ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

大野病院医療事故:裁判所が争点初提示 初公判12月に (毎日新聞)

2006年09月17日 | 報道記事

コメント(私見)

胎盤を剥離する際に、突然、大出血が始まって、その時点で初めて、『もしかしたら、これは癒着胎盤かもしれないぞ』と、執刀医は判断することができます。その際、執刀医は、まずは通常の止血の処置を試みて、どうしても止血ができない場合に限り、最終的に子宮摘出を決断することになります。

癒着胎盤であるかどうかは、摘出した子宮の病理検査によって初めて診断できます。癒着胎盤を強く疑い、子宮を摘出したが、摘出子宮の病理検査で癒着胎盤が否定されることもあり得ます。大量の出血が始まる前には、そもそも癒着胎盤と診断することは不可能です。

また、帝王切開では、1000~2000ml程度の出血であれば、日常よく経験する通常の出血量の範囲であり、その程度の通常の出血量のうちに、いきなり子宮摘出を決断することは普通あり得ません。

助産師にしろ、産婦人科医にしろ、分娩を取り扱っている以上は、取り扱う分娩件数の多少にかかわらず、いつ癒着胎盤の症例に遭遇するかは、全く予測できません。一生涯、遭遇しなくて済むかもしれないし、今日の勤務中にも遭遇するかもしれません。すなわち、プロとして分娩を取り扱っている以上は、どの妊婦も癒着胎盤の可能性があることを常に肝に銘じ、いつ癒着胎盤の症例に遭遇しても直ちに対応できる準備と覚悟が必要だと考えています。

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大野事件の続き... (いなか小児科医)

大野事件、公判前整理手続き (今日手に入れたもの)

参考:

癒着胎盤で母体死亡となった事例

癒着胎盤について

日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会:
県立大野病院事件に対する考え

****** 毎日新聞、福島、2006年9月16日

大野病院医療事故:
裁判所が争点初提示 初公判12月に
--公判前整理手続き


 ◇第3回公判前整理手続き

 県立大野病院で帝王切開手術中に女性(当時29歳)が死亡した医療事故で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた同病院の産婦人科医、加藤克彦被告(39)の第3回公判前整理手続きが15日、福島地裁であった。今回は裁判所から初めて争点についての考えが示された。手続き終了は11月となり、初公判は12月にずれ込む見通しだ。

 手続きでは、裁判所から「胎盤の癒着がわかった段階で、大量出血を予見して剥離(はくり)を中止し、子宮を摘出すべきだったか」が主たる争点との考えが初めて示された。これについて弁護側は手続き後の記者会見で、「止血をするために胎盤をはがすことは臨床では当然のことで、出血を放置して子宮を摘出することは危険だ」と主張した。これに対し検察側は、「大量出血をする前に子宮を摘出すべきだと主張しており、(止血することが重要だとする弁護側の主張は)前提となる事実が異なっているように思われる」と話した。

 次回は10月11日に行われ、弁護側が主張を記載した「予定主張等記載書面」を改めて提出する。11月10日に検察側が意見を述べて手続きを終了する見込みだ。【松本惇】

(毎日新聞、2006年9月16日)

**** 日医ニュース、オピニオン、2006年9月5日
http://www.med.or.jp/nichinews/n180905n.html

医療崩壊を食い止めるために

飯野奈津子(NHK解説委員)

 昨今,医療事故を起こした医師に対して刑事責任を追及する流れが加速している.この流れが医療現場にもたらす影響を懸念する飯野奈津子氏に,その問題の深刻さを指摘してもらった.
(なお,感想などは日本医師会・広報課までお寄せください)

 「これまで,生活を犠牲にしてでも患者のために頑張ってきたけれど,もう限界です」.こんな手紙を,病院勤務の医師からもらうことが多くなった.これまで寝食を忘れて真面目に仕事をしてきた医師たちが,医療を巡る現状に悲鳴を上げ始めた.その原因の一つが,ここ数年,医療事故を起こした医師に対する刑事責任追及の流れが加速していることである.「罪に問われる基準が明確にされないまま,結果が予想外で重大だというだけで犯罪者にされてはたまらない」,そんな医師たちの思いが伝わってくる.
 こうした医師たちの思いを増幅させたのが,福島県立大野病院の産婦人科の医師が逮捕・起訴された事件だ.〇四年十二月,帝王切開の手術を受けた女性が死亡し,今年になって,執刀した医師が,業務上過失致死と医師法違反の罪で逮捕・起訴された.
 この事件に対して,日医をはじめとする,百近くの医療関係団体が,相次いで抗議文や声明文を出した.「明らかな過失もないのに,医師を逮捕するのは不当.医療関係者の不安が増大している」と訴えている.医師の過失が刑事責任を問われるほどのものかどうかは,裁判の過程で明らかになるだろうが,この事件が医療関係者に与えた衝撃は,あまりにも大きい.

刑事責任追及の流れがもたらすもの

 それにしても,なぜ,刑事責任追及の流れが加速しているのだろう.医療事故が起きた時,被害者が望むのは,なぜ事故が起きたのかその真相を明らかにして,医療側にミスがあれば謝罪して欲しい.そして二度と同じ事故を繰り返さないよう対策をとって欲しいということである.ところが,多くの場合,医療側から事故の原因について,十分な説明がない.
 そうしたなかで,被害者の側ができることといえば,現状では,民事の裁判に訴えるしかない.ところが民事裁判では,被害者の側に立証の責任があるので,医療の専門家を相手に争うのが難しく,真相が究明できないことも少なくない.そこで,被害者の側が期待するのが警察の力である.自分たちの手で解明が難しい事故の真相を,刑事裁判の場で解明して欲しいと願い,そうした期待を受けて,警察が積極的に動き出したということだと思う.
 しかし,事故を起こした医師個人の責任を追及する刑事裁判の場でも,被害者の思いは満たされない.事故は多くの場合,医療体制上の問題が複雑に絡んでいるが,刑事裁判では,問題の全容を解明することが難しく,事故の再発防止につながらないからだ.
 しかも,刑事責任追及の流れが,医療の萎縮ともいえる深刻な事態を招いている.産科だけでなく,事故と背中合わせの外科や小児科,救急などの医療現場から,医師が撤退を始め,難しい医療を敬遠する動きが出てきている.
 例えば,埼玉県の救急の現場では,病院が患者の受け入れを断るケースが増えているという.埼玉県が,たらい回しがひどすぎるという住民の苦情を受け,去年七月と八月,県内の消防本部を対象に緊急に調査を行った.それによると,四万件あまりの搬送のうち,患者の受け入れを病院に断られ,五回以上要請を繰り返したケースが四百三件,受け入れ先を決めるのに三十分以上かかったケースが二百四十二件あった.なぜ病院は患者を受け入れないのか,その理由を尋ねると,「専門外だったり,難しい患者を診たりして事故を起こせば,刑事責任を問われかねない.だから安易に患者を受け入れられないのだ」という.こうした医療の萎縮ともいえる現象が広がれば,私たち患者の側が,必要な医療を受けられなくなってしまう.事態は深刻で,社会全体で早急に対策を考えなければならない.

求められる医師と患者の相互理解

 では,今後,どんな対策が必要なのだろう.欧米諸国では,予期しなかった患者の死に医療行為が関係していた場合,第三者が公正に原因を究明する仕組みができている.日本もそうした体制づくりを急ぎ,医療側と患者側が対立する裁判に変わる紛争処理の仕組みをつくることが緊急の課題だ.そのうえで,全体のなかのどのような過失を刑事責任に問うのか,その基準を明らかにする必要もある.どんなに手を尽くしても結果が予想外だったら,刑事責任を問われるのではないかという医療関係者の不安が広がっているからだ.
 そして,何より大切なのは,日常の診療のなかで,医療者と患者が互いに理解を深め,信頼関係をつくっていくことだと思う.医療は,常に人の死と隣り合わせで,不確実性が高い.手術を始めてみないと本当の病状が分からなかったり,予期できない合併症が起きたりすることがある.患者の側は,病院に行けば必ず病気を治してくれると期待するのだが,そうした医療の不確実性を理解することが必要だ.
 同時に,医療が不確実で専門性の高い分野であるからこそ,医療側自ら,患者の側に説明する責任があるのだと思う.民事裁判に訴える医療事故被害者の多くが,「事故が起きた時に医療側から納得できる説明があれば,裁判を起こすことも,警察に期待することもなかった」と話している.医療側がそうした被害者の声に耳を傾け,患者側も医療者への感謝の気持ちを忘れずにいることが,医療の質を高めることにつながっていくのだと思う.

マスコミが果たすべき役割

 最後に,私たちマスコミの役割にも触れておく.医療崩壊スパイラルともいえる医療現場の状況を,伝え続けなければならないと強く感じている.これまで,医師が現場の状況について語ることは少なく,国民に深刻な状況が十分伝わっていないと感じるからだ.医療費が抑制されれば,確かに国民の負担は軽くなる.しかし,その結果として,必要な医療が受けられなくなってしまっては元も子もない.
 医療現場の荒廃を食い止めるには,社会全体で危機感を共有して,取り組みに必要な負担も分かち合わなければならない.安心して医療が受けられる体制を再構築するために,マスコミが果たすべき役割は大きい.そのことを自覚して,報道を続けていきたいと思う.

飯野奈津子(いいのなつこ)
NHK解説委員.昭和58年国際基督教大卒.同年に初めての女性記者としてNHKに入局,その後,警視庁,厚生省などを担当し,平成11年より現職.担当は社会保障(医療・年金・介護など),女性問題.主な著書に,「患者本位の医療を求めて」(NHK出版)などがある.

日本医師会ホームページより)