ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会:県立大野病院事件に対する考え

2006年05月17日 | 大野病院事件

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例えば、放置すれば100%患者は死亡するが、外科的治療により救命の可能性があるような場合に、担当医師が適切な外科的治療をしないで患者を放置し死亡に至らしめれば刑事責任を問われるし、外科的治療を実施したとしても結果が不良であれば刑事責任を問われるというような社会状況になってしまえば、医師がそもそもそのような患者を担当したこと自体で刑事責任を問われていることになってしまう。極端なことを言えば、そのような疾患を扱う診療科で診療に携わること自体で刑事責任が発生することになってしまう。

要するに、正当な医療行為でも、その結果が不良であれば刑事責任が問われるような社会では、救命率の低い疾患に罹患した場合は、どこにもその患者を担当する医師がみつからなくなってしまい、まともな治療は一切受けられなくなってしまう可能性がある。

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http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_17MAY2006.html

          県立大野病院事件に対する考え

 福島県立大野病院で平成16年12月に腹式帝王切開術を受けた女性が死亡したことに関し、手術を担当した医師が、平成18年3月10日、業務上過失致死、および医師法21条違反の罪で起訴された件について、日本産科婦人科学会、および日本産婦人科医会は、すでに「お知らせ」、「声明」を公表し、さらに「声明」を補足するために厚生労働省にて記者会見の場をもち、両会の考え方を示してまいりました。
 このたび両会は、本件の重要性に鑑み、ここにあらためて「県立大野病院事件に対する考え」を発表いたします。

 はじめに、本件の手術で亡くなられた方、およびご遺族の方々に対して謹んで哀悼の意を表します。

 このたび、産婦人科の医療行為について、個人が刑事責任を問われるに至ったことはきわめて残念であります。

 本件は、癒着胎盤という、術前診断がきわめて難しく、治療の難度が最も高く、対応がきわめて困難な事例であります。
 起訴状によれば、本件における手術中、児娩出後に用手的に胎盤の剥離を試みて胎盤が子宮に癒着していることを術者である被告人が認識した時に、「(被告人には)直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行し、胎盤を子宮から剥離することに伴う大量出血による同女の生命の危険を未然に回避すべき業務上の注意義務があるのに、(被告人は)これを怠り、直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行せず、同日午後2時50分ころまでの間、クーパーを用いて漫然と胎盤の癒着部分を剥離した過失により、」とあり、被告人が直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行しなかったことと、胎盤の癒着部分の剥離に用いた手段に過失がある、とされています。
 癒着胎盤の予見のきわめて困難である本件において、癒着胎盤であることの診断は、胎盤を剥離せしめる操作をある程度進めた時点で初めて可能となるものであります。したがって、結果的には癒着胎盤であった本例において、胎盤を剥離せしめる操作を中止して子宮摘出術を行うべきか、胎盤の剥離除去を完遂せしめた後に子宮摘出術の要否を判断するのが適切かについては、“個々の症例の状況”に応じた現場での判断をする外なく、それはひとえに当該医師の裁量に属する事項であります。
 また、本件のような帝王切開例における胎盤の癒着部を剥離せしめる手段としては、用手的に行うことだけが適切ということはなく、クーパーをはじめ器械を用いることにも相当の必然性があり、この手技の選択も当該医師の状況に応じた裁量に委ねられなければ、治療手段としての手術は成立し得ません。

 本件の転帰に関してはたいへん心を痛め、真摯に受け止めておりますが、外科的治療が施行された後に、結果の重大性のみに基づいて刑事責任が問われることになるのであれば、今後、外科系医療の場において必要な外科的治療を回避する動きを招来しかねないことを強く危惧するものであります。

平成18年5月17日
                  

                  社団法人 日本産科婦人科学会
                        理事長  武谷 雄二

                  社団法人  日本産婦人科医会
                        会 長  坂元 正一

****** 共同通信、2006年5月17日

「手術判断は医師の裁量」 産科医起訴を2学会批判

 福島県立大野病院で帝王切開を受けた女性が死亡し、産婦人科の執刀医が逮捕、起訴された医療事故で、日本産科婦人科学会(武谷雄二理事長)と日本産婦人科医会(坂元正一会長)は17日、「(手術は)個々の症例の状況に応じ現場で判断するほかはなく、医師の裁量」などとして、あらためて逮捕と起訴を批判する見解を連名で発表した。
 起訴状では、執刀医が胎盤の癒着を認識した際、すぐに子宮摘出などに移るべきだったのに怠ったなどと医師の過失を指摘している。
 これに対し両学会は、手術の手法の選択が状況に応じた医師の裁量に委ねられなければ、治療手段としての手術は成立し得ないと指摘。結果の重大性のみに基づいて刑事責任が問われると、必要な外科的治療を回避する動きを医療現場に招きかねないとしている。
(共同通信) - 5月17日23時46分更新

****** 毎日新聞、2006年5月17日

産婦人科医逮捕:日産婦などが批判…「手術は医師の裁量」

 福島県立大野病院で帝王切開手術中に患者が死亡し、産婦人科医が業務上過失致死容疑などで逮捕、起訴された事件で、日本産科婦人科学会(武谷雄二理事長)と日本産婦人科医会(坂元正一会長)は17日、医師に過失があったとする起訴状を批判する見解を連名で発表した。「手術は医師の裁量に委ねられるべきで、結果の重大性のみで刑事責任が問われると、必要な外科的治療を回避する動きを招来しかねない」と訴えている。

 起訴状によると、産婦人科医は、癒着した胎盤を無理にはがして大量出血を招いた過失により、患者を死亡させた。

 両会は、胎盤の癒着状態を事前に診断するのは困難▽手術方法は症例に応じて現場で判断するしかなく、その選択は医師の裁量だ--などと反論した。【永山悦子】

毎日新聞 2006年5月17日 19時37分


毎日新聞:医師逮捕に抗議、県保険医協会/岩手

2006年05月17日 | 報道記事

****** 毎日新聞、2006年5月16日

福島・大野病院医療ミス:医師逮捕に抗議--県保険医協会 /岩手

 福島県立大野病院で手術中の女性(当時29歳)を出血性ショックで死亡させたとして執刀した産婦人科医師が業務上過失致死罪などで起訴された問題で、県保険医協会(箱石勝見会長)は15日、逮捕は不当だとする抗議声明を発表した。
 声明では医師が在宅起訴ではなく身柄を拘束されたために、産婦人科医がこの医師しかいない同病院が休診せざるを得ない状況を、他の患者への2次被害だと指摘。今回の事件を機に診療上予見できないことにまで医師が責任を問われると、医療が萎縮してしまい、結果として患者に必要な医療を提供できなくなるとしている。
 ◇「人ごとではない」
 同会は「産婦人科医が一人という大野病院の状況は、岩手県の多くの病院にとっても例外でない」と危機感を募らせている。【林哲平】

5月16日朝刊

(毎日新聞) - 5月16日14時0分更新


岩手日報:小児医療、産科と併せ危機打開を

2006年05月17日 | 地域周産期医療

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産婦人科医の平均年齢は年々高齢化しており、(私を含めて、)現在、現役で活躍している産婦人科医は五十歳代半ばに達している者が非常に多い。我々ロートル世代の多くは、これから5~10年で現役を引退する。舞台から去って行く前に、次世代の産婦人科医を育成し、次世代の人達が活躍しやすい医療環境を作りあげて、うまくバトンタッチしなければならないと考えている。

****** 岩手日報、2006年5月16日

小児医療、産科と併せ危機打開を

 小児医療体制の充実は、今や国民的課題となっている。その中には「瀕死(ひんし)」状態といわれる小児救急体制の整備も含まれる。

 日本赤十字社が4月、全国で運営している91病院の医師不足調査を緊急調査したところ、約7割の62病院が「医師不足のため十分な医療提供ができない」と回答したことが報告された。特に小児科と産婦人科は計9病院が常勤医ゼロの深刻な状態であり、一部の病院では休診を余儀なくされていると報道され、この問題の深刻さを一層際立たせることとなった。

 その調査の目的が「診療体制上の医師不足によって、十分な医療を提供することができないか、経営に大きな影響を与えているか」であっただけに、結果は大きな問題を投じている。

 公的医療機関としての日本赤十字社の病院の多くは、救急救命センターや高度医療の拠点病院などに指定されている地域の中核病院であり、地域全体の医療体制に与える影響は計り知れない。

モデル案を軸に展開

 小児科医および産婦人科医不足の問題は、いずれも国の次世代育成にかかわる重要な問題である。繰り返し考えていきたい。

 国は少子化対策として、出産費用の無料化や児童手当の拡充などの育児支援策を検討しているが、肝心の出産場所の確保では有効策を打ち出せないでいる。「産み場所探し」の苦労は都市部、地方とも変わっていない。

 小児科医療はプライマリーケア(初期医療)や各種の予防接種、発達支援のほか、幼稚園から学校保健、子育て支援の分野までカバーしなければならない領域は幅広い。

 日本小児科学会は、既に全国の小児医療の実情に応じた小児医療提供体制のモデル案を作成し、小児医療機関の集約化、重点化に取り組んでいる。厚労省もこのモデル案を軸とする「連携強化構想」を打ち出している。

 産婦人科では「助産師外来」を打ち出し、医師不足のカバーに大きな力となりつつある。

 ともに国の少子化対策の重要な柱となるよう、社会情勢や環境の変化に合わせて見直しも必要であろう。

助産師の法的整備を

 病院で一日中、窓から電灯が消えないのは産婦人科と新生児科、救命救急であるといわれる。過酷な勤務実態、そのうえ他の診療科と比べ医療訴訟の多発が産婦人科医不足に拍車を掛けている。

 産婦人科の世界でも50代後半の団塊の世代が、ここ5-10年で引退していく。

 今後、医師の集約化、拠点化は避けられない。少ない医師で安全な出産を維持するには、健診は地元のクリニック、出産は拠点病院と役割分担をしていかざるを得ない。その中で助産師の役割は重要である。

 医療訴訟のうちで、個人訴訟となる頻度は産婦人科医が最も多い。この産婦人科医不在時代と少産少子時代にも、厳として存在する法的問題を抜きにして問題解決はあり得ないことを示している。

 消防士が救命処置のために気管内挿管、心臓刺激装置の使用が認められている時代に、法的に開業を許可されている助産師の存在意義を高めることは不可能であろうか。

 医師と助産師の協調強化のために、医師法と保健師助産師看護師法の法的な整備も次世代育成支援対策の一つと考える。

 客員 国本恵吉(2006.5.16)

岩手日報:産婦人科医不足、安心して産める体制を