ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

総肺静脈還流異常症(TAPVC)

2011年10月09日 | 周産期医学

total anomalous pulmonary venous connection

【概念】 すべての肺静脈と左房との交通がなく、肺静脈が右房または体静脈のどこかと交通しているものをいう。肺静脈は1つ(共通肺静脈)にまとまり、または分かれたまま体静脈系と交通するが、その部位によって、上心臓型(Ⅰ型)、傍心臓型(Ⅱ型)、下心臓型(Ⅲ型)、これらの混合型に分ける。

Tapvc1

上心臓型(Ⅰ型)
①上大静脈
②心房中隔欠損
③左無名静脈
④肺静脈

【血行動態】 体静脈、肺静脈すべての血液が右房に戻ってくるため、右心系の量負荷、さらには圧負荷まで加わる。卵円孔開存または心房中隔欠損がなければ生命の維持は不可能である。

【臨床所見】 新生児期、乳児期早期の多呼吸、哺乳困難。

肺静脈狭窄のないタイプでは新生児期にはチアノーゼは出現しにくいが、早晩、心不全症状とともにチアノーゼが出現する。

肺静脈狭窄を伴う場合、チアノーゼ、心不全ともに新生児期早期から出現する。

【検査所見】
心電図 右軸偏位、左室肥大、右房肥大。
胸部X線 Ⅰ型では雪だるま陰影(snowman sign)という特徴的な所見を呈する。心拡大、肺静脈うっ血像。

Supracardiactapvc
雪だるま陰影(snowman sign)

心エコー 右心系の拡大、左房の後ろの共通肺静脈、共通肺静脈の体静脈との交通部位の確認などによって確定診断、分類まで可能。 

【治療】 緊急な外科的手術以外に治療はない。手術までの全身状態の管理が重要である。生後すぐに緊急手術が必要になることもある。外科治療は異常な肺静脈還流を左房に導く手術が行われる。

【予後】 手術が行われなければ、きわめて不良(80~90%が乳児期に死亡する)。手術をのりきって退院すれば、予後は比較的良好。ただし、約10%に肺静脈の狭窄をきたし、カテーテル治療や再手術が必要になることがあり、定期的な観察が必要である。


反復・習慣流産患者の診断と取り扱い

2011年10月09日 | 周産期医学

習慣流産(habitual abortion):連続3回以上の自然流産を繰り返した状態をいう。

臨床的に確認された妊娠の10~15%が流産となり、妊娠女性の25~50%が流産を経験している。流産の原因は多岐にわたり、染色体異常、胎児構造異常、感染症、内分泌異常、免疫異常、凝固系異常、子宮奇形などさまざまである。また、環境や薬剤、年齢、喫煙、アルコールなどによる影響も存在する。

****** 産婦人科診療ガイドライン・産科編2011

CQ204 反復・習慣流産患者の診断と取り扱いは?

Answer

1. 3回以上連続する自然流産の場合、習慣流産と診断する。(A)

2. カウンセリング等の精神的・心理的支援を行いカップルの不安をできるだけ取り除く。(B)

3. カウンセリングの際、以下の説明を加える。(C)
 「原因不明習慣流産患者において、女性の加齢や過去の流産回数によって次回妊娠が無治療で継続できる率は低下するが、平均すると60~70%といわれている。また、以下の精査を行っても約50%の症例で原因特定が困難である。」

4. 習慣流産原因検索を行う場合、以下の検査を行う。
 1)抗リン脂質抗体(ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン抗体、抗カルジオリピンβ2GP1 抗体)(A)
 2)凝固系検査(C)
 3)カップルの染色体検査(患者およびパートナーの意志および希望の確認が必要)(B)
 4)子宮形態異常検査(経腟超音波検査、子宮卵管造影、子宮鏡など)(A)
 5)内分泌学的検査など(C)

5. 習慣流産患者が抗リン脂質抗体(ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン抗体、あるいは抗カルジオリピンβ2GP1 抗体のいずれか)陽性を複数回示した場合、抗リン脂質抗体症候群と診断する。

6. 夫リンパ球免疫療法はごく限られた婦人に対して有効性が示唆されている。適応(解説参照)については十分吟味し放射線照射後に実施する。(A)

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? 6.の解説

・ 免疫療法: 習慣流産に対する夫リンパ球免疫療法ないし免疫グロブリン療法の有用性は、無作為試験においては概ね否定的であるが、夫リンパ球免疫療法に関してはごく限られた症例に対してその有用性が示唆されている。したがって、夫リンパ球免疫療法を実施する場合には、その適応について、文献を参照し、十分に検討する。また、輸血療法であることを認識し、移植片対宿主病(GVHD)予防のために夫リンパ球に必ず放射線照射を行う(日本産科婦人科学会、会員へのお知らせ、2010年2月16日)。

※(文献)
Pandey MK, et al, Int Immunopharmacol 2004 289-298
Nonaka T, et al, Am J Reprod Immunol 2007 530-536

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(表1) 抗リン脂質抗体症候群の診断基準

臨床基準:
1. 血栓症
 1回以上の動脈もしくは静脈血栓症の臨床的エピソード。血栓症は画像診断、ドプラ検査、または病理学的に確認されたもの。

2. 妊娠合併症
 a)妊娠10週以降で、ほかに原因のない正常形態胎児の死亡、または、
 b)重症妊娠高血圧症候群、子癇または胎盤機能不全による妊娠34週以前の形態学異常のない胎児の1回以上の早産、または、
 c)妊娠10週以前の3回以上続けての他に原因のない流産

検査基準:
1. ループスアンチコアグラントが12週以上の間隔をあけて2回以上陽性(国際血栓止血学会のガイドラインに沿った測定法による)

2. 抗カルジオリピン抗体(IgG型またはIgM型)が12週以上の間隔をあけて2回以上中等度以上の力価(>40GPL[MPL]、または>99パーセンタイル)で検出される(標準化されたELISA法による)

3. 抗カルジオリピンβ2GP1 抗体(IgG型またはIgM型)が12週以上の間隔をあけて2回以上検出される(力価>99パーセンタイル、標準化されたELISA法による)

※ 臨床基準を1つ以上、かつ検査基準を1つ以上満たした場合、抗リン脂質抗体症候群と診断する。したがって、検査基準を満たしても臨床基準に該当する既往がなければ抗リン脂質抗体症候群とは診断されない。

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1.の解説

・ 原因の有無にかかわらず3回以上流産を繰り返す場合、習慣流産と呼び、1%程度の頻度である。

・ 流産を反復した場合の次回流産率は上昇し、3回連続流産した場合の次回流産率は29%であるが、6回連続流産後の次回流産率は53%である。

・年齢因子も加味した場合、流産再発率は30歳以下で25%であるが40歳以上では52%と有意に上昇する。

4.の解説

1)抗リン脂質抗体

・ 健康保険が適用され得る抗リン脂質抗体検査は、ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン抗体および抗カルジオリピンβ2GP1 抗体である。

・ 習慣流産患者がこれらのいずれかについて複数回陽性を示せば抗リン脂質抗体症候群(APS:antiphospholipid antibody syndrome)と診断される。習慣流産患者の3~15%に抗リン脂質抗体が陽性となる。この定義によるAPS患者での流産率は90%であるとする報告もある。

・ 上記リン脂質抗体のいずれかが陽性、かつ以下の既往のいずれかを認めれば、習慣流産の既往がなくてもAPSと診断される。
 a)臨床的血栓症既往(動脈血栓、静脈血栓いずれでも可)
 b)妊娠10週以降の1回以上の胎児死亡
 c)妊娠高血圧腎症重症、子癇または胎盤機能不全による妊娠34週以前の1回以上の早産
したがって、習慣流産既往歴がなくてもa)~c)のいずれかの既往歴がある場合には抗リン脂質抗体の検査が考慮される。

・ APSにおいてアスピリン、ヘパリン、プレドニゾロンなどさまざまな治療が妊娠予後改善に試みられてきた。前方視的無作為試験において低用量アスピリン+ヘパリン併用療法はAPS合併習慣流産患者の初期流産率を減少させるが、別の無作為試験においては低用量アスピリンのみで十分妊娠予後を改善でき、低用量アスピリン+低分子ヘパリンと予後に差を認めない。抗リン脂質抗体陽性の習慣流産患者に対しては、低用量アスピリン(75~100 mg/日)投与もしくは、低用量アスピリン+ヘパリン(5,000~10,000単位/日)併用療法で予後改善が期待できる。メタ分析の結果では低用量アスピリン+ヘパリンの組み合わせにおいてのみ有意に妊娠予後を改善できた。

2)カップルの染色体検査

・ 習慣流産患者の2~4%は、カップルのどちらか一方に染色体の均衡型転座を認める。均衡型転座保因者である場合は、通常のトリソミーや倍数体による流産に加えて、不均衡型転座(部分モノソミー、部分トリソミー)による流産等のリスクが増加する。

※ 均衡型転座では染色体が量的に正常と変わらない。不均衡型転座ではある遺伝子群が余分にあるか不足しているため、何らかの症状がみられる。均衡型は無症状のことが多いが、切断点が重要な遺伝子の上にあった時などはそれに応じた症状がみられる。

・ カップルの染色体核型分析を行うことによりリスク評価が可能であるが、転座保因者に対する治療が存在しないため、十分な遺伝学的カウンセリング体制のもとに検査を行うことが肝要である。カップルのどちらかに転座があることを明らかにしたくない場合は、その意志は尊重されなければならない。

・ 均衡型転座保因者においても次回妊娠における生児獲得率は50%前後で、染色体異常のない習慣流産患者と比較して差を認めないとする報告や、2回以上流産歴のある転座保因者においても、流産率は高いものの累積成功率は83%で、染色体異常のない流産患者と比較して差がないとの報告がある。

・ 均衡型転座保因者に対する着床前診断を行うことにより流産率を低下させるとの報告もあるが、自然妊娠では累積生児獲得率は68~83%と報告されており、自然妊娠と着床前診断後妊娠の生児獲得率を直接比較した報告はない。

・ 染色体異常のタイプにより次回の流産率が異なることを説明する必要があるが、核型から次回の流産率を予測することは困難であり、患者への説明は臨床遺伝専門医などにゆだねることが望ましい。

3)子宮奇形

・ 子宮奇形は妊娠中期以降の流産の原因となることが多い。しかし、子宮奇形の頻度は、一般の婦人科受診患者の3%に対して習慣流産患者では3~15%であるため、子宮奇形が習慣流産患者に多い可能性があるが、習慣流産のリスク因子かどうかについてははっきりした証拠はない。

4)その他の検査

抗核抗体: 習慣流産の15%程度に抗核抗体が陽性となるが、無治療でも陽性患者と陰性患者において流産率は変わらない。また、プレドニゾロンおよびアスピリンを投与した無作為試験でも妊娠帰結に差を認めていないため、抗核抗体検査をルーチンに行う必要性は確定していない。

黄体ホルモン: 黄体機能不全は古くから初期流産との関連が指摘されてきたが、現在は懐疑的な意見も多い。習慣流産に対する通常の黄体ホルモン補充療法やhCG投与が妊娠率を改善する証拠は乏しい。

5)その他の治療

・ 抗凝固療法: APSにおいては抗凝固療法にて妊娠予後改善が期待できるが、APS以外の原因不明流産に対しては、低用量アスピリンもしくは低用量アスピリン+低分子ヘパリン併用療法などの抗凝固療法を行っても生児獲得率は上昇させなかったとの報告が複数存在する。

・ 約50%の習慣流産患者の原因は不明である。しかし、原因不明習慣流産患者においても無治療で60~70%が次回妊娠継続可能である。また、習慣流産は患者に対してさまざまな精神的反応を引き起こし、抑鬱そのものも習慣流産の原因となりうる。精神支援を行うことにより流産率を下げるとの報告もあり、習慣流産患者にたいしては通常の検査治療に加えて、カウンセリングなどのサポート体制も必要であろう。