Kaeruのつぶやき

日々のつぶやきにお付き合い下さい

生ましめんかな

2016-05-27 | いのち・原発

こわれたビルディングの地下室の夜だった。 

原子爆弾の負傷者たちは

ローソク1本ない暗い地下室を

うずめて、いっぱいだった。

生ぐさい血の匂い、死臭。

汗くさい人いきれ、うめきごえ

その中から不思議な声が聞こえて来た。

「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。

この地獄の底のような地下室で

今、若い女が産気づいているのだ。


「生ましめんかな」

というこの詩の後半はこちらでお読み下さい。

 「生ましめんかな」栗原貞子

   この産婆さんの体(産婆は血まみれのまま死んだ)を覆った血には、被爆による己や近くの人の血と生まれ出た赤児がまとっていた母親の血が混じっていたに違いありません。

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「てんがらもん」218回 歴史少年の夢。

2016-05-26 | 「てんがらもんラジオ」

「てんがらもんラジオ」のゲストの話のなかには子供時代の「夢」を忘れず鹿児島の地で実現する話が幾つもありました。今回の藤崎剛さんが自分でも驚いた小学校4年生のときの夢の実現の話です、これは番組では話されていないことで、イッターネット時代だからこその情報です。

これです、

  小4の藤崎少年は城博士になりたいと書かれていますが、博士願望は城にとどまらず歴史全体に広がっていくのです。鹿児島県会議員としての活動は歴史の枠を越え県政全体に広がっていますが、そのなかでも少年時代の熱意をいかした取組が藤崎さんのこのfacebookからも伺えます。

https://www.facebook.com/fujisakitakeshi10574/

番組はこちらで、http://www.ustream.tv/recorded/87369126

chidoriさんのブログとワイコマさんのコメントもあわせて見て下さい、こちらです、「てんがらもん218回 歴史大好きの話」 。

  藤崎さんがお城への関心から歴史全体へと発展させてきたお話を聞きながら、少年時代の環境というようなものが大きな役割を果たしていただろうと思えるのです。同級生の家にあったお城の本から、何人か友人の父親などの歴史の蔵書も関心の的になっていきました。本での知識獲得の段階から鶴丸城跡を実測するなど野外活動へとが広がって行きます。お子さんが通う幼稚園もさかのぼれば薩摩藩の武家屋敷の跡であり、歴史に残る逸話の舞台であったりします。そのことを解き明かしたりしました。

   明治維新150年もカウントダウンに入っている段階です。前迫さんも言われていましたが藤崎さんの話を引き続き伺える機会が欲しいと思います。あわせて前迫さんの「鹿児島言葉」の時間に関連して、明治維新当時から「薩摩言葉」を引き継いできた祖父母の世代からこの「文化遺産」を後世に伝えていくことも大事な事業かと思いました。

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「葉山倶楽部」の人と本。

2016-05-25 | 葉山そして人

「葉山倶楽部」の話ですからまずこれを、

葉山だけではなく、東京と神奈川を走りまわっています。

なんで走りまわるのかというと、お年寄りを笑顔にするためです。

ならば若い人、ーそうです、この人です。

   肩書は「フリーランスライター」「レクリレーション専門介護士」44歳、富永幸二郎さん。白板に向かっているのは菖蒲とアヤメとかきつばたの違いをお年寄りに解説している姿で、二週間ほど前でした。

   今日は「のぞみ会」に、ちょうど食事時でした。

顔を出した町長と懇談その後写真、町長は後ろ左二人目です、私は…略。

富永さんはこんな本を出しています。

 介護士として活動しているなかでつかんだお年寄りが笑顔になることの大切さ、どこをどう押せば笑顔になるか「50のスイッチ」を見つけました。今日手にしたばかりの本ですので、ページを追いながらおいおい紹介していきたいと思います。

なお、詳しいくはこちらを、http://www.otominaga.com/kitekyo/

「来てくれる教室」で。

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一人の民、大勢の民。

2016-05-24 | 「真田丸」

「真田丸」第20回「前兆」での聚楽第落首落書事件、その犯人について「民の仕業だ。大勢の民が、殿下に対して、同じ思いを抱いた。それが、あの落首になったのだ」と三成の言葉を一昨日の「つぶやき」で紹介しました。

   ドラマでは犯人としての尾藤道休の首をもっての幕引きがはかられましたが秀吉の怒りはおさまらず罪の無い近住の住民をも磔にと、それを糾す三成に切腹を、と申し渡す時、北政所寧の出現でおさまったという筋書でした。

  道休と同じ門番17人がとらえられ磔にされたことはドラマで触れられましたが、史実ではこの後も道休の住んでいた一帯が焼かれたり、住民が60余人磔になっているそうです。

   このように天下人の怒りにあえば情け容赦なく命が奪われる「民」とは、当時どういう人たちだったのか、という思いがわいてきます。その時この図が目に付きました。

  この時点での「真田丸」登場人物の関係図です。真田家など「家」毎にグループ分けされてます。左下に4人がどのグループにも入っていませんが、いずれも伊達家とか元黒田家とかで、左端上の「出雲大社の巫女 出雲阿国」だけがグループ外の人でしょう。

  誠にドラマを見ての浅い受けとめなのですが、当時の「民」とはここで描かれている枠、グループ分けに入っていない人々のことになるのでしょう。血縁関係はもとより主従関係も含めて枠外の人々ということです。

  先にあげた三成の言葉のあと信繁に、「だから殿下は、あれほど恐れたのかもしれませんね」というセリフがあります。この枠外の人々を恐れる天下人・豊臣秀吉ということです。勿論この言葉は脚本家・三谷幸喜が言わしめたことですが、不自然には聞こえませんでした。

   時の権力者にその時代の「民」への「恐れ」がどういう形で現われるか、この時代には「残虐さ」をもって現れたのですが、400年後の現代では何をどう恐れているのでしょうか。

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民の思いがつくって来た「前兆」。

2016-05-23 | せいじの政治カフェ

   昨日の「つぶやき」の「前兆」は1600年天下分け目の関ヶ原を前に秀吉の天下支配の破れ目を示唆するものでした。今日の「前兆」はそこから400年余の21世紀の日本国での天下分け目の兆しとしての「前兆」です。

「前兆」そのものというより昨日の俳優横田栄司さんに倣って言えば「前兆の予兆」と言うべきでしょう。「前兆」として示し得るのは7月の参議院選挙の結果をもってでしょうから。

それは、以下の新聞記事です。

これについての日本共産党志位委員長は、

   私はここに至った大きな要因として、私自身も何回か参加した戦争法反対の国会前行動をはじめとする全国各地での運動の力だと思います。もちろん日本共産党の「国民連合政府」提唱のインパクトや各野党の共同協同の努力があったからこそですが、その原動力が国民という「民の言動」であったことは疑いの余地がありません。

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