・ 妊産婦死亡は減少してきているが、約250人に1人の妊婦が大量出血等により生命の危機にさらされている。
・ 平成元年から平成16年の間に本邦で冒険されたすべての妊産婦死亡193例の解析:
羊水塞栓症47例(24%)、妊娠高血圧関連DIC 41例(21%)、肺血栓塞栓症25例(13%)、産道裂傷22例(11%)
・ 出血のリスク因子:帝王切開分娩、多胎分娩、前置・低置胎盤など
・ 分娩前後に輸血を必要とする妊婦は約200名に1名と推定されている。
******* 産婦人科診療ガイドライン・産科編2011
CQ316 分娩時大出血への対応は?
Answer
1. SI値と計測出血量で循環血液量不足(出血量)を評価する。(B)
SI値; shock index = 1分間の脈拍数 ÷ 収縮期血圧 mmHg
2. SI値≧1.0 あるいは経腟分娩時出血量≧1.0L(帝王切開時出血量≧2.0L)の場合には、出血原因の検索・除去に努めながら以下を行う。
1)太めの針での血管確保と十分な輸液(A)
2)輸血開始の考慮と高次施設への搬送考慮(B)
3)血圧・脈拍数・出血量・尿量の持続的観察(A)
4)SpO2モニタリング(C)
3. 上記状態からさらに出血が持続する、SI値≧1.5が頻回に認められる、産科DICスコア≧8、あるいは乏尿・末梢冷感・SpO2低下等出現の場合には出血原因の検索・除去に努めながら以下を行う。
1)「産科危機的出血」の診断(A)
2)輸血用血液到着後ただちに輸血(赤血球製剤と新鮮凍結血漿)開始(B)
3)高次施設への搬送(C)
4)産科DICスコア≧8では抗DIC製剤投与と血小板濃厚液投与も行う。(C)
4. 産科危機的出血時、あるいは出血による心停止が切迫していると判断された場合であって交差済同型血が入手困難な場合には未交差同型血、異型適合血、異型適合新鮮凍結血漿・血小板濃厚液の輸血も行える。(B)
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産科DICスコア
8点~12点:DICに進展する可能性が高い
13点以上:DIC
1. 基礎疾患
1)常位胎盤早期剥離
(1) 子宮硬直、児死亡: 5点
(2) 子宮硬直、児生存: 4点
(3) 超音波断層所見およびCTG所見における早剥の診断: 4点
2)羊水塞栓症
(1) 急性肺性心: 4点
(2) 人工換気: 3点
(3) 補助呼吸: 2点
(4) 酸素放流のみ: 1点
3)DIC型後産期出血
(1) 子宮から出血した血液または採血血液が低凝固性の場合: 4点
(2) 2000mL以上の出血(出血開始から24時間以内): 3点
(3) 1000mL以上2000mL未満の出血(出血開始から24時間以内): 1点
4)子癇:子癇発作: 4点
5)その他の基礎疾患: 1点
2. 臨床症状
1) 急性腎不全
(1) 無尿(≦5mL/時): 4点
(2) 乏尿(5<~≦20mL/時): 3点
2) 急性呼吸不全(羊水塞栓症を除く)
(1) 人工換気または時々の補助呼吸: 4点
(2) 酸素放流のみ: 1点
3) 心、肝、脳、消化管などに重篤な障害があるときはそれぞれ4点を加える。
(1) 心(ラ音または泡沫性の喀痰など): 4点
(2) 肝(可視黄疸など): 4点
(3) 脳(意識障害および痙攣など): 4点
(4) 消化管(壊死性腸炎など): 4点
4) 出血傾向
肉眼的血尿およびメレナ、紫斑、皮膚粘膜、歯肉、注射部位からの出血: 4点
5) ショック症状
(1) 脈拍≧100/分: 1点
(2) 血圧≦90mmHg(収縮期)または40%以上の低下: 1点
(3) 冷汗: 1点
(4) 蒼白: 1点
3. 検査項目
1) 血清FDP≧10μg/mL:1点
2) 血小板数≦10x104/mm3:1点
3) フィブリノゲン≦150mg/dL:1点
4) プロトロンビン時間(PT)≧15秒(≦50%)
またはヘパプラスチンテスト≦50%: 1点
5) 赤沈≦4mm/15分 または ≦15mm/時: 1点
6) 出血時間≧5分: 1点
7) その他の凝固:線溶・キニン系因子
(例:アンチトロンビン活性≦18mg/dLまたは≦60%、プレカリクレイン、α2-PI、プラスミノゲン、その他の凝固因子≦50%): 1点
注: 合算して8点以上となったら、DICとして治療を開始する。基礎疾患については該当するものを1つだけ選び、臨床症状および検査項目については該当するものすべてを選び、スコアを計算する。
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産科危機的出血への対応ガイドライン
http://www.jspnm.com/topics/data/topics100414.pdf
日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本周産期・新生児医学会、日本麻酔科学会、日本輸血・細胞治療学会 (五十音順)
2010年4月
はじめに
周産期管理の進歩により母体死亡率は著明に低下したものの、出血は依然、母体死亡の主要な原因である。生命を脅かすような分娩時あるいは分娩後の出血は妊産婦の300 人に約1 人に起こる合併症で、リスク因子には帝王切開分娩、多胎分娩、前置・低置胎盤などが挙げられる。しかし、予期せぬ大量出血もあり、また比較的少量の出血でも産科DIC を併発しやすいという特徴がある。
現在産科危機的出血に対する輸血療法の明確な指針はない。そこで、より安全な周産期管理の実現を目的に、関連5 学会として対応ガイドラインを以下に提言する。
産科危機的出血の発生を回避するとともに、発生した場合に適切に対応するためには、各施設が置かれている状況を反映させた院内マニュアルを整備し、シミュレーションをしておくことが望まれる。
産科出血の特徴
基礎疾患(常位胎盤早期剥離、妊娠高血圧症候群、子癇、羊水塞栓、癒着胎盤など)を持つ産科出血では中等量の出血でも容易にDIC を併発する。この点を考慮した産科DIC スコアは有用といえる。輸液と赤血球輸血のみの対応では希釈性の凝固因子低下となりDIC に伴う出血傾向を助長する。また、分娩では外出血量が少量でも生命の危機となる腹腔内出血・後腹膜腔出血を来たす疾患(頚管裂傷、子宮破裂など)も存在するので、計測された出血量のみにとらわれることなく、バイタルサインの異常(頻脈、低血圧、乏尿)、特にショックインデックス(SI : shock index)に留意し管理する。
分娩時出血量
分娩時出血量の90 パーセンタイルを胎児数、分娩様式別に示した。
(日本産科婦人科学会周産期委員会、253,607 分娩例、2008 年)
※帝王切開時は羊水込み。
妊婦のSI:1は約1.5 L、SI:1.5 は約2.5 L の出血量であることが推測される。
産科出血への対応
妊娠初期検査で血液型判定、不規則抗体スクリーニングを行う。
通常の分娩でも大量出血は起こり得るが、大出血が予想される前置・低置胎盤、巨大筋腫合併、多胎、癒着胎盤の可能性がある症例では高次施設での分娩、自己血貯血を考慮する。分娩時には必ず血管確保、バイタルチェックを行う。血液センターからの供給と院内の輸血体制を確認しておく。
経過中にSI が1 となった時点で一次施設では高次施設への搬送も考慮し、出血量が経腟分娩では1L、帝王切開では2 L を目安として輸血の準備を行う。同時に、弛緩出血では子宮収縮、頸管裂傷・子宮破裂では修復、前置胎盤では剥離面の止血など行う。
各種対応にも拘わらず、SI が1.5 以上、産科DIC スコアが8 点以上となれば「産科危機的出血」として直ちに輸血を開始する。一次施設であれば、高次施設への搬送が望ましい。産科危機的出血の特徴を考慮し、赤血球製剤だけではなく新鮮凍結血漿を投与し、血小板濃厚液、アルブミン、抗DIC 製剤などの投与も躊躇しない。
これらの治療によっても出血が持続し、バイタルサインの異常が持続するなら、日本麻酔科学会、日本輸血・細胞治療学会の「危機的出血への対応ガイドライン」を参照して対応する。産科的には、子宮動脈の結紮・塞栓、内腸骨動脈の結紮・塞栓、総腸骨動脈のバルーン、子宮腟上部摘出術あるいは子宮全摘術などを試みる。
但し、大量輸血時の高K 血症、肺水腫は生命の危険を伴うので留意する。
産科危機的出血への対応フローチャート
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危機的出血への対応ガイドライン
(日本麻酔学会、日本輸血・細胞治療学会、2007)
http://www.anesth.or.jp/guide/pdf/kikitekiGL2.pdf
● 輸血の実際
1)輸血の基本方針
産科出血はDICに移行しやすいので赤血球製剤だけでなく新鮮凍結血漿を投与する。妊婦は過凝固となりやすく、凝固因子の過消費が起こりやすい。したがって、過消費された凝固因子を補充する。
2)赤血球濃厚液(RCC-LR)
極端なヘモグロビン低値では組織の低酸素状態が起こる。赤血球製剤はヘモグロビン値上昇に効果がある。
たとえば体重50kgの成人(循環血液量35dL)に赤血球濃厚液1袋(400mLの血液由来)輸血すると、ヘモグロビン値は約1.6~1.7g/dL上昇する。
3)新鮮凍結血漿(FFP-LR)
新鮮凍結血漿には止血凝固因子が多量に含まれる。新鮮凍結血漿投与によりフィブリノゲン値≧100mg/dLを目指す。
血中フィブリノゲン量が70mg/dL時に、≧100mg/dLを達成するために必要な新鮮凍結血漿量は1000mL以上となる。
4)血小板濃厚液
血小板数が 2万/μL 以下の場合、肺出血等の出血が発生しやすくなるので、産科危機的出血では血小板輸血が必要となることが多い。
200mL(10単位)血小板濃厚液投与で2.5万~3万/μL 程度上昇する。
5)抗DIC薬
抗DIC薬としてはアンチトロンビン製剤を第一選択として使用することが望ましい。1500~3000単位を静脈投与する。
ウリナスタチン、FOY等の抗DIC製剤を適宜使用する。
上記治療を行っても止血ができないDICでは保険適応外ではあるが国内外で実績のあるノボセブン®の使用を考慮してもよい。初回投与量は90μg/kgを2~5分かけてゆっくり静注する。なお、産科でのノボセブン®の使用は日本産科婦人科新生児血液学会での全例登録制であることにも留意する。
DICであっても、産科危機的出血中のヘパリン使用に関して使用は勧められない。
****** 問題
産科出血について正しいのはどれか。2つ選べ。
a 出血量はヘマトクリット値の低下から正確に推定できる。
b 子宮切開既往のない前置胎盤で癒着胎盤の合併は1%以下である。
c 常位胎盤早期剥離でプロトロンビン時間、フィブリノゲン値を測定する。
d ショックインデックス(SI)1.5は出血量約2500mLに相当する。
e 大量出血時は、新鮮凍結血漿よりもアルブミン製剤を投与する。
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正解:c、d
b 前置胎盤の約5~10%が癒着胎盤を合併する。
c プロトロンビン時間≧15秒、フィブリノゲン≦150mg/dL
d 妊婦のSI:1は約1.5L、SI:1.5は約2.5Lの出血であることが推測される。
****** 問題
危機的出血における緊急輸血で正しいのはどれか。1つ選べ。
a A型では、クロスマッチを省略した赤血球輸血はA型よりもO型を用いる。
b AB型では、新鮮凍結血漿輸血は全型が適合である。
c AB型では、赤血球輸血としてA型やB型も使用できる。
d 血液型が不明の場合、新鮮凍結血しょう輸血はO型を用いる。
e 血小板濃厚液10単位投与で血小板10万/μLの上昇が期待できる。
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正解:c
b AB型では、O型の新鮮凍結血漿は投与できない。
d 血液型が不明の場合、新鮮凍結血しょう輸血はAB型を用いる。
e 200mL(10単位)血小板濃厚液投与で2.5万~3万/μL程度上昇する。