響けブログ

音楽コドモから「音楽コドナ」へちょっと進化。ドラムとバイオリンと小鼓を弾く、ヒビキの音楽遍歴。

ポップスみたいなクラシックは、どうしてヘンなんだろう。

2009-03-07 | バイオリン・レッスン
バイオリン

クラシックの演奏家で有名な人が、クラシック以外のジャンルをてがけることがある。ヨー・ヨー・マのようにクラシック以外のジャンルでも、同じようにすばらしい演奏を聴かせてくれることもあるし、バイオリニストのイツァーク・パールマンのように、クレズマという特定の音楽ジャンルについては、クレズマのミュージシャンたちも拍手喝采というようなアメイジングな演奏を見せてくれたりすることもある。

彼らはまさに自由にアドリブで弾くわけだが、そうではなくて、クラシックの時と同じように譜面をきっかり弾く人もあるし、特にピアノソロというジャンルでは、クラシックの人でも気軽にポップスやジャズやニューエイジや、という新しいジャンルに取り組める環境が揃っていて、このことを非商業的ともいえる真摯さで活動しているのが坂本龍一氏ということになるのかもしれない。(環境が揃っているというのはクラシックイタチがそう思うだけのことで、つまりピアノというのは鍵盤楽器で作曲ツールでといった原理的な、という意味だ。)

そういうのとは別に、いわゆる気軽なクラシック、ソフトクラシックみたいななんだかわからないものが、世の中にはかなりある。こういったものがニーズがあり、消費されていることは知っているけれども、正面切ってこういうのが好きだ、という人はいるんだろうか? どうもあんまりいないんじゃないかと思う。要するに必要悪みたいな感じなんじゃないだろうか?

だけど逆に開き直って、じゃあそのソフトクラシック(ほんとにそんなふうに呼ばれているのかはよくわかりません、すみません)のどこがいけないんだ? と考えてみることにした。

たとえばバイオリニストなどがわかりやすい。バイオリンをソロで聴かせられるようになるのはたいへんだ。ソリストともなれば、なんらかの「この人でなきゃ」という味が必要だし、それが音楽性を損なう面があればたちまち飽きられてしまうだろう。そういう、ある完成された「歌い」というものを、クラシックの分野で構築してきたバイオリニストが、いざポップスを弾く。なんかヘンだ、とクラシックイタチは思う。なぜだろう?(つづく)


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