カンボジア版アウトドアー 

カンボジア版アウトドアー 2011.11.21.  金森正臣

 またまた時間が空いて、皆様にご心配をおかけ致しました。元気に遊びに出掛けて、真っ黒に日焼けしています。11月は、9−11日が水祭りでお休み。そこで、シアヌークビルと言う港に、友人と二人で釣りに出かけた。1日ゆっくりと海の上で過ごし、釣った魚をレストランで調理してもらって、ビール。たまたま出会った友人夫妻にも、刺身や天婦羅をご馳走して盛り上がった。

 帰って来てから直ぐに、北西の町バッタンバンに、ミカンの病気の調査に出かけ、15日にプノンペンに戻り。昨日の日曜日は、疲れて一休み。2週間動き回ってだいぶ疲れたが、体力を回復してきたのも実感した。そして、久し振りにメコン川の岸まで散歩したら、水位はすっかり下がって、今年の増水が嘘の様。

 岸辺には写真の一家がごろ寝。子どもが7人と夫婦。日本ではホームレス扱いされるが、カンボジアでは誰も問題にしない。本人たちもさして悲惨さもなく、極めて普通。子どもたちは起きて遊んでいるが、親二人はまだ熟眠。鍋釜は持って居そうもないから、食事はどうしているのだろう。因みに以前に見かけた路上生活者一家は5人、立派な鍋釜が有り、コンロまで持っていた。

 なんだか自由で楽しそう。寒くないからねー。実際に家がないのか、一時的に街に出て来て泊る所がないか、金が無いから野宿か?これだけ子どもがいるのだから、家ぐらいは有るのかとも思うが、路上で子どもを産み、育てているのは時々見る光景なので、家の有無は、にわかに判断は付かない。カンボジアは、如何にも熱帯ののんびりした国である。きっと幸福度高いよな。

 
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釣り

釣り 2011.11.4.  金森正臣

 カンボジアでは、10月の末に3連休が有った。10月29日は、シアモニ現国王の即位記念である。31日は、シアヌーク前国王の誕生日である。従って、29日から31日までの3連休。しかしどう言うわけか、11月1日も休み。聞いてみると、29日が土曜日であったから学校以外は、11月1日が振り替え休日と言う。ほとんどの官庁は、休日。

 釣り仲間4人と、カンボジア人1人の5人で、今まで釣りに行ったことのないタイ国境のコッコンに釣りに出かけた。コッコンは、複雑な入り江の多い所で、釣りには向いていそうだと皆で相談。今後の観光資源の視察も兼ねて行こうと言うことになった。3年ほど前に、4つの橋が出来て、今まで渡し船しかなかった川を、簡単に渡れるようになった。以前に私が行ったのは、2005年で、まだ橋は無く、8−9時間かかった様に覚えている。途中で渡し船からずり落ちた車も有ったりして、なかなか時間がかかった。今回は、5時間もかからずにコッコンに着いた。

 コッコンの町も以前とは変わって、入江沿いに5階建てのホテルが3つほど出来、コンビニも出来ていた。その変りようは目覚ましかった。町で売られている商品も多く、定価はタイの通貨バーツで表示されている(写真は、革ベルトに付けられていた、バーツ表示の定価:約210円)。カンボジアでは有るが、タイの経済圏である。更にタイの国境に近い所に、経済特区が有り、韓国の自動車会社が工場を作っていた。しかしかなり雑な工場で、1日5台組み立てていると言う。流れのラインは無く、どうやら中古車を入れて、組み立て直しているようだ。噂では、部品の調達も兼ねているとか。日本車は、部品が市場に多いために人気があるという分析の結果だと言う。

 2日目の夜は、入江の奥に作られてフローティングロッジに泊まった。なかなか良く作られているが、ほとんど外国人ばかり。どこかのエコツーリズムのグループが管理していると言うが、私にはあまり魅力的ではなかった。一緒に行った友人は、釣りキチも良い所で、小型開高健と言った面持ち。起きたらもう釣り糸を垂れていた。私には、もっと自然の方が良い。帰りには道々、ミカンの病気のサンプル調査。釣りの成果はたいしたことがなかったが、それなりに面白い休日だった。
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カンボジア日本人会の盆踊り大会 2

カンボジア日本人会の盆踊り大会 2 2011.10.24. 金森正臣

 食べ物屋台やゲームなど、40を超える店が出て、どこも列が出来る盛況。私の関係している店が二つ。猛虎会(阪神タイガースフアンの集まり。因みに、タイガーウイングと言う靴会社の社長もそのネーミングから参加)は、初回からの伝統の猛虎焼き(関西のお好み焼き)。毎年300食ぐらいは用意するが、焼くのが間に合わない評判の伝統店。今年も3時間ほどで売り切れ。厚い鉄板は、4人がかりで無いと持ち上がらない代物。移動が大変。温めるのに30分ぐらいを要する。最初の時に、建設会社の社員さんが、ブルドーザーでも乗れる鉄板を加工して作ってくれた。

 もう一店は、東海賢人会の店。三重・岐阜・愛知に静岡の西の方のメンバーが集まって昨年から始めたお店。出し物は名古屋名物、味噌串カツ。前日から準備して、当日揚げる。昨年は、250食を用意したが、1時間ほどで売り切れて、周囲から文句が出たので、今年は大反省で約3倍を用意。昨年も今年も、準備には日本語学校に関係しているメンバーが、生徒さんを10人ほど頼んで、くし刺し、揚げるなどをお応援頂く。昨年は十分利益が出て、生徒さんには10ドルほどアルバイト料が払えた。今年もその見通し。10ドルと言えば、カンボジアでは、月給が200ドルあれば、一人前のサラリーマンだから、かなり良いアルバイトで、生徒さんにも喜んでもらえる。昨年は、あっという間に全部売り切れて、試食をしてもらえなかったが、今年は、多少余裕が有り、お土産付きに出来た。味噌だれは、岡崎の八丁味噌、角久を使う凝りよう。皆さんそれぞれの思いが有って、日本に帰国した人が買って来る。
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カンボジア日本人会の盆踊り大会 1

カンボジア日本人会の盆踊り大会 1 2011.10.24. 金森正臣

 カンボジアの日本人会主催の、第7回盆踊り大会が10月23日に開かれた。毎回参加者が増えていたので、今回は第6回よりかなり広い会場が準備された。前回までは、1500人規模を想定したいたが、日本人会会員も、商工会会員も急増しているので、今回は4000人規模を想定して、会場が準備された。盆踊り大会が開始された目的は、カンボジアの人々に日本の文化を知って欲しいことと、交流を深めようと言うことであった。

 今回は、会場が広がったこともあって、参加した人の9割以上はカンボジアの方々。しっかり目的を果たしている。写真は、プノンペン補習授業校幼稚部によるヨサコイソーラン踊り。踊り手が小さいのに、取り巻きが多いので見るのだけでも大変。参加者がどれだけいたかは、まだ定かではないが、3000人は優に超え、どこも超満員。しっかりと当初の目的を達している。
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カンボジアの洪水 2

カンボジアの洪水 2 2011.10.19. 金森正臣

 隣のタイでは、洪水の拡大が続いている様である。しかし、カンボジアでは、洪水は危機を脱しつつある。とは言え、各地で洪水の被害が大きく、今年の収穫がほとんど望めないところも拡大している。既に種籾もなく、これからもう一度稲作を行うのは、不可能に近い。また、現在食べる物もなく、緊急支援を必要としている。水の広がっている地域では、ウシやブタが住むところがなく(多くは高床式の下で飼われている)、僅かに残った道路に繰り出していると言う。また家畜のえさ不足も深刻であると言う、報告もされている。

 カンボジアの洪水が、危機を脱しつつあると言ったのは、プノンペンでの水位が下がり始め、土嚢の役目も終わったと言うことである。先週には、土嚢によってメコンの水が市内に流れ込むのをかろうじて食い止めていた。しかし、10月16日には、積んであった土嚢には水は達していなかった(写真)。メコンの水位は下がり始めており、前回の報告よりは20センチ以上下がっている。

 カンボジアの場合には、メコンの上流の影響が大きく、カンボジアに降る雨がメコンの水位に与える影響は、20%以下と言われている。従って、上流の水位が下がり始めると、プノンペンでも水位が下がり始める。現在でも良く雨は降っている。今年はカンボジアでも、水位の下がるのがかなり遅れてはいた。これに比べて、タイの場合には、メコンの影響はほとんどなく、タイに降った水がそのまま洪水となっており、降る量が多いとそのまま水が溜まる。特に海水面の上昇(潮位)に関係して、満潮の時期にあると、奥の水位はなかなか下がらない(流れ出さない現象)。

 カンボジアの洪水も、死者・行方不明者が200人を超え、被害地域の把握もまだ十分には出来ていない。観光都市シェムリアップも、オールドマーケットが水につかり、営業が出来なくなっていると言う。それでもカンボジア人は逞しく、増水した高床式の家の上から釣り糸を下げている。悲観せず、めげ無い良さは、日本人も学びたいものである。
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カンボジアは大洪水

カンボジアは大洪水 2011.10.10.  金森正臣

 しばらくご無沙汰いたしました。ご心配おかけして、申し訳ございません。9月16日夜に帰国し、10月7日の夜にカンボジアに戻りました。前回、「ちょっと失敗」と書きましたが、10月3日に病院で癌の検査をしたところ、気管支炎と肺炎をしていたことが判明しました。肺炎は左肺の4分の一程度で、大変なことにはならなくて止まった様です。しかし年配者は、気管支炎でも危ないことがあるので用心しなければならないと自戒しています。かなりタンが出たり、咳が出たりして長引きました。あの時の状態では、まだ危険域に達するには、もう少し時間がある状態でしたが。この辺は、一人での調査が長かったために、いろいろ指標が有り、危なくなると自動的にサボりますので、便利になっています。でも、ブログが書けなかったことは、多分体力が落ちていて自動調整したいたように思います。疲れてくると、寝ることが優先しますので。そんなでずいぶんご無沙汰してしましました。

 日本に居てもタイやカンボジアの大雨被害が報道されていましたが、かなりひどい状態の様です。日本に帰る前に、まだメコンの増水が続いていましたので、もう1メートル50センチ程度で、プノンペン市に水が流れ込もと心配していました。でもそれが現実のものとなってきました。昨日の日曜日に、メコンとトンレサップの合流点に散歩に行きましたら、既に水はプノンペンの堤防を越えており、土嚢で防がれていました。公園脇の下水道も、ふたを取り砂を入れて封鎖していました。下水から逆流するのを防いでいるようです。外国人が、50年に一度の大洪水などと、驚いていますが、カンボジア人はちょっと今年は多いなくらいで、さして大きな反応が有りません。洪水は年中行事で、あまり問題にすり事件ではないようです。それでもシェムリアップ州では、150人以上の行方不明者が出ているようです。以前に南米のコロンビアで調査していた時に、アンデスの西側で大きな川を渡りました。ドイツが作った長さ1キロメートル以上ある橋でした。かなり増水しており、中洲で人が取り残されて、ボートで救出していました。次の朝入った情報では、結局のところ人100人ぐらい、ウシ250頭ぐらいが流されたと言うことでしたが、全く報道されなかった様です。毎年のことで、あまりニュース性がないようでした。まだプノンペン市内に水が流れ込むには、多少の時間と50センチ程度の差がある様ですが、私の経験では2005年ごろ依頼です。今日もかなり激しいスコールが有り、まだしばらく水位が上がりそうです。
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震災チャリティーイベント2

震災チャリティーイベント2 2011.9.14.  金森正臣

 チャリティーイベントの呼び物は、歌謡ショー。日本人会メンバーで、東京ののど自慢大会で準優勝者と言うツワモノ。カンボジアのテレビ番組で、超人気者の歌手。歌は前者の方がはるかに上手いと思われるが、やはり人気は現役歌手。

 チャリティーイベントの最大の呼び物は、家電製品やヤマハのバイクなど、大人気の日本商品のオークション。最初に行われた家電製品は、ほとんどの日本人が競り負けて、カンボジアの方々が落札。

 写真左端に見えるヤマハのバイクは、1200ドルの高値でまだ決着がつかず(時価は、1600ドルぐらい)。結局2台ともカンボジアの方々が落札。総収益は、1万ドルを超えて日本への義援金になった。カンボジアの方々の、日本を支援したいと言う暑い思いを直に感じたイベントだった。
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震災チャリティーイベント1

震災チャリティーイベント1 2011.9.14.  金森正臣

 東日本大震災から丁度半年目の9月11日に、カンボジア日本人会によるチャリティーイベントが開催された。場所は、プノンペン大学にあるJICAの、カンボジア日本人材開発センター。以前から日本人が経営しているレストランなどに、義援金の募金箱が置かれたりしていたが、半年を持って一区切りとするために、今回のイベントが計画された。

 約1000枚(1枚5ドル)のチケットが用意されたが、ほぼ完売。会場の飲食物もほとんど完売。収益は全て、東日本大震災に対する義援金になった。入場者の8割は、カンボジアの方々でその関心の高さが伺えた。

 写真は、開会式。左端のスーツ姿のお二人は、日本人会の会長・副会長さん。地震の時間に合わせて、1分間の黙とうの後に、メコン太鼓(芽魂太鼓:日本人会の有志による日本文化を伝える芸能集団)の鎮魂のための演奏。皆さんほとんど手弁当で、本当に頑張ってくださっている。
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ちょっと失敗

ちょっと失敗 2011.9.6. 金森正臣

 先週は忙しく、金曜日ごろには食欲が落ちていた。金曜日の朝に、いつものおかゆ(玄米と白米半分、ジャガイモとニンジンを入れ、こぶ茶を少し入れている)と共に、変わったチーズを食べた。このチーズは、ヨーロッパのチーズ文化の人たちがしばしば調理する方法で、いろいろなチーズを切り混ぜて、ニンニク・コショウなどの香辛料を入れて練って再度固める。

 このチーズは数日前に買ったものであったが、冷蔵庫に入れてあったので大丈夫と疑わずに食べた。味はあまり変わっていなかったが、あまりおいしくもなかった。これが悪かったらしく、夕方から調子が悪くなり、夕食は抜き。そのまま寝てしまった。土曜日も調子の出ないまま、朝食抜きで少し仕事。昼には疲れて、長い昼寝。腹は痛くなかったが、下痢が激しくなり、夕食も抜きで寝た。日曜日は散歩に出てメコン川の水の量などを確認。しかし体が疲れているので、午前は昼寝?午後からは、カンボジア研究会が有ったので出席。カンボジア研究会は、最近若手の研究者が多くなり、調査中に発表の機会を持ち、少しでも研究成果が上がりやすくしようと言う、先輩たちの働きかけ。京都大学の東南アジア研究所の小林知氏などが世話役で始まった。2005年ごろには研究者が少なく、現在立命館大学の羽谷さんなどの時には、借りていた家に皆で集まって発表会を開いたりしていた。日曜日には3つの発表が有ったが、集まったのは25人ほど。感心の高い人が増えたと、感慨ひとしきり。

 何とか発表だけは聞いていたが、体調が悪かったので懇親会は失礼して、帰って寝てしまった。先週の火曜日にバッタンバンに12時間ぐらいをかけて一日で往復した結果、車の中でうたたね。その結果風邪もひいていたらしい。これらが重なって、なんともならない状態になった。

 月曜日も調子が悪いまま、何とか無事に過ごし、9時ごろには就寝。かなり良く眠れるようになり、今朝は快調。やはり年を取ると体力が落ちているので、油断は禁物。これからは要注意が増えるように思われる。もう少し、いろいろの道筋を出来るようにしておくのが、私に役割。いつもお師匠様から言われるように、出来るところから始め、出来るところまでする。なかなかうまく行かない。

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エネルギー問題 7 競争社会を超えて 

エネルギー問題 7 競争社会を超えて 2011.8.12. 金森正臣

 原発に始まったエネルギーの議論を聞いていると、競争社会に特徴的な単純思考が目立つ。競争は、争う項目を単純化し、争う軸を決めないと競争にならない。この様な思考を二元対立呼ぶが、西洋科学や競争社会はこの思考方法で成り立っている。即ち、白か黒かをはっきりしないと良非がはっきりしないから曖昧になり、競争は成立しない。

 日本の本来の文化は、土地に縛られた耕作農業であり、農民は移動が出来ない。そのために一度生まれた所には、いやな隣人が居ても我慢しなければ、生活が出来なくなる。その我慢の方法として生み出されたのがあいまいな論理であり、多神教であろう。多神教は、いろいろな神が居るから、いろいろな理論が考えられ、簡単には結論が出ない。例えば、教育の中でも、価値観の軸をいくつも持つと、いろいろの評価が出来、簡単に白黒が付けられない。子どもの喧嘩を考えてみよう。現在の学校では、危険だという理由で一切の喧嘩がかなり厳しく禁止されている。しかし小学生低学年の喧嘩などは、大事になることは少なく、また長時間にわたりこだわることが出来ないから、いずれ思いが薄くなり仲直りする。この仲直りが重要な成長のプログラムで、成長に従って仲直りの方法が発達する。チンパンジーの行動を研究した、フランス・ドバールは、「仲直り戦略」という本を書いているが、チンパンジーは本来持っている自己を維持するための本能的闘争心は持っているが、争って後で、仲直りをする方法を開拓したために、大きな群れで生活できるようになったことを見つけ出している。それには、騙しや曖昧さが入っており、そのことによって時間を稼ぐと、次第に仲直りが出来るようになっている。子どもたちの喧嘩を厳しく管理すると、仲直りの方法が手に入らない。その結果現在の若者たちは、自分の主張をする方法が分からず、ストレスがたまるし、社会性が低くなる。喧嘩をしないと、仲直りの方法も手に入らない。

 この様に、子どもの喧嘩一つを取ってみても、危険だけに目を向けるか(実際に学校現場では、親から訴えられる場合もあるので仕方がないかもしれないが)、子どもたちの成長に目を向けるかで、判断は大きく異なって来る。西洋に発達した近代科学は(私は法則科学と定義している)、分かりやすく合理性があるが、曖昧な価値観にはうまく適合しない。日本は、近年の100年の間に、西洋科学を学んで大きな物質的成果を得たが、精神的貧しさも受け取ってしまった。最近ラオスの調査で、ラオス国民の持っておる多神教的あいまいさと、精神的豊かさに接した時に、地球上で後500年して、一神教の世界が崩壊した折に、この包容力のある多神教の世界が、共存を可能にするであろうと強く感じた。

 我々も、単純な価値観に縛られてきた日本の価値観をもう一度見つめ直し、複雑な人生の価値観を持たなければならないであろう。人生は生きたようにしか死ねない。成功も、失敗も存在しない。人生の最後の死ぬ時に満足できる人生こそが、豊かな人生であろう。


追加
 最近、忙しさにまぎれて、なかなか書く時間が有りません。でも、カンボジア人の思考の過程を分析し、論理的思考をするための基礎トレーニングなどを試みて楽しんでいます。どうやら日本の小学校でしてきた、生活科の手法を使えば、彼らの頭の中に論理的思考をするためのマップが作れそうです。成功すれば、教育に大きな成果が得られそうですが。現在は順調に進んでいます。
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エネルギー問題 6 原発に関する矛盾あれこれ

エネルギー問題 6 原発に関する矛盾あれこれ 2011.8.11. 金森正臣

 はっきり記憶がないが、かなり以前に、三重県で原発を建設するためのアセスメントが行われた。その際に反対運動をしている方々からの依頼で出かけた時に、いろいろと事情を伺った。町は二分されて、選挙も壮絶なものだったようである。

 アセスメントが不十分なもので有った覚えがあるが、受け入れることによって自治体に多額のお金が流れ込む仕組みになっており、結局はお金の力で動いたように覚えている。今回も福島県には、多額の原発見返り資金が、長年に亘って流れ込んでいるはずである。とはいえ、事故が起こってみると、渡された金額では見合わないほどの被害を被っているであろうと想像される。

 ところが周辺の県にしてみれば、何の保証金もなく、突然に被害だけが及んできたのでは、なんとも不合理な話である。もちろん福島県が被害を受けても良いわけではないが、何のメリットもなく、被害だけを受けた県はやりきれない。

 大体放射能汚染は、その期間の長さと範囲の広さにおいて想像を超えるところが有り、電力会社がある町や県に多額の金を払って建設を認めさせながら、周辺に交渉が無いのは無責任の極みである。今回も住民への補償を優先するために、国の公的資金援助を行い、一企業の尻拭いをするのはいかがなものかと思われる。電力会社全体が、右肩上がりの社会では成り立つが、今後の様に必ずしも成長を続けられない時期が訪れると、必ずしも経営が成り立つとは限らない。最近まで電力会社は優良企業と思っていた皆さん、再考を要するのではないであろうか。そろそろマスコミに振り回されて、自己を見失っている現代社会を改めて、自分の人生を地道に歩く時代が来るのではないであろうか。
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エネルギー問題 5 放射能問題の本質

エネルギー問題 5 放射能問題の本質 2011.7.26. 金森正臣

 テレビを見ていたら、放射能問題について議論をしていたが、何かピントが外れているように感じた。核エネルギーは、多量に発生すると原子爆弾の様な熱と強風による破壊が起こる。熱は出ないまでも、放射能の問題は厄介である。35年ほど前に医学部で、実験動物学なる分野で働いていた。その際に動物用のレントゲン室を作ることになって、放射能の危険性について勉強する羽目になった。昔のことであまりはっきり覚えていないが、レントゲンを使う部屋は、壁を30センチのコンクリートぐらいにしないと漏れる危険性があった。鉛の板を入れる案もあったが、コストが高すぎるためにコンクリートにした。

 さて放射能は、問題が自身の体の細胞の複製に異常が起きる問題である。遺伝子の中のDNAの二重ラセンを繋いでいる塩基の手の部分に放射線が当たると切れる現象が起きる。以降はこの細胞の複製は全て切れていることになる。体細胞であると、複製時に異常が継続されるだけである。しかしこれが精原(精母)細胞などで起こり、それから出来た精子や卵子が受精すると、体中の全ての細胞が異常を持っていることになる。更にその子孫は、全て異常を持っていることになる。異常が有っても、場所によっては問題にならないこともあるが、わずか一か所でも問題が起こる場合もある。

 レントゲン室の設計をしている頃に読んだ、アメリカの疫学的調査の論文があった。レントゲンによって見つける癌の量と、そのレントゲンによって作られる癌の量はほぼ等しいというものであった。これはレントゲン検査を受けていない人たちと、年に一度程度受けている人たちの比較であったが、結局受けることによって作られる病気は、受けなかった人よりかなり多いことになる。政府の担当者の発言では、「レントゲンを受ける程度の放射線量であるから問題はない」という意味であったが、この担当者は放射能問題を担当するにしては、明らかに勉強不足である。
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メコンのナマズ 

メコンのナマズ  2011.7.18.  金森正臣

 昨日の日曜日(7月17日)、久しぶりにバンケンコン市場に出かけた。最近忙しかったので家の食材が乏しくなり、現地の食材を調達しながら新しくなった市場を見学。この市場は家から歩いて10分ほどだが、数か月行っていなかった。2月ごろに行った時には、古い市場を使いながら、場所ごとに改造していた。セントラルマーケットと呼ばれている、市の中心の市場の改造も、使いながら行ったために1年以上の歳月と、周辺のゴタゴタは、なかなか迫力があった。セントラルマーケットは、旅行者のお土産物屋も多いので、仕方が無いのかと思っていたが、バンケンコン市場も同じ手法で改造したから、案外カンボジアの得意な方法かもしれない。最もコンポンソムの港町の市場は、中にいる業者が誰も一時期の立ち退きをしないので、担当者が火を付けて火事に仕立て、立て直したとの噂があった。火事の後4日目ぐらいに行ってみたが、何と溶接まで済んだ鉄骨が既に準備されており、1月ほどで新しい建物に変わってしまった。

 久しぶりに市場を歩いていると、メコン川のナマズが目に付いた。メコンやトンレサップなど淡水の多いカンボジアでは、特にナマズの種類が多い。図鑑でも45種類ぐらいは載っている。写真のナマズは、左の下に居る最も大きなのが1種。その上に乗っている数匹の体高の高いのが1種。右側に居る太く短い2匹が1種。その手前の2匹が1種。更に一番手前の4匹が1種。この一番大きなナマズでも10キログラム未満であろうから、メコンオオナマズであればまだ子ども。メコンオオナマズは、200キログラムを超すのもいる。

 買ったのは最も手前の種類の輪切り。3センチ厚さぐらいを5切れ。煮つけにしたがなかなか脂が乗っていて、美味しかった。一食には1切れぐらいしか食べられない。この仲間は、最近養殖したものもおり、脂が乗り過ぎて美味とは言えない。
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カンボジアに大学院を開設準備

カンボジアに大学院を開設準備 2011.7.11.  金森正臣

 カンボジアで、教育行政官のための大学院の開設準備を始めた。教育省に大学院の開設を働き掛け始めて、5年が経過したが、ようやくキックオフ。準備委員会を立ち上げ、いよいよ議論が始まった。

 最初は教育学部を作りたかったけれども、教育省からは行政官の大学院を最初にしたいとの要請。国の事情もあるので、出来るところから始めるしか仕方が無い。広島大学の教育学部の大塚豊先生にお願いして、委員になって頂き出発。大塚先生とは、1999年にカンボジアに最初に関わった時からの仲。

 予算の目途も立っていないし、まだいろいろ難題は有るが、カンボジア側も重要さを理解し、2年後には開設の意向。カンボジアにも現在大学院は有るが、設置基準はないので各自勝手に決めている。教育省側も、今後の基準になる様な物をと期待している。

 忙しさが倍増しているが、ある時期は仕方ない。始められるところから、出来るところまでするしかない。写真は、委員会を始める前夜、皆で集まって祝杯。
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カンボジアでも健康ブーム 

カンボジアでも健康ブーム 2011.6.29.  金森正臣

 カンボジアでも、経済状況が良くなり、金持ちが増え始めた。まず目立つのが、肥満者が増えたことである。飢えの時代を生き抜いた大人たちは、お金が溜まるとまず食を満喫する。その結果、肥満者が増えることになる。

 最近は、その肥満者が健康を気にするようになり、朝の公園は散歩をする人、グループで踊る人、太極拳と様々な活動がある。私が毎朝散歩をするのは、少々異なり、如何に体力を維持して時間がかかる教育支援を維持して行くかである。

 ある朝太極拳のグループの脇を通ると、何かいつもと変わった感じ。良く見ると見慣れないメンバーが、幾つもの箱を積んでいろいろ説明している。どうも健康のためにサプリメントを売り込んでいるらしい。健康のために運動しているグループにサプリメントを売り込むのは、なかなか優れた発想だと思って見ていた。しかしどうも売れる様子はない。

 写真の右から2番目の白いシャツが売り手。後の4人は、後ろに見えている太極拳を練習している仲間。もう数年は続いているから、そばを通るだけであるが、メンバーは見ると分かる。右手の太めのおばさんは、リーダー格でなかなかの踊り手。多分グループのNo.2である。太めだが身は軽く、かなりの長時間指導していても息が上がらない。このリーダー以外には、あまり太めはいないグループ。売り込む場所が、ちょっと悪かったんではないでしょうか
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