OGUMA    日々軌 小熊廣美の日々新

規格外の書家を自認している遊墨民は、書は「諸」であるという覚悟で日々生きている。

気楽に綴らせていただきます。

2020年07月31日 | 今日の筆文字

こんな時でも、夏、堂々、自由。

 

今日のも二文字ながら。

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三密

2020年07月30日 | 今日の筆文字

「三密」は流行語大賞候補に挙がるか。

あらためて、できることは、じぶんで三密を気にしていくしかないようだ。

大きな組織になればなるほど、歯車がうまくかみ合うのが難しいのはわかるが、

んーーー、だ。

書道的には、くずしたりすると、ウ冠が無くなってっも「密」は成り立つ。

冠、つまり、上に頼るのは時にいらない、ということで。

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供養

2020年07月24日 | 日記

接骨院の院長をやっている同級生は義理堅い。私の幼馴染でもあって、昨年、沖縄で突如亡くなってしまったバスケ仲間の男の一周忌に墓参り、と私の家の近くなので同級生3人でいく。

食事をして別れたが、そういえば、柔道のつながりで高校になって同好会を作った教員をやっていた徹と書家にわたしがなることに懐疑的だった正も、もういない、と兜太先生の亡くなった友人の方々などを唱える立禅ではないけれど、亡くなった高校の仲間だった三人の名前を書きなぐった。

正しく均しくに徹する!?

新コロナ時代、そうして生きるようにしたいもんだ。私も政府も。

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月のしずく

2020年07月15日 | 書道・筆文字

下弦の月が謡う…

生徒さんから、「好きな歌なので」と書いたものをみせられ、「書いて」といわれて書いた。柴咲コウさんの作詞らしい。歌も聴いたらうまい。やるなー、柴咲コウ!

昭和は、上弦の月だったけ…

と、吉田拓郎。

 

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ねむの花

2020年07月10日 | 文化・芸術

病み切りて静かに逝きぬ合歓の花 はる

 

最後は長く患って逝ったという。

剣道柔道の高段者でもあったので、身体強く最後は往生際が悪かったか、生への悦びがあったのか。

7月7日、秩父は合歓の花があちこちにあって淡い紅を咲かせていた。

1977年まで生きていた伊昔紅。

生前には知らず。兜太の存在を知った頃か。その風体を一目見たかった。

息子の兜太にかくれている感があるが、面構えも兜太よりいいかもしれぬ。

 

その妻となったのも「はる」さんという。伊昔紅は本名元春。

「壺春堂」という医院の名は、今も残る王一亭の扁額「一壺春」にあるように、

一壺春耐可忘形 伯倫若有長生術

から採られたか。

それとも、懸壺済世、壺公の仙人からの「壺春堂」だったのか。

「春」は、自分の名、そして奥さんの名までもそこにはあるのだから。

 

伊昔紅の字はきちっと書けば書けて、いい。

ここにあるのは、軽く書いたもよう。伊昔紅のものだという。

冴え返るわが掛け声の何処へいく

 

新コロナが収まったら、秩父での地に足付けた生き方をここから吸収したい。

記念館として開館はしたものの、また改装途中でもある伊昔紅・兜太の生家だが、

夜、電気がついていたので覗いたら、保存会の方が快く招き入れてくれた七夕の夜。

また、ゆっくりと行きたいところだ。食事は伊昔紅から俳縁のある吉見屋のうなぎか。

 

北京から帰ってきて、仕事がない私は知人が設計した施設の現場監督になった。もちろん素人であるが、やればどうにかなるもんである。

そんな一時、左手首付近をちょっと切ってしまって、血が止まらない。

そこで伊昔紅の跡を継いだ千侍先生に治療してもらったことが懐かしい。

 

 

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居る

2020年07月09日 | 今日の筆文字

ダンボールの「居」。

二つ折りにしたら屏風だ。

新コロナ以後、「居」を書いたら、“あれ、よかったね。屏風にでもしたらなおいい”というシオちゃんがいて、ならば、と、屏風にもなる「居」を。

気に入るものが書けることはそうそうない。

なので、また書く。

これまた、と思いながら、いまここに居る私そのものであるから、しかたなし。

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きもの展 つづき

2020年07月09日 | 日記

空前絶後のきもの展、上野の国立博物館平成館で開催中。

着物のはじまりという小袖から現代への展開が観られていい。

織田信長や豊臣秀吉の陣羽織もいい。

江戸火消したちの裏地の威勢のいい絵柄をみるのもいい。

だが、現代の岡本太郎やYOSHIKIさんに対抗する小熊家秘蔵の一点をここに。

検番に居た伯母が芸者さんになった方々から手ぬぐいを頂いたのか、検番にあったのかは知らない。

手ぬぐいは、簡素な柄のなかに藍で染められ、「芳町小りん」のように、小りん、京子、鯉丸と三人の名がそれぞれ小さく入っている。

それを縫い合わせ、元禄袖の浴衣にしたものがでてきた。母作。

小熊家の貧しさのなかにも、時代の精神的な豊かさを思う。

贅を尽くした「きもの展」のあとは、貧しかった庶民の和装展でも観たいもんだ。

芸者入りを断って検番に居た伯母は今、施設にいる。きれいだっただろう小りんさんや京子さんや鯉丸さんはどうしているんだろうな。

 

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