風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

音楽と政治について考えてみる 3

2022-03-13 02:17:31 | クラシック音楽

ロシアの若手ピアニスト、アレクサンダー・マロフェーエフ(Alexander Malofeev)が、8月にバンクーバーで予定されていたリサイタルに続き、今月9,10,13日に予定されていたモントリオール響との演奏会もキャンセルになったというニュースを読みました。マロフェーエフは既にモントリオールに到着していたそうです。
この決定はウクライナ人コミュニティからの要請に従ったものだそうで(電子メールを使用したキャンセル要請キャンペーンが行われたとのこと)、当初モントリオール響は彼がウクライナ侵攻に反対する声明を出していることを理由に要請を拒否したそうですが、最終的にピアニストの現段階での演奏は不適切であると判断したそうです(Montreal Gazette)。ウクライナ人コミュニティ曰く「ピアニストの戦争に対する態度は問題ではない。ロシア文化が宣伝されるということが問題なのだ」と(CJAD)。また配偶者の家族がウクライナにいる等の一部の楽団員から「彼との演奏を拒否する」旨の申し出もあったそうです(CBC)。
これは先日のカーネギーホールのキャンセルの流れと似ていますね。当初カーネギーホールの芸術監督Clive Gillinsonとウィーンフィルの事務局長Daniel Froschauer は「音楽と政治は別である」としてゲルギエフ指揮の演奏会の開催を目指しましたが、ウクライナ人抗議団体による圧力が増し(こちらはSNSのハッシュタグを使用したキャンセル要請キャンペーンが大々的に行われたそうです)、最終的にキャンセルになったとのこと(The Washington Post)。

以下は、バンクーバーのキャンセル決定後の今月7日にマロフェーエフがfacebookに投稿した文章です。和訳は私によるものなので、誤りがあったらご容赦ください…。原文も載せておきます。

いま起きているあらゆることを見るのは、私にとって非常に辛いことです。私はロシアや世界中でこれほど多くの憎しみがあらゆる方向へ向かっているのを見たことがありません。私がこの数日個人的に連絡を取り合っている人々の殆どは、ただ一つの感情、恐怖に導かれています。
私は今、記者達から声明を出すことを求められています。それは私にとって非常に心地の悪いことであり、またその声明がロシアの家族に与えうる影響についても考えます。
ロシアの文化と音楽が現在進行している悲劇によって傷つけられるべきではないと私は今でも信じていますが、今は切り離すことは不可能です。
正直なところ、今私ができることは、祈り、涙を流すことだけです。
明白な結論はあるように思われます:戦争によって問題を解決することはできず、国籍によって人を判断することはできないということです。しかしなぜ、たった数日のうちに、全世界は、全ての人が恐れと憎しみのどちらかを選択するというような状態に逆戻りしてしまったのでしょうか。
私は私の問題が、ウクライナに住む私の親戚を含むウクライナの人々の問題と比べ、重要でないことを理解しています。今最も重要なことは、流血を止めることです。私が知っているのは、憎しみの広がりは何の助けにもならず、より多くの苦しみを引き起こすだけだということだけです。

It is very painful for me to see everything that is happening. I have never seen so much hatred going in all directions, in Russia and around the world. Most of the people with whom I have personally communicated these days are guided by only one feeling - fear.
I am contacted by journalists now who want me to make statements. I feel very uncomfortable about this and also think that it can affect my family in Russia.
I still believe Russian culture and music specifically should not be tarnished by the ongoing tragedy, though it is impossible to stay aside now.
Honestly, the only thing I can do now is to pray and cry.
It would seem that there are obvious conclusions: no problem can be solved by war, people cannot be judged by their nationality. But why, in a few days, has the whole world rolled back into a state where every person has a choice between fear and hatred?
I do understand that my problems are very insignificant compared to those of people in Ukraine, including my relatives who live there. The most important thing now is to stop the blood. All I know is that the spread of hatred will not help in any way, but only cause more suffering.

そしてモントリオール響との演奏会がキャンセルになった9日には、「(演奏会を楽しみにしてくださっていた)聴衆の皆様に心からお詫び申し上げます」というメッセージを投稿しています。
若干20歳の彼がこんな言葉を書かなければならない今の世の中が、ただただ悲しいです。
モントリオール響は、今回の演奏会はキャンセルになったが"We continue, however, to believe in the importance of maintaining relationships with artists of all nationalities who embrace messages of peace and hope. We look forward to welcoming this exceptional artist when the context allows it."と言葉を添えています。

カナダという一つの国の中でも意見は様々のようで、モントリオール大学の歴史学の名誉教授Yakov Rabkinは、ロシア人音楽家のボイコットには反対だと言います。
「それで誰かが助かるとは思いません。ただロシア人に対する憎しみを生み出すだけです。それで何かが変わるとは思いません。ロシアの国民に対して逆効果をもたらすだけです」。
一方でカナダ芸術評議会の会長Simon Braultは、ウクライナで起きている残虐行為に対する答えとして文化的制裁は必要だと言います。
「プーチンを支持していないロシア人アーティスト達にとって不運であることは確かですが、本当の犠牲者は我々の舞台にではなく、ウクライナにいるのです。ロシアやベラルーシが関与する芸術活動にカナダの公的資金が使われないようにすることが不可欠です。それは芸術はバブルの中で守られているわけではないという警告になります」
Montreal Gazette, Mar 09, 2022)

そんな中、ニューヨーク州のバッファローフィルハーモニー管弦楽団は5日、予定どおりマロフェーエフとの演奏会を行いました。オーケストラのコメントは、以下のとおり。
「我々は、ウクライナで起きている紛争の重大さを認識しています。我々は、音楽には世界中の人々に慰めと平和と団結をもたらす力があると信じています。苦しんでいる全ての人々を支援するため、今回の公演をウクライナの国歌の演奏で始めます」
the Buffalo Philharmonic Orchestra)。
ウクライナ国歌で始まる演奏会で弾くことが彼や彼の家族に危険を及ぼさないのだろうか…と心配になりますが、多くのロシア人アーティスト達が現在そのような状況下で活動をしているのでしょう。

なおマロフェーエフのリサイタルをキャンセルしたVancouver Recital Societyは、今春のキーシンのリサイタルは予定どおりに行うそうです。キーシンはウクライナ侵攻を「犯罪」と呼び、明確に非難する声明を出しているためです。家族とモスクワに住むマロフェーエフとは異なり、キーシンは何年も前にロシアを去っており、イギリスとイスラエルの市民権も持っています。キーシンと同じ行動を全てのロシア人音楽家達に求めるのは酷でしょう。キーシン自身も「過去に明確にプーチンを支持してきた音楽家に声明を要求するのは当然のことだが、そうではない音楽家に声明を要求すべきだとは思わない」と言っています。

先ほどyoutubeで、こんな映像を見つけました↓
昨年9月にジョージアで開催されたTsinandali Festivalの映像です。上は食事会の様子ですかね。世界中の錚々たる顔ぶれの音楽家達が、年齢も国籍も超えて笑顔で同じテーブルを囲んでいます。マロフェーエフと真央君はお隣の席。このほんの数か月後に世界の音楽界が真っ二つに分断されてしまうとは、誰が想像したろう(プーチンは想像したかもしれないが)。
ゲルギエフにあれほど可愛がられ「マエストロいつもとてつもなく優しい。」と言っていた真央君。今どんな気持ちでいるのだろうか…。

Tsinandali Festival 2021


Tsinandali Festival 2021 I Third Edition


※追記

12日のマロフェーエフの投稿より。モントリオール響の客演指揮者マイケル・ティルソン・トーマスと。二人の初協演は中止になってしまいましたが、現地で会う時間を持つことはできたようです。アメリカ人のMTTは今回のキャンセルを受けて“I was very pleased to be working in Montreal for the first time with the extraordinary young pianist Alexander Malofeev. It is regrettable that political situations have made it impossible. I look forward to the possibility of collaborating with him in the near future,” とコメントを出していました。
ウクライナの人々はこういう時間を持つことさえできないのに、という批判もあるかもしれませんが、それもそのとおりですが、私は二人が会う時間を持ててよかったな、と感じます。MTTは脳腫瘍の診断を受けているとのこと(お酒飲んで大丈夫…?)。ご健康と、遠くなく二人の協演が叶いますように祈っています。そしてウクライナに一日も早く平和が戻りますように。

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