月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

平和な悩み

2014-06-10 | 生活
毎年のことだが、暑くなるにつれて、食欲が止まらなくなる。
今はかなりやばい。

今日も朝、バゲットを3切れ食べた後、鶏玉子そぼろゴハンをお茶碗に2杯。
神戸に取材にでかけ、15時頃、家に帰るまでもたずに入った店で定食をがっついた。



炭水化物×炭水化物の安心コラボ。
ゴハンだけでは頼りないけど、麺がついているとホッとする。(←大食漢あるある)

しかし、「もうこいつ、痩せる気ないんやな・・・」と自分で自分につっこむ。
夏服が着れないという不安はあるが、食欲は止まらない。

ふと今日帰りの電車で、
「もう小太りとして生きていく決意を固めようか。・・・そうしたらラクになれるんじゃないか?」と考えた。

そうだ、着れなくなった洋服も全部捨てて、サイズを一新するのだ。
そうすれば何の問題もない。

いやいや、それでいいのか・・・?本当に?!
と袖を引っ張るもう一人の自分もいる。

はー・・・
こういう悩みのない人が本当に羨ましい。
次に生まれ変わるなら、すぐにお腹がいっぱいになる人、もしくはオッサンがいい。

とにかく今は、すべての服がきつくてすぐに気分が悪くなる。
痩せるべきか、ワンサイズ上の服に一新すべきか・・・!!

平和な悩み。



初めての田植え

2014-06-09 | 
先週の話になるが、生まれて初めて「田植え」なるものを経験した。

仕事の取引先の人たちと、打ち上げで話していたとき、その中の一人が農業を趣味でやっているという話をしてくれたのだ。
ちなみにこの「取引先」は日本酒雑誌とは全く関係がない。
詳しく聞いてみると、一緒にやっている人が栃木の某酒蔵で冬の間は造りをやっているとのこと。
植えるのはその蔵でもらってきた「亀の尾」の種籾だという。

「亀の尾」!!

この名を聞いて、興奮しない日本酒好きはいない。
明治時代に山形県で栽培されていたが、一時期は作付けをする人がいなくなり、幻の米と呼ばれていた。
基本、食用だが、酒米としても優れている。
また、あの「夏子の酒」の中に出て来る幻の米のモデルとされている。

常々、「酒造りを学ぶなら、まずは米作りからだ」と考えていた私は、機会があれば米作りに少しでも携わってみたいと思っていた。
そこでその取引先のS野さんに「田植えに参加したい」とお願いすると、人手は欲しいし、誰でも参加できるとのこと。
夫も誘っていくことになった。

5月31日、よく晴れた日。
京都の大原の田へ電車とバスを乗り継いで辿り着いた。

S野さんはまだ来ていなかったが、一緒に農業をやっているというMさんと奥さんのK子さんがいた。
自己紹介すると、最初からウェルカム対応。

「人が好きな人」って、わかる。
まず全力で自分をオープンにしてくる。そして、相手に興味をもつ(もしくは持っていると思わせる)。
私も初対面の人にはよくやる行為だけど、とにかく名前を聞いて、連呼して、覚える。
Mさんも何度も何度も「これからたくさん人が集まるので、もう一回復習しときますね。○○さん、△△さん、えーと、あなたが■■さん」と、一生懸命名前を覚えようとしてくれる。

そして、人の目をしっかり見て、こちらの心まで見透かすように、ぐっと入り込んでくる。
あー、きっと人がとても好きなんだな、と思う。
そしてきっと人に助けられ、人に感謝して生きている人なんだろう、と。

そうこうしているうちに、人がどんどん集まってきた。
私の好きなイラストレーターのS田さんも来ていて嬉しかった。

しかし、さあ、田植えだー!!と思ったら、そんな簡単ではなかった。
完全無農薬で育てるので、種籾を田に直植えしているのだ。
広い水田の一部分にだけ、稲と雑草が混ざったところがある。
そこに椅子を置いて座り、ひたすら雑草の中から稲だけをより分け、籠の中に入れていくという作業。
根がちぎれないように注意し、よく似た草とも間違えないようにしなければならない。
20人近くいたが、それでも永久に終わらないのではないかと思うほど、気の遠くなるような作業だった。

夫やS田さんとしゃべりつつ、時には黙々と、ひたすら手を動かす。

とにかく気持ちがよかった。
裸足で泥の中に膝近くまで入って、ずっと手で土と稲を触っていると、浄化されていくような気がした。

太陽と土と風と。

自分が好きなものだけがあって、何の不安もなくて。
小さな小さな稲の苗だけど、震えるほど確かな生命があった。



※MさんのFBにアップされていた写真を拝借。この写真好きだー・・・
 ちなみに、左手前の小太りのチェックシャツ女が私です。

結局、午前中の3時間はその作業だけで終了。
腰は痛かったが、でもなんだか心地良い疲れだった。

昼食はMさんのところでカレーを用意してくれていた。
農作業の後のカレーの味は格別!!
本当においしかった。

その後、少し時間をとって、改めて皆の前で自己紹介。
私は、ライターであること、日本酒の雑誌を作っていること、酒を知るにはまず米作りからだと思い参加させてもらったことなどを話した。
職業も年齢も環境もバラバラのいろんな人たちが来ていた。
異業種交流って、おもしろい。私は大好きだ。

午後になって、ようやく「田植え」。
ロープを引っ張って、それに沿って、等間隔で植えていく。



初めての田植えはドキドキした。
稲は本当に小さくて、とても頼りないのだ。
水田だから、水も多くて、ちゃんと根を植えるというよりは、泥の中に置いてくる感じで。
こんなので大丈夫なのかしらと不安になる。



でも、少しずつ植えていって、後ろを振り返ったら、それはそれは美しく苗が並んでいた。

まだ半分ほど残っていたのだが、この日、夕方来客があるので、どうしても帰らねばならず、3時頃に私たちはお先に失礼した。
短い時間だったけれど、本当にいい経験だった。
やっぱり米作りを知らなければ、お酒のことなど書けない。

それから、Mさんご夫婦と知り合えたこともよかった。
Mさんは冬はお酒を造り、夏はカメラマンをしている。
とても素敵な写真を撮る。(今回拝借した写真)
なんだか優しくて。
写真を見るだけで、やっぱりこの人、人が好きなんだろうなぁと思う。
すっかりファンになってしまった。

そうか。
人の心を打つって、そういうことなんだなぁ。
私の書いたものも、「ああ、なんかいいなぁ、この人の文章、好きだなぁ」と思ってもらいたい。
感動の名作でなくても、有名雑誌の掲載でなくても、ただちょっと「ああ、いいなぁ」と思ってもらえるような、そんな文章を書いていきたい。

しかし、田植え・・・はまりそう!
もともと土いじりは大好きだから、向いていないはずがない。
なんだろう、あの幸せな時間。時が止まったような。

あとでS田さんが私の夫へメールをくれていて、
「かおりさんは仕事の時はいつも緊張しているような感じがするけれど、田植えのときはリラックスしていたように思いました」
というようなことが書かれていた。

「緊張」といっても、ドキドキして手が震えるとか、そういう緊張ではない(当たり前か)。
なんとなく「余裕がない」ということなんだろう。
完璧であろうといつも必死だし。
まあ、仕事でなくても、家の中でも私はだいたい余裕がない。

だから、旅行に出ると、夫に「憑き物が落ちた顔してる」と言われるのだろう。
日常生活では、私はとり憑かれている。「カンペキ主義」という意味のない亡霊に。

その点、田植えはよかった。
亡霊は顔を出さなかった。
だから、S田さんとも初めて「本当の自分」を出して話ができた。

自然は私を解放してくれる。

あの稲が秋になって、黄金色の実をたくさんつけるのだと思うと、今からドキドキしている。
稲刈りも絶対参加しよう。

風が雨を連れてくる

2014-06-04 | 生活
この数日間の暑さがウソのように涼しい朝だった。
家中の窓を開けると、心地良い風が吹き込んでくる。
洗濯を干そうとベランダに出ると、雲の色や風の感じ、においなどから「雨が降るなぁ」とわかる。
私がそういうことを言うと、夫に「漁師か!」と突っ込まれるのだけど。

朝のうちに部屋を掃除し、リビングに寝転んで風を受けてみる。
なんだか幸せになるくらい気持ちがいい。
雨を運んでくる風なのに。

今日は1日原稿書き。というか、明日が締め切りなので2日間で先日の酒造メーカーの記事を書き上げなければならない。
1日で仕上げるくらいのつもりで頑張ろうと張り切ってパソコンに向かった。

時々お茶を飲む。
先日、あんこちゃんに連れて行ってもらった伏見の「椿堂」さんの水出し煎茶。

ポットに水と1パック入れて、60分。
ちょっと薄いかなと思うくらいの色なんだけど、飲むとお茶の甘味がすーっと広がっていく。
だけど、とても爽やかなのど越しで。
2杯目、3杯目と、まるで酒を手酌で飲むときのように杯が進んでしまう。
だんだん味が変わっていくのもいい。甘みがぐっと深くなる。



器もあんこちゃんに誕生日プレゼントにもらったもの。
お茶でもいいし、お酒にも合う。
レースのように透けて、とてもきれい。見ているだけで気分がすっきりするような器。

毎日これを飲んでいて、あっという間に15パック飲みきりそうなので、先日の伏見の取材のときに3袋追加で購入してきた。
この夏はこれにハマりそう。

しかし、原稿は残念ながらあまりはかどらなかった。明日は頑張って仕上げよう。
小規模蔵と違って、大手は難しいなぁ。
うんうんと頭を抱えている。でも、そういう時間も楽しいのだ。

夕方になると、やっぱり雨が降ってきた。
天気予報はしばらく雨が続くと伝えている。



二人酒、一人酒。

2014-06-03 | 
昨日と今日は、大手の酒蔵・・・というか、酒類製造メーカーへ取材に行った。

ここ


初めての大手。どんなもんかいなと思ったが、取材を終えてみて思うのは、「機械を使って省力化しても、最後はやっぱり人の感性が重要」ということ。
特に酒造りというのは、そうなんだろうな。
そして、少なくともこの大手メーカーには、ポリシーやものづくりの精神が根付いていた。
なんだかホッとした、という気持ちもある。
何より、「人」が皆よかった!

取材後、岡山から参戦していた制作チームの1人(Eさん)を京都酒巡りツアーへご案内。
・・・のつもりが、結局、時間があまりなくて、1軒だけに。

河原町通りの四条を2本ほど上がって東に入ったところにある、立ち飲み日本酒バー「壱」。
立ち飲みと言っても、スタイリッシュな店内で、とても素敵なお店だ。
お酒の種類が豊富なので、Eさんも喜んでいた。

二人で4杯ずつ(私は1杯目ビール)を飲む。

若駒


新政の№6(six)


山間の赤鬼


いいお酒置いてるなぁ!ここは!
なかなかこのラインナップ飲めないで。

相変わらず、飲みだすとあまり食べない私。
おでんの大根とこんにゃくをちょっと。鰆の西京焼きに、ポテトサラダ。
こんなのでは全然足りないEさんは、タコさんウインナーを注文。

タコさんウインナーがこんなにカッコよい料理に!!(笑)


でも、全然足りてないだろうなー。
この店はやや高めだし、あまりガッツリ食べられるものもないので申し訳なかったが、お酒の豊富な種類に満足してもらえたようなのでホッとした。

本当は、伏見で取材だったので、終わったら「Barえん」に連れて行きたかったのだ。
ここは「蒼空」というお酒を造っている藤岡酒造さんの直営バー。
ただ、観光バーなので、飲み目的というよりはお酒を買って帰ってもらうための「きき酒」を楽しんでもらうというようなお店。
なので、営業時間が衝撃の18時まで!!(から、じゃなくて、まで)

昨日は取材は早く終わったのだが、その後、松尾大社へ撮影に行くことになり、伏見を離れてしまったので時間が間に合わなくなってしまったのだ。
Eさんは一番ここに行きたがっていたので、残念がっていた。

で、私が今日、1人でリベンジ。
Eさんは次の営業に行ってしまったので、あまり意味はないのだが、私も好きなバーなので取材後に1人で寄った。



純米大吟醸おりがらみ(愛山)を。
バーカウンターから、仕込みタンクが見える。
タンクを見ながらの昼酒は最高だった。


さすがに1杯だけにしようかと思っていたら、「平日限定のきき酒セットがあります」と言われたので、ついつい注文。




やっぱり山田錦がうまいなー。
いい米だなー・・・

そんなことを思いながら伏見を発った。
取材もよかったが、お店案内や1人酒も楽しかったなー

一時はダメになってしまった藤岡酒造さんだが、今は復活されていいお酒を造られている。
このバーも今や伏見の観光名所の一つ。酒蔵めぐりには欠かせない。
大手以外にこういう名所を作ってくれる蔵というのは貴重だと思う。

今日久しぶりに訪れて思ったのは、復活までのストーリーを、いつか取材させてもらって書けたらいいな、ということ。

大企業には大企業の歴史と技術革新があるけれど、小さな酒蔵にも物語は必ずある。
自分はいつも、ずっと、「なんでもない人」の物語が一番書きたかった。
そこに、自分が書く意味というのはあるような気がして。
酒蔵のストーリーを書くことは、自分のそういう書く意味を再確認させてくれる、良い機会なのかもしれない。



恍惚のもの書き。

2014-06-02 | 仕事
結論から言うと、秋田の酒蔵の原稿はうまく書けた。

11月に取材した分と今回の分の録音を聞きなおし、メモをまとめ、資料を読み込み、構成を練るのに1日かかった。
翌朝、6時に起床。顔も洗わずにそのままパソコンの前に座って原稿を書き始め、書き上げたのが夕方6時。
途中、休憩を何度か挟んだので、およそ10時間はかかったことになる。
たった3000字の原稿にこれだけの時間がかかるのである。
本当に、好きでやっていなかったら、商売あがったりだ。

途中、2回泣いた。
1回目は自分が情けなくて。
私はこんなにも書くことが好きで、取材も今回はうまくいって、こんなにも情熱をもってやっているのに、どうして書けないのか。
努力も情熱も、才能の前では何の意味もないのか。
そう思ったら涙が止まらなくなってしまって、ぐずぐず泣きながら書いていた。

でも、何の前触れもきっかけもなく、それは来た。
急に「ひらめき」が来て、後半を一気に書き上げたのだ。
たまにあるのだが、それが来ると、もう言葉を選ぶこともセンテンスの1つ1つを考えることも、構成を練ることもしなくていい。
もう私は「それ」=「出来上がった文章」を知っていて、あとは文字を入力するという作業で形にすればいいだけ・・・。
そういう、本当の意味で、「書ける」瞬間というのが私にはたまにある。

それが久しぶりに来た。
考えることも、手を止めることもなく、書き上げた。

書き上げると、恍惚としている自分に気づいた。
この感覚は久しぶりだった。
昔、よく小説を書いていたときに味わった感覚。たぶん、私はこの感覚を味わいたくて、ずっと小説を書きたかったのだと思う。
恍惚として、ただただ気分が高揚していて、少し落ち着くと涙が出た。

おかしなことに、書いたものに自信はなかった。
いつも書き上げた後は「おー!いいの書けたんちゃう?」と独り言を言いながら踊ったりするのだが、そういう感じではなかった。
ただ、「それ」は形になって、そこにあった。

この雑誌のデスク担当であり、私の師匠である山口さんに恐る恐る提出した。
すると、数時間後、返信が。

「すごくいいじゃないですか!感激しました。
これまでになくあなたのライター主観を前面に出しながら、
これでもか、これでもか、と○○氏の実験を書き連ねていく。
ほれぼれしましたよ。最後の締めにいたるまで。
まさに今回はあなたのチャレンジでもありましたね。
2回取材のもとは十分すぎるほど取れています。」

読んだ瞬間、跳び上がった。
比喩でなく。
そして、また泣いた。

酒蔵記事、5蔵目にして、ようやく師匠に褒められたのだ。

「自費でもいいから取材に行かせてくれ」と頼み、自分でどんどんハードルを上げながら挑んだ記事だった。
取材対象者は、今、地酒蔵元では最も注目を浴びている人と言ってもよい。
どう書くのか?あれだけメディアに露出がある人を、今更どう書くのか?
悩んだし、怖かったけれど、私は秋田に行く前、ブログにこう書いた。

「まだ現実には何もないのに、ぼんやりと、もやーっとした中に、光が見えている。
私はその光の中に、格別な喜びがあることを知っている。それを自分がカタチにした時の、なんともいえない恍惚とした感覚も。
そこに近づきたくて、どうしても味わいたくて、一心不乱に進んでいく。
こういう時は不思議と不安がない。微塵もない。熱に冒されたみたいに、とり憑かれたように、光を追い求める。

あの光を言葉に変換するんだ。
そう思うだけで気分が高揚して、脳からドーパミンが大量放出される。
もう何も怖くない。自分のことをしっかりと心から信頼できる。
あんたはちゃんとモノを見られるし、聞けるし、感じ取れる。そして、それを言葉にできる、と。
だって、こんなにも書きたいのだから。」


あの光が、ちゃんと形になったのだ。
恍惚とした感覚も現実になった。
私はちゃんとモノを見ていたし、聞けていたし、感じ取れていた。
そして、それを言葉にできた。

山口さんの言うように、これは私のチャレンジだった。

まだ取材対象者のご本人に確認が済んでいないので、もしかしたら落ち込む結果が待っているかもしれない。
だけど、少なくとも師匠には認めてもらえたし、発行元の担当者からも「カンペキです!これまでの記事で一番だと思います」という嬉しい言葉をいただけた。

チャレンジ成功・・・だよね?

いや、もうたぶん、成功とかどうでもいいのかもしれない。
私は久しぶりにあの恍惚とした感じを味わえた。それだけで十分価値のあるチャレンジだった。

そして、また自分自身に確認する。
「まだ書いていていいんだよね?私」と。
クビがつながった、というとおおげさかもしれないけれど、でも、そんな気分。
誰の許しを乞うているのか、また見えない誰かに向かって尋ねている。