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奥丹波 紅葉めぐり

2016-11-17 | 日記
  11月16日(水)
午前7時30分ツアーバスは大和西大寺駅南口から出発。行先は、
丹波篠山の大国寺===ささやま玉水===篠山散策===洞光寺===高源寺(バス走行距離318km)。

大国寺に10時10分着。バスから降りると、お寺の前でお坊様のにこやかなお出迎えを頂き、お寺の概要説明や丹波の名産の紹介等を受け心が和んだ。
紅葉はちょうど見頃のようだった。境内は下を見るとイチョウの落ち葉で黄色い絨毯、上を見るとあざやかな赤や橙の綺麗な紅葉錦、実に素晴らしかった。感動の溜め息があちこちで聞こえた。
鎌倉時代創建の本堂や平安時代の作、ご本尊の木造大日如来坐像など他の仏像も含み国の重文だそうだが、今日の私は紅葉に飛んでいた。
          (画像はクリックすると拡大する)

皆んな大満足で「良かった、よかった。」と言いながら乗車、次は「ささやま玉水」で午前11時30分からの昼食タイム。そしてその後の篠山散策の時間に私達は篠山城跡を回った。築城主は徳川家康である。見事な石垣はお城の見事さを物語っていた。壮大な大書院は一大名の書院としては破格の規模で古式の建築様式が整っているらしい。廃藩置県後の廃城令による取壊しは免れたそうだが、昭和19年に焼失。平成12年に復元された立派な書院を横目に、足は紅葉を追って城内本丸跡に建てられている青山神社に向かった。この神社は、第10代篠山藩主・青山忠俊(ただとし)公と第18代の青山忠裕(ただやす)公を祀っているらしい。
下段写真右端は天守台から望んだ篠山市である。(1609年築城時に江戸幕府の指示により、城郭が堅固すぎる理由で天守閣の建築が中止になったとか。)

               
 
次は洞光寺(とうこうじ)、お寺の創建は南北朝時代だそうで、知る人ぞ知る紅葉の名所と案内されていたが沢山の人で境内は混んでいた。苔むす参道に赤い実の生る千両やシュウメイギクを見ながら石段を登ると目に飛び込んでくる見事な紅葉そして菖蒲池に映る紅葉にも風情があった。観楓橋を渡って楼門を見上げると、四隅に擬宝珠の付いた廻縁が有って思わずハッとする素敵な門であった。きょうは青空が一役買ってどちらを見ても何を見ても感動の連続である。

         

最後は丹波紅葉三山の一つである高源寺、「もみじの寺」とも呼ばれているそうだが、所違えば当然の事ながら、こちらは時期的に少し過ぎていた。ちなみに三山とは高源寺、円通寺、石龕寺(せきがんじ)らしい。
"天目もみじ"の立札があちこちに有り、どんな"もみじ"なのだろうかと目を凝らして見ていると、案内板が有った。この禅寺を開いた遠谿祖雄(えんけいそゆう)と言うお坊様が中国杭州の天目山から持ち帰られたもみじで、葉が小さく、切れ目が深く、枝が垂れ下がっているのが特徴らしい。
お寺の建物には惣門、山門、佛殿、方丈、鐘楼、三重塔(多宝塔)が在っていずれも立派で、さすが丹波の名刹と言われる格式を感じた。気持ちが紅葉に飛んでいたのと階段の登りに疲れて、私は佛殿で手を合わせていても心ココにあらずの不謹慎な状態だったようである。彼の撮った案内板を今見て読んで、そうだったのか・・・と後悔している。
梵鐘の橦木(しゅもく)の紐を引いて心を込めた。山に響く鐘の音、満足!

                            

よくもまぁ~階段ばかりが並ぶこれらの写真・・・・・どうしよう・・・どれを削除しようかな・・・・・いやいや、やっぱり思い出に全部残しておこう。(笑)
段差の大きい急な石段に一苦労はあるが、青葉の季節に再度ゆっくり訪れてみたい気がする素敵な高源寺!
そして丹波篠山森本屋の大きい丹波栗の"焼き栗"、忘れられない美味しさで最高!


  〔 ※ 2016年11月8日、次期アメリカ大統領にトランプ氏が決まった。来年1月に就任


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