ふるやの森

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【12・16不正選挙】菅→野田民主党政権と阿部自民党政権を結ぶ黒い線が見えてきた

2013-02-04 07:39:09 | 脱原発!国民の生活が第一!

2009年の民主党政権交代の後に続いた鳩山・小沢はずしと菅ー野田ラインへの転換がアメリカに巣食う闇の勢力の指示によって実行された経過をウイキリークスが暴露した。

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ウィキリークスが暴露!小沢氏は米国の要求を拒否!米国は小沢一郎のせん滅を決定!日本の裏に米国(正しい情報を探すブログ)

告発サイト「ウィキリークス」が最近公開した米外交公電の中に、「東京発」として2010年2月、当時の前原誠司国土交通・沖縄および北方対策担当相とキャンベル米国務次官補らの会談内容が含まれていた。

そこには前原氏が、当時民主党幹事長だった小沢一郎氏の名を挙げて、「相手によって発言内容を変える」とキャンベル氏に注意を促していたと書かれていた。懸案となっていた沖縄の普天間基地移設問題についても、かなり踏み込んだ内容に及んでいた。
:引用終了


米が望んだ菅首相? 漏えい公電“お墨付き”裏付け(東京新聞)テキスト正確、pdf有り完全版

漏えい公電“お墨付き”裏付け、米国は国益独自外交の鳩山-小沢を嫌い、隷米・媚米菅直人・岡田を望んだ。
 (雑談日記(徒然なるままに、。))

 以下、「東京新聞、2011年1月20日朝刊、こちら特報部」のテキスト完全版です。阿修羅に載っていたのは誤字や、前のカギ括弧( 「 )が漏れていたり、最後のデスクメモがなかったりでした。

 なお、記事中の小沢氏と鳩山氏の向かい合う写真を見て胸がつまりました。あらためてもっとハッキリした写真を見たくなり、なんとか記事を写真と共に採録出来ましたので後ろでご紹介しておきます。

※この「こちら特報部」の記事をスキャンしてからpdfにしました。

米が望んだ菅首相? 漏えい公電“お墨付き”裏付け(東京新聞、2011年1月20日朝刊、こちら特報部)

 きょう「外交大方針」演説

 菅直人首相はきょう二十日、異例の外交政策に絞った演説を行い、「外交の大方針」を表明する。日米同盟を基軸としたアジア外交の新展開などが語られるとみられ、米国追従は、いよいよ鮮明となる。普天間飛行場移設、TPP(環太平洋連携協定)などの諸問題を一気に乗り切る構えだが、米国のお墨付きを得て政権浮揚を図るつもりなら、それは国益にかなうといえるのか。(鈴木伸幸、小国智宏)

 「戦後最も親米的」とさえいわれる菅政権は、どのように誕生したのか。経緯は、昨年末に内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」が公開した米外交公文書に垣間見ることができる。

 昨年二月三日、ソウルでキャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は韓国青瓦台(大統領府)の金星煥(キム ソンファン)外交安保首席秘書官(現外交通商相)と面会した。その会談内容について要約し、在韓米大使館から本国へ送られた公電に、こんな記載がある。

「両者(キャンベル、金)は、民主党と自民は『全く異なる』という認識で一致。北朝鮮との交渉で民主党が米韓と協調する重要性も確認した。また、金氏が北朝鮮が『複数のチャンネル』で民主党と接触していることは明らかと説明。キャンベル氏は、岡田克也外相と菅直人財務相と直接、話し合うことの重要性を指摘した」

 この公電の意味を読み解くポイントは、米国が交渉の相手として当時の鳩山由紀夫首相ではなく、岡田、菅両氏を名指ししたことにある。

 鳩山氏は、一昨年夏の総選挙前に、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で「最低でも県外」と主張した。政権交代後に交渉に乗り出したが、米政府が猛反発し鳩山政権は迷走を始める。公電が打たれたのは、そんな時期と重なる。

:引用終了


東京地検吉田検事2010.2.1強制起訴断言の怪
引用:(植草一秀の『知られざる真実』)

2009年3月3日の小沢一郎議員公設第一秘書大久保隆規氏逮捕で、小沢一郎氏攻撃は新たな段階に突入した。

小沢氏攻撃は「工作活動の時代」から、ついに「政治謀略犯罪の時代」に移行したのである。

2009年3月3日以降、「三つの謀略事件」が展開された。


1.西松事件(2009年3月3日大久保隆規氏逮捕)

2.陸山会山会事件(2010年1月15日石川知裕氏ら逮捕)

3.小沢氏起訴事件(2010年9月14日東京第五検察審査会起訴議決)

である。

このすべてが、完全なる「政治謀略」であり「冤罪事案」である。

政治的な危険人物は巨大な国家権力によって犯罪者に仕立て上げられる。

三つの事案を「平成の三大謀略事件」と呼ぶべきだろう。


その本質は、小沢一郎氏を標的とする

「人物破壊工作」=Character Assassination

である。

西松事件とは、未来産業研究会と新政治問題研究会という二つの政治団体からの政治献金を小沢氏の資金管理団体が事実通りに収支報告書に記載したことが、「虚偽記載」だとして摘発されたものである。

「陸山会事件」は、2004年10月から2005年1月にかけての小沢氏資金管理団体による世田谷不動産取得が2005年の収支報告書に記載されたことが、やはり虚偽記載であるとして摘発されたものである。


この事案の法廷証言では、会計学、商法の専門家が、2005年収支報告書への記載が適正であるとの専門家意見を示した。

これを刑事事件として立件することには明らかな無理がある。

極めつけは小沢氏起訴事件である。

検察は捜査報告書をねつ造するという史上空前の巨大犯罪に手を染めて、人為的に小沢一郎氏を刑事被告人に仕立て上げた。


2009年5月11日に小沢一郎氏は民主党代表を辞することを表明した。利権複合体はこの時点で民主党代表を岡田克也氏に差し替えることを画策したが、これを小沢一郎氏が阻止した。鳩山由紀夫幹事長が新代表に就任した。

小沢代表が辞任理由を「引責辞任」とせず、選挙妨害を避けるため、筋を曲げて辞任することを明示したため、幹事長の鳩山由紀夫氏が民主党代表に就任できたのである。

そして、2009年8月30日の総選挙を経て、ついに日本の歴史上初めて、民衆の民衆による民衆のための政権が樹立されたのである。


ところが、この新政権は米官業利権複合体の激しい攻撃を受けて、わずか8ヵ月で破壊された。

新政権が破壊された理由は、この新政権が日本の政治構造の刷新を目指したからである。

具体的に言えば、


1.米国による支配の打破

普天間飛行場の県外・国外移設方針提示

2.官僚支配構造の打破

「シロアリ退治なき消費税増税」阻止を公約化

3.大資本による政治支配打破

企業団体献金全面禁止の公約化

 

を掲げたことが、利権複合体の総攻撃を呼んだ直接の原因だった。

日本を支配する米国の視点から見れば、小沢-鳩山ラインは二つの意味で米国の「虎の尾」を踏んだと言える。


ひとつは、普天間の辺野古移設に反対し、「米軍の常時駐留なき安保」が提示されたこと。

いまひとつは、鳩山首相が東アジア共同体構想を唱え、2009年12月10日から13日にかけて小沢一郎氏を団長とする民主党議員143名による大訪中団が中国を訪問したこと。

米国は2010年2月2日にカート・キャンベル国務次官補を日本に派遣し、小沢一郎氏に最後通牒した。

小沢一郎氏は米国の要求を呑まず、米国は小沢-鳩山ラインせん滅を決定した。このことをウィキリークスが暴露した。
この2010年1月から5月にかけて、巨大な謀略が本格稼働していたことが浮かび上がる。

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植草氏は民主党代表選で不正選挙が行われた経過をこう暴露している。

「株式会社ムサシ」と民主代表選をつなぐ点と線(3)

2010年民主党代表選はものごとの正しい筋道で考えれば小沢一郎氏が選出され、小沢一郎内閣総理大臣を誕生させるものであった。この代表戦で巨大な不正が実行された疑いは濃厚である。


その経緯は拙著『日本の独立』(飛鳥新社)第28章「菅直人対小沢一郎全面戦争」 

http://goo.gl/DDZ9Kに記述した。


不正選挙疑惑の柱は三つ。


1.メディアが激しい小沢一郎氏攻撃を展開したこと


2.9月14日の検察審査会情報が悪用されたこと


3.党員・サポーター投票が改竄されたこと


である。


今回総選挙でも、


1.メディアによる「生活」隠し、「未来」隠しが公然と行われた。


2.「馬の骨」と言うべき政治勢力がメディア総動員で大宣伝された。


3.選挙結果に極めて不自然な点が多く存在する。


の三つの特徴を見出すことができる。

2010年民主代表選で公表された党員・サポーター投票結果は次の通りだった。


小沢一郎氏  90194票= 51ポイント 
菅直人氏  137998票=249ポイント


党員・サポーター有権者数は 342,493人だったが、
有効投票数は        229,030票
両者の差である       113,463票
が棄権票または無効投票だったことになる。


2012年9月21日に実施された民主党代表選での党員・サポーター投票結果は次の通り。

 

党員・サポーター有権者数は 326,974人
有効投票数         107,075票
棄権または無効投票が    219,899票

野田佳彦氏が獲得した得票は  70,265票


にすぎなかった。


2010年選挙での不正疑惑の中心は党員・サポーター票から小沢一郎氏票を選別してその一部を廃棄したのではないかというものである。


2010年代表選での小沢氏獲得票と棄権票の合計は203,657票。


これと2012年選挙での棄権または無効投票219,899票が重なって見える。


2010年代表選で本当は、党員・サポーター投票では小沢氏が圧勝していた可能性が高いと思われる。

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2012年12月16日に実行された日本政治史上初めての大がかりな不正選挙は、すでに2010年の民主党代表選とそれに続く地方選挙で準備と地ならしが行われていたのである!

 

 



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