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『トラブリン・マン』 リッキー・ネルソン

2016-12-16 13:07:52 | 名曲セレクション

”Travelin' Man” Ricky Nelson



この曲は1961年にジェリー・フラーが作詞・作曲し、元祖アイドルといわれたリッキー・ネルソンを代表する一曲です。
メキシコ、アラスカ、香港、ハワイなどを世界中を旅する男の歌で、同年に彼としては二曲目の全米No.1に輝きました。
日本でも1961年9月に【今週のベストテン】に登場、9週連続でランクイン(最高6位)していました。
と、同時にB面のジーン・ピットニーが作詞・作曲した『ハロー・メリー・ルウ』も全米9位にランクされています。
本来ならリック・ネルソンの『トラヴェリン・マン』なのですが初期のジャケット通りにリッキー・ネルソンの『トラブリン・マン』
と表記しておきます。(まるでトラブルを起こしまくる男のようですね。)

I'm a travelin' man
Made a lot of stops all over the world
And in every port I own the heart
Of at least one lovely girl
I've a pretty Seniorita waiting for me
Down in old Mexico
If you're ever in Alaska stop and see
My cute little Eskimo

↓はリッキー・ネルソンの『トラブリン・マン』 YOUTUBEより



リッキー・ネルソンは芸能一家のネルソン家族の次男で8歳の時から表舞台に立っていましたが、1956年にヴァーヴと
契約し、『ティーンエイジャーズ・ロマンス』でデビュー、その後インペリアルに移籍し、1958年の『プア・リトル・フール』が
全米No.1となってスターダムに駆け上がっていきました。1959年には映画『リオ・ブラボー』に準主演しディーン・マーチン
と挿入歌の『ライフルと愛馬』をデュエット、その端正なマスクでファンを魅了しました。
1962年には全米5位の『ヤング・ワールド』をリリース、彼にとって日本での最大のヒット曲となります。しかし、その他の
『ティーンエイジ・アイドル』『恋のアイドル』『ラッキー・スター』『君は世界一』などはアメリカでヒットしたにもかかわらず
日本ではランクインすることなく、その後の音楽活動は殆ど耳にしなくなってしまいました。
リッキー・ネルソンは1985年の12月31日に飛行機事故で45歳という若さでこの世を後にしています。


ここで、彼の日本での最大のヒットとなった『ヤング・ワールド』も追加で貼ることにします。

『ヤング・ワールド』 リッキー・ネルソン

”Young World” Ricky Nelson



この曲は『トラブリン・マン』と同じくジェリー・フラーが作詞・作曲したもので全米5位のヒットとなりましたが、日本でも
1962年5月に【今週のベストテン】に初登場し、5月から10月にかけて19週連続でランクイン、4週連続を含めて5度の
ベストワンに輝いています。

It's a young world
When you're in love, you're in a young world
So take my hand and let me show you
Just how true young love can be
And whoa-uh-oh
It's a young world
And if you'll tell me you're my one girl
You'll make my whole life worth livin'
Just by givin' your love to me

↓はリッキー・ネルソンの『ヤング・ワールド』 YOUTUBEより


彼が21歳になった時に芸名を子供のようなリッキーからリックに変更したのですが日本ではその後もリッキー・ネルソン
の名前でレコードがリリースされ続けていました。



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