
誰か一人、好きな選手を挙げろと言われればもちろんルーキーイヤーから推している角中なのですが、その前はサブローでした。
ちなみにサブローの前が愛甲で、つまりは千葉ロッテの25年間での推しメンが三人しかいないわけで、その貴重な一人ということになります。
20年ほど前に浦和に通っていたころにファームで切磋琢磨していたのがそのサブロー、立川、福浦、大塚、投手では小野といった面々でした。
一時期にショートをやらされていたこともあったサブローも小坂の入団で外野に戻り、いつかは一軍でサブロー、立川、大塚のスタメンが見たいな、なんて夢想をしていたものです。
そんな若手の中でなぜサブローだったのか、それは野球に取り組む姿勢、を買っていたからです。
当時のサブローは野球に真剣に取り組むオーラを身に纏い、他の選手とは違ってグラウンドに足を踏み入れれば笑みをもらすことはありませんでした。
自分の打席が回ってくるまではベンチの中でバットを持って構える、つまりは常にグラブかバットに触れていたことになります。
そういった努力があったからこそ立川、大塚が伸び悩む中で一軍に定着し、福浦とともにチームの主力、顔としての活躍ができたのでしょう。
そんなサブローに対する視線に変化が生じたのは、その目指すところへの違和感でした。
俊足巧打こそが持ち味だったはずがパワーにシフトし、シャープな体つきに肉が付いてがっちりと、そして徐々に失われていくスピード、あれはサブローではない、背中に着ぐるみのチャックがついている、中に別人が入っているに違いない、そんなことを書いた記憶があります。
それを本人が志向したのか、大砲不足のチーム事情にその資質があると奨められたのかは分かりませんが、魅力が薄れていったのが正直なところです。
繋ぎの四番として二度の日本一に貢献をしてくれましたから間違いではなかったのでしょうが、あのままのタイプでいてくれていたらまた違った未来があったのではと、脚力の衰えから走塁だけではなく守備でも動きが緩慢になり、あれが自分が好きだったサブローなのか、そう思い悩んだものでした。
それだけに徐々に出番が減っての巨人へのトレードは仕方のない流れだったと思いますし、翌年の復帰に否定的だった考えは今も変わりません。
それでも一度は心から愛したサブロー、それに相応しいだけの強い思い入れがあり、今年に買った新CHIBAユニは背番号3、我が家のリビングを彩ってくれています。
球団は当然に功労者たるサブローの引退試合を検討との報道で早々に25日に決まりましたが、しかしそれもチームの成績次第、CS圏内が安泰にならなければ実戦で打席に立つことなく、ただの引退セレモニーになってしまうであろうことはこれまでの例から想像に難くありません。
昨年までのベテラン枠で地蔵化をしても常に一軍、から一転して今季は浦和で外野を守るなどしてそれなりに結果を出しながらもお呼びがかからないのは堀ロードを思い出させる状況で、そこに忸怩たる思いがあったでしょうから、何としてでも公式戦で最後を飾らせてあげたいです。
そのためにもベンチ、選手にはサブローに捧げるCSを目指すのはもちろんのこと、引退試合を済ませてもフィナーレはCSを勝ち抜いての日本シリーズ、念願叶っての地元での胴上げ、「サブロ~~~」のコールを、そんな締めくくりを是非ともお願いします。
最後になりましたが22年間お疲れさまでした、ありがとうございました、そして今後はスタッフとして末永くチーム、ファンとともに戦っていきましょう!
華のある,ミスターロッテにふさわしい選手ですね(敢えて現在形にしておきます)。
多くのファンが覚悟していたとはいえ,本当にこの日が来るとは,という感じです。
引退会見の席で,「男は泣かない」とご子息に言って聞かせているというサブローがファンに言及した際に涙で声を詰まらせた姿に,こちらこそ感謝の言葉しかありません。
25日はチケットを購入済みですので,その雄姿をこの目に焼きつけに参りますが,オリオンさんの描かれた最高のフィナーレに向けて,「最後の雄姿」とは言いません。
球場の外で谷保さんのサブローーーだけ聞きに行こうかな。
しかしマリンフェスタで青ユニの日なんですよね。
最後の姿が青ユニって・・・。配慮してほしかった・・・。
去年、あれだけ一軍にいながら殆ど出番がなかったのは、やはり伊東監督とはウマが合わなかったのか。年々衰える守備、走塁は見ていて辛いものがありました。
マリーンズを象徴する選手でしたね。今後はどのポストに付くのか楽しみです。
マリンフェスタのようですが、最後はピンストライプユニフォームを見たいですね。セレモニーで着替えてくれる事を期待します。
サブローのブログは面白くて、しかもほぼ毎日更新されるのでリアルタイムでその日のサブローやチームの状態が知れて自分も一緒に戦っている気分を味わえました。
一番思い出に残っているのは07年のホークスとのクライマックスでの3点スリーベースです。今はチームメイトのスタンリッジから打ちましたね(汗)あれは大はしゃぎしました。
また里崎も言っていた日本一取りやすいバックホームで07年にはチームのピンチを何度も救った攻守の三拍子揃った選手が09年には一転して打撃の選手になったのには驚きました。
09年はチームが開幕から低迷して西岡や今江など主力が全員不調のなかサブローだけが気を吐いていてサブローの成績がどこまで伸びるかだけが楽しみでした。マリン本拠地で3割22本はなかなかすごい。
11年もあのままロッテに在籍していれば大砲不在の中では貴重な戦力だったと思います(自分もロッテ復帰には否定的でした)。
サブローはコーチや監督に向いてるかは???ですが、フロントなどにも物怖じせずに意見が言えるところなどは好きです。本人が夢として語っていたGMなんかは向いてそうだなとは思います。
良くも悪くもいろいろとロッテな選手を象徴する選手でした。22年間お疲れさまでした。
個人的にはなんでサブローなんだよと思ったのを思い出します。
その後のサブローの活躍をみるにつけ、広岡の選手を見る目に脱帽しました。
また、オールスターの選手間投票でサブローが選ばれたことも記憶に残っています。
サブロー選手、長年お疲れさまでした。
そして、ありがとうございました。
いざ、引退となると寂しくなります。
調子が良い時はバットがボールを捉えた!と思った瞬間には、コンパクトにバットを振り切ってました。ぶれない体幹とまみえて、ビシッとカッコよかった。
昨年は無駄なベンチ要員でしかなかく、飼い殺しかよ~と嘆きましたが、引退となると寂しさ一杯です。マリンのホームページでインタビューを見ました。いいインタビューでした。皆様もぜひともご覧ください。
決して4番タイプではありませんが、なんだかんだで4番ライトサブローがしっくり来るような時代がありました。
なんだかんだが何なのかは未だ謎です。笑
あまり感情が表に出ることは無く、やる気がないと思われそうな脱力された打撃フォームからの勝負強い打撃が好きでしたね。
今後もロッテというチームの一員として、選手とはまた違った活躍を期待しております。
観客から取りに行けよ!とヤジられて小走りで拾いにいくライト・サブローを見て切なくなりました。
一軍はこれだけの貧打で1回もお呼びがかからないのも残念でした。
自分は若かりし二軍時代を知りませんが、山本監督になって大塚と共に守備固めから打席をもらえる様になって、
流し打ちも覚えだして2番が適任と言われていたサブローが
つなぎの4番になるとは想像できませんでした。
知名度もあり記憶に残る選手でしたね。
「ロッテ愛」て本当に嬉しい言葉ですよね。
これからもロッテを支えてもらいたいです。
規定打席に5度しか達してないし成績も良いときと悪いときの差が凄くって言うなれば超二流って感じかなぁ。2005年は輝いてたし、北京のスクイズね。 サブローの脚速い、バント上手い、守備上手いの評がいつの話だよって悲しかった…。
中日、メジャーと噂されたこともありました。
巨人に移籍した時点で終わった感出たけどロッテ愛は感じましたよ。
割と育てる意識とゆーか指導力発揮しそうなんでW大村でファームから育成に携わって欲しいな。
諸事情で引退試合は行け無いのが残念、皆様は最後のサブローーーを堪能してきてください。
お疲れ様でした。