Meister von Grünfelder

日々の出来事を綴ります。たまにまともなことも書くかも知れません。

食道挿管

2009-11-22 01:12:14 | Anesthesie
 気管挿管の際に起こる失敗には幾つかある。その中で、致命的だがリカバー可能なものの代表が、食道挿管である。
 食道に挿管されている訳であるから、本来の目的である換気には全く役立たない。従って患者の酸素化は急激に悪化する。安全時間は、麻酔前の純酸素化により最長で5分。その間に気づけなければ、患者を危険に晒すことになる。

 大阪の病院で、食道挿管により患者が死亡するという事件が起きた
 事実関係が正確に報道されているか分からないが、このニュースで疑問に感じることが多々ある。

 1. SpO2モニタは装備されていないのか
 2. 救急救命士が挿管できなかったために気管切開を行ったのか
 3. 麻酔科医が最終的に気道管理したのに、気管チューブが何故食道に残留していたのか
 4. 麻酔科医は本当に「ヘビースモーカーだから挿管が難しかった」と述べたのか

 麻酔科医なら誰しも疑問に思うところであろう。

 1. SpO2モニタは装備されていなかったのか
 正直、麻酔管理に必須のモニタとは思わない。だがSpO2モニタは安全管理のために用意すべきと思うし、重症患者の麻酔にはあるべきと思う。複数科の手術を行っている病院で、今時これがないなんて考えにくい。
 麻酔科医なら、遅くともSpO2が低下した時点で挿管の失敗に気付くだろう。そしてその時点で処置を行えば、通常なら致死的合併症はまず起きないと思われる。

 2. 救急救命士が挿管できなかったために気管切開を行ったのか
 記事では、30秒で挿管が完遂できなかったのが問題であるかのように書いてある。しかし、これは有り得ない。30秒の無呼吸により、健康な成人男性の酸素化が悪化することは有り得ない。しかも、全身麻酔時にはpre-oxygenizationが行われている筈である。緊急気管切開や輪状甲状間膜切開の適応にはならない。
 はっきり言って、救急救命士の気管挿管を信頼している麻酔科医は皆無である。というより、他人の処置を絶対的に信頼してしまう麻酔科医はそれだけで麻酔科医失格である(安全管理者の意味で)。救急救命士が挿管できないことなど織り込み済みの対応をしていると思われる。救急救命士の挿管操作の試行は2回までと定められている。そのため通常は大きな合併症は起きない。仮に声門周囲に出血したとしても、マスク換気は可能なのではないか。
 マスク換気すら困難なほどに声門周囲の浮腫を生じてしまったのならば、緊急気管切開の対象であるが。

 3. 麻酔科医が最終的に気道管理したのに、気管チューブが何故食道に残留していたのか
 輪状甲状間膜切開であれば、ものの10分も(あえて長めに書いても)あれば完遂できる筈だ。気道確保困難の際に、定型的な気管切開を行うことはないと思う。マスク換気が少しでも可能で、その間に輪状甲状間膜切開が行えたならば、致死的経過にはならないように思う。声門の完全閉塞なら、条件は厳しいかも知れない。
 いずれにしても、経皮的な気道アプローチになったにも関わらず気管チューブが食道に残留していたのは何故だろうか。(証拠隠滅という意味ではなく)麻酔科医なら、そんな不要で危険なものは抜去してしまうように思う。

 4. 麻酔科医は本当に「ヘビースモーカーだから挿管が難しかった」と述べたのか
 これは、仮にも麻酔科医なら絶対にこんな発言は有り得ないと断言できる。ヘビースモーカーだからと言って、口腔・咽頭・喉頭の解剖学的構造が変化する訳ではない。
 どんなに動転していたとしても、こんなことを麻酔科医は言わない。

 何かがおかしい。
 ニュース記事は正確に伝わっているのだろうか?
 ただ、患者が死亡したのは紛れもない事実。
 残念なことである。

ーーー以下は記事の引用ーーーーーーーーーー産経新聞ーーー
 大阪府羽曳野市の医療法人・春秋会城山病院で10月、麻酔医らが男性患者(56)の左手首の手術で全身麻酔した際、気道を確保するためのチューブを誤って食道に挿入し、患者が窒息死していたことが20日、病院関係者らへの取材で分かった。病院側は医療行為に問題があったと判断し、警察に通報。羽曳野署は、医師らが注意義務を怠った可能性があるとして、業務上過失致死の疑いで関係者から事情を聴いている。
 関係者によると、男性は9月上旬、勤務先の羽曳野市内の工場で作業中、包丁で左手親指の付け根部分を誤って切り、屈筋腱(くっきんけん)と神経を断裂。職場近くの病院で皮膚の縫合手術を受けたが、その後指が曲がらなくなり、10月13日に城山病院に転院。病院は同16日に神経の縫合手術を実施した。
 手術は16日午後1時半ごろから始まり、麻酔医や整形外科医、実習中の救命士ら6人が担当。神経縫合に時間がかかることなどから伝達麻酔ではなく、全身麻酔で対応することを決め、患者の同意を得ていた。
 患者の口から気管にチューブを挿入しやすくするため、麻酔医らが筋弛緩(しかん)剤を投与。麻酔医指導のもと、最初は救命士が挿管を試みたが、30秒以上たっても挿管できず、患者に酸素が送れていないことが判明。交代した麻酔医が、のどを切開するなどして応急処置を施したが、体内の酸素濃度が著しく低下し、約3時間後に死亡が確認された。
 病院側は死亡後、遺族に経緯を説明。府警と保健所にも通報した。捜査関係者によると、司法解剖の結果、死因は窒息死で、患者の食道内にはチューブが残り、約25分間無酸素状態になっていたことが分かった。
 担当した麻酔医は羽曳野署の事情聴取に「患者は首が太く、ヘビースモーカーだったこともあり、通常より気管挿管が難しかった」と話したという。羽曳野署は、麻酔医らが十分な注意を怠り、漫然と気管挿管を実施したことが死亡につながったとみている。
 福本仁志院長は産経新聞の取材に「極めて残念なことであり、ご冥福(めいふく)をお祈りする。捜査には全面的に協力し、再発防止に努めたい」とコメントした。

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