素晴らしい風景!!

色々歩いた山や国内の風景等をご紹介いたします。

◎貴船まつり 2016◎

2016年07月27日 | 伝統行事

『真鶴貴船まつり』は、毎年7月27日~28日の2日間にわたり、神奈川県足柄下郡真鶴町の真鶴港を中心に執り行われております。

                                               17世紀中頃に、その起源を発する歴史あるまつりで、宮城県塩竃神社の塩竃みなと祭り、広島県厳島神社の管絃祭と共に、『日本三大船まつり』に並び称され また、国の重要無形民俗文化財にも指定されるなど古くからの伝統を重んじた格式ある御祭りであります。

祭りのシンボルともいえる極彩色の彫刻が見事な「小早船」こばやぶね)祭りを賑やかに盛り上げる「真鶴ばやし」、更には修験者にも通ずる真摯な姿勢で踊り続ける「鹿島踊り」、古来より漁業・石材業が盛んな土地柄から、男たちの力強さが色濃く表現される「花山車」はなだし)や「櫂伝馬」かいでんま)など

                                                        見所多彩なお祭りで、真鶴の夏は暑く熱く盛り上がっていました。

貴船まつりは、神輿が神社から海を渡って村里にお出ましになる船まつりであるということで有名ですが、 

                                                   中でも東西の華を競う小早船の存在は、まつりの花形です。                                  舳先(へさき)には「舳乗り」、船尾には船頭、櫂使い、水夫を乗せ、運航等に万全を期します。

                                                この小早船の海上渡御の神事では、観客の前面で船体を左右に大きく揺さぶりながら方向を変える場面は見所の一つです。

                                                  これが可能であるのも船の安全性の保持、あるいは操船の方法等、古くからの伝統が守られている証とのことです。

真鶴港を見下ろす貴船神社の鳥居を入った階段参道中段広場で、鹿島踊りが舞われていました。

                                                      鹿島踊りは、相模湾西岸、小田原西部から伊豆北川までの石材産出にかかわった地域の22社で行われる神事で、悪疫退散と共に大漁や海上安全を祈願しての踊りと言われています。

貴船まつりの鹿島踊りは、他市町が白装束で烏帽子をかぶるのに対して、浴衣に3色の色帯、揃いの手甲で飾り、無帽です。                                                これは昔から“小江戸”と呼ばれたほど華やかさを誇っていた地域性を反映したものだそうです。

両日、海に陸に貴船まつりを賑やかに盛り上げるのが、この「真鶴ばやし」です。                                                   かつて“小江戸”と呼ばれた江戸っ子気質の真鶴人にはなくてはならない存在とのことです。

                                                    “小江戸”って、真鶴も漁業や石材産出で栄華を極めた時代があった名残のようですね。

漁業や海運業、石材業界における大漁や安全の祈願と共に、また、それ以上に日常の安泰な活動の営みへの大いなる加護に深い感謝の心を込めて、夏の真鶴の熱気をさらに高めつつ、勇壮・華麗に、明日もまた繰り広げられます。

                                               是非、足をお運びください。

 

 

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◎修験者と共に栄えた天川村◎

2016年07月16日 | 日本の歴史

年間約65万人もの方々が訪れる天川(てんかわ)は、紀伊半島の中央部に位置し、その面積の約4分の1が吉野熊野国立公園に属しています。                                                        また近畿最高峰(八経ヶ岳)を擁する最源流の村です。                          古来よりの有名な寺社等もあり、宗教の発祥と深く関わるなど、豊かな自然と歴史・文化を誇る、これらの「宝」と共に暮らしている村です。                                   また、標高が高いことから大阪市内などより気温が5度程度低く、避暑地として有名で、寒暖の差が激しく紅葉の名所でもあります。                                               大峯山 山上ヶ岳から天河大辨財天社、高野山の二大霊場を結ぶ川沿いの道を大峯高野街道といい、弘法大師「空海」が大峯修行のため往き来したといわれています。

その天川村の街道沿いにある史跡に立ち寄ってみました。

天河大辨財天社 

                                               別名「天河神社」ともいわれ、日本三大弁財天の筆頭・大峯本宮とされる霊験あらたかな神社で、芸能の神様としても有名だそうです。

                                               能関係資料多数が保存され、我が国能楽発達史上の貴重な資料とされています。

                                                         7月の例大祭や春秋の大祭には能楽奉納もあり、数々の年中行事の中には珍しい神事も多数行われています。

 

栃尾観音堂                                                    この聖地を訪れた無数の修験者の一人であった「円空」は、 江戸初期 寛永9年(1632)岐阜県羽島市近くに生まれ、23歳で出家。

                                                寛文3年(1663)32歳の時、木仏 12万体の悲願をたてて、北海道から関西までの諸国を遍歴し、元禄8年(1695)64歳で没するまで多種多様の仏像、神像を彫り残しました。

                                                    それらの仏像を通常、円空仏と総称し、天川村で円空仏と確認されたものは、大峯山寺の「阿弥陀如来像」、天河大辨財天社の「大黒天像」、そして栃尾観音堂に「聖観音菩薩立像」、「大弁財天女立像」、「金剛童子立像」、「護法神像」の 4体が安置されいます。

                                                      どの像も円空の作風の特徴を良く表しており、見るものを惹き付ける穏やかな微笑みをたたえています。 

 

母公堂(ははこどう)                                                               母公堂は大峯山の歴史以来の入口でした。

                                                                    修験道の始祖である役小角(えんのおづの)の母親である白専女(しらとうめ)を祀っています。

                                                       大峰山寺のある山上ヶ岳(1719m)まで 3~4時間。                              近畿の屋根といわれる雄大な大峯山系がここから始まります。

 

山上ヶ岳への女人結界門                                            男女同権の世に変わり、今時こんなことがあるの   と不思議に感じられる方々が多いと思われますが、1300年の歴史があり、日本固有の宗教文化であり、それが世界遺産につながったものと思われます。 

                                          大峯山寺からの解説文を是非ご一読ください。

山上ヶ岳(大峯山)は1300年の昔、開祖役行者「神変大菩薩」が開山された霊山で、修験道の根本道場として、日本国民に尊崇され今日もなお多くの方々の崇敬を集め続けております。                                     山上ヶ岳では、往古より仏教各宗の宗祖や高僧を始め、多くの先徳や在家の先達衆が命を賭して修行され、自利利他円満の菩薩行を心とされて、天下泰平、万民安楽、五穀豊熟を祈願されてこられました。                                  今日もその心と修行の法は脈々と伝えられ、厳格な修行が行われております。                     また、当山はその永い歴史の中で幾多の流転を重ね、明治初期には国家権力による修験道廃止という法難にもみまわれましたが、御本尊の思し召しと、信徒の皆様の熱烈な信仰心や修験道を心の支えとされた方々のお力により、その法灯は守られ修験道の仏寺として今日に至っております。                                   そしてその歴史の中で、当山は女人結界を持つ聖地としての姿を守り伝えております。             この女人結界は決して、私たち修行者のみによって形作られたものではありません。         この霊山を仰ぎ見ながら、ここに心のよりどころ見出した無数の先人達が、壱千年余りの時をかけて、宗教的伝統として作り上げてきたものであります。

                                                   また、結界維持については、信徒や地元の人々と共に信仰を守り伝えてきた女性達によっても伝承されてきました。                                                私どもは、今日においても、山上ヶ岳の女人結界を男女問わず修験道で修行し、信仰する者の信仰心としての戒律上の結界ととらえ、あくまでも信仰者の立場をもって議論を加えつつ、且つ結界を護持いたしております。                                                       登山者の皆様には、この壱千参百年の歴史を持つ当山の信仰に深いご理解を頂き、信仰者の声を尊重頂いて、女人結界の維持にご協力を賜りますようお願い致します。

                                                    当山は、今なお信仰が息づいている聖地「山上ヶ岳」(大峯山)が日本固有の宗教文化を伝承する地として、ユネスコの世界遺産に登録されたことを誇りに思うと共に、開祖「神変大菩薩」やこれまで修行を積まれた先徳に対し感謝の赤誠を捧げるものであります。

    南無山上大権現 ・ 南無神変大菩薩        大峯山寺 敬白                                                                                            

 

 

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♨ ぶらり洞川(どろがわ)温泉 ♨   

2016年07月09日 | 日本の歴史

奈良県の南部、吉野郡天川村の東部に位置する洞川(どろがわ)温泉郷にお世話になりました。                                                                                                            洞川温泉郷は大峯山から発し、熊野川の源流ともなっている山上川のほとり標高約820mの高地に位置する山里で、その冷涼な気候から関西の軽井沢とも呼ばれているところです。

今回の大峯奥駈道を歩くための基地として登山口から離れていたものの、雰囲気の良い洞川温泉に寄ってみようということになりました。                                                    かりがね橋から俯瞰した洞川温泉全景。

今日は平成28年7月7日(木)17時に宿に入り、夕食を済ませてから龍泉寺で七夕祭りの催しがあるとのことで、皆さんで夕方から洞川温泉郷をぶらつき、19時、大峯山「龍泉寺」に向かいました。

龍泉寺は真言宗醍醐派の大本山として多くの信者を集めておりますが、洞川から登る修験者は宗派を問わず、龍泉寺に詣で水行の後、八大龍王に道中の安全を祈願してから山上ヶ岳に向かうしきたりとなっているとのことです。                                                修験道の根本道場として信者・登山者の必ず訪れる霊場です。

                                                 龍の口より湧き出る清水をたたえた大峯山中第一の水行場 

 

今日は七夕、地元の子供さんたちが作られた短冊のお焚き上げが、修験者により境内にて執り行われました。

法螺貝が吹かれ、経文を唱え、火の燃え盛る様は迫力満点でした。

お焚き上げ終了後は、夜の洞川(どろがわ)温泉街を皆さんで散歩。

洞川温泉は、温泉そのものの歴史は浅いようですが、大峯講の宿場としての歴史は古く、その起源は役小角(えんのおづの)に従った後鬼の末裔によって起こされたと伝承されています。

                         

どことなく懐かしく、昭和の時代にタイムスリップしたような雰囲気を漂わせる町並みには心癒されます。  

浴衣で団扇(うちわ)を持ち、下駄でガラゴロと歩く姿がぴったりの風情です。     山奥の風情ある温泉街、ずっと残してほしいと感じました。

それと、も1つ感じたことがありました。                                       平日であり温泉街を歩く人がまばらであるのに、旅館や商店の全てが出入り口から縁側越しの部屋の中まで見えるようフルオープンなのです。

旅館街を歩いていると「陀羅尼助」(だらにすけ)と書かれた看板が多く見られました。           陀羅尼助ってなに                                               陀羅尼助とは、古くから修験者の秘薬とされた和漢薬であり、二日酔い・下痢等を含め胃腸の調子が悪い場合の全てに効果のある万能薬とのことであります。                              また、薬の名前の由来は、僧侶が陀羅尼という非常に長いお経を唱える時、眠気防止のために これを口に含んでいたことからだそうです。                  この秘薬は洞川温泉付近のみで販売されているようです。

煌々と明かりも灯っており、温泉街で旅行者に風情を味わってもらうためのサービスと感じました。本当にありがたいことです。

普通なら夜 明かりを点ければ、その回りに虫が飛び回るのは時期からいって当然と思いますが、この温泉街は とても爽やかで虫がいないのです。             洞川温泉では普通のことのようです。 

縁側のあるレトロな洞川温泉、また寄ってみたいです。      

                               

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⛰ 大峰山登山 ⛰

2016年07月09日 | 日本百名山

紀伊山地の霊場と参詣道《大峯奥駈道》(おおみねおくがけみち)は平成16年7月にユネスコ世界文化遺産に登録されました。                                                大峯奥駈道は1300年前、のちに修験道の開祖となった役小角(えんのおづの)役行者(えんのぎょうじゃ)によって修験道の修行場として開かれた古(いにしえ)の道。                         吉野(奈良県)と熊野三山(和歌山県)を結ぶ全長100km以上ともいわれる大峰山脈をたどる秘境の地であります。

古の日本人は、遥かなる峰々・豊かな森・断崖絶壁などに畏敬の念を抱き、また水を生み、生命の源と考えた山岳を、神聖な場所として崇めてきました。            この自然崇拝や神道と仏教などが融和したものが修験道とのことであります。

紀伊半島の背骨である大峯奥駈道は日の出と共に出発し、日の入りまでたっぷり歩き続けるという超ハードなコースで約 1週間の行程で上級健脚者なら踏破可能とのことであり、無理のできない私たちは、その一部を修験者になった気分で歩いて来ました。

洞川温泉を7時半に出発し道幅の狭い国道309号線を上り、行者還岳(ぎょうじゃがえりだけ)の南側に位置する行者還トンネル西口登山口を目指した。到着、8時10分。

日本百名山で紹介されている大峯山は、山上ヶ岳から南の弥山(みせん[1895m]・八経ヶ岳(はっきょうがたけ)[1915m]を含む山全体をさし、中でも八経ヶ岳(別名:仏経ヶ岳、八剣山)は、近畿・中国両地方の最高峰です。                                         登山準備を済ませ、8時20分出発。

                                               まずは沢沿いを進み、沢を離れると大峯奥駈道の尾根に出るまで厳しい急登に汗を流す。

                                               付近にはトウヒ・シラベ(シラビソ)の原生林につつまれ、また弥山と八経ヶ岳の鞍部には 7月初旬に国の天然記念物であるオオヤマレンゲが見られるとのことで楽しみに向かいました。

奥駈道出合着、9時30分。 10分休憩。

尾根に出てから聖宝ノ宿跡(修験者の座像あり)辺りまでは平坦路でハイキング気分、ここならトレイルランに最高のコースと感じた。

11時過ぎ、弥山に向けて急な木道の階段が始まる。 30分頑張ったら弥山小屋が見えた。

                                                        これが合羽を着ての登高であったら辛さも倍増だが、合羽を着ないで歩けるだけラッキーであった。  弥山小屋到着、11時35分。

 

弥山の天河奥宮(弥山神社)は大峯奥駈道から外れていたが、近くであり参拝して来た。

弥山の天河奥宮は奈良県吉野郡天川村坪内にある「天河大辨財天社」の奥宮が祭祀され、水の神として古くから聖地とされてきました。                                                           弥山とは仏教の世界観を表した須弥山(しゅみせん)から名付けられ大峯の中心的山岳とのことです。

4月下旬から11月中旬のシーズンは管理人の常駐する弥山小屋が営業されており、小屋横にはチップ制の公衆トイレがあります。  昼食を済ませ12時出発。

弥山から八経ヶ岳までは吊り尾根状の登山道を進む。 下り出して間もなく前方に八経ヶ岳のピークが望めた。

この吊り尾根には地図にも表示されている通り、オオヤマレンゲの自生地があり期待通り沢山の花を見ることができました。

その美しさから天女花とも呼ばれ、古くから大峯奥駈道で修行する行者に親しまれてきました。

が平成に入り、このオオヤマレンゲ群落の衰退が指摘され、二ホンジカの食害から守るための防護柵が設置されています。                                                                               通過の際は必ず閉めるよう、ご協力をお願い致します。                    以前はかき分けながら進まなくては ならないほど茂っていたとのことです。                    ここは奈良県のため、鹿は神の使いとして大切にされていますが、日本中で農作物や森林に対する被害が甚大となっています。

立ち枯れの木々を見ながら、最後の登りに頑張り八経ヶ岳山頂へ。登頂12時半。

                                                       

今回は、全長100km以上と言われる大峯奥駈道をほんの数km歩かせて頂いただけなのですが、八経ヶ岳山頂に立つと、完全踏破したような気分になりました。

でも、残りの部分も必ず歩き通してみたいと考えています。 12時50分下山開始。

                                              曇ってはいたが、かすかに遠方の山々が水墨画の様に素晴らしい山岳風景を見せてくれた。                                                                                                                     世界遺産「大峯奥駈道」の真髄、深い歴史の森を縦走する修験道の魂(こころ)満喫の道です。

下山は往路を戻りました。                                                                                                      十分に奥駈道の雰囲気を味わいながら ポツポツきた小雨と共に。

木道の階段や岩・木の根が濡れているので、スリップに十分注意して頂いた。

弥山小屋着、13時10分。 10分休憩。                                        聖宝ノ宿跡着、14時。 5分休憩。

                                                弁天ノ森着、14時33分。 5分休憩。                                      歩き出して間もなく、花に詳しい方が後で「アッショウキランが咲いている。」と声を上げたので、撮影会が始まりました。                                                                                先日、上高地で見たものより綺麗に咲いていました。

                                                奥駈道出合着、15時。 5分休憩。  行者還トンネル西口駐車場着、15時50分。                目的のオオヤマレンゲにショウキラン、他にも沢山の花が見られて皆さん満足の山旅でした。

 

 

 

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⛰ 雨の大台ヶ原山散策 ⛰

2016年07月09日 | 日本百名山

遅れながらようやく台風1号が発生し、宿のテレビで天気予報を見ると雲の切れ間から北海道が見えるだけであった。                            早く雲が流れるよう祈ったが、この状況では無理があり、まして ここは日本有数の多雨地帯の《大台ヶ原》である。

大台ヶ原は、日出ヶ岳(1695m)を最高峰とし、標高1400m~1600mのゆるやかな起伏が続く台地で、年平均降水量が 4,000mmを超える日本有数の多雨地帯として知られています。

周囲には、豪雨によって削られた絶壁や崖、V字渓谷にかかる滝など雄大な景観が広がっています。                                   トウヒ、ウラジロモミなどの針葉樹と、ブナ、ミズナラなどの広葉樹で構成される貴重な自然が残る大台ヶ原は、吉野熊野国立公園内の特別保護地区に指定されています。

大台ヶ原は入山規制のある「西大台」と規制のない「東大台」があります。              西大台はブナを主体とする原生林の中を縫うように歩くコースで、沢渡りが多いので雨でもあり増水の危険を避け、東大台の周遊コースを散策することとした。

出発 9時。大台ヶ原ビジターセンターの脇から最高峰の「日出ヶ岳」に向かう。

                                                   好天であれば360度の大パノラマと眼下には熊野灘を望むことができ、澄み切った早朝 運が良ければ富士山や御嶽山まで遠望することができるそうです。

日出ヶ岳山頂着、9時50分。                                       展望台があったが、今日はその下で雨宿り。10時下山。

整備された木道を滑らないように歩く。                         ビジターセンターで昨年の 7月の天気が表示されていたが、晴れは15日だったそうです。 なので苔が生き生きと綺麗に見えるのですね。

正木ヶ原通過、10時40分。

尾鷲辻通過、10時50分。                          東屋があり東大台周遊コースはもっと大きく回れるが、雨が酷くなり散策路が小川状態になって来たので半分で切り上げ駐車場に戻った。

大台ヶ原の雰囲気は理解できたが、欲をいえば晴れて欲しかった。            駐車場到着、11時35分。

 

 

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⛰ 恵那山登山 ⛰

2016年07月04日 | 日本百名山

中央自動車道にある長野県下伊那郡阿智村と岐阜県中津川市とを結ぶ長大トンネルの『恵那山トンネル』は、ほとんどの方が ご存知ではないかと思います。                                            1975年の完成当初は道路トンネルの中で日本一の長さ(上り線8,650m:下り線8,490m)を誇っていましたが、2016年2月現在では第5位の長さであります。

そのトンネルの南西方向にあり、中央アルプスの最南端に聳える《恵那山》(2191m)を歩いて来ました。                              中央自動車道の飯田山本ICを6時47分に降り、県道477号線で新恵那山登山道の取付き点である広河原登山口駐車場に向かいました。 駐車場到着、7時半。                                      登山準備は途中で済ませたので、準備運動後、7時40分出発。

まず、車止めゲートを抜け、歩行ペースを作りながら林道を進む。 林道と恵那山登山口分岐着、8時05分。 5分の休憩。

林道を左に下ると直ぐ本谷川に掛かる丸太橋を渡り、幾つかあるルートの内、広河原駐車場から恵那山山頂まで約5.1kmという最短の広河原ルートに取り付いた。

今日は14名の皆さんをスタッフ3名でご案内させて頂いた。              その中に、ご高齢の方が参加されていたので、その方を含め皆さんの体調等 様子を伺いながら前進した。

広河原ルートには広河原登山口から恵那山山頂までを10等分にした、とても丁寧な標示板が立てられ、登山者にとって通過の目安になり、有り難かった。

1/10地点を通過してから、岩や木の根が張り出した急登の登山道が始まったが、まだ歩き出して 1時間程度なので皆さんの歩きが非常に快調で安心しました。

カラマツ林の急登を進み、   3/10地点を 9時15分に通過。

中間付近である5/10地点(9時50分通過)前後は、クマザサに覆われた緩い登りとなった。

所が、10時35分に7/10地点を通過したが恵那山本峰に近づいたようで、湿気漂う樹林帯の中の急登が再び始まった。                          この辺りから、遅れが目立つ方が出てきた。

この辺りが最後の急登で、距離にすると残り 1kmを切ったので、あとひと踏ん張り頑張って頂いた。                                鬱蒼とした樹林帯の中を登っていると風はないので蒸し暑い。                                     そんな時の顔の周りにしつこい位に飛び回るブヨがいて、ウッカリすると刺されるだけでなく目・耳・口などに入ってしまう勢いで飛び回り、注意が必要であった

                                                      肌の弱い女性は刺されると傷口の周りから見る見るうちに腫れ上がってくるので、頭からかぶれる「虫除けネット」が大変重宝します。 梅雨時は必携です。

11時15分、ようやく9/10地点を通過。   あと300mの表示を見てホッと

皆さん、歩き始めて約4時間。                            疲れも見え始め残り300mに25分掛けて無事山頂へ。 11時40分着。            山頂からの眺望は無し、昼食にしたがガスも掛かり汗が冷えてくる。

山頂からの景色が見られるように展望台が作られていた。                      また山頂付近に恵那神社本社や五乃宮社、六乃宮社などが見られた。

ガスが出て小雨が来そうな感じであり、恵那山山頂小屋まで行かず12時12分、下山開始。                                      今回は往復コースであり、往路を戻ったが前日に結構なが降ったため登山道はぬかるみ、木の根や岩が非常に滑り易く慎重に下って頂き、ストックの取り扱いにも注意して頂いた。

ご高齢の女性2名の方は、こちらで心配することもなく皆さんと共に歩き、往路・復路共にしっかり完歩されました。 素晴らしいことだと思います。                                   逆に少し若い方の方が、この位の無理はまだまだ耐えられると思いこまれているようで、山頂を踏まずに先行下山された方も居ました。                   体調管理を行い、甘い考えで山に入っては危険であると思われます。

本谷川に掛かる丸太橋を全員無事通過、14時50分。                 駐車場まで30分林道歩きを頑張って頂いた。                       林道を歩き始めて間もなくポツポツアレ   雨だ。                                 でも大したことは無いだろうと言っていたら急に本降りとなり、急いでザックカバーを掛けた。                                       皆さんもザックから合羽を出す間にびしょ濡れ。                      風邪をひかぬよう「湯ったり~な 昼神」という日帰り温泉により、16時32分帰途に着きました。 予想外にきつい山で、お疲れ様でした。

 

            

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🐾 初夏の上高地散策 🐾

2016年07月01日 | 北アルプス

初夏の上高地  自然観察ハイク                                       上高地というと普段は登山基地的な感覚で、ブラブラするよりも、槍・穂高を目指す単なる通過点であったが、今回はノンビリお花や自然の景観を楽しみたいというチーム、 お花や自然景観も楽しみたいが折角の上高地を歩いてみたいというチーム、    ブラブラ自由行動をしたいというチームの 3つを希望するそれぞれの方々40名と共に好天の中、汗を流して来ました。

大正池前到着11時。                                  皆さん歩く準備はできていたので番目のチームを担当し出発。

まず、大正池の湖畔に降りて北を向いて池と穂高連峰に感動。           穂高の南面、雪がほとんどない。

西を向いて緑濃い池と焼岳(標高2455m)に感動、かすかに噴煙も確認できた。

 

かつては登山者だけの秘境でありましたが、今では交通機関を利用して誰でもが簡単に訪れることができる山岳リゾートになっています。

梓川の上流に盆地として細長く伸びる上高地は、穂高岳を望む景勝地であり、四季折々の素晴らしい景色を楽しませてくれます。                          田代池分岐から見た穂高連峰 

                                               清らかな瀬音の梓川沿いには、シラカバ、モミ、コメツガなどの原生林に包まれて大正池、田代池、明神池が散在し、水面に鋭い山影を映しています。

   

                                            野生のサルさんを間近に見ることができる、ここ上高地は 『特別名勝 特別天然記念物』であります。

                                                      「名勝」とは優れた景色のこと。                                        しかもそれが自然そのものだから「天然記念物」。                                    さらにそのいずれにも「特別」を冠します。                                      上高地は、日本で初めて 2つ同時に指定された、素晴らしい所であります。              岳沢湿原からの六百山。

参加された お花好きの皆さんは、この時期にしか見られないというショウキランを一目見たいという方々であり、花に詳しいスタッフが生育環境にも精通し、皆さんの思いを叶えてくれました。 

それも一か所でなく、何株も見ることができました。                  ショウキランとは人目に付きやすい所に咲く訳ではなく、木陰や葉陰の中に咲き、何で分かるのか不思議でした 

ラン科ショウキラン属の多年草で葉緑素を持たず菌類に寄生する腐生植物。      通年地下茎の形で成育し、7~8月の花期のみ花茎を地上に伸ばし花を咲かせ、一週間程度で黒くしおれるそうです。

その他にも米粒のような花を探したり、私には付いていけませんでした。      そんなことで中々進まず、バスターミナルの集合時間が気になり、見学時間を短縮して行動しました。

ニッコウキスゲやレンゲツツジを見ながら歩く木道の周りは荘厳さと静寂の中で、小鳥の声がより鮮明に聞こえました。

                                                  明神池の穂高神社奥宮を参拝し、できれば嘉門次小屋の「岩魚の塩焼き」を賞味したかったが上高地バスターミナルまで戻る時間を考慮し諦めた。

梓川に掛かる明神橋では吹き渡る風が、とても爽やかであった。

素晴らしい天気に恵まれ、梓川の左岸を気持ちよく歩を進めましたが、列を作っても何か花を見つけるとストップ、まるで芋虫の様に伸びたり縮んだりと後ろから見ていて楽しかった。

好天で素晴らしい大自然の中をブラブラしていると、空気がおいしいって感じますね。    ご覧の皆様も是非お出かけ下さい 

 

 

 

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