風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

アンドラーシュ・シフ ピアノリサイタル @東京オペラシティ(3月21日)

2017-03-25 04:19:48 | クラシック音楽



モーツァルト、ベートーヴェン、ハイドン、シューベルトの「最後から2番目のソナタ」(21日)と「最後のソナタ」(23日)を演奏するという今回のリサイタル。これに「最後から3番目のソナタ」(今回の来日ではなし)を加えて、シフが数年前から取り組んでいるシリーズだそうです。
私は演奏会以外では殆どクラシックを聴かないため(だから全然知識が増えない)、シフの演奏も録音で数曲聴いたことがあるだけでした。
最初はその外見から勝手に穏やか~なイメージを抱いていたのでありましたが、先日、公演のホームページを覗いてギョッ

『3/21(火)と3/23(木)に東京オペラシティ コンサートホールで行われます、アンドラーシュ・シフ ピアノリサイタル「The Last Sonatas」につきまして、既に3月21日(火)の公演は、演奏者本人の強い希望により休憩がない旨、チラシや情報誌等でご案内しておりましたが、3月23日(木)の公演もまた、本人の強い希望により演奏曲順を変更し、また、休憩をとらずに公演を行うこととなりました。こうした曲順で続けて演奏されることで、さらなる充実した時間と空間が生まれることをスタッフ一同も確信しておりますが、お客様にはご苦労、ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。』

・・・・・・・・・・・・・・がびーん・・・・・・・・・・・・・・。
ワタクシ・・・、必要があろうとなかろうと、休憩時間には必ずトイレに行っておくタイプの客なのに・・・・・・・・・
シフさんってば意外にメンドクサイこだわりの強いピアニストでいらしたのね・・・。
正直、これほど事前の緊張感を強いられたリサイタルは初めてでございました・・・(結果的には問題なかったけど)。
海外のレビューで知りましたが、シフは数年前には客の咳でアンコールを途中でやめたこともあるそうで。そのときシフは「このアンコールは私からあなたたちへのギフトなのです」と説明したそうで、あなたたちはその気持ちに咳で応えるのか、と言いたかったのだろうとそのレビュアーは書いていました。そして次に同じ会場で行われたリサイタルでは、ただの一つの咳も起こらなかったそうです。クシャミと違って咳はハンカチを口に当てれば音を防げるのに演奏中にそういう気遣いをしない客が多すぎると私も感じるので特に厳しい要求だとは思わないけれど、シフのリサイタルはそういう風に客にマナーが要求されている空気が常に存在しているので、正直すこし気疲れしてしまいました
でもそれだけ音楽に真摯に向き合っているからだと思うので、私はそういうのキライではないです。トイレ休憩なしは辛いけど笑。

以下、感想~。

【モーツァルト: ピアノ・ソナタ第17(16)番 変ロ長調 K.570】
演奏が始まる前の会場のあまりの静寂に吐きそうになりました。冗談じゃなく真空の中にいるみたいだった。
演奏が始まってすぐにはっとしたのが、ピアノの音色の美しさでした。今まで聴いたことのないタイプの音。

私は子供の頃から全ての楽器の中でピアノの音が一番好きで、人類が発明した全ての楽器の中で最も素晴らしい発明はモダンピアノはではないかと本気で思っているほどで、バッハやモーツァルトをこの楽器で聴けることは現代の私達が受けている最大の幸福ではないかと思っている人間なのです。昔ザルツブルクでモーツァルトのフォルテピアノで弾かれたCDを買って聴いて「なんじゃこりゃ!」と衝撃を受けて以来、この思いは更に強くなりました(今ではその良さも少しわかるようになりましたが)。このCDが25年前のシフ夫妻による演奏であったことは先程知りました

話をリサイタルに戻して。
この音色がシフの弾き方によるものなのか、ベーゼンドルファー(←今回初めて知った。世界三大ピアノと呼ばれているそうですね。今回の日本ツアーでシフが使用しているのは280VCという最新モデルとのこと)によるものなのか、たぶんその両方だと思いますが、とにかくものすごく好みな音
派手さや鋭さはないけど、素朴さ、深みに華やかさや艶やかさまで兼ね備えているところがスゴイ。そして音色の多彩さ。低音は良い意味で太くガリガリ響いて、中間音は丸っこい温か味があって(あるいは半透明の水の玉のような感じで)、高音の煌めきはスタインウェイがクリスタルならこちらは氷。
みんなもっとベーゼンドルファー使えばいいのにと思うのだけど、全体にまろやかな音なので協奏曲とかではオケに埋もれてしまったりするのだろうか。

ただ演奏それ自体については、シフの個性に慣れるのに少し時間がかかってしまった。。。シフの演奏って「知的に考え抜かれた解釈を完璧なコントロールで弾いている、成熟した大人の演奏」という感じで。たとえばペライアの演奏を聴いていると、私よりずっと年上のはずなのに青年か少年のように感じるときがあるのだけれど、シフにはそういう感じはあまりない。そんな、感情の発露ではなく極上の情景や物語を聴いているような、楽譜そのものが語っているように聴こえる感じは、私が今まで聴いた中では光子さんが一番近いような気がする。
結局この一曲目は、ピアノの音色に感動して、シフの個性に戸惑っているうちに終わってしまったのでありました・・・。

【ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 op.110】
この日の4曲の中で私が一番心動かされたのが、この曲でした。
シフの演奏を生で聴いて意外だったのが、先ほども書いたけれど、よく歌っている、語っていること。目の前の情景が物語が進むに連れて次々移り変わっていく感じは、クラシック音楽を聴いているというよりも、まるで映画を見ているよう。この曲ってこういうストーリーだったのかと改めて気づかせてくれる感じで。なのに説明的に感じさせないのが、このヒトのすごいところだと思う。
そしてベーゼンドルファーって単音でポロン、ポロンと弾かれるとき、ちょっとぞくっとするほど美しい音が出る。3楽章の「嘆きの歌」のところ、3階席の目の前の空間に真っ暗な闇の中ぽつぽつと煌めく星空が見えて、それを少年がただ一人ぽつんと孤独に見上げているような、そんな風景が見えて、うっとりしてしまった。あまり好きな映画ではないけど『不滅の恋/ベートーヴェン』のあの1シーンのようだった(※劇中のペライアの演奏はもちろん好きです)。暗闇で孤独なのに、とてつもなく美しくて。シフの指から紡がれる弱音がもうたまらない。それが次第に元気を取り戻して、輝かしく高らかなクライマックスへと力強く向かうあの多幸感・・・ シフのベートーヴェンって録音でも聴いたことなかったのですが、いいですねえ!

【ハイドン: ピアノ・ソナタ ニ長調 Hob.XVI:51】
5分程度の短い曲だけど、楽しかった♪ 
重い2曲の間で気分転換できる感じで、曲順もグッドでした。

【シューベルト: ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D959】
―― 変ロ長調のソナタは「シューベルトの最後の言葉」で、深い意味を持つ作品だと考えられていますよね。

S: それは誤解なのです。シューベルトは人生の最後に3つのソナタを書きましたが、順序をつけていません。楽譜商がハ短調、イ長調、変ロ長調という順番で発表したのです。私はこのソナタ3部作は同時に書かれた作品だと考えています。もしも順序をつける必要があるなら、最初のハ短調に呼応して最後は輝きに満ちたイ長調で終わった方が、シューベルト最後の創作にふさわしいと思います。

―― シューベルトは晩年のピアノ・ソナタで何を語りたかったのでしょうか? これは「遺言」だったのでしょうか? それとも「希望」だったのでしょうか?

S: 両方でしょう。変ロ長調のソナタの第2楽章は寂寞とした死灰のようです。しかし、死灰の中から新たな魂が生まれ、第3楽章では永遠に不滅の精神世界を謳い上げています。イ長調のソナタもそうです。それがシューベルトの音楽の奇跡なのです。イ長調のソナタ(D959)が変ロ長調(D960)のソナタより優れていると思うのは、3つの美しく精彩を放つ楽章を経て、さらに第4楽章で人間のあらゆる感情を生き生きと描き出しているからです。最初は素朴な民謡のようなメロディーで始まり、オーケストラを思わせる輝かしく壮大な讃歌に発展していきます。作品の構造的にも、情感という意味でも、まさに神の技としか言いようがありません。
 この晩年のソナタ3部作は偉大な創作です。ハ短調のソナタ(D958)の仄暗く恐ろしい雰囲気は、一度聴いただけで誰もが忘れることはできないでしょう。人間の心の奥底に潜む暗い影を描き出していると思います。この3部作以外に、ト長調のソナタ(D894)も素晴らしいと思います。この作品も、得難い傑作ですね。
インタビュー@Kajimoto)

ハイドンから間を置かずに(客に拍手する間を与えずに)シューベルトに入る流れ、とってもよかった。シューベルトが死の前年に病を押して徒歩でハイドンの墓を訪れたというエピソードを思い出して、ちょっとホロリとしてしまいました。
この曲もベートヴェンと同じく1楽章から4楽章に向かって「この曲ってこういうストーリーだったのだなぁ」と再発見させてもらえた、そんな演奏でした。シフは曲全体に一貫したストーリーを見せてくれるのね。ああ、このフレーズにはこんな意味があったのかと新しい面を教えてももらった(まぁそれも一つの解釈に過ぎないのはわかっていますが)。
このピアノの素朴な音色も曲にとてもよく合っていて、深刻になりすぎない演奏も好みでした。
ただシフの演奏は最初から最後までコントロールされてる感が決して崩れないので、それがベートーヴェンでは気にならなかったのだけど、この曲では気になってしまったんです。1~3楽章は良かったのだけれど(特に2楽章から3楽章へ移るところは思い出してもゾクゾクします)、それを一番感じたのが最終楽章。そういう意味で個人的には、死ぬ前に人生のおもちゃ箱をひっくり返してしまったようなツィメルマンの20番の方が私は好きでした。あとツィメさんのときに見えたあの最後の黄金色の光は、ベーゼンドルファーでは難しいのかもしれない。あれは平均律を崩していた(と噂の)ツィメさん改造のスタインウェイならではだったのかも。。

~アンコール~
シフがアンコール好きで有名だということを知らなかったので、曲数に驚きました
客からのおねだりというよりも、ご本人も楽しんでいるように見えたナ。客電もつかなかったですし。
63歳ですよね。タフなお人だ。。。

【シューベルト: 3つのピアノ曲 D946(遺作)から 第2曲】
いいねえ、いいねえ、歌ってますねえ~ 薫るようなお花が見えた
この曲は知らなかったのですが、シューベルトぽいなぁと思ったらシューベルトでした。
華やかだけど郷愁のようなものも感じられて、本当に素敵だった。シフのこういう演奏、すごく好きです。クサさがないのにロマンティックなんだもの。

【J.S.バッハ: イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971(全曲)】
シフのバッハ聴きたかったからすごく嬉しかった(ええ、ミーハーです)
この曲も知らなくて、曲調からバッハだろうとはわかりましたが、同じ曲の1楽章~3楽章まで全曲弾いてくださっていたとは、帰宅してからネット情報で知りました(1楽章と2~3楽章の間で一旦奥に引っ込まれたので、違う曲なのかと思っていた)。
いやぁ、素晴らしかったですね~~~。興奮しました~~~。子供の頃はバッハの良さってよくわからなかったけど、こういう演奏を聴くとすごくよくわかる。
終わった後はすごい拍手とブラボーでしたね。指笛も。客席大喜び^^ シフさん好かれてるんだなぁ。

【ベートーヴェン: 6つのバガテル op.126から 第4曲】
これも誰の曲か知らなかったのだけれど、先ほどベートーヴェンで見えたあの星がまた見えるなあと思っていたら、本当にベートーヴェンでした。シフは前回の来日でこれを弾いているんですね。これもよかったなぁ。かっこよかった

【モーツァルト: ピアノ・ソナタ第16(15)番 ハ長調 K.545から 第1楽章】
【シューベルト: 楽興の時 D780から 第3番】
この二曲はさすがに知っていました。モーツァルトは昔弾いた、シフとは完全別物な音で(後半のリピート部分の変化は楽譜にあったっけ?シフのアレンジ?素敵だった♪)。こういう軽めの曲をシフのようなピアニストの演奏で聴けるのもアンコールの醍醐味ですよね。

続いて6曲目・・・と思わせて、蓋を閉じて「もうおしまい」とニッコリお茶目に終わり
19時開演、21:20終了。

※23日の感想はこちら

※アンドラーシュ・シフ、来日を前に4人の作曲家の晩年を語る Vol.1 ―― モーツァルト、シューベルト
※アンドラーシュ・シフ、来日を前に4人の作曲家の晩年を語る Vol.2―― ハイドン
※アンドラーシュ・シフ、来日を前に4人の作曲家の晩年を語る Vol.3―― ベートーヴェン



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