OGUMA    日々軌 小熊廣美の日々新

規格外の書家を自認している遊墨民は、書は「諸」であるという覚悟で日々生きている。

気楽に綴らせていただきます。

つながる

2011年04月30日 | 書道・筆文字
今日はこんなきれいな車のある街に一日いた。
関係しているカルチャーの発表会で、午後はいわゆるプロの出番で、気功太極拳の気舞と書のコラボの依頼にそのまま乗った。

コラボのテーマは、震災への祈りと再生。今は私にはこれしかなかったが、出口氏も思いは同じだった。

出口師は、七方へ祈り、ゆれやうねり、ちから、そして、なぎやはばたき、を気功や太極拳の動きをいれて自在に舞う。

私は、津波で亡くなられた方が、故郷の海を愛し、その思いのまま羽ばたいて天国へ飛んでいってほしいと願い、

「鶴」と大書し、小さく

松島や
鶴に身をかれ
ほととぎす

曾良句

といれた。

芭蕉の奥の細道の旅に随行した曾良が松島で残した句といわれる。
森にいる郭公よ、こんなに美しい松島の海を、鶴の身を借りて飛んでみないか。といって、自分も飛んでみたいものだとの思いが伝わる句だ。
私は、松島に代表される陸奥の浜辺を思っていた。

来月、震災へのチャリティコンサートを開く方が、ステージに掲げたいので、その書を借りたい、と。
同じ思いがつながる。

我々はみんなつながっているのである。


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通過地点

2011年04月26日 | 書道・筆文字
三渓園で行われる日本の夏じたく展は、今回の大震災に対してなにができるか、メールを中心にみんなが意見を出し合った。
思いはそれぞれだが、夏じたく展として募金箱などは置かない。私たちらしく、表現で何かできないか、ということで、出品者全員が扇面に何かを書いたり描いたりして、扇子に仕立て、チャリティ価格でメイン会場で展示即売をし、それを義捐金とする。一億円はおろか、ほんの数万円かもしれない。でも展示を想像すると、とてもさわやかな印象。
それは私たちの思いの通過地点である。

私は、みちのくの歌枕を念頭にして書いた。
歌になったもの、歌枕そのもの、歌枕の一字をとって別次元にしたものなどに仕上がる手はずだ。
扇子の仕立てもとてもいいもののようだ。
今年の夏は節電のため、扇子が重宝するはずだ。


ご近所によると、「笑点」は、岩手出身(っていってたかな…)、今は、いわき市に住むベテラン漫談師を呼んだという。5月1日放映予定という。今の状況で、こちらもどんなふうな仕立てになるのか興味津津。

今日は最後に「随心所欲(心の欲する所に随う)」と書いた。
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トラディショナル

2011年04月19日 | 書道・筆文字
大地震の前日、某スタジオで世界をマーケットにしている某優良企業の海外向けプレゼンテーションに使われるDVDの撮影があった。
世界に冠たる日本の和紙にもこだわり、その日は、二三版の富山の悠久紙五匁を使わせてもらった。
三枚を横に並べて、「雪」「月」「花」と書いた。

スタジオでの撮影は書だけであったが、他も無事終了。その出来上がったDVDが届いた。
全部で5分程度のものなのだが、書のほかには、組紐、江戸切子、つまみ簪、と伝統的工芸を使って、色を主体とした精緻な仕事ぶりが映像から伝わる。
音楽は流れるが、説明は一切ない。プロの技はまた説明を要しない。

いろどり豊かな組紐などに対し、墨一色の書もまた日本の真であると思う。
彩をハイビジョンでみせたいとするなかでの選択だったようだが、コーディネートするディレクターのセンスも光った。


企業ツールゆえお見せできないのが残念。






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ご近所

2011年04月15日 | 日記
おとといのはなし。

隣の駅まで歩けば20分ほど。
隣町にすむKさんは歩いて30分かけてきた。
共通の「運動不足」のため、たまにはいい。
そこで情報交換。
なにかできないか、を考えている。

地元の知人も動いていて、
23,24にはボランティアバスツアーだという。
すばらしい!

昨日は大好きだった後藤さんの家にお邪魔した。
あたたかい家でした。
花てまりが生まれたのもわかる。



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想定外

2011年04月12日 | 日記
想定外……そりゃ、いっぱいある。
だけどそれでも想定しないといけないものもある。
そこには想像力が不可欠なのではないだろうか。

その基礎力は、芸術が担うのかもしれない、と思ったりする。

政治家も東電もみんな計算が得意のようだが、一つ狂うと修正がなかなかきかないようだ。
いやいや、政治家や東電ばかりではない。

ムードに弱く、TV中心のメディアにのせられて、思考も想像も創造もなくしてしまった日本人像が今、あぶりだされているのかもしれない。


知人の子は優秀とは聞いていた。その後、東電に入ったという。原発担当ではなかったが、原発事故後、志願して今、福島にいるという。
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受賞歴

2011年04月04日 | 書道・筆文字
クリエイターズ・オブ・ザ・イヤーの8人のメダリストの中に、私に「こんなイメージで」と筆文字を書かせた方が入った。心から祝いたい。
賞というものに縁もないし信用もしないことが多いが、広告の賞は一般大衆の感性が後押ししてくれる。

ちなみに私の受賞歴は、小学校の時の校内水泳大会(田舎の小学校にあったその中でも水泳レベルの低い学校)の3位と高校の時の何かの美術展銀賞(その他大勢の部類である)しか覚えがない。

もうひとつ、ちなみに、お習字や書道で、校内でさえ金銀はおろか銅(赤)の紙も貼られたことがない。
お習字を習うこともなく、貼られたいとも思わなかったが、中学校の頃には、「もっといいものがある」と筆文字に対してわけのわからない希求があって、「俺はうまい」と勝手にうぬぼれていたところがある。いやいや、好きだったんだね。どこが、何が、ともわからぬままに。

技術を伴わぬまま、その頃より私にとって、書は心の中を表現できるアイテムだったような気がする。

だけど書は、心の中を表現するだけではなく、さまざまな場面で活用され日本文化を支えるもの。書は大きく学びたい。










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