gooブログはじめました和!

写真付きで日記や趣味を思いつくまま気の向くままに。

京街道を奈良からスタート

2021-02-26 | 日記
三寒四温とはこの時期の気候を言うんだよな。昨日の天気は快晴、気温14℃、とても暖かであった。週末には又寒気が戻って来るらしい。
奈良の春は東大寺二月堂のお水取り(3月1日~14日)が済んでからなので、もう少し待とう。(笑)
昨日の事、彼が京街道を歩くというので、せめてスタート日だけでも歩きたいと思って付いて行った。帰りは郡山駅で下車して盆梅展と猿回しを見物出来たのはラッキーであった。  (画像はクリックすると拡大する)

  2月25日(木)
奈良県庁からのスタート、正確には登大路と京街道の交差点東北角に有る相当古い道標 を起点とする。
かなりの風化で殆ど読めなかったが石柱の西面には〔右: 大坂 はせ …… 左:うぢ京……〕を確認。先ずは南都八景の「みどりゐ池」を右手に見て、「雲井の坂」(昔は坂だったらしい)を過ぎて、転害門に向かった(R365を歩くことになる)。

転害門は東大寺創建当初のもので奈良時代の貴重な国宝八脚門である。私の目には親しみ深い飛鳥時代建立の法隆寺の大門と同じ形式だよな。その堂々たる構に心が落ち着く。

転害門正面から西に延びる道に入って多門城跡(若草中学校)に行った。石垣の仲間でよく話題になる城跡で、かねがね関心があった。多門城は松永久秀が築いた城であるが久秀が織田信長に背き大和の国の支配は筒井順慶になって破城となった。今は石碑だけが立つ高台から東大寺や興福寺の塔が見えて奈良を感じる良い所だ。

佐保川沿いを歩いて、R365に出てから左折直進すると左手に奈良少年刑務所があった。赤レンガ塀で囲まれて想像をはるかに超える広さで、後で見た正面玄関はまるでホテルの様で驚いた。

            

それから、鎌倉時代に忍性さん〔1217~1303年〕が建てたと言うハンセン病などの重病者を保護し救済した福祉施設・北山十八間戸(きたやまじゅうはちけんこ)の前に来た。現在の建物は江戸時代に再建されたものだそうで、1921年に国の史跡に指定されている。世間の冷たい偏見にさらされながら生きた当時の患者とその家族の苦しみを想像して一瞬胸が詰まった。

忍性さん生誕の地は磯城郡の三宅町屏風で、2019年7月15日に開眼法要(1303年 後醍醐天皇から菩薩の号を贈られて、忍性菩薩)が行われた。この日聞いた話の1つ:ハンセン病で足腰の立たなくなった人達を背負って忍性さんは奈良の市へと奈良坂を行き来されたと言う史実を私は一生忘れない。
この度制作された2基目の木像忍性像は浄土寺に安置されているので、いつかもう一度拝顔したいと思っている。(cf.  87歳 鎌倉市の極楽寺で死去 このお寺に1基目の忍性像があるとか)
更に北に進むと民家の間に大変大きな夕陽地蔵を見た。
  
          

更に進むと右手に般若寺の鐘楼が、左手に植村牧場が在って、牧場に入った。瓶詰の低温殺菌の美味しい牛乳をマイカーでわざわざ買いに来た昔を思い出したのである。
「もぉ~~。こんにちは!ようこそ‼!もぉ~~。」」と迎えてくれた牛は機嫌よくのんびりと日向ぼっこをしていた。
12時10分、ハンバーグ定食の前菜に出てきたサラダの白いドレッシングの何と美味しかった事!搾りたての最高生牛乳が使われていると聞いた。
  
         

今日の歩きの最後に、奈良豆比古神社(ならづひこじんじゃ)の鳥居をくぐった。
こちらでは毎年秋祭りの宵宮10月8日に伝統芸能・翁舞が奉納されるとか。能楽なら大いに関心有りなのに夜の行事で残念ながら未だ鑑賞叶わず・・・・・
神社に残る舞楽面は奈良国立博物館に保管されているそうだが、見たいなぁ~。
彼は御神木の巨大な楠へ直進した。見るのは2回目らしい。なるほど実に大きくてビックリした。

          

             ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 第18回 大和郡山 盆梅展  2/6日(土)~3/10(水)

大和郡山城跡追手門をくぐると常盤曲輪の梅の木々は美しく咲きそろい、丁度見頃でとても素敵な景色を楽しめた‼
追手向櫓&多門櫓の中、どれも見事な盆梅だったが、筒井順慶、豊臣秀長と命名された前では自ずと足が数秒長く止まったよ。(笑)
猿回しの猿さんの素晴らしい演技に思い切り拍手を送ったよな。(笑)
   
          

本丸登城の正式な通り道であった極楽橋(令和2年3月から再建工事が始まっていた)が来る3月10日に完成予定で、12日に完成式典が行われ、午後3時からは一般公開となり、誰でも渡れるようになるらしい。
明治6年の廃城令により撤去され約150年ぶりの再建らしい。長さ22.12m、幅5.4mの反り橋、欄や床材には県産ヒノキを使用、総工費は約3億1500万円とか。













ポケモンマンホール蓋

2021-02-24 | 日記

昨年2月コロナ騒ぎが始まった折に手にした植木、サンシュユの花が咲き始めてもう一週間になるかなぁ~。それ程大きくはない木だが嬉しくて毎日見て楽しんでいる。
京都の白峰寺(伊藤若冲の五百羅漢の寺)の大樹が懐かしい。


  2月24日(水)
Sさんを見舞って後、斑鳩町に立ち寄り、この度設置されたポケモンマンホール蓋を探しながら帰ることにした。「法隆寺 iセンター」&JR法隆寺駅間に有る5つの「ポケ蓋」と言われるものである。
ゲームに疎い私にはポケットモンスターのキャラクターに興味はないのだが、マンホール蓋のデザインに大いに関心があって、各地のマンホールカードを集めては喜んでいる始末。(笑)確か任天堂のゲームソフトに登場のピカチューだけが唯一分かるだけで、他は全く分からない。(笑)

それで今日の日記は、画像だけを「法隆寺 iセンター」から順番に並べておこう。

                (画像はクリックすると拡大する)

生憎の時間帯で建物の影になっていたりしてどうも気にくわない写りだが諦めよう。(笑)
鹿や柿があしらわれている(2枚)のは奈良法隆寺を強調しているのかな。奈良公園の鹿であり、法隆寺を訪れる人が必ず口にするであろう正岡子規の名句「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」の柿だよな・・・・・
いつか何処かで他府県の「ポケ蓋」にも出逢える機会があるかもね。

一人では歩く気の起らない道のりも、分かり易い位置図を片手に二人で歩くと「ココにある ある!」と疲れずに済んだ。(笑)





いろいろいろいろ

2021-02-18 | 日記
  2月18日(木)
寒い!昨日の朝はボタン雪が降り今朝は庭の水鉢に分厚い氷が張っていた。
受験シーズンの緊張感漂う2月は本来私の好きな月であったが、コロナストレスのさなかで寒さに震えながら今年はそうはいかないよ。(笑)
ヤブコウジが地面すれすれに健気にも咲いているのを発見した。赤い実の生る時期にしか気付かなかったけれど、そうか・・・こんな頃に花を咲かせるんだね、愛おしききかな。

           (画像はクリックすると拡大する)

10都府県緊急事態宣言(3月7日迄)発令中、コロナの新規感染者数は確実に減ってきたようだ。
2月12日米ファイザー社製のコロナワクチンの第1便が日本に届き、国内初の接種が昨日午前9時、国立病院機構東京医療センターで始まったらしい。
医療従事者への先行接種で、約4万人が対象。4月には高齢者3600万人への優先接種が予定され、続いて基礎疾患のある人約820万人、今夏頃には一般へと進んでいくそうだが、供給量や時期がスケジュール通りにいくがかどうかは解らない等いろいろ問題があるとか。
先行接種の半数2万人には接種による副反応(急性の重いアレルギー症状=アナフィラキシー反応)の追跡調査をする為に7週間にわたり観察日誌をつけてもらうとの事。
そしてワクチンは原則3週間の間隔を空けて計2回接種が必要で、2回目は3月10日以降となるらしい。   (第2便は2月21日)

      

接種は強制的な義務ではないので、受けたいような受けたくないような、なるべくなら受けたくない私であるが、コロナは罹らない移さないの精神が必要で自分の事だけ考えていてはいけないんだよな。
うわぁ~痛そうだなぁ~・・・・・通りで ホラ!投稿画像も小さくなって来たヨ。(笑)

世の中いろいろ有って、もう1つ:
東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長であった森喜朗氏(83)の女性侮蔑発言で辞任(3月12日)後、後任候補橋本聖子氏(56)(五輪担当大臣)が就任か。
氏は選手として夏冬の五輪に計7回出場し、日本オリンピック委員会(JOC)副会長などスポーツ界の要職を歴任してきているので五輪の事情に詳しく、選手の気持ちにも添える人として評価されたとか。
透明性を重視という世論に応えて候補者検討委員会が設けられたが、さてどうなることか・・・・・夕方には決まりそう。
五輪が開催されるなら3月25日には聖火リレーがスタートの予定、急がねばならない話だよな。




きょうは立春

2021-02-03 | 日記
  2月3日(水)
寒いけれど外の冷たい空気を少しだけでも吸いたくて川の堤防に上がると、桜の木の枝は確実に芽吹く準備をしていたよ。
我が家の庭の片隅で“からすうり”は未だこんな姿で頑張っているけれど。(笑)
    (画像はクリックすると拡大する)

今年の節分は2月2日で、明治30年(1897年)以来124年ぶりらしい。何とまぁ~復活おめでとう!(笑)
1年は365日であるが、天文学的には地球が太陽の周りを1周するのに厳密には365日と約6時間かかるそうで、そのズレを調節するために「うるう年」があり、更に立春の日付も前後するらしい。従って立春の前日の節分も前後するわけだよな。
ちなみに前回節分の日が変わったのは37年前の昭和59年(1984)で、この年は2月4日だったとか。
来年は2月3日に戻り、2025年から4年ごとに再び2月2日が続くそうである。へぇ~・・・以前にも聞いたことがあるけれど私には難しい、考えない事にしよう。(笑)

我が首は依然回復せず昨日の夕食作りに気が入らず、巻き寿司(今年の恵方は南南東)無くサンマも食べず、彼が豆まきをしただけの節分であった。こんなの結婚してから初めての事だよな。(笑)勿論ヒイラギの小枝にサンマの頭を刺すことも出来なかったけれど、いたずら鬼さん どうか来ないでね。今年の鬼はコロナ鬼かもネ。

ところで、11都道府県に発令中の緊急事態宣言は案の定1ケ月延長になって3月7日迄となった。感染状況が落ち着いた栃木県は解除されたようだ。
コロナワクチンが頼みと言えどもウイルスは変異していくし、感染拡大の速さに計り知れないものがあり、終息は全ての国民が一致団結して同じ方向を向かねばならないはず。政府のお偉さん方、確りご自分達からこそ自粛の模範を示して下さいよ。

(cf. 解除の対象となるのは直近1週間の人口10万人あたりの新規感染者数が「ステージ3」(15人)の基準を下回る事と、病床使用率等の指標が改善していること。)

オーストラリアではほぼ終息したらしく日常生活を取り戻しマスクをしないで人々が笑顔で過ごしている映像が流れた。40年前にもなるかなぁ~、私が初めて海外旅行を楽しんだ国であり、テレビ画面のシドニーが懐かしくブルーマウンティンetc.の良き思い出が蘇ってきた。広大な街に驚き人々のおおらかさに感動し、居住する日本人の多さにビックリしたのを思い出す。
暗い気持ちを一瞬明るくしてくれたオーストラリアの映像であった。日本も頑張らなくっちゃ。