京都童心の会

ほっこりあそぼ 京都洛西の俳句の会
代表 金澤 ひろあき
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『闘牛』的世界の中にいて

2023-12-15 07:54:40 | 俳句
『闘牛』的世界の中にいて
        金澤ひろあき
 舞台は大阪。見込みのないお祭り騒ぎに金と労力をつぎ込んでゆくニヒリズム。
 今、話題の大阪万博のことではない。昭和の中頃に書かれた井上靖の小説『闘牛』である。
敗戦後の山積みの問題を避けるかのように、刹那的お祭り=闘牛の企画に熱中してゆく。
コロナ流行下で強行した東京オリンピックは、正直不発だった。しかもその裏で、利潤がらみの不正があったことが明らかになっている。巨額の税金(払っているのは私達だ)が注ぎこまれ、利潤は一部の人間に集中する。大半の人には還元されない。それを「経済効果」という数値で取り繕う。小説の中の「闘牛」は結果的に失敗するのだが、日本は「闘牛」的な道を令和になっても選び続けているようだ。国民の大半は気づいているにも関わらず。
「主流」NO、653より
  家のまえ歩道ができた世が変わる   田中陽
 生活者が実感する経済効果は、お祭り騒ぎではなく、この句のようにもっと地道だ。歩道ができ、事故の心配がなくなる。三食十分な食事ができない子供達の不安を取り去り、生活を助けるなど。万博追加経費と言われる八百億円があれば、できることは多いはずだ。
  無職十五年軽い靴しか履きません   鈴木和枝
 一回退職した後も働き続けている私には、まだ書けない心境だ。私の父の世代に比べ、老後がだんだん貧しくなっているような気がする。私の同世代も口々にそう言う。まだ「重い靴」を履く日が続きそうだ。
 私より若い世代は、どうなるのだろう。
  伝説になりたがっている反戦歌    とくぐいち
 反戦歌という語から、「いちご白書」や、ビートルズ、ジョン・レノンを想った。
しかし、これらは「伝説になっている」。「なりたがっている」のところに、意を込めているのかな。表現のお上手コンクールになっている現代の詩歌に真の反戦歌はないと言いたいのかな。
  節ふれた指に来し方が詰まっている七十六年の 田旗光
 「人は目を見れば分かる」という。しかし、真剣にやれば、目は人を欺ける。例えば、俳優・女優はドラマで、目も別人格になる演技力を持っている。しかし、手や指はそうはいかない。如実にその人が出る。私は人に会った時、手や指を見るようにしている。節くれた指は、苦労し、働き、ものを作った愛しさがあるのだろう。
  「大丈夫」に騙されようかみくじは凶   増田葉子
不安な時代ほど、何かに頼りたくなる。みくじは平安時代の高僧が考案したそうだが、不安解消法の一つなのだろう。不安な現代社会を何とか生き抜いて行きたいと思っている私の心に、この一句が届いた。これもおみくじの文言のようでもある。