港町のカフェテリア 『Sentimiento-Cinema』


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シネマ・ポップス…ときどきイラスト

1969年 『サン・ホセへの道』 ボサ・リオ、ディオンヌ・ワーウィック

2015-11-30 14:42:01 | 続・60年代ポップス変遷史

”Do You Know The Way To San Jose” Bossa Rio



この曲はハル・デヴィッド作詞、バート・バカラック作曲によるもので、セルジオ・メンデスがプロデュースした
ボサノヴァ・バンド Bossa Rio のヒット曲です。メンバーの女性ヴォーカルであるグラシーニャ・レポラーセは
ボサ・リオ解散後にセルジオ・メンデス&ブラジル'77に参入しています。
英米ではボサ・リオよりもディオンヌ・ワーウィックの方がヒットし、全米のトップテン入りを果たしています。
日本では1969年11月から翌年2月にかけてのヒットになりました。

Do you know the way to San Jose?
I've been away so long I may go wrong and lose my way
Do you know the way to San Jose?
I'm going back to find some peace of mind in San Jose.

↓はボサ・リオの『サン・ホセへの道』 YOUTUBEより


↓はディオンヌ・ワーウィックの『サン・ホセへの道』 YOUTUBEより

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1969年 『天使のらくがき』 ダニエル・ヴィダル

2015-11-29 15:32:47 | 続・60年代ポップス変遷史

”Aime Ceux Qui T'aiment” Daniele Vidal



パトリシア・カーリー作詞、ポチョムキン作曲の『天使のらくがき』は、モロッコ生まれで1960年代末期にフランス
各地のコンクールで名をあげたフレンチ・ポップス界のニュー・スター、ダニエル・ヴィダルのデビュー曲です。
シルヴィー・ヴァルタンの交通事故やフランス・ギャルの低迷で凋落していたファンにとっては待ちに待った
ニュー・フレンチ・アイドルの登場となりました。
日本では1969年9月から12月にかけてのヒットでした。

Dans les plaines de l'Ukraine
Sur les murs gris des maisons
Les gens écrivent eux-memes
En lettres dans ce dicton

↓はダニエル・ヴィダルの『天使のらくがき』 YOUTUBEより



ダニエルはこのあともヒット曲を連発し、小柄で愛くるしい容貌でバラエティー番組などでは流暢な日本語を喋り、
お茶の間のアイドルとなって日本に長期滞在するなどその親しみやすさで抜群の人気者になっていきました。

また、ダニエル・ヴィダルの人気絶頂期に 神戸限定で流れていたサンテレビのCM 『カジノ・ド・サンノミヤ』
はダニエル・ヴィダルだという噂がまことしやかに流れていましたが…




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1969年 『しあわせの朝』 クリフ・リチャード

2015-11-28 14:38:12 | 続・60年代ポップス変遷史

”Early In The Morning” Cliff Richard



この曲は、マイク・リーダー作詞、エディ・シーゴ作曲によるもので、イギリスの学友仲間で結成されたバンド
”ヴァニティ・フェア”が1969年にイギリスでヒットさせた曲をクリフ・リチャードがカヴァーしたものです。
日本では知名度の高いクリフ・リチャードがヒット、1969年9月から翌年の2月にかけてのロング・ヒットでした。

Evening is the time of day
I find nothing much to say
Don't know what to do
But I come to

↓はクリフ・リチャードの『しあわせの朝』 YOUTUBEより



ご参考までに
↓はヴァニティ・フェアの『しあわせの朝』 YOUTUBEより


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1969年 『ラヴ・ミー・トゥナイト』 トム・ジョーンズ

2015-11-27 15:14:24 | 続・60年代ポップス変遷史

”Love Me Tonight” Tom Jones



原曲はダニエル・パーチェが作詞、ロレンツォ・ピラートとマリオ・パンツェリが作曲して、ジュニア・マッグリと
ザ・カジュアルズが唄った”Alla Fine Della Strada”(恋の終り) というカンツォーネで、1969年のサン・レモ音楽祭
参加曲なのですが入賞は果たしていないようです。
この曲にバリー・メイスンが英詩を付けてトム・ジョーンズが唄い英米でヒット、今やトム・ジョーンズの代名詞
的存在となっています。
日本では1969年8月から12月にかけての大ヒットになりました。

I know that it's late and I really must leave you alone
But you're too good to hold that I feel such a long way from home
Yes I know that our love is too new,
But I promise Its going to be true
Please let me stay and don't you send me away Oh no no

↓はトム・ジョーンズの『ラヴ・ミー・トゥナイト』 YOUTUBEより



”Love Me Tonight” といえば、1932年公開のルーベン・マムウリアン監督のアメリカ映画も ”Love Me Tonight”
というタイトルでしたが、この邦題が『今晩は愛して頂戴ナ』でしたね。(笑



ご参考までにジュニア・マッグリの『恋の終り』をYOUTUBEで
”Fine Della Strada” Junior Magli



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1969年 『西暦2525年』 ゼーガーとエバンズ

2015-11-26 13:16:15 | 続・60年代ポップス変遷史

”In The Year 2525” Zagar & Evans



この曲は1964年に無名時代のデニー・ゼーガーが作った楽曲で、ゼーガーとエバンズの唯一のヒット曲。
そのゼーガーとエバンズは、デニー・ゼーガーとリック・エヴァンスが1968年に結成したフォーク・デュオです。
自主制作盤でローカル放送局回りをしていた時に火がついて一気に全米No.1にまで駆け上ったものの、
結局一発屋に終わり、1970年にはデュオを解散しています。
日本では1969年8月から11月にかけての大ヒットでした。

In the year 2525
If man is still alive
If woman can survive
They may find
In the year 3535
Ain't gonna need to tell the truth, tell no lie
Everything you think, do and say
Is in the pill you took today

↓はゼーガーとエバンズの『西暦2525年』 YOUTUBEより


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