彦(∨6)が、冒頭でいちいち「じぇじぇ!」とか言いながら、ドラマの感想をコメントするんです。せっかく爽やかな気分になっているのに、急に現実に戻される。あれはやめていただきたい(笑)。
碓井 わからないでもありませんが……。
中森 だから最近は『あまちゃん』が終わったら慌ててテレビを消すようになりました。
松平 私はノーコメントで(笑)。

(週刊現代 2013.06.01号)



2013年 テレビは何を映してきたか (12月編)

2013年12月31日 | テレビは何を映してきたか 2010年~13年
ハワイ島 2013


「日刊ゲンダイ」に連載している番組時評「TV見るべきものは!!」で
振り返る2013年のテレビ。

ついに12月です。

追いつきました(笑)。


2013年 テレビは何を映してきたか (12月編)

「オリンピックの身代金」 テレビ朝日

 先週末、テレビ朝日が2夜連続で「オリンピックの身代金」を放送した。1964年の夏、東京五輪をめぐって繰り広げられる緊迫のサスペンスだ。
 東大院生・島崎(松山ケンイチ)の兄が五輪施設の工事現場で急死する。出稼ぎとして無理を重ねた結果だった。日本の経済成長を支えながらその犠牲となる人々と、置き去りにされる地方の現実に憤った島崎は、国家を相手の犯行計画を練る。
 事件を追うのは捜査一課の落合(竹野内豊)。自身の戦争体験、妹・有美(黒木メイサ)と島崎の関わりなど、その心中は複雑だ。藤田明二監督は正攻法で男たちの心情と行動を描いていく。50年前の東京や群衆シーンにも手抜きはない。全体として大人の鑑賞に耐える堂々の大作となった。
 それにしてもこの豪華なキャストはどうだ。メインはもちろん、天海祐希、江角マキコ、唐沢寿明、沢村一樹、柄本明などが出演時間の長短に関わらず脇を固めていた。20年ほど前、売れっ子俳優や人気タレントの中には「2ケタの局には出ない」とうそぶく人たちもいたのだ。2ケタとは当時のテレビ朝日が10チャンネル、テレビ東京が12チャンネルだったことを指す。思えば隔世の感だ。
 この企画は7年後の東京五輪開催の決定前から進んでいた。いわば賭けであり、それに勝つのもまた現在のテレ朝らしい。

(2013.12.03掲載)


「太陽の罠」 NHK

 NHK土曜ドラマ「太陽の罠」は3つの側面をもつ。まず太陽光発電とその特許をめぐる企業ドラマであること。次に1人の女をはさんで2人の男が対峙する恋愛ドラマ。そして全体の仕立てはサスペンスドラマだ。
 太陽光パネルの開発に社運を賭けるメイオウ電機が、パテント・トロールと呼ばれるアメリカの特許マフィアから訴訟を起こされる。社内の情報漏えいが指摘され、ある若手社員(AAAの西島隆弘、熱演)が疑われる。しかも彼は開発部長(伊武雅刀)に対する殺人未遂の罪まで背負わされてしまうのだ。
事件の背後には西島の上司(尾美としのり)や年上の妻(伊藤歩)、謎の企業コンサルタント(塚本高史)などがいる。彼らもそれぞれ秘密を抱えているところがミソだ。そうそう、刑事役の吉田栄作も中年男のいい味を出している。
 脚本は大島里美(「恋するハエ女」で市川森一賞)のオリジナル。企業、恋愛、サスペンスの3要素を盛り込みながら、視聴者にどのタイミングで何をどこまで教えるのか、その計算が実に緻密だ。おかげで、見る側も幻惑されながら推理を楽しむことができる。
 現在、全4回のうち前半が終わったところだ。特許戦争の行方。尾美の精神状態。伊藤の真意。塚本の狙い。そして西島の決着。まさにここからが佳境だろう。

(2013.12.10掲載)


「林修先生の今やる!ハイスクールSP」 テレビ朝日

 日本人は学ぶことが好きだ。また、教えられ好きでもある。「世界一受けたい授業」(日本テレビ)や「そうだったのか!学べるニュース」(テレビ朝日)のようなバラエティは、この特性を活かしたものだ。
 先週金曜に放送された「林修先生の今やる!ハイスクールSP」(テレビ朝日)も、そんな“教えて!系”バラエティーの1本だ。林といえば、例の「今でしょ!」が流行語大賞を受賞。今年、各局で引っ張りダコだった文化人の一人だ。
 とはいえ、この番組の林は教える立場ではない。逆に生徒となって学ぶというのがミソだ。しかも講師として登場したのが作家の百田尚樹。『永遠の0』『海賊とよばれた男』などのベストセラーを放ち、最近ではNHK経営委員への抜擢が話題となった。こちらもまた「時の人」である。
 今回の講義は「ベストセラーの作り方」がテーマだ。出版界の現状、作品づくり、作家の収入など具体的な話が並んだ。たとえば小説は頭から書かず、書きたい場面をストックしていき、最後に再構成する。また書店員を味方につけるのが本を売る秘訣だという。
 何しろ生徒役が林と伊集院光なので、百田先生も教え甲斐がある。見る側もつい身を乗り出す説得力があった。仕掛けと工夫次第で、“教えて!系”バラエティーのブームは来年も続きそうだ。

(2013.12.17掲載)


「TV見るべきものは!!」年末拡大SP 総括!2013年のテレビ 

 日本でテレビ放送が開始されてから60周年を迎えた2013年。将来編まれる放送史には、「あまちゃん」(NHK)と「半沢直樹」(TBS)の年だったと記されるはずだ。近年その凋落ぶりばかりが話題となっていたテレビだが、中身によっては見る人たちの気持ちを動かせることを再認識させた意義は大きい。
 しかし、その一方でテレビが自らの首を絞めるような不祥事も多かった。まず、ガチンコ対決を標榜してきた「ほこ×たて」(フジテレビ)のヤラセ問題だ。「どんな物でも捕えるスナイパー軍団vs.絶対に捕らえられないラジコン軍団」で、対決の順番を入れ替えるなど偽造を施していたのだ。また、猿とラジコンカーの勝負では、猿の首に釣り糸を巻いてラジコンカーで引っ張り、猿が追いかけているように見せていたという。特に後者は動物虐待でもある悪質な演出だ。
 さらに問題なのは、過去の真剣勝負まで疑いの目で見られたことだろう。町工場の職人技など、「モノづくり日本」の底力をバラエティーの形で見せてきた功績も、視聴者を裏切る形で損なわれてしまった。一連の背後には、かつての「発掘!あるある大事典Ⅱ」(関西テレビ)のデータねつ造事件と同様、テレビ局と制作会社の関係における構造的な問題も存在する。BPO(放送倫理検証機構)はこの件の審議入りを決めたが、ぜひ深層にまでメスを入れて欲しい。
 次に、テレビ朝日のプロデューサーによる1億4千万円の横領事件。制作会社に架空の代金を請求するという、あまりに古典的かつ不用意な手口と金額の大きさに呆れるばかりだ。新2強時代といわれ、視聴率で日本テレビとトップ争いをするまでになったテレビ朝日のイメージダウンだけでなく、テレビ業界全体の体質とモラルが疑われる事件だった。
 また、今年はみのもんたの番組降板騒動もあった。本人は降板の理由を、次男が窃盗未遂容疑で逮捕されたことによる「親の責任」に限定していたが、それだけではないことを視聴者は知っている。社長を務める水道メーター会社が関わった談合問題、取材対象でもある政治家たちとの近い距離、度重なるセクハラ疑惑など不信感の蓄積があったのだ。
 同時に、視聴率を稼ぐタレントであること、局の上層部と関係が深いことなどから、毅然たる判断を保留し続けたTBSに対しても視聴者は冷ややかな目を向けた。前述のヤラセ問題や横領事件などと併せて、「所詮テレビはこんなもの」と思わせてしまったことは、身から出た錆とはいえ残念でならない。
 最後に特定秘密保護法である。正面切ってこの悪法に反対したテレビ局があっただろうか。いや、百歩譲って、この悪法の問題点をどこまで本気で伝えただろうか。報道機関として自身も多くの制約を受けることよりも、政権や監督官庁の顔色を気にして鳴りを潜めていたとしか言いようがない。こうした態度もまたテレビへの不信感を助長させるものだ。
 「あまちゃん」と「半沢直樹」で、一時的とはいえ輝きを見せたテレビ。来年の盛り上がりが、ソチオリンピックとワールドカップ・ブラジル大会だけでないことを祈りたい。

(2013.12.24掲載)


・・・・今年も、この日刊ゲンダイの連載をご愛読いただき、ありがとうございました。

年明け、2014年の「TV見るべきものは!!」は、1月第2週からスタート。

来年も、どうぞよろしく、お願いいたします!




2013年 テレビは何を映してきたか (11月編)

2013年12月31日 | テレビは何を映してきたか 2010年~13年
ハワイ島 2013


「日刊ゲンダイ」に連載している番組時評「TV見るべきものは!!」で
振り返る2013年のテレビ。

11月分です。


2013年 テレビは何を映してきたか (11月編)

「ごちそうさん」 NHK

 NHK朝ドラ「ごちそうさん」、大健闘である。前作「あまちゃん」が国民的ドラマと呼ばれるほどに大化けしたので、後任としてのプレッシャーは相当強かったはずだ。しかし、蓋を開けてみれば週間視聴率は20%半ばをキープし、スタートから4週連続首位と絶好調だ。その理由は何なのか。
 まずはヒロイン・め以子(杏)の人物像だ。子どもの頃から食べることに関しては飛びぬけているが、それ以外は「おいおい、大丈夫か?」と思ってしまうくらい普通の女性。どこにでもいそうだからこそ視聴者は親近感を覚え、構えずに見ることができる。
 次に料理の魅力だ。朝ドラは朝食の時間であり、ご飯を食べるシーンが多いドラマは、見るだけで満腹になるのが欝陶しい。だが、そんな心配も不要だった。料理が美味そうなだけでなく、とにかく美しいのだ。だから“胃もたれ感”もない。これはフードスタイリスト・飯島奈美の手腕だろう。「かもめ食堂」などの映画や、東京ガスのCMなど、料理が重要な役割を果たす映像作品で頼りにされるのも当然だ。
 そして何より、ドラマ全体が丁寧に、ゆったりと作られていることが大きい。「あまちゃん」が剛速球だったとすれば、「ごちそうさん」はほっこりしたスローカーブだ。今週から突入した大阪編で、そこにエグ味が加わるのも期待大である。

(2013.11.05掲載)


「午前零時の岡村隆史」 TBS

 ナインティナインの岡村隆史が単独司会の新番組を始めるというので見てみた。TBS「午前零時の岡村隆史」(水曜夜11時58分)である。
 6日の第1回目は「岡村と99人の仲間たち」。 岡村会の99人が路上に落ちているお金を探す。1日でどれくらいの金額になるかという企画だ。
 その理由が笑える。あの滝川クリステルが「お・も・て・な・し」のプレゼンで語ったように、日本では1年間に3000万ドル(30億円)の現金が警察に届けられる。だが、実際に落としたとされる総額は84億円。ならば残りの54億円を見つけ出そうというのだ。
 「ウオーリーを探せ!」とそっくりな赤いボーダーシャツを着た99人が、渋谷や新宿など15ヵ所の繁華街に散って、自動販売機の下や植え込みの中を探す。一円玉から複数の財布までが出てきて、合計1万1168円也。これを警察に届けた。
 確かにバカバカしい内容だ。しかし、「バカバカしいことをマジでやるバラエティー」としては“買い”かもしれない。それに、岡村が99人に指示を出すだけではなく、自分も自販機の下を覗き込んでいたところがいい。しかも別の番組の収録があって、途中でいなくなる様子まで見せていた。
 この番組を担当するのは「入社10年目以下のディレクター」だ。企画力も含め、彼らがどこまで頑張るかで成否が決まる。

(2013.11.12掲載)


「夫のカノジョ」 TBS

 TBSの連ドラ「夫のカノジョ」(木曜夜9時)が、先週14日に視聴率3.1%を記録した。これはすごい。初回4.7%でスタート。第2話が4.8%、第3話は3.7%、そしてあわや2%台かというところを踏みとどまった状態だ。
 もちろん裏の「ドクターX」が強いことだけが原因ではない。2人のカラダが入れ替わるという設定は映画「転校生」をはじめ、ドラマ「パパとムスメの7日間」、「山田くんと7人の魔女」など前例だらけだ。
また、入れ替わる39歳の主婦(鈴木砂羽)と20歳のOL(川口春奈)の関係が、「妻が夫の愛人だと誤解した」だけという設定も実に弱い。そして一番の欠点は、中途半端なドタバタ劇のようなストーリーが幼稚なこと。ナレーションを子役の鈴木福くんが担当しているのも象徴的だ。
 しかし、この瀕死のドラマにも「見るべきもの」はある。それは鈴木砂羽だ。ホクトの「きのこCM」で見せた“主婦のエロス”は秀逸だった。残念ながら一週間で放送打ち切りになったが、このドラマの行方によっては鈴木に「打ち切り女優」のレッテルが貼られてしまう。それはイカン。
 現状でも打ち切りは十分あり得る。視聴率が2%台まで落ちたら本当に終わるだろう。そうでなくても「ゴールデンの3%ドラマ」自体、貴重な“生ける伝説”である。見るなら早いほうがいい。

(2013.11.19掲載)


「解禁!暴露ナイト」 テレビ東京

 テレビ東京「解禁!暴露ナイト」(木曜夜11時58分)が始まったのは昨年の秋だ。うたい文句は、「職業の裏側、大事件の裏側、ニッポンの裏側、芸能界の裏側、など様々な世界の裏側を知り尽くした人物が大暴露!」。深夜ならではのゲリラ番組として、堂々の2年目に突入している。
 先週も話題は多岐にわたった。冒頭は厚労省の村木厚子さんが逮捕された「大阪地検特捜部・証拠でっち上げ事件」だ。取材を続けてきたジャーナリストが実名で登場し、「逮捕できるよう事実関係を合わせていく」という検察のハウツーを暴露していた。
 次に現役の競馬エージェントが騎手や馬主の表に出ない話を開陳。騎手には酒好きが多く、「その日の1レース前に検問したら全部アウト」などと大胆に発言していた。さらに弁護士が解説する悪質NPOや偽装質屋の手口にも驚かされた。
 番組を見ていると、初回の放送だけで打ち切りとなった、「マツコの日本ボカシ話」(TBS)を思い出す。当事者を登場させようという狙いは悪くなかったが、表現や演出手法でつまずいた。同じ轍を踏まないよう、ぜひ気をつけて欲しい。
 また、それ以上に気になるのが秘密保護法案だ。成立したら、この手の暴露番組も、何がどう抵触したのか分からないまま潰されるだろう。やはり悪法と言わざるを得ない。

(2013.11.26掲載)


【気まぐれ写真館】 信州へ 2013.12.31

2013年12月31日 | 気まぐれ写真館

2013年 テレビは何を映してきたか (10月編)

2013年12月31日 | テレビは何を映してきたか 2010年~13年
ハワイ島 2013


「日刊ゲンダイ」に連載している番組時評「TV見るべきものは!!」で
振り返る2013年のテレビ。

こちらも何とか10月まで来ましたが、もう大晦日ですね(笑)。



2013年 テレビは何を映してきたか (10月編)

「ボクらの時代」 フジテレビ

 映画「そして父になる」の是枝裕和監督と主演の福山雅治、そして共演のリリー・フランキーが、フジテレビのトーク番組「ボクらの時代」(日曜朝7時)に登場した。
 映画の公開前後に、出演者や監督がメディアに露出するのは当たり前になっている。しかし、視聴者はゲストと称する彼らを見ても、「ああ、またか」としか思わない。それは「宣伝だから出てやった」という傲慢さや、「観客動員につながる」というソロバン勘定が透けて見えるからだ。
 その意味で今回の番組は異色だった。PRうんぬんを超えて彼らの話が興味深かったのだ。まず、無類の清潔・整理好きの福山が可笑しい。居酒屋では飲みながらテーブルをおしぼりで拭いている。自分の部屋ではテレビのリモコンの定位置も守る。仕事以外でストレスを溜めないための努力だが、神経質に聞こえないところが実に福山らしい。
 また是枝監督の少年時代。働く母親の姿を見て、「グレてなんかいられない」と思ったという話も、リリー言うところの「おだやかな映画監督」らしいエピソードだった。
 この番組の良さは、あえて司会者を置かずに、出演者たちの自然な会話を大事にしていることだ。それに、うるさい「話し言葉のテロップ表示」もない。トーク番組のキモはテーマとキャスティング。中身のある人間の話には誰もが耳を傾ける。

(2013.10.01)


「ファミリーヒストリー」 NHK

 俳優やタレントの家族の歴史をさかのぼるドキュメンタリー番組「ファミリーヒストリー」。昨年の「浅野忠信編」などが評判を呼んだこともあり、この秋、レギュラー(金曜夜10時)となった。
 先週は今田耕司編だ。母方と父方、それぞれの曾祖父までリサーチが行われていく。軸となっているのは今田の母・良子さんのヒストリーだ。パラオで育ち、戦争で引き揚げてきた経験をもつ。では、なぜ祖父母はパラオにいたのか。それを探っていくと、戦前の庶民の生き方が見えてきた。
 戦況の悪化でパラオから引き揚げることになった幼い良子さん。母親と2人で乗るはずだった貨客船は米軍の攻撃で沈没。自分たちの船は奇跡的に横浜へたどり着く。後年、必死で自分を守ってくれた母親が、実は「育ての母」だったことを知る。
 今田の父方の曾祖父は大阪で炭屋を営んでいた。だが、その息子である祖父は東京で僧侶となる。ここにもまた今田本人が驚くようなエピソードがあった。自分の存在自体が、人の意思だけでなく様々な偶然で成り立っていることがわかる。
 思えば、私たちは自分の両親の生い立ちや子ども時代のことを知らなかったりする。ましてや祖父母となると・・。この番組をきっかけに、家族の話に耳を傾けてみるのもいいかもしれない。それは自分自身を知ることにつながるからだ。

(2013.10.08)


「独身貴族」 フジテレビ

 最初にタイトルを知った時、「まずいなあ」と思った。フジテレビの新ドラマ「独身貴族」(木曜夜10時)である。独身貴族って半分もう死語じゃないのか。もっと言えば、時代とズレているような気がしたのだ。
 主演はSMAPの草剛。映画製作会社の社長で経済的にも恵まれており、結婚には否定的だ。一緒に暮らすのは弟の伊藤英明。同じ会社の専務だが、こちらは相当な女好きで現在離婚調停中だ。
 このドラマが彼らのバブリーな独身貴族ぶりを描くだけなら、大人が見る必要はない。しかし、思わぬ伏兵がいた。北川景子である。脚本家を目指す彼女の作品を巨匠の名前で映画会社に提出したことで物語が動き出す。
 脚本は「アンフェア」の佐藤嗣麻子。映画「ALLWAYS・三丁目の夕日」の山崎貴監督は夫だ。デフォルメされてはいるが、フジテレビが得意とする映画製作の一端を垣間見せている。今後、恋愛が物語の主軸になるにせよ、“お仕事ドラマ”としても楽しめそうだ。
 そして何より北川景子のコメディエンヌぶりは一見の価値がある。お嬢様系の役柄もいいが、初主演ドラマだった「モップガール」や本作のような、ちょっとドジだが一生懸命なキャラクターがよく似合う。今回はそこに“メガネっ娘”としての魅力も加わった。同世代の綾瀬はるか、堀北真希を追撃するチャンスか。

(2013.10.15)


「ドクターX~外科医・大門未知子~」 テレビ朝日

 この秋のドラマレースで目を引くのが、テレビ朝日“シリーズ軍団”の活躍だ。初回が19・7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の「相棒」。今期最高の22・8%を記録した「ドクターX~外科医・大門未知子~」。さらに23時台の「都市伝説の女」も8・4%の高視聴率で始まった。
 この3本に共通するキーワードは「進化」だ。前シリーズのいいところを継承しながら、視聴者を飽きさせない工夫を忘れない。その好例が米倉涼子主演の「ドクターX」である。
 まず新たな舞台の設定だ。前回の帝都医大付属病院の分院から本院へ。これは「半沢直樹」が大阪西支店から東京本部に異動したようなものだ。これにより大学病院“本店”ならではの権力闘争も描けるようになった。
 次に新キャラクターの投入だ。外科統括部長に西田敏行。映画「釣りバカ日誌」の浜ちゃんもいいが、西田はアクの強いヒール役も実に上手い。そして内科統括部長は三田佳子だ。現在72歳の三田が58歳の敏腕女医を堂々と演じている。出てくるだけで画面が豪華に見えるのはさすが大女優だ。
 次期院長の座をめぐって対立するこの2人。いわばハブとマングースの戦いだが、その暗闘が激しいほど、「私、失敗しないので」とマイペースで患者の命を救っていく米倉が際立つ仕掛けだ。まさに座長芝居である。

(2013.10.22)


「サンデースクランブル」 テレビ朝日

 27日のテレビ朝日「サンデースクランブル」に出演した。テーマは、みのもんた問題。前日の土曜に行われた記者会見を踏まえ、この件を多角的に考えてみたいということで呼ばれたのだ。
 冒頭、会見の印象を聞かれた武田鉄矢さんは「痛々しくてお気の毒」と金八先生の優しさでコメント。私は70分の映像を全部見ていたので、「見事な座長芝居、ワンマンショー。ここ一番の大勝負での言葉の使い方を含め、うまかった。これでミソギを終えたと思っているのでは」と答えた。
 次に番組の降板に関して、テリー伊藤さんは以前から降板不要とおっしゃっていたが、私はそうは思えない。「自らの名前を冠した番組で、事件や不祥事に対して白黒つけてきた。その影響力を考えると、やはり公人。一般のおとうさんとは違う責任がある」と述べた。
 実は、会見での発言でとても気になる部分があった。報道番組は降りるがバラエティーは続ける。その理由は「政治や年金問題を斬ることはないから」と言うのだ。これはおかしい。政治や年金をバラエティーならではのアプローチで問うことは可能だし、行われている。発言はバラエティー全体を見下したものではないのかと指摘した。
 今回の降板、息子の問題はきっかけである。長年の“負の蓄積”を清算する時がきたのだと視聴者にはわかっている。

(2013.10.29)

2013年 こんな本を読んできた (10月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年

毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

ようやく10月分です(笑)。


2013年 こんな本を読んできた (10月編)

東野圭吾 『祈りの幕が下りる時』 
講談社 1785円

 『新参者』『麒麟の翼』などで知られる日本橋署の刑事・加賀恭一郎。シリーズ最新作は加賀の家族関係もからむ殺人事件だ。
 東京・小菅のアパートで女性の絞殺体が発見される。部屋の住人である越川睦夫は行方不明となっていた。事件の半月前、小菅に近い江戸川の河川敷で男性ホームレスの焼死体が見つかっているが、越川とは別人だった。しかし、警視庁捜査一課の松宮は2つの殺人事件の関連性を探り始める。
 そんな松宮が、従弟である加賀の姿を見かけたのは明治座だ。そこは殺された女性が亡くなる前に会っていた幼なじみ、女性演出家・浅居博美の仕事場だった。事件の担当者でもない加賀が何をしていたのか。
 人は誰しもその生い立ちと肉親とのつながりを断ち切ることはできない。冴える加賀の推理。そして浮かび上がる秘めたる愛憎。
(2013.09.13発行)


十重田裕一 『岩波茂雄~低く暮らし、高く想ふ』 
ミネルヴァ書房 2940円

 日本評伝選シリーズの最新刊は、「岩波書店」創業者の岩波茂雄だ。
 岩波は信州・諏訪の出身。一高在学中、一学年下にいた藤村操の自殺に衝撃を受けて落第。東京帝国大学を卒業して教員になるが、大正2(1913)年に書店を起業する。
 「岩波書店」の看板を書いたのは夏目漱石だ。利益を度外視して立派な書籍を作ろうとする茂雄。それをたしなめ、現実的な提案をする漱石。互いの立場を超えた関係が微笑ましい。
 大正教養主義を背景に業績も伸びる。また定価をつけて売る正札販売や、新聞・雑誌広告の活用などの戦略も効いた。文庫、全集、全書を続々と創刊。商業主義と距離をとりながら、岩波は理想とする出版活動を展開していく。
 巧言令色少なく、正義感の出版人。個人史と日本の出版史が重なる一冊だ。
(2013.09.10発行)


町山智浩 『トラウマ恋愛映画入門』 
集英社 1260円

著者はアメリカ在住の映画評論家。『トラウマ映画館』という快著があり、他の批評家が見落としたり、無視したりする作品からも映画の魔力を引き出している。それは本書でも同様だ。俎上の22本は知られたものばかりではない。いや、だからこそトラウマになるのだ。
(2013.09.10発行)


穂村 弘 『蚊がいる』 
メディアファクトリー 1575円

短歌、エッセイ、評論と横断的に活躍する歌人の最新随想集だ。雑誌や新聞に連載された短文で展開される日常的違和感が刺激的。「運命センサー」「穴係」「永久保存用」、そして「蚊がいる」。タイトルから想像する内容と実際との華麗なギャップも楽しめる。
(2013.09.13発行)


植草甚一 
『いつも夢中になったり飽きてしまったり』
 
ちくま文庫 1155円

『ぼくは散歩と雑学が好き』に続く代表作の文庫化。「デザインがよければ なかのジャズもいい~モダン・ジャズのLPジャケット」というタイトルのエッセイがある。こうした言い方こそ著者ならでは。60~70年代の音楽、映画、本をめぐるポップカルチャー大全だ。
(2013.09.10発行)


鴨下信一 『昭和芸能史 傑物列伝』 
文春新書 830円

 演出家として活躍してきた著者が、多くの芸能人の中から国民栄誉賞受賞者6人に絞って実像を書いた。「これほど[イジメられた]人もいない」というのは美空ひばりだ。著者は戦後型知識人の彼女に対する嫌悪と同時に、大衆が感じた下品さにも言及している。
 また、「寅さんに殉じた男」としての渥美清。普通のドラマの所々に短い笑いを置く「男はつらいよ」は、笑いの質が変化しはじめた70年代初頭という時代にマッチしていた。だが、渥美はこのスタイルを延々と続けることになる。他に森光子や森繁久彌などが並ぶ。
(2013.09.20発行)


柚木裕子 『検事の死命』 
宝島社 1575円

 『検事の本懐』で昨年の山本周五郎賞にノミネートされ、今年の大藪春彦賞を受賞した著者。本書には受賞作と同じ主人公、検事・佐方貞人が活躍する4つの中編が収められている。
 このシリーズの第一の魅力は佐方のキャラクターにある。いわゆるヒーロータイプではない。じっくりと考え慎重に行動する。人間を見る目が確かで、他者の心情の奥まで量ろうとする。弁護士だった亡き父の無念にからむ作品「業をおろす」などはその好例だ。
 次に検事としての矜持に拍手を送りたい。時に内外からの圧力を受けながら、「罪をまっとうに裁かせることが、己の仕事」だと言い切る。その戦いぶりは、地元出身の大物代議士や地検幹部を相手に一歩も引かない「死命を賭ける」と「死命を決する」の2作で描かれている。上司や同僚など脇役の味も見落とせない。
(2013.09.20発行)


広瀬洋一 
『西荻窪の古本屋さん~音羽館の日々と仕事』
 
本の雑誌社 1575円

 「古書音羽館」と記された、清潔そうなガラスドア。その横に置かれた書棚に並ぶ均一本たちの背中。そんなブックカバーの写真を見ただけで、本好きが手に取りたくなる一冊だ。
 音楽好きなごく普通の少年は、いかにして「町の古本屋」の主人となったのか。中学時代からの恩師の存在。また、学生時代のバイト先である古書店で、自分が「販売好き」「人と向き合う商売が好き」だと知ったことも大きかった。
 さらに本書で語られる、仕入れ、買取り、値付けなど古本屋の日常も興味深い。西荻窪という町とそこに暮らす人を大事にしながら、並べる本に思いを託す著者。だからこそ自分の理想の店というだけでなく、「町にフィットした店」が実現しているのだ。
 西荻窪駅から徒歩7~8分。商店街と住宅街の中間あたりにその店はある。
(2013.09.20発行)


高井ジロル
『好辞苑~知的で痴的で恥的な国語辞典の世界』

幻冬舎 1365円

『広辞苑』『大辞林』などから厳選した、性的妄想をかきたてる言葉とその解釈が並ぶ。「性交」を男女間に限定しない『大辞泉』。「わいせつ」の説明が版によって異なり、「のぞきこむ」行為が削除されていた『新明解国語辞典』。その中2男子的目線が光る。
(2013.09.10発行)


内田樹 『内田樹による内田樹』
140B 1680円

すでに百冊を超す著作をもつ著者。その中の『ためらいの倫理学』から『日本辺境論』まで11冊を取り上げた、初の自著解説本である。しかしこれは単なる自作自註ではない。自らの著作を素材とした新たな持論展開の書き下ろしだ。背後にはもちろんレヴィナスがいる。
(2013.09.20発行)


広瀬正浩 
『戦後日本の聴覚文化~音楽・物語・身体』

青弓社 3150円

「聴覚をめぐる物語」を分析し、その物語がもつ批評性を明らかにする野心作だ。登場するのは小島信夫、村上龍の小説から坂本龍一の音楽、浦沢直樹の漫画『二十世紀少年』までと多彩。アメリカとの関係と電子メディアが生み出す現実感に注目している点が新鮮だ。
(2013.09.20発行)


佐高 信 
『この人たちの日本国憲法~宮澤喜一から吉永小百合まで

光文社 1680円        

 時事通信の最新調査では、現在も安倍内閣の支持率は55.8%の高水準だ。それを背景に消費増税はもちろん、改憲へ向けての地ならしも相変わらず続けている。
 本書は日本国憲法がいかに大切なものかを知るための好著だ。政治家から芸能人まで10人の、いわば“護憲派列伝”である。著者が敬愛する作家、故・城山三郎は勲章拒否で知られるが、「戦争で得たものは憲法だけだ」が口癖だった。
 世界に類がない憲法を、「誇って自慢してればいいんです」と言うのは美輪明宏だ。戦争をする国への決別宣言としての憲法。その歴史的経緯も無視して、「押しつけ」とするのはモノ知らずで無礼だと憤る。
 また原爆詩の朗読を続けている吉永小百合。改憲について、「言わないで後で後悔する、というのは一番よくないと思う」と語る言葉が共感を呼ぶ。
(2013.09.20発行)


村上春樹:編訳 
『恋しくて~TEN SELECTED LOVE STORIES』
 
中央公論新社 1890円

 自ら選んで訳した9編の海外小説に、自身の書き下ろしを加えた短編集だ。
 巻頭はマイリー・メロイの『愛し合う二人に代わって』。地味な男の子と派手な女の子が大人になり、「結婚代理人」のアルバイトで再会する。イラクに行く若い兵士たちの代理を引き受けるうちに、2人の関係は微妙に変化していく。
 リュドミラ・ぺトルシェフスカヤの『薄暗い運命』は収録作品の中で最も短く最も暗い話だ。女はなぜ、これほど無神経で残酷な男に魅かれるのか。掌編小説のサイズに、愛をめぐる真実が描き込まれている。
 巻末を飾るのは著者の『恋するザムザ』である。主人公である彼は、目覚めた時、自分がカフカの小説の登場人物に変身していることに気づく。謎の家で、謎の娘の来訪を受けるザムザ。不思議なテイストの後日譚としてじっくり味わえる。
(2013.09.10発行)


永瀬隼介 『白い疵~英雄の死』 
さくら舎  1680円 

敏腕SPだった黒木莉子は現在、私立探偵をしている。元上司から警護の依頼を受けた相手は原発事故の英雄、政治学者の月尾だ。しかし、政権与党もすり寄る若きカリスマは野心と共に大きな秘密を抱えていた。現代社会の実相を活写する、政治サスペンスの佳作である。
(2013.09.05発行)


中原英臣 
『こんな健康法はおやめなさい~あなたもうっかり騙されている』

PHP研究所 1365円      

ココア、黒酢、白インゲン豆、そして数多のサプリ。マスコミを通じて流行する健康法には際限がない。医学博士の著者は、テレビが紹介する健康法こそダメな健康法と断じる。その根拠を明確に示したのが本書だ。提唱する「11の生活習慣」も必読にして厳守である。
(2013.10.04発行)


押井 守 
『仕事に必要なことはすべて映画で学べる』

日経BP社 1680円

著者は『機動警察パトレイバー』『スカイ・クロラ』などで知られる映画監督だ。映画作品を教材に、大人の教養と処世術を伝授する。上司との関係を描く『007/スカイフォール』。経験と勘の危うさを示す『マネーボール』など9作品。読んでから、また観るか。
(2013.10.15発行)


歌代幸子 『慶應幼稚舎の流儀』 
平凡社新書 777円

 慶應義塾幼稚舎ほど幻想と誤解に満ちた学校はない。「お受験」の頂点に君臨するセレブ小学校。望ましい「一貫教育」の象徴的存在。少子化の時代だからこそ、憧れと嫉妬は益々高まる。本書は来年創立140周年を迎える幼稚舎の実像に迫る、労作ルポルタージュだ。
 福澤精神の継承と進化の歴史、授業の内容、教員やOB・OGの証言などリサーチが続く。浮かび上がるのは、この学校が子どもたちに「トレンド」ではなく、人間の「トラッド」ともいえる普遍の原理を教えていることだ。実は地味な学校である幼稚舎の底力を知る。
(2013.10.15発行)


2013年 こんな本を読んできた (9月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年

毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

9月には・・・。

2013年 こんな本を読んできた (9月編)

今野 敏 『アクティブメジャーズ』 
文藝春秋 1680円

 『曙光の街』『白夜街道』『凍土の密約』に続く倉島警部補シリーズ最新作。対象組織の中に協力者を得る目的は情報収集と積極工作にある。アクティブメジャーズはその積極工作を指すスパイ用語だ。
 全国紙の編集局次長が住居マンションから転落死した日、公安外事課の倉島はあるオペレーションを任される。倉島の同僚で外事一課のエース・葉山の行動を洗うというものだった。
 地道な素行調査の一方で、倉島は転落死に疑問をもつ。調べてみるとロシアの新聞記者が編集局次長と親しかったことがわかる。やがて転落死は事故ではなく殺人だった可能性が高くなり、葉山がその被疑者となる。
 ロシア側の思惑、謎の女性の存在、公安部と刑事部の確執、そして葉山。倉島がじわりと真相に迫る過程には、高度なパズルを解くような興奮がある。
(2013.08.10発行)


近藤富枝 
『大本営発表のマイク~私の十五年戦争』 

河出書房新社 1890円

 『本郷菊富士ホテル』などで知られる著者は昭和19年にNHKのアナウンサーになる。今年81歳になる元放送人の、またこの時代を生き抜いた一人の女性の貴重な回想集である。
 本書の読みどころは放送に関する話だけではない。第1章を「昭和ノスタルジー」と題したように、前半部分には著者が少女から大人になる昭和初期の生活が活写されている。足繁く通った歌舞伎座。女優修行。東京女子大で出会う、親友・瀬戸内晴海(寂聴)等々。昭和は決して暗いだけの日々ではなかった。
 入局後は大本営発表も読むことになる。その最初が神風特攻隊に関するものだった。そして昭和20年8月15日、反乱部隊がNHKに押し寄せる。マイクを奪おうとした将校に決然として抵抗したのは同僚の女子アナだった。これもまた当事者ならではの証言だ。
(2013.07.25発行)


田中泯・松岡正剛 『意身伝心~コトバとカラダのお作法』 
春秋社 1995円

孤高の舞踊家と稀代の編集者。同世代の2人が幼年期から現在までの軌跡を語り合う。テーマは絶対自由だ。キーワードは一人遊び、他自己、真似、片思い、そして礼節。「見えないものと応答する」と言う田中、「本は言語身体」と語る松岡の真意も見えてくる。
(2013.07.25発行)


竹山昭子 『太平洋戦争下 その時ラジオは』 
朝日新聞出版 1680円

1941年の真珠湾攻撃から敗戦まで、ラジオはどのような状況の中で、どんな放送を行っていたのか。放送史研究の第一人者である著者は、当時の放送局員たちの証言を分析し、ラジオのニュース報道が軍部の「報導」へと変質する過程を明らかにしていく。
(2013.07.30発行)


森 達也 
『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるか」と叫ぶ人に訊きたい』
 
ダイヤモンド社 1630円

被害者の人権を声高に叫ぶ人の欺瞞。被災地に対する「がんばれ」コールの醜悪。著者は自らが思うところを明快に主張してきた。すると匿名の批判や中傷が押し寄せる。ネットに増殖する悪意は果たして民意の反映なのか。正義という共同幻想が抱える危うさを考える。
(2013.08.22発行)


内田樹・釈徹宗 『聖地巡礼ビギニング』 
東京書籍 1575円

釈徹宗師をガイド役に大阪・京都・奈良の神社仏閣を巡り歩く。キリスト教はイエス、仏教はブッダが頂点だが、日本の古代宗教は上書きも可能。そんな深い話を境内で雑談として聞く。何と贅沢な巡礼団だろう。読むだけで霊的感受性が高まりそうな御利益の書だ。
(2013.08.23発行)


志村史夫 『スマホ中毒症』 
講談社+α新書 800円

 電車で向かい側に座った全員がスマホを見つめ、忘我の表情で指を動かしている。そんな光景が当たり前になった。本書はこれを異様と思う人の溜飲を大いに下げてくれるはずだ。著者は物理学が専門の大学教授で、スマホを「21世紀のアヘン」だと言い切る。
 人間の生活や社会活動を便利にしてくれるはずの道具に支配されることの怖さ。特に若者たちは重症だ。スマホによるコミュニケーションが全てで他者との関係を築けない。思考も画一化の傾向にある。著者が提案するIT版「清貧の思想」で人間力を回復したい。
(2013.07.22発行)


レナード・ローゼン:著、田口俊樹:訳 
『捜査官ポアンカレ~叫びのカオス』
 
早川書房 1995円

 世紀の難問だった「ポアンカレ予想」で知られる天才数学者ポアンカレ。そのひ孫がインターポールのベテラン捜査官として事件に挑む。アメリカ探偵作家クラブ賞の最優秀新人賞ノミネート作品だ。
 アムステルダムのホテルで爆殺事件が起きる。被害者は講演のため宿泊していたハーバード大の数学者。使われた爆薬は特殊な燃料だった。また重要参考人である女性を逃がしたことも影響して捜査は難渋する。
 一方、かつてポアンカレが逮捕した戦争犯罪の被疑者が、獄中からポアンカレの家族の抹殺指令を出す。捜査を続けることと家族の命を守ること。ポアンカレは大きなジレンマに陥る。
 本書には殺害された数学者が残した資料図版が掲載されている。彼の研究は事件とどう関わるのか。ヨーロッパとアメリカを舞台にポアンカレの頭脳が冴える。
(2013. 08.10発行)


半藤一利・宮崎駿 
『半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義』
 
文春ジブリ文庫 599円

 昭和という時代を語り続けてきた半藤一利。昭和を舞台に“最後の作品”を作り上げた宮崎駿。そんな2人が約7時間にわたって向かい合った対談集だ。
 話は漱石から始まる。『草枕』ばかり読んでいるという宮崎と半藤が意気投合。隅田川を軸に戦前・戦後の東京が語られ、川舟から軍艦、さらに飛行機へと展開されていく。もちろん随所に映画『風立ちぬ』と主人公の堀越二郎も登場するが、映画談議に留まらない。生きた昭和史になっている。それを踏まえた2人の共通した思いが、「日本は脇役でいい」という「腰ぬけ愛国論」である。
 後半の冒頭、『風立ちぬ』を見た半藤に「この先、宮崎さんたいへんだ」と言われ、「いや、この先はもうないから大丈夫なんです」と返す宮崎が印象に残る。いわば引退記念ともいえる本書は文庫オリジナルだ。
(2013.08.10発行)


風野春樹 
『島田清次郎~誰にも愛されなかった男』
 
本の雑誌社 2625円

大正8年、20歳の島田が上梓したデビュー作『地上』は大ベストセラーとなる。若きカリスマとしてスポットを浴びるが、数年後にはスキャンダルで火だるまに。精神病院で31年の生涯を終えた男は天才か、狂人か。精神科医が忘れられた作家の実像に迫る本格評伝だ。
(2013.08.25発行)


内澤旬子 『内澤旬子のこの人を見よ』 
小学館 1050円

『センセイの書斎』などのイラストルポで知られる著者。その鋭い観察眼が捉えた、「愛すべきしょっぱい人たち」の生態が可笑しい。湘南の草食系サーファー。新小岩のスナックのマドンナ。総武線の車内で目張りに励む女子。百を超える日本人の自画像がここにある。
(2013.08.26発行)


泉 麻人 『東京いつもの喫茶店』
平凡社 1575円

『東京ふつうの喫茶店』に続く喫茶店漫遊エッセイ第2弾。神田須田町でオールデイーズを耳にして和み、三軒茶屋で映画全盛時代を夢想する。散歩の途中で寄りたい店ばかりだが、ポイントは珈琲だけではない。店名、BGM、スポーツ新聞も重要なアイテムだ。
(2013.08.28発行)


黒井千次 『漂う~古い土地 新しい場所』 
毎日新聞社 1680円

81歳の著者は本書の文章を「土地という空間と、歳月という時間の交差するドラマ」と呼ぶ。幼少期に住んだ大久保通り。父が生まれ育った横浜。書き下ろし小説と格闘した箱根。文学賞の選考で通った小樽など35ヶ所。記憶と現実が静かに和解する旅でもある。
(2013.08.30発行)


堂場舜一 『Sの継承』 
中央公論新社 1995円

 60年代初頭、実施されないまま終わった幻のクーデター計画。2013年、いきなり起きた毒ガス・テロ事件。両者をつなぐキーワードが「S」である。
 日米安保条約をめぐって社会が揺れた1960年。ごく少数によるクーデター計画が動き始める。ある武器を盾に国会を解散。官庁は残すが、大臣は国民投票で選出。国家運営は官僚が担う。いわば議会制民主主義の否定だった。しかし、東京五輪を翌年にひかえた63年、この計画は実行されないまま消えてしまう。
 そして50年後、「これは革命だ」とネットで宣言する毒ガス事件が発生。東京の複数の街が狙われる。犯人側の要求は、驚くほど半世紀前のクーデター計画に似ていた。政治不信という社会背景は共通するにしても、誰が、何のために無差別テロという凶行に走ったのか。迫真の犯罪小説だ。
(2013.08.25発行)


北上次郎 『極私的ミステリー年代記』上・下 
論創社 各2730円

 海外ミステリーが好きな人なら思わず笑みがこぼれるはずだ。著者が「小説推理」に連載しているミステリー時評の20年分、上下2巻の重戦車である。
 ただし本書で海外ミステリーの潮流が把握できるかと言えば、そうではない。それは著者の選択や評価が、「このミステリーがすごい!」「ミステリーベスト10」などに並ぶ作品とあまり一致しないことでもわかる。
 だが、そこがいいのだ。「欠点はあっても私好み」なのは、コリン・ハリソン『マンハッタン夜想曲』。ジェス・ウオルター『血の奔流』は、「みっともない中年男に共感する」。また「不満はあるが圧倒的な面白さ」が、ジェフリー・ディーヴァー『悪魔の涙』だ。
 タイトル通り超極私的。独断と偏見の言い切りだからこそ信頼できる。50年に及ぶ“ミステリー読み”の蓄積を踏まえた案内書だ。
(2013.08.30発行)


鈴木謙介 『ウエブ社会のゆくえ』 
NHK出版

多くの人が利用しているSNS(ソーシャルメディア)。注意すべきは依存問題だけではない。無料でSNSを利用する代わりに個人情報を売り渡している事実も知るべきだ。ウエブと現実空間の区別がつかない社会でいかに生きるべきか。気鋭の社会学者が探る。
(2013.08.30発行)


山折哲雄 『危機と日本人』 
日本経済新聞社 1680円

日本の歴史と日本人の精神史を踏まえた鋭い論考に定評がある著者。最近も雑誌「新潮45」の「皇太子殿下、ご退位なさいませ」が話題となった。本書に並ぶエッセイは震災前から昨年にかけてのもの。「生存の現実はグレーゾーンの中にある」などの言葉が示唆に富む。
(2013.08.23発行)


山口二郎 『いまを生きるための政治学』 
岩波書店 2205円

北大教授の著者は長年、政権交代の必要を説いてきた。しかし実現した民主党政権が失敗に終わり、社会は再び混迷状態に陥っている。今あらためて民主政治とは何かを問うと共に、政治学を捉え直したのが本書だ。政治を知った上で行動するための指南書でもある。
(2013.08.20発行)


中村桂子 『科学者が人間であること』 
岩波新書 840円

 東日本大震災から2年半。直後には近代科学や技術に対する見直しの議論もあったが、それも一時的なもので終わった。今や再び経済成長が重要視され、それに寄与する科学技術を振興する動きが活発だ。本書はそんな流れに一石を投じている。
 まず、便利さと豊かさを追求するあまり、科学技術が自然と向き合って来なかった誤りを指摘。哲学者・大森荘蔵の思索を援用しながら、科学と日常社会のあるべき関係を探っていく。略画的と密画的、二つの世界観の重ね描きによって豊かな自然・生命・人間を見出すこと。その第一歩だ。
(2013.08.21発行)


大沢在昌 『海と月の迷路』 
毎日新聞社 1890円

 長崎半島の近くにある端島。かつて炭坑で栄えたが、やがて廃墟となった。海からの景観ゆえに「軍艦島」と呼ばれている。この小説の舞台、H島のモデルだ。
 昭和34年、新米警官の荒巻はこの島に赴任する。狭い土地に林立する建物。ひしめき合う5千もの人間。しかも炭鉱会社の職員、石炭を掘る鉱員など立場も多様だ。また警察官の存在を疎ましく思う、訳ありの男たちも流れ込んでいた。
 それは満月の夜に起きた。13歳の少女が行方不明となり、翌日、水死体となって発見されたのだ。先輩警官は事故として処理するが、荒巻は殺人を疑い密かに調べ始める。その過程で、8年前にも似たような出来事があったことが判明する。
 島は一種の密室。主人公の目線で展開する物語は徐々に緊張の度を増していく。著者の新境地ともいえるサスペンス長編だ。
(2013.09.20発行)


井上ひさし 
『初日への手紙~「東京裁判三部作」のできるまで』
 
白水社 2940円

 井上ひさしの東京裁判三部作とは、新国立劇場で上演された芝居『夢の裂け目』『夢の泪』『夢の痂(かさぶた)』を指す。井上はこの裁判を「アメリカと日本の合作である」とし、裁かれるべき人が裁かれなかったこと、また日本国民が不在だったことを指摘している。
 本書の軸となっているのは、編者である古川恒一プロデューサーに送られてきた膨大な量のFAXだ。内容から進捗状況まで、時期によっては毎日のように「私信」が届いた。これらと執筆用の資料を再構成したことで、井上戯曲の創作過程が見えてくる。設定、人物、台詞を徹底的に考え、必死で書き、迷い、考え直し、また書き進めていく。それはまさに命を削るような苦闘の連続だった。
 作品の初期構想と最終形の相違も興味深い。これは一級の資料であると同時に、井上からの贈り物でもある。
(2013.09.15発行)


柴田元幸:編・訳 『書き出し「世界文学全集」』 
河出書房新社 1575円

「幸福な家族はみな似たようなものだが、不幸な家族はそれぞれ独自に不幸である」。トルストイ『アンナ・カレーニア』の有名な書き出しだが、これは著者による新訳である。他にも『マクベス』や『白鯨』など多数の名作の冒頭が並ぶ、文豪たちの文体見本市だ。
(2013.08.30発行)


ラリー・タイ:著、久美 薫:訳 
『スーパーマン~真実と正義、そして星状旗と共に生きた75年』 

現代書館 4200円

上下2段組み、約340頁の大著である。著者はクラーク・ケントと同じ新聞記者だった。その取材力を生かし、コミックの作者から俳優まで多数の関係者の話を聞き、アメリカにとってスーパーマンとは何だったのかを探っている。その普遍性と純粋さは驚異的だ。
(2013.09.03発行)


徳大寺有恒 
『駆け抜けてきた~我が人生と14台のクルマたち』 

東京書籍 1575円

自動車評論の泰斗が回想する“愛の遍歴”である。もちろん相手は女性ではなくクルマだが。「いったん心を許せば、信じられないほど愛らしい」アストン・マーティン、「最高の瞬間」を与えてくれたフェラーリなど、垂涎の美女たち14人が著者と共に手招きする。
(2013.09.05発行)




2013年 こんな本を読んできた (8月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年
毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

猛暑の8月です。

2013年 こんな本を読んできた (8月編)

相場英雄 『共震』 
小学館 1575円

 事件は震災から2年後、宮城県東松島市の仮設住宅で起きた。熱心に被災者対応を続けてきた県職員が殺害されたのだ。大和新聞記者・宮沢賢一郎は驚きつつも取材を開始する。被害者である早坂とは面識があり、その温厚な人柄が印象に残っていたからだ。
 一方、警視庁刑事部捜査二課管理官の田名部昭治もまたこの事件に引っ張り込まれる。毒殺された早坂の遺留品であるノートに自分の名前が記されていたのだ。「震災復興企画部の特命課長」だったという早坂に関する記憶はなかったが、田名部は東北へと向かう。
 物語はこの2人の動きと共に進んでいく。被災者たちに慕われていた早坂はなぜ殺されたのか。その謎を追う過程で明らかになる復興支援の闇。虚構をはるかに凌駕した圧倒的な現実を、小説に取り込む困難な作業に挑んだ著者の力作長編だ。
(2013.07.28発行)


太田省一 『社会は笑う~ボケとツッコミの人間関係』 
青弓社 1680円

 NHK朝ドラ『あまちゃん』の快進撃が続いている。ヒットの要因は複数あるが、一つが「80年代の発見」だろう。物語の中に松田聖子をはじめ当時の歌手や番組などが頻繁に登場するのだ。
 80年代はポピュラー文化の宝庫だが、「笑い」の面でも見逃せない。マンザイブームが芸のテレビ化を促したのだ。伝統芸としての笑いから、「テレビ的笑い」ともいうべき感覚的な笑いへのシフトである。また、『オレたちひょうきん族』は現在にまでつながるキャラクター重視の笑いを提示した。その究極が、「素人」というキャラクターに扮した明石家さんまだ。
 本書では社会学者である著者が、「ボケ」「ツッコミ」「フリ」などをキーワードに80年代以降の「笑う社会」を分析している。それは笑いのテレビ史であると同時に、コミュニケーションの変容史でもある。
(2013.07.19発行)


吹浦忠正 『よくわかる日本の国土と国境』  
出窓社 1890円

「我が国の領土」とは、どこからどこまでを指すのか。「排他的経済水域」とは何なのか。本書は国土と国境に関する歴史的・地理的解説書だ。特に、島が領土や国境を形成する最重要遺産であることに納得。尖閣や竹島の問題を本質的に理解するための一助となる。
(2013.07.22発行)


坪内祐三 『総理大臣になりたい』 
講談社 1260円

冗談みたいなタイトルだが、「権力が嫌いな人間のとるべき最善の道、それは自分が最高権力者になることです」と著者。フィクサーだった父親を通して見てきた政治家たちの実相と、歴代総理に対する厳しい評価が開陳される。組閣構想も秀逸な自伝的政治エッセイだ。
(2013.07.17発行)


NHK取材班 
『巨大戦艦 大和~乗組員たちが見つめた生と死
』 
NHK出版 1995円

戦艦大和が沖縄への絶望的な出撃で悲惨な最期を遂げてから68年が過ぎた。本書は生き残った乗組員たちの貴重な証言を軸に構成された「悲劇の記憶」である。沖縄特攻の経緯。戦闘と沈没。生存者たちの苦悩。昨年NHKで制作放送された同名番組の単行本化だ。
(2013.07.25発行)


赤城 毅 『八月の残光』 
祥伝社 1680円

ドイツ仮装巡洋艦の壮絶な戦いを描いた『氷海のウラヌス』で知られる著者。その最新長編は、終戦直前、侵攻するソ連軍を足止めすべく決行される秘密作戦の物語だ。生還を許されない搭乗員たちと、傑作艦攻機「流星」による破天荒な攻撃は成功するのか。
(2013.07.30発行)


竹吉優輔 『襲名犯』
講談社 1575円

 模倣犯ではなく襲名犯。死刑となった殺人者を師と仰ぎ、自らがその名を継ぐべく連続殺人を行う。時間を隔てた犯罪に隠された真実とは何なのか。第59回江戸川乱歩賞受賞作である。
 関東にある地方都市で、最初の事件が起きたのは14年前だ。6人を殺害し、その遺体を損壊し続けた犯人の名は新田秀哉。プージャムと呼ばれた彼が逮捕されたのは、中学2年の南條信を車で轢き殺したことがきっかけだった。やがて秀哉は死刑を執行される。
 物語が始まるのは秀哉の死後からだ。プージャムを名乗る人物による連続殺人が発生する。しかも襲名犯がメッセージを送りつけてきた相手は、南條信の双子の弟である南條仁だった。
 秀哉という際立つ犯罪者の造形。襲名犯の異常性。双子の兄弟の隠された過去。新人らしい荒削りの魅力とよく練られた構成に注目だ。
(2013.08.05発行)


堀井憲一郎 
『ホリイのずんずん調査 かつて誰も調べなかった100の謎』
 
文藝春秋

 1995年から「週刊文春」に連載されていた「ホリイのずんずん調査」。一昨年、惜しまれながら終了した名物コラムが、分厚い単行本となって甦った。
 テーマ設定がユニークで、その調査のプロセスが何とも可笑しい。たとえば牛丼の吉野家の「つゆだく」が許せず、154店を食べ歩いたりする。「並」を注文して縦に半分だけ食べ、その断面を観察して「つゆ」の量を確認するのだ。
 またテレビを見ながら、食事の際「左手を添える」みっともない芸能人をリストアップする。「いつも添えていてみっともない」のが沢尻エリカ、倖田來未、藤原紀香などだとわかる。わかったからどうだという話ではない。役に立つ知識でも情報でもないものに、異常な情熱とエネルギーをかけるところがいいのだ。「奇行の書」という意味でまさに「奇書」である。
(2013.08.05発行)


宮本 尚       
『連携がうまくいく 主治医VSケアマネ~困ったケース・40場面の解決策』

日総研出版 2300円   

ケアマネージャーを悩ませる困った主治医たち。その対応策を伝授する。しかも高飛車、非協力的、優柔不断、傲慢など医師のタイプ別という点がユニークだ。まずバトルの経緯を紹介し、反省点を確認。さらに、とっておきの手をアドバイス。どんな難敵もやはり人間だ。
(2013.06.13発行)


地曳いく子 『50歳、おしゃれ元年。』  
集英社 1365円

ベテラン・スタイリストが提案するファッションルールは、「いい頃の自分」のイメージを捨て、経年変化を認めることから始まる。自信のある服をヘビーローテーションで着るために、クロゼットの中身を仕分け。当然買い方も変わる。まずは本書で踏み出す勇気を。
(2013.07.31発行)


新海 均 『カッパ・ブックスの時代』 
河出書房新社 1575円

1954(昭和29)年、当時の岩波新書に対抗するアンチ教養主義の新書が誕生した。カッパ・ブックスである。「頭の体操」「日本沈没」など、稀代の出版プロデューサー・神吉晴夫とそのチームが放ったヒットの数々。それらは戦後の大衆文化に何を刻んだのか。
(2013.07.30発行)


吉野朔実 『吉野朔実劇場 悪魔が本とやってくる』 
本の雑誌社 1365円

『本の雑誌』で13年も続くエッセイ風漫画の最新刊だ。『新明解漢和辞典』から『テルマエ・ロマエ』まで、さまざまなジャンルの本をニヤリとさせるエピソードの掌編漫画で紹介していく。ただし、いわゆる書評ではない。著者と本との交遊記、もしくはラブレターである。
(2013.07.25発行)


椎名 誠 『風景は記憶の順にできていく』 
集英社新書 798円

 本書を指して「ぼく以外の人にはあまり脈絡のよくわからない旅ルポ」と著者は言う。そうかもしれない。今は亡き友人が母親と暮らしていた浦安。サラリーマン時代を過ごした新橋・銀座。店頭の100円均一ワゴンに置かれた本を見て、「あまりにも安すぎる」と嘆息する神保町等々。
 この本はタイトルもそうだが、中身にもノスタルジックな雰囲気が漂う。思えば、衝撃の『さらば国分寺書店のオババ』から34年。来年は著者も古希を迎える。現在の風景の向こうに見えるのは過去の自分であり、その背景となった時代だ。
(2013.07.22発行)


川崎草志 『疫神(やまいがみ)』 
角川書店 1680円

 ハリウッドで映画化されてもおかしくないスケールと奥行きの生物・医学サスペンスだ。
物語は海外を含む3つの場所からスタートする。関香苗は夫と息子、義母と共に長野県で暮らす主婦だ。幼い息子・桂也は日常風景の中に「青い光」と「赤い光」が見えると言うが、香苗にその真偽はわからない。
 ケニア・エチオピア国境地帯にいるのは疫学研究者のエミリーだ。カビが原因と思われる未知の感染症の調査と防疫に当たっている。そして東京・奥多摩に住んでいるのは翻訳家・二海士郎と妻の美砂だ。彼ら自身が「あの人」と呼ぶ何者かを恐れながら、ひっそりと生きている。
 無関係に思える3者が、「オレンジカビ」という高い致死率の病原菌をめぐってリンクし、やがてそれは人類の存亡をめぐる黙示録的展開へ加速していく。
(2013.07.31発行)


鈴木敏夫 『風に吹かれて』 
中央公論新社 1890円

 鈴木敏夫は、「ジブリの鈴木」で通用する、日本を代表する映画プロデューサーの一人である。
映画監督の仕事はイメージしやすい。しかし、プロデューサーとは一体何をする人なのか。製作費の集金係でも宣伝担当者でもないはずで、このロングインタビューにはその答えがある。
 生い立ちから学生時代を経て、徳間書店での編集者稼業。宮崎駿、高畑勲という個性的な監督との出会い。ジブリを拠点とする映画作り。名インタビュアー・渋谷陽一を得て、鈴木は自身の仕事を率直に語っている。それは意図して進むというより、降りかかってくる火の粉を払うような生き方であり、それがそのままジブリの歴史になっていく。
 「僕が面白いと思うことをお客さんにも共有してもらいたい」と鈴木は言う。そこにあるのはアニメの神様に選ばれた男の矜持だ。
(2013.08.10発行)


谺 雄一郎 『醇堂影御用 道を尋ねた女』 
小学館文庫 620円

文庫書き下ろしの影隠密・多々羅醇堂シリーズ最新刊。普段は人の好い中年男だが、実は遠山金四郎の懐刀だ。物語は惨殺された旅の母子から始まる。少年教主が支配する謎の教団。島原の乱にまつわる国家的陰謀。伝奇小説の味わいも加味された痛快時代小説である。
(2013.07.10発行)


稲葉なおと 『サラの翼』
講談社 1365円 

主人公のサラは11歳の女の子。亡き母と行くはずだった地中海の島国へと旅立つ。旅の道連れは母の旧友であるおじさんだ。行く先々の町で体験するのは「強く羽ばたく」ためのレッスン。サラの中で何かが変わっていく。そして全てが明かされる最後のホテルで・・・。
(2013.07.29発行)


佐々木紀彦 『5年後、メディアは稼げるか』 
東洋経済新報社 1260円

「東洋経済オンライン」編集長による、メディア・サバイバル予測だ。WEBの進化によって変わるメディアの形を考察する中で、ポイントとなるのは「新しい稼ぎ方」である。また著者が今後の必須人材だとする「企業家ジャーナリスト」も大いに刺激的だ。
(2013.08.01発行)


ケネス・スラウエンスキー:著 田中啓史:訳
『サリンジャー~生涯91年の真実』 

晶文社 4830円

サリンジャーは謎に満ちた作家だ。特に私生活を公にしないことで有名だった。最後の作品が発表されたのは1965年6月。以後2010年に91歳で亡くなるまで沈黙を守った。本書は発掘資料と独自調査に基づいて書かれた「公平で感傷的でない真実の伝記」だ。
(2013.08.10発行)



2013年 こんな本を読んできた (7月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年

毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

7月は、以下のような本たちでした。


2013年 こんな本を読んできた (7月編)

萩原 浩 『家族写真』 
講談社 1470円

 男の50代は結構大変だ。目前となった定年。子供の結婚。妻の勤続疲労。親の介護だってある。だが家族あっての自分かもしれない。涙と笑いの7つの短篇が、ふとそんなことを思わせる。
 表題作の舞台は瀬戸内の町にある写真館。長年シャッターを押し続けてきた父親が倒れた。引きこもりの末娘は、東京でカメラマン修行をしている兄と、駆け落ちして家を出たままの姉に助けを求める。
 吉田拓郎の曲と同名の「結婚しようよ」。主人公は娘と二人暮らしだ。その娘が突然言い出した。「結婚しようと思う」と。相手が挨拶に来るという。父親としてどう迎え撃つべきか。
 「住宅見学会」では、家族揃って他人の家を訪問した時の可笑しさが描かれる。同世代とは思えない暮らしぶり。夫も妻も高レベル。理想の家、理想の家族と思えたが・・・。
(2013.05.29発行)


関川夏央 『昭和三十年代 演習』 
岩波書店 1575円

 いわば関川教授の「昭和30年代論」特別講義である。以前からこの時代に関する文章を書いてきた著者が、最初に表明するのは映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に対する違和感だ。歴史的な間違いや細部の嘘を許す観客たちを眺め、「実像よりも、その後の評価によって歴史は歴史となる」ことを指摘する。
 松本清張作品とその世界観を探る演習も刺激的だ。『点と線』の背景として、鉄道網の充実に伴う出張や観光旅行の復活を挙げる。また映画『ゼロの焦点』や『張込み』における汽車旅にも注目する。
 他に登場するのは三島由紀夫、石原裕次郎、吉永小百合、フランソワーズ・サガンなど。昭和30年代は単なる「貧しくても明るい時代」ではなく、「不便さと『教養』が共存した時代」であり、世界への再参加を切望した時代だったのだ。
(2013.05.28発行)


蜂飼 耳 『空席日誌』 
毎日新聞社 1680円

PR誌『本の時間』に寄稿した45の短文と、3つの書き下ろしで構成された散文集だ。池の氷を割る母子。花見会場での餅つき。文房具屋に置かれた絵日記帳。そんな何気ない光景が著者の中を通過するうち、虚実の境が消えていく。詩人の鋭い感性のなせる業だ。
(2013.06.15発行)


滝田誠一郎 『開高健名言辞典 漂えど沈まず』 
小学館 1680円

副題は「巨匠が愛した名句・警句・冗句200選」。ただし単なる抜粋ではない。名言を入口に開高健の文学世界の奥へと導いてくれる。抜き書きの文章と呼応する著者の感慨や再発見。まるで生ける開高と会話しているかのようだ。じっくりと読むべし。悠々と急いで。
(2013.06.03発行)


岡田斗司夫 FREEex 
『超情報化社会におけるサバイバル術 「いいひと」戦略』
 
マガジンハウス 1575円

これからは「お金よりも評価が価値をもつ社会」になると著者。これを評価経済社会と呼ぶ。「いいひと」は超情報社会の最適戦略であり、ネット時代のリスク管理だ。大事なのは本音と建前を出来るだけ一致させること。奇想のようでいて実は真っ当な提案である。
(2013.05.23発行)


島地勝彦 
『迷ったら、二つとも買え!~シマジ流無駄遣いのススメ』 

朝日新書 756円

 「人生の大罪は無知と退屈」と言う著者による浪費への誘いだ。無駄遣いはセンスを磨き、教養を高め、人脈を育み、自分の身を助ける。時計、眼鏡、洋服など豊富な浪費体験を開陳し、慈しみを持ってモノと対峙すれば、無駄遣いも「文化への投資だ」と豪語する。
 著者の買い物哲学は以下の通り。美しいモノを見たら迷わず買え。どちらにするかで迷ったら2つとも買え。金がなかったら借金してでも買え。ただし身の丈に合った借金を。人生は冥土までの暇つぶし。ならば上質な暇つぶしを。本書は中高年へのアジ演説だ。
(2013.06.30発行)


新保裕一 『正義をふりかざす君へ』 
徳間書店 1575円

 地方における地元有力新聞の力は絶大だ。それは、都会に暮らし、全国紙だけを購読している人の想像を遥かに超えている。多くは地元放送局の大株主であり、複数のメディアを通じて地域に大きな影響力を行使できるのだ。正義の名の元に。
 不破勝彦はかつて地元紙の敏腕記者だった。その後、義父の片腕としてホテル業に飛び込んだ。しかしホテの不祥事をきっかけに仕事を続けられなくなる。妻とも離婚し、故郷を去った。それから7年。不破は見たくもない町に足を向ける。元妻の不倫相手で、市長選に出る男を救うためだった。だが、動き始めた不破は何者かに襲われてしまう。
 地方都市の表と裏。地域特有のしがらみ。権力者としての地元政治家とマスコミ。全国どこの地方にも存在する現実を素材として取り込み、最大限に生かしきった長編ミステリーだ。
(2013.06.30発行)


朝日新聞西部本社:編 『対話集 原田正純の遺言』 
岩波書店 2310円

 水俣病研究の第一人者であり、環境公害の撲滅を国内外に訴え続けた原田正純医師が亡くなったのは昨年6月のことだ。
 本書には、死の半年前から行われた15の対話が収められている。相手は水俣病患者をはじめ、その家族、支援者、作家、経済学者と幅広い。一貫しているのは、原田が常に患者・被害者と同じ立ち位置にいることだ。
 たとえば患者と、公害病が「必ず差別とセットになっている」現実を語り合う。その上で、和解によって責任が曖昧になってしまうことを懸念する。また先輩医師に対して、「“何もせん”ってことは、結果的に加害者に加担しているわけです」と主張。そして作家・石牟礼道子と向き合えば、「治らない病気を前にしたとき、医者は何をすべきか」と自問するのだ。
 その真摯な生き方と思想が読む者に伝わってくる。
(2013.05.28発行)


ミシマ社:編 
『自由が丘の贈り物~私のお店、私の街』 

ミシマ社 1575円

版元のキャッチフレーズは「自由が丘のほがらかな出版社」だ。その地元力を生かして取材した46のお店が並ぶ。しかも1軒ごとに、店側のコメント、自店紹介、ミシマ社メンバーによる案内、そして「とっておきの話」が配される。本のカバーが地図になるのも嬉しい。
(2013.07.03発行)


金平茂紀 『沖縄ワジワジー通信』 
七つ森書館 1890円

TBS「報道特集」のキャスターが沖縄の地元紙に連載した時事エッセイ集。08年の米大統領選に始まり、普天間基地移転問題、東日本大震災、原発事故、そして昨年の本土復帰40年までの「ワジワジー(イライラ)状態」が語られる。沖縄から日本を見通す試みだ。
(2013.06.01発行)


柳田邦男 『言葉が立ち上がる時』 
平凡社 1575円

著者曰く、この長編評論は「いのちと言葉の循環をめぐる思索の旅」である。極限の危機的状況においてさえ、いのちの支えとなる言葉はどこから生まれてくるのか。何度か登場するのがフランクルの『夜と霧』だ。25歳で亡くなった息子のエピソードも印象に残る。
(2013.06.19発行)


和合亮一 『廃炉詩篇』 
思潮社 2100円

東日本大震災の際、自らも被災者でありながらツイッターで「詩の礫」を発信し続けた著者。この最新詩集ではフクシマと向き合った。中でも巻末に置かれた「誰もいない福島」が静かな衝撃を与えてくれる。また表紙の写真は何と詩人・吉増剛造の撮影によるものだ。
(2013.06.20発行)


山口恵以子 『月下上海』 
文藝春秋 1365円

 第20回松本清張賞受賞作である。舞台は戦時下の上海。魔都に暗躍する男たちと共に時代の運命に飛び込んでいくヒロインは、海運財閥の令嬢・八島多江子だ。
 物語は昭和17年の秋から始まる。中日文化協会の招きで上海を訪れた多江子は、憲兵大尉・槙庸平と出会う。槙は多江子に大物経済人・夏方震に接触し、情報を集めることを迫る。その背景には、多江子と夫、そして彼の愛人の三角関係から生じた事件の秘密があった。
 槙の指示通り、夏に接触する多江子。だが、その人間的深さに触れて自分がどう生きるべきかに気づく。やがて暗い野望を秘めた槙との対決の時が訪れる。
この時代、この街ならではの展開は、読む者を一気にタイムスリップさせる。当時の日本人女性という既成概念を超えた八島多江子の個性も鮮やかな、サスペンスロマンの佳作だ。
(2013.06.24発行)


塩澤幸登 
『雑誌の王様~評伝・清水達夫と平凡出版とマガジンハウス』 

河出書房新社 3150円

 清水達夫とは何者か。大正2年、東京生まれ。電通で雑誌「宣伝」を編集。昭和20年に凡人社(後の平凡出版、現マガジンハウス)の設立に参加。「平凡」「平凡パンチ」「アンアン」などの初代編集長を務めた。
 本書は清水の評伝だが、同時に一つの時代を築いた出版社の社史であり、編集者列伝であり、さらに戦後雑誌出版史でもある。特に清水が育てた「雑誌王国」の最盛期が興味深い。編集者たちは好奇心と欲望を武器に駆け回り、遊びまくって誌面を作っていたのだ。
 著者は戦後の雑誌をスタティックな材料並べの「家型」と、ダイナミックな並べ方の「列車型」に分ける。一つのテーマで全体をけん引する列車型雑誌にかけた清水の情熱はすさまじい。「時代とどう向き合って、自分はどんなメッセージを出すのか」が編集という仕事であることを痛感する。
(2013.06.25発行)


川本三郎 『映画は呼んでいる』 
キネマ旬報社 2100円

「映画を見ると細部が気になる」と著者。『探偵はBARにいる』では札幌生まれの洋画家・三岸好太郎の絵が映り込む。『RAILWAYS2』の冒頭で、ゆっくりカーヴしながら画面に入ってくる一両電車。細部が気になるのは、その映画を面白く見ているからだ。
(2013.06.30発行)


井上ひさし:著、山下惣一:編
『井上ひさしと考える日本の農業』
 
家の光協会 1470円

3年前に亡くなった著者の農と食に関するエッセイ・講演録・対談などで構成された一冊。特にコメについては何度も発言している。農家と水田は安心と安全を担う公共財であること。だから市場・競争原理にそぐわないこと。TPPが迫る今、緊急課題がここにある。
(2013.07.01発行)


加賀乙彦・津村節子 
『愛する伴侶(ひと)を失って~加賀乙彦と津村節子の対話』
 
集英社 1260円

妻を亡くした夫と、夫を失った妻。二人の作家が語り合うのは、それぞれの出会いから伴侶なき日常までだ。浮かび上がってくるのは、夫婦の絆と生き続ける人間の業。病気との向き合い方も、死に対する考え方も異なるからこそ、読む者が自ら考える余地が生まれる。
(2013.06.30発行)


野崎 歓:編 『文学と映画のあいだ』 
東京大学出版会 2940円

フランス文学が専門の編者をはじめ、執筆者全員が東大の教授と准教授だ。本書は文学部での連続講義から生まれた。シェイクスピアと黒澤明。ハリウッドとアメリカ作家。長編小説が全て映画化されたカフカ。文学作品は映画化によって何を失い、何を得るのか。
(2013.06.24発行)


円谷英明 
『ウルトラマンが泣いている~円谷プロの失敗』
 
講談社現代新書 777円

 円谷英二率いる円谷プロが『ウルトラQ』を世に送り出したのが1966年。そして『ウルトラマン』で特撮ブームは決定的となる。以来、ウルトラシリーズは半世紀近く続いてきたが、現在の円谷プロに一族の人間は誰も関わっていない。
 著者は円谷監督の孫で社長も務めた人物だ。当時最高の人材と技術を有していた創造企業が、いかにして転落したのかを克明に綴っている。特に特撮番組が玩具会社のリードで作られる逆転現象と、経営の実権を外部に奪われる過程は痛恨の極みだ。もちろんウルトラマンに罪はない。
(2013.06.20発行)


長岡弘樹 『教場』 
小学館 1575円

 著者は第61回日本推理作家協会賞短編部門受賞作『傍(かたえ)聞き』をはじめ、心理トリックを使った作品を得意とする。この最新作でも、本人さえ気づかない心の綾が見事に描かれている。
 まず舞台が警察学校であることがユニークだ。初任科の短期課程に所属するのは40名の巡査たち。年齢もこれまでのキャリアも様々だ。しかも学校とはいえ、人材を育てるより警察官に適さない人間を排除することを目標としている。このサバイバル・ゲームを生き抜こうとする学生たちと、担当教官・風間との人生を賭けた勝負が展開される。
 全6話の連作長編である本書には時折り、学生が書いて提出する「日記」が登場する。教官に読まれることを前提とした文章、そして学生たちの行動と心理。その全てを見抜こうとする風間の驚異の観察眼と心理分析が本書の読みどころだ。
(2013.06.24発行)


塙 和也 『自民党と公務員制度改革』  
白水社 1785円

 今年の6月末、政府の国家公務員制度改革推進本部がある方針を決定した。各省の幹部人事の一元管理を行う内閣人事局の設置だ。秋の臨時国会に関連法案が提出される予定だが、肝心の権限などは見えていない。
 公務員制度改革基本法が成立したのは2008年、福田内閣の時だ。ただし、これは改革の工程を定めたに過ぎず、制度化するには立法措置を必要とした。行革担当大臣・渡辺喜美などが実現に向けて積極的に動くが事態は進まない。人事院から内閣人事局への権限移譲と、公務員の労働基本権回復問題がネックとなり、最終的には頓挫してしまう。
 本書は福田政権から麻生政権へという時代背景の中、この制度改革がいかに迷走していったのかを探ったノンフィクションだ。政界、官界、財界、労働界の思惑が複雑に絡み合う構造は今も変わらない。
(2013.07.25発行)


筒井康隆 『偽文士日碌』 
角川書店 1680円

この5年間、ネットで続けてきたブログ日記が一冊になった。本を読み、原稿を書き、テレビに出演し、東京と神戸を頻繁に往復。78歳とは思えない活動力に驚かされる。文学賞選考会の裏側や、長編小説「聖痕」が新聞に連載される経緯などファンの興味は尽きない。
(2013.06.25発行)


山折哲雄 『わが人生の三原則~こころを見つめる』 
中央公論新社 1470円

宗教学の泰斗が見つけた三原則は、「人について比較しない」「だますよりだまされる人になる」「群れから離れる」。他にも『歎異抄』や『葉隠』をめぐる考察など、表題作を含め10編の随想が並ぶ。生老病死と素で向き合う姿勢は、この時代を生きるヒントとなる。
(2013.06.25発行)


NHK取材班:編著 
『日本人は何を考えてきたのか 昭和編』 

NHK出版 1890円

思想の巨人たちの足跡を追うシリーズの最終巻だ。北一輝と大川周明の昭和維新を田原総一朗が探る。また生物学者・福岡伸一が西田幾多郎と京都学派の歩みを追体験していく。彼らとその時代が抱えていた課題が、現代と深くつながっていることを再認識できる。
(2013.06.25発行)


岩波書店編集部:編 
『これからどうする~未来のつくり方』

岩波書店 1995円

「これから」を議論するための材料集である。登場するのは各界の論客228名。アベノミクスや憲法改正から「3.11」まで、鋭い分析と提言が並ぶ。たとえば、「過去を知って、自分の意見をもつ」は世直しをめぐる澤地久枝の言葉だが、本書はそのために編まれた。
(2013.06.12発行)


原田マハ 『総理の夫』 
実業之日本社 1785円

 昨年、アートサスペンスの秀作『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞を受賞した著者。その最新長編は、簡潔なタイトルに自信のほどがうかがえる異色の政界エンターテインメントだ。
 20XX年、史上初の女性総理が登場する。その名は相馬凛子、42歳。東大法学部からハーバード大に留学。政界に入る前は国際政治学者として活躍していた。そんな彼女の夫が、私こと日和だ。相馬財閥の御曹司にして鳥類学者。妻・凛子をこよなく愛する、心優しき38歳である。
 物語は日和の手記の形をとる。しかも公開はその死後だ。すでに亡き人が語る「過去としての未来」。そこにはこの国の大転換と、一組の夫婦のかけがいのない日々が描かれている。女性総理はいかにして誕生し、何を行ったのか。政財界の今を合わせ鏡のように映し出す仕掛けも秀逸だ。
(2013.07.20発行)


蔵前仁一 『あの日、僕は旅に出た』 
幻冬舎 1575円

 バックパッカーの教祖と呼ばれる著者は、80年代初めから世界各地への旅を続けてきた。その旅のことを書いて出版し、また旅の雑誌を創った。88年にわずか50部で始めたのがミニコミ誌「遊星通信」だ。やがてそれは「旅行人」というバックパッカーのバイブルのような雑誌へと成長する。
 残念ながら「旅行人」は一昨年末の第165号で休刊となり、23年の歴史に幕を下ろした。本書は今年57歳になる著者が、これまでに体験してきた旅と雑誌作りと私生活を、まるごと回想した一冊だ。79年の初海外旅行を皮切りに、インド、中国、タイなどのアジア、そしてアフリカまで、旅への没入は加速化していく。
 この30年間、世界の様相も旅の形も大きく変わってきた。「人生とはたまたまである」と著者は言う。偶然吹いてくる風に乗って、再び新たな旅に出るはずだ。
(2013.07.10発行)


青島広志 『クラシック漂流記』 
中央公論新社 1785円

当誌に連載された抱腹絶倒の音楽エッセイが一冊になった。著者は東京藝大の大学院を主席で修了した作曲家。ピアニストや指揮者としても活躍中だが、やや自虐的な目線から繰り出される文章も一級品だ。クラシックの神髄から下ネタまで、自由人の本領発揮である。
(2013.07.10発行)


山田宏一 『ヌーヴェル・ヴァーグ 山田宏一写真集』 
平凡社 2310円

ほの暗い屋根裏部屋の灯りに照らされるアンナ・カリーナ。『トリュフォーの思春期』の子供たちに囲まれるトリュフォー監督。著者にしか撮れなかった光景が次々と現れる。ヌーヴェル・ヴァーグが映画界の奇跡だったように、映画ファンにとって奇跡の写真集だ。
(2013.07.10発行)


塩沢 槙 『百年のしごと』 
東京書籍 1575円

「百年続く仕事とは、時間を超えて価値を持ち続けるものなのだ」と著者は言う。陸前高田のヤマニ醤油。東京のトンボ鉛筆。軽井沢の万平ホテル。食に関わり、道具を作り、そして生活に根ざす20の現場が登場する。働く人が語る「仕事と人生」はいずれも清々しい。
(2013.07.10発行)


鈴木涼美 『「AV女優」の社会学』 
青土社 1995円

気鋭の女性研究者が探った「性の商品化」の最前線だ。AV女優たちの日常から現場までを追いながら、その動機語りに注目する。自己演出とキャラクター化により、何を得て何を失うのか。また、いわゆる「自由意思」の奥に潜むのは何なのか。論文ルポルタージュの秀作。
(2013.07.01発行)


岡崎武志 『蔵書の苦しみ』 
光文社新書 819円

 「蔵書の喜び」ではない。苦しみである。自ら集めた数万冊の本に支配された男の奮闘記だ。まず井上ひさしや谷沢永一など先人の戦いを振り返る。続いて市井の蔵書家たちの試行錯誤を紹介する。本のために家を建てた男。トランクルームや図書館の利用などだ。
 そしてついに蔵書処分の最終手段が登場する。それが「一人古本市」だ。自分にとっての鮮度が落ちた本は勇気をもって手放すこと。同時に「理想は500冊」であり、「三度、四度と読み返せる本を一冊でも多く持っている人が真の読書家」と知るべきだ。
(2013.07.20発行)





2013年 こんな本を読んできた (6月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年
ハワイ島 2013


毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

その6月分。


2013年 こんな本を読んできた (6月編)

高杉 良 『第四権力~スキャンダラス・テレビジョン』 
講談社 1575円

 第四権力とは行政・立法・司法の三権に次ぐ影響力を持つものとして、報道を指す言葉だ。現在の新聞やテレビにそれだけの力があるか疑問だが、田中角栄元首相の命名とされている。
 この長編小説の舞台は、歴代の社長が新聞社からの天下りというテレビ局だ。「久保信ニュースショー」なる報道番組が看板で、その功労者である瀬島専務がプロパー社長の座を狙っている。ただし、瀬島は“ダーティS”とあだ名されるほど金と女に汚いことで有名だ。対抗馬はクリーンな木戸常務だが、権力闘争を好むタイプではなかった。
 主人公の藤井靖夫は経営企画部所属。会社の将来を思い、「木戸社長」の実現を目指そうとする。広報局長の堤杏子や同期入社の報道マン・辻本などが同志だ。しかし伏魔殿の闇は深く、藤井たちは泥沼の暗闘に巻き込まれていく。
(2013.05.15発行)


別役 実 『東京放浪記』 
平凡社 1890円

 著者は自らを「よそ者」と呼ぶ。満州に生まれ、高知、静岡、長野と移り住みつつ成長する間、ずっとそう思っていたというのだ。すでに半世紀以上も東京で暮らしながら、その感覚は拭えないとも。だが、そんな著者だからこそ、東京という磁場の深層に触れる好エッセイが生み出せたのではないか。
 著者が初めて接した東京の街・上野。同じ信州人でも新宿に降り立つ者とは異なる感慨があるという指摘は鋭い。また母親と一緒に暮らした渋谷は、原稿執筆のための喫茶店の街でもあった。そして高田馬場は著者が演劇と出会った早大の街だ。それぞれの街にまつわる回想は著者の自分史であり、同時代史でもある。
 さらに地下鉄銀座線、井の頭線など電車を通じての東京観察も味わい深い。ドアから入ってくる街の匂いへの郷愁など共感を呼ぶ。
(2013.05.15発行)


梯 久美子 『声を届ける~10人の表現者』 
求龍堂 1680円

『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅賞を受けた著者。この10年間に書いた人物ドキュメントをまとめたのが本書だ。谷川俊太郎、丸山健二、西川美和などが並ぶが、対象との距離感と核心部分の捉え方が絶妙。彼らに会いたかった理由が伝わってくる。
(2013.05.02発行)


森村 稔 『どこ行っきょん』 
書肆アルス 1575円

元リクルート専務取締役で評論家の著者による自伝的エッセイ集だ。終戦を10歳で迎えた少年は大学卒業後に広告マンとなり、やがてリクルート創業に参加する。企業人、読書人、趣味人の先達が語る仕事、文学、映画、そして人間。「テレビと新聞で半日をつぶすな」などの助言も小気味いい。
(2013.05.15発行)


ミシマ社:編 『仕事のお守り』 
ミシマ社 1365円

探検家・西堀栄三郎の「人間は経験を積むために生まれてきた」をはじめ、古今東西の名著から厳選した言葉が並ぶ、働く全ての人のための金言集。さらに出版社として交流のある著者たちのオリジナル「仕事エッセイ」も収録されている。心が疲労気味の人ほど有効。
(2013.05.02発行)


荒木飛呂彦 『荒木飛呂彦の超偏愛! 映画の掟』 
集英社新書 777円

 『ジョジョの奇妙な冒険』などで知られる漫画家は稀代の映画好きでもある。『奇妙なホラー映画論』に続く本書では、サスペンスをキーワードに映画を解読していく。著者によれば、ジャンルを問わず、よい映画にはサスペンスがある。そのベストオブベストは『ヒート』と『96時間』だ。
 また名作の条件として「男が泣けること」を挙げる。『大脱走』から『ミッドナイト・ラン』まで、自らの信念を貫く姿に涙するのだ。そんな著者が大きく1章を割いたのがクリント・イーストウッド監督。社会からはみ出す男の美学に酔う。
(2013.05.22発行)


薬丸 岳 『友罪』 
集英社 1785円

 もしも会社の同僚であり友人でもある人間が、過去において重い犯罪を犯していたと知った時、どう向き合えばいいのか。本書は、世間を震撼させた連続児童殺傷事件をベースに、犯人だった少年の現在を描いた問題作である。
 27歳になる益田純一はジャーナリスト志望でありながら、不本意にも町工場に就職する。一緒に入社したのは鈴木。だが彼は自分のことを語りたがらず、他人との交わりも避けていた。しかも夜になると、隣の部屋でうなされ続けるのだ。
 徐々に鈴木の過去が気になっていく益田。それは13年前に起きた事件の記憶に起因していた。小学校低学年の男児2人を殺害したのは自分と同い年の中学生だったが、その犯人像と鈴木が重なり始める。
 果たして、人を殺した人間は世間の憎悪に怯えながら生きていくしかないのか。
(2013.05.10発行)


工藤美代子
『悪童殿下~怒って愛して闘って 寛仁親王の波乱万丈』 

幻冬舎 1365円

 昨年6月に、66年の生涯を閉じた三笠宮寛仁親王。著者は少女時代に殿下と出会い、友人の一人として晩年まで交流があった。だが、本書はいわゆる評伝ではない。極めて個人的な回想記、そして追慕の書だ。いや、だからこそ、ここには誰も知らない素顔の親王がいる。
 まず、三笠宮家という環境に驚かされる。家族一緒に暮らす。御所言葉を使わない。一般の教育を受ける。それがベースとなって、人を、女性を、養子、学歴、出自、性別などで差別しない親王が育った。また高校時代の自分を、「良性ではあるけれど不良でしたね」と振り返る洒脱さも。
 皇族という立場を超えて福祉への貢献に励み、同時に「皇族はどうあるべきか」を問い続けた。結婚別居、女性関係、皇籍離脱発言、アル中など話題に事欠かなかった“異端の皇族”の実相が見えてくる。
(2013.05.30発行)


鈴木哲夫 
『最後の小沢一郎~誰も書けなかった“剛腕”の素顔』 

オークラ出版 1575円

剛腕、壊し屋など、メディアが小沢一郎を伝えるキャッチフレーズにネガティブなものが多いのはなぜか。長年取材してきた著者だからこそ見える、小沢の素顔と虚像とのギャップ。政権交代可能な二大政党制の実現に命を削ってきた政治家の過去と現在がここにある。
(2013.06.28発行)


樋口州男:編著 『史料が語るエピソード 日本史100話』
小径社 1785円

歴史研究の進歩によって、これまでの定説も変化していく。後白河院と二条天皇の双方に気を使った平清盛のバランス感覚。全山消失ではなかった信長の比叡山焼き討ち。廃藩置県を第二の維新と位置付けていた西郷隆盛。一級の史料を解読することの面白さを知る。
(2013.04.20発行)


高橋敏夫、田村景子:監修 『文豪の家』 
エクスナレッジ 1680円

36人の文豪たちの家が写真と解説で紹介されている。斜陽館の名で公開されている太宰治の生家。軽井沢にある堀辰雄の家と山荘。漱石と鴎外が暮らした借家は明治村に移築されている。家は単なる住まいに非ず。文豪の思考、感覚、気分を鮮やかに浮か上がらせる。
(2013.04.30発行)


藤野眞功 『アムステルダムの笛吹き』
中央公論新社 1785円

 本書には6篇のルポルタージュと6篇の小説が収められている。だが知らずに読んだら、どれがノンフィクションで、どれがフィクションか区別がつかない。共通するのは強烈な物語性であり、虚実皮膜の妙を堪能できる秀作短篇集だ。
 アムステルダムで偶然出会った男が、ジャズのステージで見せた奇跡のパフォーマンスを活写する表題作。また、「麻薬取締官の憂鬱」では生々しい取締りの実態を追いながら、一方で大麻解禁派の主張も語られる。法律の網の目からこぼれ落ちる人間の感情を拾うのだ。
 「ノー、コメント」は、張り込み取材を敢行する男が尿意と戦う様子をユーモアたっぷりに描いた作品。ノーコメントは通常、黙秘と主体性の排除を表すが、この言葉を挟んで対峙する両者の緊張感が鮮やかだ。体験と想像力が生み出す、活字ならではの世界。
(2013.05.25発行)


木皿 泉 『木皿食堂』 
双葉社 1470円

 ドラマ『野ブタ。をプロデュース』『すいか』などの脚本家であり、初の連作長編小説『昨夜のカレー、明日のパン』も話題の著者。実は夫婦合作のためのペンネームである。本書はエッセイ、インタビュー、対談、シナリオ講座などで構成された、いわば満漢全席だ。
 夫は9年前に脳出血で倒れ、現在も後遺症と戦っている。妻はうつ病の治療を受けながら夫の介護と執筆を続けてきた。そんな夫婦がすこぶる明るい。たとえば、2人が別れることになったら「何て言ってほしい?」と妻が聞く。夫の答えは「また会おうね」だ。
 またドラマ脚本の第一命題は役者が楽しめることだと言う。現場の人間が脚本を好きになれば、必ず画面に反映される。その上で、目指すのは辛い思いをしている人たちに、「いてよし!」と言ってあげられるドラマだ。誰もが、いてよし!
(2013.05.25発行)


山田宏一 『映画 果てしなきベスト・テン』 
草思社 2730円

1938年、ジャカルタ生まれ。著者は映画批評界の長老とも呼ぶべき大ベテランだ。しかし、その瑞々しい映画愛は今も変わらない。「ベスト・テンはその年の映画ファンとしての自分自身の心の運動の軌跡」の言葉通り、選ばれた40年間の面白い映画に圧倒される。
(2013.05.30発行)


井上章一:編 『性欲の研究 エロティック・アジア』 
平凡社 1890円

反日を叫ぶ中国の若者たちも、日本のAV女優「蒼井そら」は大好き。性欲は国境も国益も超えるのだ。本書は気鋭の研究者たちの論文やコラムなどによって、その事実を証明している。日中の理想の男性器。韓国の整形美人と儒教精神。東アジアのエロス交流史だ。
(2013.05.24発行)


鹿島田真希 『暮れていく愛』 
文藝春秋 1890円

結婚10年の夫婦。妻は夫の浮気を疑っている。夫は妻の不機嫌の原因がつかめない。その緊張感から逃げたくて、他の女性に目を向け始める。夫と妻、それぞれの“こころの声”が交互に語られていく本書。昨年、『冥土めぐり』で芥川賞作家となった著者の新境地だ。
(2013.05.24発行)


嶋 浩一郎 『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』 
祥伝社新書 819円

 著者は「本屋大賞」の立ち上げに関わった広告マン。しかも最近は本物の本屋まで開いてしまった。ネット書店全盛の時代に、なぜリアル書店なのか。まず、そこには想定外の情報との出会いがある。次に欲望を言語化してくれる。買うつもりのなかった本を入手した時、それは自分でも気づかない欲望の発露なのだ。
 他にも本に関する“目からウロコ”のアドバイスが並ぶ。気になった本は買う。全部を読む必要はない。付箋を貼りノートに書き写す。そして、本は捨てない。本と本屋は自分の世界を広げてくれる増幅装置だ。
(2013.06.10発行)


平敷安常 
『アイウィットネス~時代を目撃したカメラマン』
 
講談社 2940円

 75歳になる著者の経歴はかなりユニークだ。毎日放送のニュースカメラマンとしてベトナム戦争を取材。その任が解かれた時、取材を続けるために辞職する。米ABC放送サイゴン支局のテレビカメラマンとなり、サイゴン陥落までの10年間、現地に留まった。
 その後は西独ボン支局やニューヨーク本社を拠点に、イラン革命、ベイルート市街戦、ベルリンの壁崩壊、湾岸戦争、そして同時多発テロまでを取材する。記者、カメラマンを問わず、そんな経験をしてきた日本人など他にいない。
 本書は大宅賞を受賞した前著『キャパになれなかったカメラマン』の続編だ。しかも自らの体験以上に、共に過酷な現場で報道を続けてきた仲間たちの軌跡を綴っている。個人の回想記を超えて、現代ジャーナリズムの貴重な証言であり、ドキュメンタリーである。
(2013.06.11発行)


今野 敏 『クローズアップ』 
集英社 1680円

 報道番組「ニュースイレブン」の記者・布施と、警視庁捜査1課特命捜査対策室の刑事・黒田。タイプも立場も異なる2人が、絶妙な距離感を保ちながら協力して事件に挑む、「スクープ」シリーズの最新作だ。
 公園で刺殺体となって発見されたのは、暴力団に関する記事を得意とするライターだった。偶然現場近くにいたという布施が撮った映像はスクープとして流されるが、本人はあまり興味を示さない。追いたいのは大物政治家へのネガティブキャンペーンの背景だった。
 一方、黒田は数か月前に発生した事件との関連を思った。暴力団組長の命を狙いながら失敗したヒットマンが、出所した直後に殺害されたのだ。黒田は相棒の谷口と共に捜査を開始する。
 それぞれの組織からはみ出した記者と刑事の人間像が魅力的な本書は、著者のデビュー35年記念第3弾だ。
(2013.05.30発行)


角谷 優 
『映画の神さま ありがとう~テレビ局映画開拓史』 

扶桑社 2100円

現在ほど多くの日本映画にテレビ局が関わっている時代はない。その道筋をつけたのが元フジテレビ映画部長の著者だ。本書は劇場版『踊る大捜査線』の15年前に、『南極物語』を大ヒットさせた男の自伝的映画論。役者や監督以上に映画の裏方たちを熱く語っている。
(2012.11.30発行)


岡崎宏司 
『フォルクスワーゲン&7thゴルフ 連鎖する奇跡』 

日之出出版

ゴルフがデビューしたのは約40年前。その画期的なコンセプトと品質が世界の車業界に衝撃を与えた。新たに登場した7代目もまた、完成度の高さで話題となっている。モータージャーナリストとしての長いキャリアを踏まえ、フォルクスワーゲンの深層に迫る一冊だ。
(2013.05.20発行)


野呂邦暢 『棕櫚の葉を風にそよがせよ』 
文遊社 2940円

『草のつるぎ』で芥川賞を受けた著者が亡くなってから33年。小説集成全8巻の刊行が始まった。この巻には第1作『壁の絵』など瑞々しい初期作品が収められている。戦争、故郷、父と子など野呂文学の原点ともいうべきテーマの数々が、時代を超えて浮上してくる。
(2013.06.01発行)




三谷幸喜「大空港2013」に、座布団1枚!

2013年12月30日 | テレビ・ラジオ・メディア

29日(日)夜のWOWOW。

ドラマW 三谷幸喜「大空港2013」を視聴。

三谷幸喜の脚本・監督による"完全ワンシーンワンカット"のドラマ第2弾。長野の松本空港で働くグランドスタッフの大河内千草(竹内結子)は、天候不良で羽田空港に着陸できずに降り立った田野倉一家のアテンドをすることに。飛行機を待つ間、家族に隠し事がある父親の守男(香川照之)やお金に困っているライターの蔵之介(生瀬勝久)ら田野倉一家に、謎の女性(戸田恵梨香)、パイロット姿の男(オダギリジョー)らも加わった大騒動が巻き起こる・・・。

で、意外や、というか予想以上に楽しめました。

「ワンシーンワンカット」という手法自体は珍しくありませんが、手法が先行すると、中身がつまらなくなったりするので要注意なわけです。

でも、そこは三谷幸喜さんの脚本。飽きさせなかった。

しかも、ヒロインの竹内結子さんにカメラが寄り添い続けることで、
見る側は竹内さんに同化し、次々と起きるハプニングに一緒に遭遇するような感覚を味わえた。

演じる人たち、スタッフ、そして見る側も、その集中力が途切れませんでした。

竹内結子さんは、松たか子さんと並ぶ、私のゴヒイキの女優さんですが、今回は「ダンダリン」の3倍くらい良かった(笑)。

我が故郷の「信州まつもと空港」も、そのローカルさ加減が実にいい使われ方だったし。

これは、拍手の1本です。


2013年 テレビは何を映してきたか (9月編)

2013年12月30日 | テレビは何を映してきたか 2010年~13年
ハワイ島 2013


「日刊ゲンダイ」に連載している番組時評「TV見るべきものは!!」で
振り返る2013年のテレビ。

その9月編です。

文末の日付は掲載日。


2013年 テレビは何を映してきたか (9月編)

「リミット」 テレビ東京

テレビ東京の「ドラマ24」(金曜深夜0時12分)は、これまで「勇者ヨシヒコと悪霊の鍵」「まほろ駅前番外地」「みんな!エスパーだよ!」など、ひと癖あるドラマを送り出してきた。現在放送中の「リミット」もまた、サバイバルサスペンスという挑戦的な1本だ。

高校生たちを乗せてキャンプ場へ向かっていたバスが事故を起こす。5人の女子生徒が生き残るが、決して一枚岩ではない。事故前まで、いじめグループにいた者、いじめられていた者、傍観していた者など複雑だった。

しかも、その中の1人が殺害されたことで疑心暗鬼と反目が深まる。後から合流した男子生徒を含め、確かに誰かが殺人犯なのだ。このサスペンス要素が第1の見所である。

また、極限状態に投げ出されたことで「学校カースト」は変質し、立場の逆転現象も起きる。彼女たちが自分と他者との関係を再構築していくプロセスが第2の見所だ。

さらに、生徒役の若手女優たちの競演がある。主演は桜庭ななみ。常に冷静な土屋太鳳。殺人を疑われ、崖から転落する工藤綾乃。いじめに遭っていた山下リオなどだ。全員が、セーラー服をボロボロにしながら体当たりで演じている。

現在、同世代では「あまちゃん」の能年玲奈がブレイクしている。このドラマ、彼女たちにとっても今後を左右する「サバイバル」かもしれない。

(2013.09.03)


「あまちゃん」 NHK

「スタートから一週間あまり、すでにこのドラマから目が離せなくなっているのは宮藤官九郎の脚本のお手柄だ」――このコラムにそんな文章を載せたのが4月9日。5ヶ月が過ぎて、今や「あまちゃん」は堂々の国民的ドラマとなった。

そして先週、誰もが「一体どうやって見せるのだろう」と注目していた震災と津波がついに描かれた。東京へ向うため北三陸鉄道に乗っているユイ(橋本愛)。天野春子(小泉今日子)の「それは突然やってきました」というナレーションが流れる。夏ばっぱ(宮本信子)の携帯電話が「緊急警報」を告げて・・・。

結果的に、宮藤官九郎とスタッフは津波の実写映像を視聴者に見せることをしなかった。観光協会に置かれていたジオラマの破壊された無残な姿。電車が止まったトンネルを出て、外の風景を見たユイと駅長の大吉(杉本哲太)の表情。そして津波が運んできたと思われる、線路の周囲に散乱した瓦礫。敢えてそれだけにとどめたのである。

この描き方は見事だ。本物の映像なら視聴者の目に焼きついている。また被災地の皆さんもこのドラマを見ている。あの日の出来事を思い起こさせるには必要かつ十分、しかも表現として優れたものだった。

物語は終盤。アキ(能年玲奈)たちの地元愛が、いい形で実を結んでいくことを祈るばかりだ。

(2013.09.10)


「夏目☆記念日」 テレビ朝日

テレビ朝日「夏目☆記念日」(土曜深夜1時15分)は夏目三久の冠番組だ。銀座のバーにたとえるなら、「マツコ&有吉の怒り新党」では雇われのチーママだが、こちらは堂々のオーナーママ。自分のお店である。

この場所で最初に開いたのは「ナツメのオミミ」。以来、店名と内容を変えながら1年半、これが3軒目の店となる。

番組のコンセプトは明快だ。毎回ひとつの「記念日」を取り上げて、その道に詳しい方々に話を聞くというもの。最近だとバイクの日、ロールケーキの日ときて、先週はバスの日だった。

スタジオにバス好きの素人さんを招き、VTRを挟みながらのバス談義だ。バスを個人で購入し自家用車として使っている人。一日中、地元のバスを乗り継いでいる人。バスに乗るためだけに全国行脚を続ける人。本人たちは大真面目だが、その過剰な「バス愛」の発露が実に微笑ましい。

この番組で夏目が守っていることが3つある。相手の話を急かさない。無理に盛り上げようとしない。そして、見え透いた迎合をしない。この「夏目3原則」+「夏目スマイル」が功を奏して、番組に登場する素人たちがのびのびと話せるのだ。

痛恨の「写真流出」騒動から4年。古巣の日本テレビに対しても、「真相報道バンキシャ!」登板で落とし前をつけた夏目は、まさに今が盛夏だ。

(2013.09.17)


「たべるダケ」 テレビ東京

テレビ東京ってのは、ほんと面白い放送局だ。漫画を原作にしたドラマはどこの局でもやるが、「たべるダケ」(金曜深夜24時52分)みたいな作品に挑戦するのはここくらいなものだろう。もちろんホメ言葉だけど。

ヒロインは、「食」にしか興味のない謎の女。というか常にハラペコのシズル(後藤まりこ)だ。いきなり現れ、ひたすら食べて、消えてしまう。でも彼女と出会い、一緒に食事をした人間は何かが変わるのだ。ちょっと元気が出たり、自分を再発見したり、時には救われたりもする。

そんなシズルに魅かれたのが柿野(新井浩文)だ。3人の元妻への慰謝料を抱えながら他人の世話ばかりしてきた男が、今度は自分のためにシズルを探し回る。とはいえ、そもそもシズルとは何者なのか。その謎も間もなく明らかになりそうだ。

毎回の見せ場はシズルの食べっぷりである。ハンバーグ、卵納豆かけご飯、タラ鍋と焼きたらこ等々、それはもう嬉しそうに口に運ぶ。先週の天ざるも豪快な音と共に食す姿がアッパレだった。思えば、人は悲しい時も辛い時も絶望した時も腹が減る。そして、まずは食べることで生きるチカラが湧いてくるのだ。

「半沢直樹」が終わった。「あまちゃん」は今週末には完結だ。そして、「たべるダケ」も次回が最終話。味見するなら、ラストチャンスである。

(2013.09.24)






2013年 こんな本を読んできた (5月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年
ハワイ島 2013


「週刊新潮」に書いてきた書評で、今年読んだ本を振り返っています。

以下は5月編です。


2013年 こんな本を読んできた (5月編)

黒川博行 『落英』 
幻冬舎 1890円

大阪府警のマル暴担当を通じて、警察と闇組織の癒着や隠蔽などをリアルに描いて話題を呼んだ『悪果』。6年ぶりの本格警察小説となる本書では、危うい囮捜査にのめり込む刑事たちの心理と行動に迫っている。

薬物対策課の桐尾と上坂が捜査中に見つけたのは中国製のトカレフだ。しかも、それは16年前に和歌山で起きた銀行副頭取射殺事件で使用されたものだった。2人は和歌山県警の満井と組まされ、捜査を開始する。

ところが、この満井の悪徳刑事ぶりが半端ではない。事件に関わる暴力団幹部に問題の拳銃と同じものを売りつけようとするのだ。最初は満井と距離を置いていた桐尾と上坂だったが、金や女への欲望に突き動かされ、境界線を越えていく。

先の読めない展開と3人の刑事の個性が際立った、ヘビー級の“ピカレスク刑事小説”である。

(2013.03.20発行)


西原理恵子・吾妻ひでお 『実録!あるこーる白書』 
徳間書店 1260円

『毎日かあさん』と『失踪日記』の漫画家が、漫画ではなくアルコール依存症について語り合った対談集。解説によれば、吾妻は「日本で一番有名な生きているアル中マンガ家」であり、西原は「日本で一番有名なアル中家族」だ。

まず、自身が依存症との壮絶な闘いをしてきた吾妻の体験談が怖い。酒による幻覚、幻聴を消すためにまた酒を飲むという悪循環は、やがて自傷行為へと向かう。一方の西原は依存症だった夫から延々と罵られ、仕上げた原稿を破られる。がんも発症した夫は八方塞がりの状態となっていく。

本書では、自力で這い上がれない状態を自覚する「底付き」の重要性や、依存者を助けるつもりで逆の結果をもたらす「イネーブラー」という存在も知ることができる。酒好きな人ほど一読の価値がある、面白くて大真面目な啓蒙の書だ。

(2013.03.31発行)


スティーヴン・レベロ:著、岡山徹:訳、谷川建司:監修
『ヒッチコック&メイキング・オブ・サイコ』 

白夜書房 3000円

スリラー映画の名作『サイコ』。この作品がいかに作られたのかを追ったノンフィクションだ。映画の設計図である脚本が出来ていくプロセスから、撮影技術上のチャレンジまで興味深いエピソードが並ぶ。アンソニー・ホプキンス主演の近作映画の原作でもある。

(2013.03.01発行)


鹿島 茂 『「悪知恵」のすすめ』 
清流出版 1785円

副題は、ラ・フォンテーヌの寓話に学ぶ処世訓。17世紀の作家が『イソップ童話』をもとに書いた、大人のための人生論を解説している。「恐るべきは、小さな敵」「強い者の理屈は常に正しい」「本性はすべてをあざ笑う」など、フランス製の毒とエスプリが味わえる。

(2013.04.02発行)


木村泰司 『謎解き西洋絵画』 
洋泉社 1890円

名画に隠された27のミステリーを、西洋美術史家である著者が読み解く。「星月夜」でゴッホの筆遣いがうねっている理由。セザンヌの「水浴図」はなぜ男女別々に描かれたのか。ゴーギャンが作品にタヒチ語のタイトルを付けた狙いとは?もう一つの美術史だ。

(2013.04.08発行)


小谷野 敦 『ウルトラマンがいた時代』
ベスト新書 800円

特撮評論、70年代批評、そして回想エッセイが融合した異色の“ウルトラ本”である。著者は「解釈するのではなく、あの時代の雰囲気を表しつつ、ウルトラマンを論じる方法」を考えたと言う。名作「ウルトラセブン」と同時に、「帰ってきたウルトラマン」を評価する視点もユニークだ。

本書の発売後、版元から年号や人名など17項目にわたる正誤表が発表になった。とはいえ、その完成度を非難するより、自らの知識を試す「間違い探し」に挑戦するのはどうだろう。「ウルトラ」ファンとしての乙な楽しみ方かもしれない。

(2013.04.20発行)


川島蓉子 
『エスプリ思考~エルメス本社副社長、齋藤峰明が語る』
 
新潮社 1365円

「エルメス」は、なぜ世界的ブランドとして輝き続けているのか。本社の経営に参加した初めての日本人・齋藤を取材することで、その秘密を探っている。

エルメス自体もさることながら、齋藤が歩んできた約60年の人生がすこぶる興深い。19歳で渡仏。「三越トラベル」から「パリ三越」へと、百貨店全盛時代を体現する活躍を見せる。そして運命ともいえるエルメスとの出会い。

齋藤が語るエルメスは、ものを作って売るだけでなく、「社会と接点を持って役割を果たしていく社会的集団」である。分業ではなく、一人の職人が責任と愛情でモノ作りを行う。量より質。流行よりも創造。何よりエスプリと呼ぶべき精神的価値を大切にしている。 

エルメスでさえ“崩して作る”時代。これからの日本に必要な新しい消費のカタチのヒントも見えてくる。

(2013.04.20発行)


葉室 麟 『陽炎の門』 
講談社 1680円

黒島藩の新たな執政となった桐谷主水。37歳の若さでの“入閣”は異例の出世だった。もちろん陰口を叩く者も多い。かつて城内で不穏な出来事があり、主水の証言によってライバルで親友だった芳村綱四郎が切腹。その介錯を務めたことも人々の記憶に新しい。

主水の妻・由布は綱四郎の娘だが、互いを思いやる仲のいい夫婦だ。ところが突然、由布の弟・喬之助が「父の仇討ち」と称して現れる。相手は主水。父・綱四郎が無実だった証拠もあると言う。主水は自らの証言が正しかったことを明らかにするする必要に迫られ、過去の事件を洗い直す。

物語全体を貫く大きな謎があり、良質なミステリーとしても読める。また城内の派閥抗争が複雑にからみ合う企業小説でもある。しかし、主人公の主水を軸に展開される人間ドラマこそ、本書最大の魅力だ。

(2013.04.16発行)


長濱利廣     
『図解 90分でわかる!日本で一番やさしい「アベノミクス」超入門』
 
東洋経済新報社 1050円

著者は第一生命経済研究所主席エコノミスト。平易でありながら本質を的確に捉えた解説が見事だ。「賃金の下落こそがデフレの正体」であり、安倍内閣のリフレ政策の意味もそこにある。またここ数年を日本経済の歴史的転換点だと指摘。持つべき視点を提言している。

(2013.04.18発行)


梅 良 『新宿歌舞伎町滅亡記』 
左右社 1050円   

新宿は「衝動が現実となって暴走する街」だ。カメラマンとして見つめ続けてきたからこそ書ける、街と人の深層がここにある。ホームレス、風俗嬢、そして薬中毒。突然現れては消える彼らの肉声から、煩悩と欲望に彩られた、もう一つの日本の姿が見えてくる。

 (2013.04.30発行)


小田嶋 隆 『場末の文体論』 
日経BP社 1470円   

日経ビジネスオンラインに連載中の人気コラム集だ。北杜夫や立川談志への追悼を同時代史として語り、ソニーの凋落を通じて自らの愛国心を検証する。また、かつてのデモ隊と昨今の官邸前デモを比較し、その柔軟さに可能性を見る。“正しいおじさん”の面目躍如。

(2013.04.22発行)


里見 蘭 『ミリオンセラーガール』 
中央公論新社 1575円

三浦しをん『舟を編む』は、普段うかがい知ることの出来ない辞書作りの現場を描いて秀逸だった。本書もまた出版界が舞台の仕事小説。しかも縁の下の力持ちである営業セクションだ。本と読者をつなぐ、密かで熱い物語が展開される。

ファッション誌の編集者に憧れていた新人・沙智。配属されたのは販売促進部だった。慣れない書店営業で疲れ切った沙智に、先輩の編集者から特命が下る。彼が担当する、ほぼ無名の作家の新作をミリオンセラーにしろと言うのだ。出版の基礎知識にさえ欠ける沙智の大奮闘が始まる。

出版社の編集部や営業部はもちろん、取次(問屋)や書店の人々は何を考え、どんな仕事をしているのか。出版不況といわれる中で、本はいかに生まれ、広がっていくのか。そのミステリアスでハードボイルドな世界が活写されていく。

(2013.04.25発行)


亀和田 武 『夢でまた逢えたら』 
光文社 1680円

著者は70年代後半、自販機ポルノの代名詞だったアリス出版を拠点に編集者として活躍。また80年代半ばには深夜番組『ミッドナイトin六本木』の司会者も務めている。そんな時代に出会った、忘れられない人々の回想記だ。

敬愛する手塚治虫から、「いま誰か面白いマンガ家はいる?」と聞かれた話。ナンシー関との「仕分けの蓮舫」をめぐるやり取り。学生時代から親交があった絵本作家・佐野洋子の思い出など、今は亡き人たちが静かに語られる。

その一方で、生きている者たちをユーモア交じりでばっさり斬る。著者をはじめ他の出演者の前で、元アイドルを口説いた「西部警察」系俳優。ディスコの黒服からテレビ業界に入り込み、女子大生モデルなどをナンパしまくる、後の世襲系国会議員。本書では彼らも全て実名である。

(2013.04.20発行)


太田直子 『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』 
岩波書店 1680円

映画『ボディガード』『バイオハザード』などの字幕で知られる著者。その作成術から言葉へのこだわりまでを開陳している。日常では使うことを躊躇する「癒し」や「自分探し」を、恥ずかしい登場人物にあえて言わせたりするのだ。映画が2倍面白くなること必至。

(2013.04.16発行)


巌谷國士 『<遊ぶ>シュルレアリスム』 
平凡社 1680円

著者によれば、シュルレアリスムとは「真の現実(あるいは超現実)」や「真の人生」に出会おうとする物の見方、また生き方を指す。本書に登場するのはダリやデュシャンなど総勢47人。代表作の美しい図版と独自の解説が並ぶ。驚異と不思議の別世界への案内書だ。

(2013.04.24発行)


沢木耕太郎 『旅の窓』 
幻冬舎 1050円

旅先でカメラのシャッターを押す。ある時は狙って、またある時は無意識に。記憶の底に堆積した一枚ずつの写真を眺め、短い文章を添える。本書はそんなふうにして出来たフォト文集だ。風景の向こうに著者の心の奥を垣間見るような、静かで豊かな体験ができる。

(2013.04.24発行)


林 真理子 『野心のすすめ』 
講談社新書 777円

ある作家が「エッセイとは結局、自慢話である」と書いていた。ならば本書は究極の自慢話かもしれない。「有名になりたい」「作家になりたい」などの願望を達成してきた著者が自身の軌跡を振り返り、「夢の実現に躊躇するな」「野心を持て」と説くのだから。

だが、ここには本音の人生訓が詰まっている。曰く「恐ろしいのは止まっている不幸」。また曰く「人生に手を抜いている人は他人に嫉妬さえできない」。さらに人生を長いスパンで考え、俯瞰で見ることを推奨。「妄想力」が野心家への第一歩であることを知る。

(2013.04.20発行)


山本兼一 『花鳥の夢』
文藝春秋 1995円

戦国の世に天才絵師の名を欲しいままにした狩野永徳。その栄光と孤独を描き切った長編小説である。

物語は永徳18歳の春から始まる。やや凡庸な絵を描く父よりも、祖父の天才を受け継いでいたのは永徳だった。その技が生かされた最初の舞台は『洛中洛外図』だ。京の町を歩き回り、写生を重ね、想を練る。描きだすと、寝ることさえ忘れる集中力を発揮した。

やがて屏風は完成し、依頼主の足利義輝に引き渡される。しかし、その義輝も戦乱の中に消えていく。代わって時代をリードするのは信長や秀吉であり、永徳もまたこの稀代の戦国武将たちと向き合うことになる。

本書の読みどころの一つが、ライバル・長谷川等伯との確執だ。その強烈な嫉妬と敵愾心の中に「人間・永徳」を解く鍵もある。自らの画業への飽くなき執念に生きた男の一代記だ。

(2013.04.25発行)


山田純大『命のビザを繋いだ男~小辻節三とユダヤ難民』 
NHK出版 1785円

「命のビザ」といえば、杉原千畝の名前が思い浮かぶ。それによって、多くのユダヤ難民が救われたからだ。では杉原が送り出したユダヤ人を日本で受けとめたのは誰だったのか。それが小辻節三である。本書は知られざる人物像を探った初の本格的伝記だ。同時に俳優である著者が試みた追跡行の記録でもある。

当時、杉原が発給したビザは日本を“通過”するためのものだった。しかし許された短い滞在では目的地の国に入る準備は不可能に近い。ビザが延長されなければ、彼らは死が待つ本国に強制送還だ。不穏な空気に包まれた時代。ナチスからの追手も徘徊するこの国で、命を賭して彼らを保護したのが牧師であり、宗教学者であり、ヘブライ語にも通じた小辻節三だった。

彼はなぜそんな行動がとれたのか。そのことを、今まで多くの人が知らなかったのはなぜなのか。そんな疑問に迫る力作ノンフィクションだ。

(2013.04.25発行)


コウ ケンテツ 『コウ ケンテツの食パン食』  
NHK出版 1470円

著者はNHK『きょうの料理』などで知られる料理研究家だ。トースト、サンドイッチ、そしておやつパン。何の変哲もない食パンが多彩なメニューに変身するプロセスはまるでマジックだ。しかも料理に不慣れな人でも簡単に作ることができる。厨房男子への第一歩だ。

(2013.04.20発行)


岡崎英生 『畑のおうち~クラインガルデンの12ヶ月』  
日本インテグレート 1700円   

50歳をすぎてから、信州の小屋付き貸し農園で始めた「週末農夫」。畑を耕し、田んぼに苗を植え、野菜を収穫し、花を楽しむ。そこでは時間の流れも緩やかだ。すべては「土が教えてくれる」と語る著者。こんな暮らし方もあるのかと、視野がひらける思いの一冊だ。
 (2013.06.01発行)


吉本隆明、ハルノ宵子 『開店休業』 
プレジデント社 1575円

昨年3月に逝去した吉本隆明。遺された最後の自筆連載は食エッセイだった。子ども時代、自分で獲ってきた青海苔とごはんの美味さ。母親が作った、かき揚げ汁。好物の甘味と酒の思い出。自らを「食欲中毒(過多)」と呼び、食事制限と戦った吉本ならではの回想集だ。

(2013.04.30発行)