じめの問題 3. 切れやすい子ども

じめの問題 3.   2017.12.05.

切れやすい子ども
 前回、親子の関係からいじめに対する耐性の成長を考えた。
 親子の関係にストレスがかかる状態であると、子どもにとってはまた異なる側面を考えなくてはならない。ストレスにさらされていると、副腎皮質ホルモンが出やすくなるために、かなり攻撃的傾向が出てくる。自分でも抑えがたい攻撃性が内部にあり、些細なことでも正常な行動よりも攻撃的行動が出易い。
 このような子どもは、対人関係がうまく行かず、さらにストレスに晒されることになる。親子関係で満足な状況が得られないと、こだわりが強くなり他人との協調が難しい。さらに親の状況も、こだわりを持っていることが多く、子どものこだわりを増幅させる。自分の思うように行かないと、すぐに感情的になり切れることになる。親の状況を考えてみると、こだわりが大きいために、成長の過程で吸収してくるあるいは学んでくるものが少ない。すなわち価値観が狭い場合が多く、自分の価値観以外は、受け入れられない状況にある。
 最近私はあまり出かけないが、スーパーには買い物に行く。子どもを連れた親を見ていると、その関係性からいろいろなことが見えてくる。親が子どもに自分の意見に従わせようとしている親は、子どももストレスを感じて抵抗することが多い。親は時間の都合もあるのだろうが、子どもに無理やり意見を押し付けるから、子どもも抵抗する。そうしないと自分の存在が、見つけられないからであろう。もちろん小さな子どもが、自分の存在を意識しているわけではないが、無意識に抵抗が出る。これは自殺などの場所が、本人の無意識の要求と関係していることなどと共通している、人間の基本的行動である。

 勤めていた頃に、いじめグループの実態について調べたことがある。グループ以外に友達がいない場合が多いが、他に良い友達を持っている場合もある。その場合でも、ストレスを多く抱えていると思われる子どもは、なかなかグループから抜け出すことは難しい。成人した暴走族に聞いたこともある。良い友達の集まりは、良い関係であることは分かっていても、ストレスによる不安は、強い刺激を求めてグループに居続ける。良い友達の関係では、ストレスが迫って来て、より強い刺激の中に身を置かないと時間が過ごせなくなるようである。
いじめていても、いつ自分がいじめられる立場になるか分からない状況を理解していてもなかなか抜けられないという。この様な現象は、食事の流行にも表れるように思われる。非常に辛いメニューが人気になったり、テレビで持て囃されたりしているが、これなども一種のストレスからの逃避のように見える。私は現在あまり辛い物を食べないが、以前には辛い物は平気であった。貧しい国々では、沢山のおかずが得られないので、辛いもので食事をすることが多い。エチオピアのテフで作るインジェラ(パンケーキ)に、ほとんどトウガラシの粉だけを練ったものを付けて食べる。最初に韓国を訪れた1970年代の終わりには、国防費が37%で国民は貧しく、麦飯に青唐辛子にコチジャン(唐辛子味噌)を付けて食べたり、みそ汁の具が青唐辛子で味噌とコチジャンで味付けしてかけて食べたりした。しかし皆さん、美味しいご馳走がある現在はそちらを選んでいる。これらは刺激を求めて辛い物を食べる状況とは異なる状態である。豊富な食材が有るにもかかわらず、辛い物に刺激を求めるのは、無意識の心理学からすればストレスからの逃避のように思われる。

 いじめ問題は、このように自分自身の中にあるストレスが大きく関係していると思われる。その中で先生達はどのように対処したらよいのであろうか。簡単な問題ではない。第一にはいじめる子どもたちへの理解である。言葉では簡単だが、実行するのは大変難しい。様々な意見が有ろうし、異なる側面もあろう。しかし一つの意見として示しておくことは必要に思われる。
 現在の教育界を見ていると、すぐに技術に走る傾向にある。ノウハウを学んで解決しようとする。うまく対応できたように見えるが、時間が経つとほころびが出る。教育は、最終的には人格の問題である。自分自身の人格を常に努力して高めないと、子どもたちの人格も成長しない。子どもたちを成長させるには、自分自身がそのモデルになる必要がある。外から見えなくても、常に努力していると、子どもたちの見え方が異なってくる。このことが子どもたちに安心を与え、次第に成長する結果となる。
自分の成長のために何を行うのかが大きな問題である。勉強への努力やスポーツなどに努力すると、人格が成長するように思うのは錯覚である。私が経験してきた限りでは、勉学やスポーツでの努力は、人格の形成とは異なる。もちろんその努力の中で自分の内面に気がつき努力した人はおり、その結果として人格を高めてきた人はいる。しかしその努力は、勉学の努力やスポーツの努力とはやや異なった部分である。知識は人格とあまり関係ないし、技術も同じように思われる。
自分の内面を見つめていると、不思議と相手の内面に寄り添うことができる。明確な回答が得られるわけではないが、相手が自然に自分の考え方を決めて行けるようになる。このことが相手の成長であろうと思われる。
 障害児教育は教育の原点であると言われている。しかしその理由を正確に聞いたことはほとんどない。ユングは、大人はみな社会に対するペルソナ(仮面劇の仮面)を持っていると言っている。一人でいる時と複数でいる時には、その行動が異なる。複数でいる時には、その関係性の中で、自分の本心ではなく相手に対する自分を作って、ペルソナを付けている。先生は生徒に対して先生のペルソナ、親は子どもに対して親のペルソナを付けている。障碍者の中には、このペルソナを持たない人たちがいる。例えば複数でいる時にテーブル上に饅頭などが有ると、健常者はすぐには手を出さない。しかし障碍者の中にはすぐに饅頭を取る行動を起こす者がいる。それを見た時に、健常者は何を考えるであろうか。その行動が気にかかり、直すにはどうしたら良いであろうかと考えたりしないであろうか。これはこの行動に対する自分の感情を直視しない、問題を外に置く方法である。なぜ自分が気になるかを追求すると、自分の内部における無意識の検討に向かう。これがなかなか難しく、多くの場合
は外側の問題として捉えてしまう。自分の内面に向かうと、自分の中にも同じ要求がることに気がつき、その浅ましさを認識することになる。そのことによって自分と障害者と何ら異なることが無いことが認識できる。このことによって相手にかける言葉が、自然と変化してくる。
この様に、問題を持った子どもに対して、理解が進むと対応が変わってきて、相手も自然に変化が起こるようになる。

これは一つの例であって、様々な考え方があると思うが、検討してみてはいかがであろうか。
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いじめの問題 2.いじめに対する子どもの耐性

いじめの問題 2. 2017.12.03.

いじめに対する子どもの耐性
子どものいじめに対する耐性にも問題が起き始めている。このことがいじめによる自殺を多くしていると考えられる。もちろんいじめる子どもを擁護する気持ちはないが、いじめに対する耐性も成長の過程で長い時間をかけて次第に獲得するものである。なぜならば、いじめは社会性のある動物の世界では普通に存在するものであり、このことが社会の秩序を保つのに重要な役割を持っていると思われるからである。サルの子どもたちでも、途上国の子どもたちでも、子どもの社会においていじめは存在し、そのことに対する対処法を子どもたちは成長の過程で手に入れてゆく。これが将来の社会への適応の基礎となっていると思われる。

いじめに対する耐性で重要なことは、人間関係における信頼である。その中でも最も基本的で重要なのは、親との関係である。出生して間もなくの間に、人間関係の基本ができるであろうことを予想させる本がある。1993年に発表された、正高信夫さんの「0歳児が言葉を獲得するとき」(中公新書)である。この中で、特に母親の授乳時のことから、子どもと親の関係は生後8週間ぐらいまでに基本的なことが完成されることが示唆されている。これは子どもが、この世界で初めてかかわる人間関係で、その後の人生の基礎となると考えられる。この最初の段階で、相手に対する信頼が得られないと、対人関係が難しくなることが推測される。正高さんの調査の時点で、既に相当数の母親が子どもとの関係が正常に作れなくなっていることが示されている。それは授乳時に母親が、テレビを見たり、次の仕事に気を取られたりして、子どもに十分に向き合っていない場合である。その時代からすると既に25年ほどが経っており、スマートホンなどの仕様頻度が上がり、現在はもっと多くの子どもが、親との良好な関係が出来なくなっているように思われる。
いじめに対する耐性では、授乳時以降の親と子どもの関係も重要な要素になる。以前に10年間ぐらい、不登校のこどもたちの野外塾をしていたことがある。多くの子どもは、学校などのいじめをきっかけとして不登校になっている。私の塾は、保護者と子どもと一緒に来ていただき、月に2回ほど野外で1晩のキャンプをする。ただし親御さんが子どもに注意することは、一切禁止である。最初の内親御さんは、子どもの不登校はいじめによることに原因があると思っている。しかし子どもが自由に遊び、次第に自分の意思が出てくると意外なことに気が付く。親が子どもの意思をほとんど無視してきたことである。ある親は、2年ほどしたときに、子どもの同じクラスにもっといじめられていた子がいたことに気が付き、その子が不登校にならずに過ごしていたことを調べていた。そして不登校と登校を続けた子どもの差は、親に話せたかどうかの差であると気が付いた。親にいじめを相談出来た子どもは、いじめられていても登校を続けていたのである。
ここでも親との絆の強さが、いじめに対する耐性に大きくかかわっていることが想像される。親がこの様に子どもとの関係に気がつくと、子どもも次第に自由になり、自分で物事を決められるようになる。こうなると不登校は終了で、自分の道を歩き出す。

自殺にはいろいろのメッセージが隠されている。いじめによって自殺する子どもたちの状況を分析すると、多くはその自殺の場所によってある程度の原因を推測することができる。
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いじめの問題 1

いじめの問題 1.    2017.12.01.

さいしょに
いじめの問題は複雑で、様々な要因が絡み合っている。しかし実際に議論されるときには、多くの要因が抜け落ちているように思われる。話が複雑になると、難解で対処が難しくなることが考えられる。以前に臨床心理学を学んでいた頃に、無意識の心理学に興味を持ち、ユングとフロイトに出会った。当時、フロイトは広く知られていたが、ユングは難解で敬遠されている傾向にあった。しかし、人間の精神状態は複雑で、ユン後の方が難解ではあるが本質に近づけると思ったことが思い出される。フロイトは、分析の方法を単純化して示して分かりやすくした功績は大きい。しかし人間の本質に近づくのは難しいように感じた。
いじめの問題も同じで、何かの主要因を見つけて、単純化すると皆さんで共通の認識が生まれて、話しやすく理解されやすい。しかし実際の子どもたちの問題に立ち返ると、これでは問題の解決には至らない。
カンボジアから帰国してから、何回かいじめの問題について書き始めてみたが、なかなかまとまるところに行かなかった。そのため毎回延び延びになっていた。最近体力も落ち、気力もなくなってきたので、出来るところから少しずつ書いておこうと思った次第である。一気に書き上げないと、全体像として落ちが有ったり、不整合が有ったりするが、これはもう年のせいで仕方がないのであろうとあきらめた。多少なりとも、皆さんの議論の参考になれば幸いである。


新聞でいじめの問題が大きく取り上げられている。昨年度のいじめの件数が大幅に増えたことによるらしい。文部科学省の10月26日の発表によると、2016年度の「いじめ」の把握件数は323,808件で、前年よりも約10万件増加しているという。

いじめの問題は、教育の中で起こったことではあるが、起源はもっと他のところにあることはあまり議論されることが無い。

私は、約40年前に長野県の山の中から大阪の町中に引っ越した。その時感じたのは、やがて子どもたちに異常が起きるであろうと言う事であった。近鉄阿倍野駅から3つ目の駅の近くに住んでいた。町は下町で生活し易かった。しかしながら、自然はほとんどなく、子どもたちの遊び場は公園ぐらいで、ほとんど無いに等しかった。この様な環境で育つ子どもたちがどの様になるかは、先が見通せないと感じた。
子ども同士が遊ぶことによって形成される社会の基本が、ほとんど見られない状態であった。また自然に接することによって形成される、理不尽に対する耐性がほとんど養われないであろうと感じた。それでも当時の親たちは、ある程度自然に接したことがあり、その点を子どもたちに伝えるであろうと思われた。しかしこの大阪の街の環境でほとんど自然に接することが無く、また子ども同士が形成する社会もない中で育った者たちが親になった時には、何かの異常が起こるであろうと思われた。

そのころ私は、クマネズミの社会の実験をしており、6畳ほどの部屋で4組のペアから自由に繁殖した場合にどのような状態になるのかを3年ほど観察していた。最初順調に個体数は増えていった。1年ぐらいすると個体数はピークに達し、やがて個体群の崩壊が起こり始め、ほとんど子どもが増えなくなり、減少に転じ2組のカップルだけになった。増加期には無かった噛み傷が減少期には著しく増加し、闘争によって死に至っていることは明らかであった。それ以前に研究していた野生のネズミでも、密度が高くなると副腎が肥大し、アドレナリンの分泌が盛んになり闘争が増えることが想定された。

現在の日本の状況は、多くの人々が様々なストレスを感じ、非常に闘争的になっているように思われる。
親による子どもへの虐待死の報道は珍しいことでは無くなった。これは亡くなった子どもの親だけが特別な存在ではなく、子どもにやさしい親まで連続的に変化していると考えるのが良いであろう。とすると虐待死に至る親から近い所にいる親も多数いるはずである。身体的な虐待まで行かなくても、精神的虐待は街に出てみると何時でも見かけられる。スーパーなどで買い物をしていている子ども連れをみても、しばしば精神的虐待を受けているのを見ることがある。子どもはいつもイライラし、親もイライラして関係性に苦労している。この様に育てられた子どもは、小学校に入学してもその状況が改善されるわけではない。友達と生活していても、何時ストレスが爆発に至るかは本人もコントロールができないであろう。授業の中で言葉を持って教えても、自制できるようになるとは思われない。教育関係者は、言葉であるいは身近な簡単な事例で教えれば子どもは自制が出来るようになると錯覚しているように思われる。

現代の社会におけるストレスは、戦後の混乱期とは異なる段階にある。私は研究を始めた頃に、野外のネズミの個体数の変化の調査をしていた。そのころアメリカのクリスチャン女史が、ドブネズミ(家ネズミ)を使って、密度が高くなると副腎が肥大してアドレナリンが増え、闘争的になるとし、その現象を社会的ストレスと呼んだ。

社会性の発達は、親が子どもに教えることのできる部分と子ども同士でなければ得られない部分が存在する。例えば,喧嘩をした後の仲直りは、親が子どもに教えることは出来ない。子ども同士で喧嘩をして、方法を探りながら自分の中に獲得していかなくてはならない。大人からのアドバイスは多少の役には立つかもしれないが、中心は自分で獲得するものである。これは動物の成長に於いても同じであって、親が教えるものではない。現在の社会の様に、子どもだけで遊ぶ機会が少なく、喧嘩をすると親や先生にすぐ止められる状況では、「喧嘩後の仲直り」を獲得することは難しい。そのため他人と争うことが怖くなりできないので、ますますストレスが溜まる。チンパンジーの社会を研究していたフランズ・ドウ・バール(Frans B. M. de Waal)は、「仲直り戦術」(西田利貞・榎本知郎訳 どうぶつ社)を書いている。この中でチンパンジーの社会が大きくなれたのは、競争性を持ち喧嘩をしながらも仲直りをする方法を手に入れたことによると、述べている。進化の過程で多分人間も同じように、喧嘩をしても仲直りをする方法を手に入れたために、大きな社会に発展したのであろう。子どもが成長の過程で、仲直りをする方法を得られなかったら、ストレスを大きく抱えながら一生生きなければならないであろう。この様な状態が現在の親たちに起こっているのではなかろうか。この親のストレスが、子どもに影響を持たないはずがない。
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私たちのカンボジア教育支援を語る!        カンボジア教育支援東海地区交流会

カンボジアの教育支援展のお知らせ    2017.11.24.

私がカンボジアから帰国後、愛知教育大学の化学の長沼健先生(名誉教授)が現地で仕事を引き継いで下さいました。その長沼先生がお世話下さって、カンボジアの教育支援をしている団体が参加して、愛知教育大学で以下のような会が開かれます。
皆様ご都合が付きましたらご参加ください。

私たちのカンボジア教育支援を語る!
       カンボジア教育支援東海地区交流会

カンボジアには多くの団体が教育支援を行っています。今回主催した3団体もそれぞれ独自に支援を行い、時々交流をしていました。この際範囲を広げて東海地区の団体がそれぞれの活動を報告し、お互いが交流することで参考になればと思っております。また学生・市民の方々にも活動の実態を知っていただければ幸いです。

入場無料・どなたでも参加・観覧できます
時:平成29年(2017年)12月7日(木)午後1時~12月13日(水)午後5時
所:愛知教育大学附属図書館:刈谷市井ヶ谷町広沢1(開館9:00~閉館は日によって変わる)
アクセス: 名鉄本線「知立駅」バス1番のりばより「愛知教育大」「三好イオン」行20分
          「愛教大前」下車。350円
     車の場合、土日は許可証はいりませんが、平日は正門守衛所で「入構許可書」をもらってください(授業日は駐車場がかなり混んでいます)。
  内容:各団体のポスター展示(上記期間中/図書館内アイスペース)
     各団体からのプレゼンテーション 
12月10日(日)13時~15時/12月13日(水)13時30分~15時(図書館内摸擬授業室)

参加団体(2017年10月末現在)
幹事団体:愛知教育大学,NPOオアシス,NGO-CIESF
 賛助団体:名古屋環未来研究所(カンボジア開発研究会),NGO-あすて内「あカンて」他,
(各団体の活動例)      
   
子どもの健康調査(愛教大)   現地での運動会開催(オアシス)  日本人教師派遣事業(CIESF)

   国際協力をやってみたい方,何かヒントが得られるかもしれませんよ!
問合せ先:470-0214 愛知県みよし市明知町砲録山2-360 長沼 健 (NGO-CIESF理事)
E-mail: t-naganuma@ciesf.org   (携帯)090-5856-8907

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木曽駒ケ岳・千畳敷カール散策御礼

一昨日(2017.08.20.)、表題の散策を名古屋の小林先生に計画頂き大変楽しませて頂きました。
 この場所は、小林先生の卒論調査の場所で。大変思い出深い所です。30年以上前になりますが、それ以来私も訪れていなかったために、変化にも驚きました。下の地域の観光地化、ロープウェイ終点の2600メートルのホテルの変化は、お客さんの多さなど隔世の感がありました。
 また千畳敷で開設頂いた喫茶小林のコーヒーやラーメンを作ったコッヘルが、30年ぐらい前に韓国で調査したとき買ったものであったとは驚きでした。物持ちが良いですね。関釜へりーに乗るときに、バナナを買い込んでプサンで売り払い、旅費を浮かせたことも思い出し、不思議な時間を過ごしました。
 事前に参加を知らせて頂いた懐かしいメンバーの他に、名古屋市の理科の先生たちのグループともお会いできビックリでした。大勢の方にお会いできたことと卒業以来35年ぐらいぶりの方も居られて、驚きました。
 私も今年3月に喜寿になり、この10年ぐらいの間にいろいろ病気もしてるので体力も無くなっていますが、散策を楽しませて頂きました。アフリカの調査をしていた時には、忙しかったので観光はほとんどなく、キリマンジェロを飛行機の中から見るだけでした。80歳になったら登ろうかと思っていたのですが、今は体力的に無理なようです。それでも今回のような高山を体験すると、また元気が出てきたようで感謝しています。
 
 皆さま有難うございました。
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正臣会 夏企画 2017.8.20.(日)

皆さま

いつもご無沙汰いたしています。
名古屋市の小林先生が企画して下さり、今年の夏は木曽駒ケ岳に出かけることになりました。
ご都合のつく方はご参加ください。

昨年は、名古屋市の磯貝先生のお世話により、伊吹山に行きました。
涼しさと懐かしい体験をしました。
と言いますのは、私が23歳で最初に赴任した東京教育大学理学部の菅平実験所(現在筑波大学センター)は、標高1300メートルにありました。校内に沢山イブキジャコウソウが在り、最初に覚えたのがこの名前と香りでした。
伊吹山には、イブキジャコウソウがほとんどなく、わずかに残っている枯葉を1枚頂き、懐かしい匂いをかぎました。実に53年ぶりのことでした。


正臣会夏企画 木曽駒ケ岳  2017.8.20.(日)

予定としては、
お車の方は、駒ヶ根ICで降りて菅の台バスセンターの大きな駐車場に9時30分までに着いていただけば、おそらく9時45分のバスか(混んでいて乗れないときはその次)10時15分のバスに乗れるのではないかと思います。その後は、ロープウェイでお昼ぐらいに千畳敷に到着して、カールを散策したり、スタミナのある方は、宝剣岳を目指して山登りをしていただいたりして3時過ぎに帰りのロープウェイに乗って4時30分頃菅の台に到着かなと思います。
 集合は、菅の台のバスセンターが分かりやすいのではないかと思っています。
 朝の時間が早いようでしたら、もう30分~1時間遅らせても構いませんが、千畳敷での滞在時間が短くなるかなと思います。
 無理のない範囲で、すこしでも多くの方が参加できるプランにできれば幸いです。
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今年の正臣会

皆さま    2017.01.245.  金森正臣

相変わらずご無沙汰いたしております。

1月29日(日曜日)に、第14回の正臣会をして頂くことになりました。

詳しくは会のホームページを見て下さい。

相変わらずなにかとカンボジア関係の用事があり、昨年10月にもカンボジアに行ってきました。
カンボジアは、かなりのスピードで変化しており、驚くばかりです。
2017年正月からは、4年制の教育大学を作るプロジェクトが始まり、今回はそれに関連した話をさせて頂きます。

お目にかかれることを楽しみにしております。

いじめ、虐待、自殺などについても、書き始めているのですが、なかなか全体がまとめ切れていません。もし質問などが有りましたら、当日どうぞ。
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カンボジアの子どもの身長と体重

正臣会を2月6日土曜日にして頂くことになりました。
もう1年が過ぎ、時間の早さを痛感しています。
今回も「カンボジアの子どもたちの身長と体重」の話をさせて頂きます。
今年は、学生さん14名が参加し、大学のグローバル化の一環として実施されました。
久しぶりに若い皆さんと一緒に行動し、時代の変化も感じました。
他にも、カンボジアの教育界の動きなどを紹介します。

早川さんや磯貝さんの発表もあるとのことです。楽しみにしています。
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今年の正臣会

皆様

ご無沙汰いたしております。
最近また忙しくなり、更新をさぼっていました。
2月15日に、正臣会をして頂くことになりました。
当日発表の載せておきます。


カンボジアでの調査の経緯や様々なことは、後程報告することにします。


カンボジアの子どもの成長  2015.02.15.   金森正臣



カンボジアの子どもたちの調査のきっかけ
昨年の6月26日に、中部空港でお会いしたカンボジア教育省の長官たちとの会話から、カンボジアの子どもたちの成長の調査が始まることになった。
 丁度そのころ、愛知教育大学では、カンボジアのNIEとの学術交流協定が進められていた。
 この結果、NIEとの学術交流協定の中の課題として、「カンボジアの子どもたちの成長を調査」することが大学内で認められた。

調査の実際
 調査期間は、2015年1月4日ー16日の間。
 調査者は、大学から6名の先生、ほかに金森がアシスタント。最初の3日間は、後藤ひとみ学長、清水秀己センター長、伊藤事務官も参加、総勢10名。現地では、長沼名誉教授も参加。
 カンボジア側からは、NIEからマン・チャンセン、ホー・キム(両名とも、愛知教育大学修士課程に留学経験あり)がカウンターパートとして参加。他に、カンボジア語ー日本語通訳2名。

調査日程
 1月5日午前。カンボジア教育省に、担当のキム・セタニー長官を訪問。実施に関する各種協議。愛教大学長から提案があり、カンボジア側でもNIEの中に養護教育課程を作ることに努力するとのこと。
 午後は、NIE付属小学校で調査開始。男女に分かれて調査し、約3時間で120-130人ぐらい調査できることが分かった。この結果、今回は中・高等学校の調査は断念し、小学校に限定。夜は調査結果の入力や写真のプリントアウトに追われる。
 1月6日午前。JICA事務所訪問。井崎所長、次長、教育担当者と懇談。調査の概要や今後の方向について意見を交換。その後名古屋大学のカンボジアオフィースを訪問。
 午後は、NIEの付属小学校の続きを調査。昨日と合わせて362名(1年生から6年生まで、ほぼ全校生になる)の調査を終了。
 1月7日は、カンボジアの祝日。プノンペン解放記念日で調査できず。虐殺博物館など市内見学。
 1月8日午前、午後。プノンペン市内のチャトモック小学校において調査。大きな学校なので、各学年2クラスだけを調査。325名の調査を終わる。
 1月9日午前。プノンペンから地方のプレイベンに移動。州の教育局を訪問。
 午後、プレイベンPTTC(小学校教員養成所)付属小学校の調査。
 1月11日午前。プレイベンPTTC(小学校教員養成所)付属小学校の調査。昨日と合計でほぼ全校生の396名を調査。
 午後は、かなり田舎のクミチャイミヤ小学校(日本から、千葉県松戸市が応援していた)の調査。
 1月12日午前。クミチャイミヤ小学校の調査続き。ほぼ全校生285名を調査。
 午後はプノンペンに戻る。
 月13日ー15日。シェムリアップに移動し、シェムリアップPTTC、アンコールクラウ小学校、バイヨン中学校などの見学。アンコールワット、アンコールトム、バンティアスレイ遺跡、地雷博物館なども見学。
 15日夜行便で、中部空港に帰国。

調査結果の概要
 児童の成長は、地方の貧しい農村は、遅れている。
 各学年の年齢構成は、地方ほどばらつきが大きい。
 問題点として、年齢が不確かであり、今後調査の継続によって正確さを高める必要がある。

今後の課題
 大学はまだ国際化に慣れていない。今後様々な教官が外国を体験し、学生を外国に連れて行く力をつけないとならない。
大学がグローバル化として出てゆく場合に、特に相手国の観察や話し合いによって、相手国側に利益のあるプロジェクトを作る必要がある。観察不足、文化の不理解が目立つ。
文化の理解ができない原因として、自国の文化について十分な理解がなされていない。
 今後継続するためには、大学は十分な予算を持っていないから、外部から資金を得なければならないが、その方法に疎い。
 文部科学省に学生の派遣費用(インターンシップなどで旅費の半額程度出る)の請求、JICAの「草の根技術協力」などの資金を模索する必要がある。
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ご無沙汰いたしております

ご無沙汰いたしております。

正臣会が行われてから、もう2ケ月が経ちますがまだまとめが出来ていません。
皆様からご心配いただき、メールや電話を頂いています。
ご心配をおかけしていますが、元気にしております。
2月から始めたことが忙しく、時間が取れないために報告が遅れています。
3月24日には、10年ぶりに大学の卒業式にも出てきました。一緒に野外で遊んだ松田学長が任期が終わるので、お祝いを申し上げに出向きました。
またいずれ少し時間を取って書きます。
とりあえず、ご報告いたします。
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第11回 正臣会

第11回 正臣会  2014.1.25.


明日、13:30から、安城市市民交流センターで、11回目の「正臣会」を開いて頂くことになりました。
あれこれ迷いましたが、「生きる力」について報告させて頂くことにしました。なかなか決まらず、報告が遅くなりましたが、よろしくお願いいたします。
なお、後ほど会での報告をやや詳しく掲載する予定です。


生きる力を育てる

生きる力を育てることが注目されてから久しい。しかし物事が複雑なために、核心からズレルことが多い。
ここで言う「生きる力」は、生活科などで扱う生きる力とはやや異なる。


1)生きる力とは何か
 基本的には、食べること、性など本能的なものに依存する部分。
 しかし社会では、本能的部分は悪として、協調性が求められる。
 (動物は、群れを成す前には単独で生活しており、全ては自己責任で、善悪は無かった。群れを作るようになってから、群れを破壊に導く行動が悪となった)

2)本当の生きる力は、本能の行動に有る。
現在の日本の社会では、社会に対する協調性が強く求められ、本能の要求が押しつぶされている。そのために生きる意欲が弱い。途上国の子どもたちが生き生きと見えるのは、生きる力が押しつぶされていないからであろう
本能行動が前面に出ると、争いが多くなし、社会としては成り立たなくなる。そこで学校では、友人との協調が強調され、本能行動が抑えられる。


3)チンパンジーは、成長の過程で、本能をぶつけ合いながら仲直りをすることが見つけ出された(フランス・ドバール。「仲直り戦術」)

ヒトにも同じことが当てはめられ、仲直り戦術を獲得することが求められる。

4)喧嘩の必要性
仲直りを獲得するには、喧嘩をして仲直りをすることを繰り返さないとならない。
年齢的に精神状態や身体の発達が異なるから、順次学んで行く必要がある。
5歳ぐらいまでは、関節の成長が終わっていないために、拳などが柔らかい。殴っても大けがはない。
10歳を過ぎると、異性を意識するようになり、外聞を重要視する。人前で怒ってはいけない。
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偏平足


偏平足 2013.12.21.  金森正臣
この文章は、カンボジア日本人会の会報のために書いたものです。既にこの記事が発行されたあとですから、載せました。

偏平足 親の心配を防ぐ

カンボジアで発行されているフリーペーパーの広告に、タイの病院の広告があった。その中に赤ちゃんの足の写真があり、偏平足は将来、ひざ、ふくらはぎ、背中の痛みを発症する要因になると書いてあった。1歳から15歳の子どもは、無料で診断を行っていると宣伝している。更に、偏平足の70%は子どものころから形成されている、と言う記述もある。
これを読むと、自分の子どもの足を見た親は心配し、検診を受けようかと思うようになる。ここが病院の思うつぼであろう。偏平足は、赤ちゃんには普通の現象で、1歳の子どもの足を診断して、偏平足ですと診断するのは明らかに誤っている。足の裏が、アーチ形になるのは、歩き始める1歳ごろから5-8歳ごろまでに徐々になるのであって、1歳児ではほぼ全員偏平足である。この様な現象を説明せずに、親の不安を煽って、病院に導くやり方は、日本では明らかに問題になる。

もう35年も以前に、住んでいる隣の市にある小学校に良く行っていた頃、2年生の担任のベテランの先生から相談を受けたことがある。「最近、偏平足の子どもが多いような気がする」と。それまであまり関心を持ったことがなかった偏平足について、以前に勤めていた大阪市立大学医学部の小児科の先生に相談してみた。結果は、小さい時は足の裏は平らで、2歳ごろから足の裏のアーチが形成されることが判明した。これは解剖学的な機能性を考えると明らかで、直立するようになって、足を使いだすと、足の指を引っ張っている足裏の筋肉が発達し、先端の末節骨(指の先端の骨。爪がある節)や中節骨(指の先端から2番目の骨。但し親指は2節しかないから、2節目は基節骨と呼ばれる)が引っ張られるようになり、アーチ形が造形されてくる。さらに運動することによって、アーチ形は高くなり、素晴らしい弾力を持つようになり、長時間の歩行に耐えられるように進化する。偏平足の子どもの多い原因は、靴やスリッパを使うことによって、足の指が十分に使われず、足の指が足のかかとの方に強く引かれる機会が少ないと考えられた。小学校では、このことを話して、草履か素足で生活するように指導した。もちろん怪我をする可能性が高くなるので、父兄にも目的と方法を通知し、理解を求めた。2年後の5年生の時には、偏平足は10%以下に減り、大きな問題にはならなくなった。これは訓練の成果と子どもの成長による結果であって、素足がどの程度効果を発揮したかは明らかではない。しかしその年の他の学校での5年生の偏平足率は、指導した学校より数%高かったように覚えている。
素足で生活する習慣をつけると、意外なところに効果が表れた。子どもたちはそれまで、教室の床が汚れていても、さして気にしていなかった。素足になると、床の上の埃や汚れ(給食をこぼしたものなど)が気になりだし、掃除を頻繁にするようになった。父兄からも、子どもに指摘されて家の廊下の汚れがきれいになり、子どもが良く掃除をするようになったと報告があった。もっと驚くことは、風邪をひいて休む子どもが明らかに少なくなったことである。これは保健室の先生から指摘され、調べてみると、素足になり始めて3か月ぐらいで効果が表れている。冬になっても靴下をはかない子どもも増え、明らかに子どもの健康状態が良くなった。以前の小児科医に報告すると、多分足の裏の刺激で、体の活性が高くなり、いろいろなことに対応する能力が高くなったのであろうとのことであった。確かに、足の裏には、色々なツボ(日本式・中国式のマッサージや針、お灸の効果的な場所。多くは、リンパ液の流れる交差点に当たる。中国の医学は、生きた人体の解剖:黄帝の捕虜の解剖から始まっており、リンパ液の動きを観察している。西洋の医学は、死体の解剖から始まっているので、リンパ液の観察は遅れた)があり、素足によって刺激を受け、体の活性が高まったのであろう。

歩き始めて間もない、ヨチヨチ歩きの1歳児では、足の裏は扁平が普通で、この段階で偏平足を診断することはできない。病院の宣伝にある「偏平足の70%は、子どもの頃から形成されている」と言う記述も、問題がある。確かに子どもの定義によるが、私の経験からすると、現在では7-8歳では30%ぐらいの子どもに偏平足は残っている。上のカッコ内の記述は、誤りではないが明らかに親の不安心を煽っている。この様な書き方によって病院の患者を増やそうとするような診療は、信用に値しない。手術や投薬はしないと書いてあるが、自宅でなるべく素足で歩かせることによって、この病院ぐらいの効果は十分に発揮できる。

私の子どもの頃は、靴などほとんどなく、小学校3年生の時(昭和23年、1948年)に50人ぐらいのクラスで、たった2-3足の長靴が配給になり、クラス全員でくじ引きをした覚えがある。教科書も2年生になって、同じように配給制で、各科目3-4冊が配給された。この様な状況では、草履や裸足であったから、偏平足などはほとんどなく、私が知ったのは大学生になって山岳部に所属してからである。足を締め付けることによって起こる、外反母趾も、履物の変化によって起こったと考えられている。その意味では、両者ともにある意味の文明病かもしれない。


写真1:ゼロ歳児の足の裏。一応アーチがあるように見える。
写真2:ゼロ歳児の足の側面。一応アーチがあるように見える。
写真3:中央の坊主頭の男の子と後ろの男の子は、偏平足。右側の陰になっている女の子も偏平足。3歳、5歳6歳ぐらいであろうか?この成長段階では、まだ偏平足とは判断が難しい。
写真4:左側の赤いシャツの女の子は、偏平足。右側二人は正常。この段階はまだ大人になってからの判定が難しい。
写真5:この子も偏平足。年齢は不明。まだ成長途上。
写真6:偏平足の簡単な判定。濡れた素足で、乾いた板やコンクリートの上を歩く。くっきりとツチフマズが出れば、正常。


「イタチの最後っ屁」です。これで終わりです。さようなら。
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いじめ問題 5 教育委員会の問題 はだしのゲン

いじめ問題 5 教育委員会の問題  2013.11.13. 金森正臣

「はだしのゲン」騒動から見る教育委員会の問題 

「はだしのゲン」の島根県の教育委員会の騒動は、どうやら収まった様だ。しかし今までのところ、教育委員会の手続きや開架図書か閉架図書の問題などは論じられているが、肝心の問題は置き去りにされている。

 教育委員会の問題は、手続きの問題ではない。子どもの成長を理解していない先生たちの問題である。いじめにも共通する。
 今回の問題の発端は、教育委員会が市民から「はだしのゲン」は、残酷な描写が有り子どもにはふさわしくないと意見を出され、閉架図書に移したことに有る。なぜ閉架図書に移したかを考えると、教育委員会が子どもには残酷な描写はふさわしくないと考えたからであろう。残酷の描写にもいろいろあるが、「はだしのゲン」は、戦後の当時に有った現実を子どもたちに伝えて、戦争の現実に目を向けさせることに有る。故意に残酷や性的描写によって子どもを刺激して、興味をそそろうとしているのとは異なる。私もかなり以前に読んだだけで、記憶は曖昧であるが、それだけに残っている印象は長い時間に消化されて、全体として誤ったものでは無く、作者の意図がハッキリとしている。
 その作者の意図と教育委員会の解釈の相違は大きくないと思われる。しかし、教育委員会の先生たちは(多くの教育委員会は先生で構成されている)、子どもに残酷な本を読ませると、残酷になると思っている点である。
 犯罪でしばしば、何かの本の手口を真似て犯行に及ぶ例が有る。だからと言って、犯罪がその本の影響で起こったわけではない。犯罪を起こす素地を持った人が、何かの不満を発散するために機会を伺っていて、たまたま本の手法を真似しただけである。異なる本に出会っていると、異なる手法で行ったであろう。犯罪に至るのは、本によって起こるのではなく、その成長の過程に起こっている。本は実際には犯罪を引き起こす誘発剤にはなっても、その根源にはなっていない。「はだしのゲン」を子どもたちに読ませても、残酷にも犯罪者にもならない。もし成ったとしたら、それは本の影響ではなく、生育過程に受けた他の状況によるであろう。
 そこのところを理解できなくて考え違いをすると、今回の様な対応になろう。

 教育委員会は、いじめ問題についても、ただいじめを無くすことだけを考えており、どの様な経過でいじめに至っているかは、深く考えられていない。またどこの社会にもいじめはあり、子どもの成長に一定の役割を果たしていることも理解されていない。
 そもそも、いじめは悪であると言うが、善悪の起源も、その本質も考えていない人が多い。善悪の起源は古く、ヒトがヒトとして独立する以前から存在する。動物は初期には、各自が独立して生活しており、群れは持っていなかった。単独で生活している時には、生存は全て個の責任であって、どの様な方法かで生き残らなければならない。この段階では、善悪は存在しない。全ては自己の責任である。ところが進化が進むと、群れが誕生する。母子による群れとペアによる群れが起源であろうと推測されるが、他にも起源が有るかもしれない。群れが出来ると、善悪が生じ、群れを維持できなくする行動が悪になり、群れを維持する妥協が善となる。群れを維持する妥協と書いたが、個はそれまでの自分の生存のために何をしても良い状態から、群れのメンバーと共に生きる道を選ぶようになった。自分を生存させるための行動は、本能であり、餌を自分のものとする行動やセックスである。群れを作ると、多くの群れのメンバーとこの点で衝突が起こる。そこを妥協して群れのメンバーとして、群れに依存するのがメンバーの役割となる。その行動を妥協と表現したのである。チンパンジーの群れを研究したフランソス・ド・ヴァールは、「仲直り戦術」(どうぶつ社:1993)を書いた。チンパンジーは、生きる力となる本能を消失することなく、衝突した後に仲直りをする手法を手に入れ、大きな群れを保っていると述べている。この研究は、ヒトの成長を考える上で、重要な示唆に富んでいる。現在の子どもたちの成長環境を考えると、ほとんど真面に喧嘩をする機会がない。喧嘩は悪であると決めつけられて、直ぐに大人の干渉の対象となる。このことによって子どもたちは仲直りの方法を手に入れられないまま、大きくなり力が強くなる。大人の目から逃れる知恵が付いたころには、既に力が強くなっており、一方的にいじめる結果になり、自殺も起こり易い。まだ小さい時から、喧嘩やいじめを体験することによって、その対処法が手に入ってくる。その機会がないまま大きくなることが、現代の子どもたちの大きな問題である。
 もう30年ぐらい以前だったと思うが、ある小学校に教育実習生の研究授業を見に行った。体育の4年生の授業で、バスケットボールを使ったゲームが行われ、いくつかの班に分かれてした結果、ある班で意見が衝突して喧嘩になった。実習生はあわてたが大きなことにはならず、終了した。校長先生や教頭先生と校長室で話した時に、校長先生は、担任が左翼系で普段の学級経営がなっていないからあの様になると、憎々しげに言った。私は全く違う感想を持っていたので驚いた。子どもたちが喧嘩を始めても、担任はあわてていなかった。子どもたちはそれだけ伸び伸びと自分の感情が出せ、最後には仲直りが出来ていった。その担任の度量の大きさに感激して帰って来た。しかし、校長の子どもの成長に関する感性の悪さは、後味が悪く今でも鮮明に覚えている。教育委員会は兎角この校長先生の様に、事なかれ主義がもてはやされる傾向が有る。このようは問題が、「はだしのゲン」についての、松江の教育委員会の対応にも表れているように思われる。
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フンコロガシ


この文章は、カンボジアンの日本人会会報のために書いたものです。
 2013.10.03.   金森正臣

フンコロガシ

 世の中には様々な商売があって、糞を研究している人がある。そもそもフンの研究と言っても様々で、実に多様である。

 動物のフンは様々で、皆さんが知っている物を思い出して頂ければ、多様性が分かる。と言っても普段あまりフンに興味の無い皆さんは、すぐには思い出せないであろう。牛は歩きながら、ベタベタと言う感じで柔らかい塊を道路に落として行くが、乾燥すると繊維質が残り、アフリカなどでは燃料や家の壁の材料になる。これがどの様に使われるかは、それぞれの文化を反映しておりそれだけでも面白い。同じ草食動物でも、ヤギやウサギになると形状が全く異なり、コロコロと粒状になって出てくる。小さかった頃、誰かがヤギやヒツジのお腹の中には小人がいて一生懸命に団子を作っているのだと言ったことがあって、信じていた時期があった。それにしても、ヤギやヒツジは、外に連れ出して草を食べさせ始めると、食べながらポロポロと落として行くので、口から肛門まで草が詰まっていて、食べると後ろから出さなければならないのかと思っていた時期もあった。同じ草食動物でも、ゾウになると巨大で硬く始末が悪い。草むらに転がっているのを見落として走ると、けつまずいて怪我をすることもある。腹を立てて蹴とばした奴が、捻挫をしていた。とにかく硬くて大きいので始末が悪い。でもこれを大好きなシロアリがいて、地面の下から食い始めて、一晩で食い尽くしてしまったりする。そのシロアリは、ゴマのような小さなフン粒に再生する。ゾウのフンは硬い繊維が多く団子にならないので、フンコロガシが使うことはできない。草食動物だけ見てもこのように多様で、現象として面白い。

 フンの研究となると、面白がってもいられない。肉食動物は用心深く、なかなかその姿は確認できないが、フンからその存在が確認できる。肉食動物のフンは、する場所にも特徴があって、イタチやキツネは、見通しの良い場所でする。肉食動物は消化の良いものを食べているから、残りかすは少なく、フンが硬くて出にくくなる。フンをしている時と交尾をしている時は、最も不用心になるので、見通しの良いところで敵がいないか確認しながらしているのではないかと思われる。ヨーロッパ人は肉食の習慣のために直腸へのフンの滞留時間が長いので、野菜をよく食べる人たちより(昔の日本人)、直腸癌が多いと言われていた。逆に植物質の多い日本人は、食物が胃に滞留する時間が長く、胃酸過多や胃癌が多いと言われていた。また、腸管が長くなるために、胴長な体系になり、短足に見える。現在では、食習慣が変わってきて、かなり差が無くなって来ている様だ。

 動物が何を食べているかを調べるのは、なかなか大変な作業である。しかしどの様に生きているか(生態学)を調べるには不可欠な要素になる。フンは、何を食べたかを集積しており、調べることによって食性が明らかになる。しかしこれにも落とし穴があって、動物タンパク質などは、消化が良いのでフンには出てこないことが多い。ニホンザルの食性を調べていた時に、秋には昆虫を食べている様であったが、なかなか見つけられなかった。しかし、フンの中にコオロギの目玉やバッタの足が出てきて、田んぼの脇の捨てられた稲藁をかき回していた状況が理解できたことがある。稲わらの山には、コオロギが良く集まっていることと一致した。このようにフンの内容物から、不明だった行動の意味が明らかになることもある。

 チンパンジーでも、よくフンを探し回った。表面についている腸内細胞から、遺伝子を採集しDNAレベルで、群れの間の個体間の関係を調べることが出来る。かなり離れた地域の(例えば、タンザニアとザイールやウガンダのチンパンジー)遺伝子から見た近縁の関係なども理解できる。私たちが新たに発見したタンザニアの一番南の地域に分布するチンパンジーは(アフリカの大探検時代以来の150年振りぐらいの最南端分布の発見であった)、タンガニーカ湖の南回りできたのか、それとも北回りでウガンダあたりのごループと近いのかなども、ある程度予測が付く(まだ解明されていないが)。
 DNAの他にも、フンの内容物から食性などが分かることが多い。基本的にはフルーツ食であるから、出てきた種の分析になる。そのためには、チンパンジーの食べそうな果物は全て採集しなければならない。果実からその種子の取り出しも、なかなか難しいことが多い。粘着質の果汁などに覆われていると、洗うのも大変である。川に出たときのキャンプで、一つずつ採集していると、アフリカにいることも、フィールドにいることも忘れていることが多い。ハチなどに刺されたり、マングースが顔を出したり、ライオンに吠えられたりして初めて我に返ったりする。チンパンジーは昆虫食もしており、アリ塚からアリを釣り出して食べる行動が、道具使用行動として知られている。しかし、アフリカの西部に生活するギニアのボッソー村に生息するチィンパンジーは、アリを食べていない。もちろん東のザイールやタンザニア・ウガンダと同じように、アリ塚はあるのであるが。これらのことは観察だけでは確認できないが、フンなどの研究によって、食べないことを補足的に強化することが出来る。

 フンコロガシは、ファーブルの昆虫記に出てくるので、多くの人々に知られるようになった。日本では、ダイコクコガネと呼ばれている仲間である。カンボジアにもフンコロガシがおり、時々見かける。主にスイギュウのフンを使っているらしく、スイギュウの多い地方で見かける。クラチェやコンポンチャムで採集したことがある。夕食をオープンエアーのレストランで食べていると、明るい光に誘われて飛来し、テーブルの上に落ちて来たりする。体のあちこちにフンを付けているし、ほのかに匂いもする。あまり食欲が減退しないうちに、とりあえずペットボトルのビンに取り込み、後ほどアルコール漬けにする。
 もう30年も以前になるが、吉川久美子さんと言う、タイの北部で山岳部族のカレンの研究していた友人がいた。彼女の本には、カレンの村に住み着いてしばらくしてから、夕食時に暗闇の中で出されて食事をしていた時に、フンコロガシを食べた話が書かれていた。硬い羽根は取られており、油で炒められていたので何だか分からなかったが、ほのかにフンの匂いがしたと書かれていた。味はまずくはなかった様である。動物タンパク質であり、エビ・カニと同じ節足動物に属するのであるから、うま味成分は同じ様なものであろう。カンボジア人は、何でも食べる人たちであるが、フンコロガシが食用になっているのは見たことがない。その意味では、何でも食べるカンボジア人もカレンに負けるかな。
エジプトのナイル川中部のルクソールには、「王のなかの王」と言われるラムセス2世が改修した神殿があり、この神殿の中にはスカラベ(フンコロガシ)の巨大なモニュメントがある。2メートル以上ある石の角柱の上に、体長2メートル近い石のスカラベが、デンと置かれていた。古代エジプト人は、フンコロガシが作ったフン玉から、新しい命が誕生することを不思議に思い(フンコロガシのフンの球を割って見ても、産み付けられた卵を見つけるのは難しい。いかんせんフンまみれであるから)、生命の神の使いであると思ったのであろう。ファーブルは、フンコロガシが子育てのためにフン玉を作っていることを解き明かして見せたが、古代エジプト人には、ちょっと難しかったようだ。ラムセスの神殿の対岸には、ツタンカーメンの墓などのある王家の谷がある。


写真1:フンコロガシ
写真2:カンボジアの食材にも昆虫は多いが、フンコロガシは見かけない。
写真3:カルナック神殿のフンコロガシ(スカラベ)のモニュメント
写真4:スカラベの装飾品
写真5:ヒエログリフにみられるスカラベ。左の囲みの中。 

写真は、2を除いて全て、本やネットからのパクリです。私のエジプトに居たのは、1981年頃ですから、記憶もあいまいです。
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環境教育の話題

環境教育の話題  2013.10.02.  金森正臣

 先日の夕食会の場所で、環境教育が話題になりました。その際に、自然保護の新しい考え方についてお話し、以前に書いた本の内容を掲載する約束をしました。家に帰って調べたところ、3.5インチのフローピーを使っていたころの原稿らしく、見つけ出せませんでした。書いた本は共著で、浅見輝男編著、「自然保護の新しい考え方」-生物の多様性を知る・守 古今書院 2006.6.6. です。絶版になっていると思いましたら、定価は2,800円で、現在もネット上でこのままで売られていました。

 この本は、私がまだ環境教育学会に所属していたころ、日本学術会議の自然保護研究連絡委員会の委員として第18期の委員会に所属していた9人のメンバーで書いた本です(本の発行は、2006年ですが、委員会にいたのは2000年頃です)。
 私が書いた趣旨は、現在の日本の状況を考えて、環境教育の方向性を書きました。環境教育と言うと、環境の要素や現象について教えることが多い様です。しかし現在重要なのは、ヒトの持っている遺伝子上のプログラムを十分に使えるようにするのに、環境が必要だと言う点です。食事会の時に、闇夜で焚く火や小川の遊びによって引き出されてくる子ども達の意欲や興味について簡単に話しました。これは、ハコ心理研究所をしていた亀井敏彦さんとした「野外塾」、愛教大の公開講座として実施したキャンプによる宿泊を伴った「野外塾」の経験から得たものです。
 ヒトの持っている遺伝子の情報は、経験を積むためのきっかけを持っていますが、それを十分に使わないと使えるように完成しません。意欲や興味は、繰り返し行うことによって次第に高くなるようです。そのきっかけとして、火を焚くことや水で遊ぶことが有る様に思います。いずれも、2-3歳から15歳ぐらいまで、次第に進化しながら意欲や興味がかき立てられて行きます。
 今後の環境教育の重要な点は、子どもの意欲や興味をかき立てるように環境を使うことであろうと思います。
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