チョンニャンニ オーパルパル
なんと淫靡な響きでしょう。
ミアリテキサスと並ぶ,ソウル最大の私娼街(サチャンガ=売春窟)です。
最後に行ったのはいつのことか。たしか酒の飲めない出張者にせがまれて,タクシーでこの一画を一回りしたのが最後だったような。
ピンクのネオンが,狭い路地の左右にずらりと並び,15センチはあろうかというハイヒールに,煽情的なドレスはほとんど半裸といってもいい。胸にははちきれんばかりのシリコン,あまりにも整った耳目口鼻(イモックビ=目鼻だち),スーパーモデル級のサイボーグ美女たちが,「オッパー,オッパー」(お兄さんっ)と黄色い嬌声をあげて,道行く男たちのそでをつかみます(→写真)。
2004年の性売買特別法の施行以来,すっかりさびれたと聞いていたので,今どうなっているのか興味がないわけでもない。
さて,男4人を乗せたタクシーは,入口の「青少年通行禁止」の看板を尻目に飾り窓の路地へ入っていきます。
「いい店があるんですよ。きっと犬鍋さんなら気に入ると思います」
とK氏。
タクシーは飾り窓の間をゆっくり進む。ネオンの消えている店も多く,半分ぐらいは廃業したようです。心なしか,アガシの年齢も高くなっているようで,呼び込みの声にも元気がない。
車が路地の端まできたところで
「ヨギソネリルッケヨ」(ここで降ります)
降りるとすぐ,遣り手婆あが何人も寄ってくる。
「アガシ? アガシ?」
「テッソヨ。アラソハルッケヨ」(いいです。勝手にやりますから)
K氏は今きた道を引き返しはじめる。
(ははあ,まずは端から端まで品定めしたというわけか)
「ちょっとディープなんですけどね」K氏はすたすたと先導していく。
「オッパー,チャレジュルッケヨ」(お兄さん,サービスするよ)
呼び込みの声にも耳を貸しません。S氏はウキウキ、ただ今語学堂に留学中のY青年はいくぶん緊張の面持ちで後に続きます。
「こっちです」
(あれっ!?)
飾り窓の路地を通り抜けてしまいました。
「赤塚不二夫みたいで,面白いんですよ」
赤塚不二夫? ムスンマリンジ?(何のこと?)
588を後にしてちょっと行った角を曲がる。
おおっ,これは!
薄暗い路地に建ち並ぶ、崩れそうな掘っ建て小屋。
ディープだ!!
朝鮮戦争直後の闇市にタイムスリップしたかのようです。K氏は,中程に明かりのともるあばら家に入っていきます。
「アンニョンハセヨ。トワッソヨ(また来ました)」
なるほど,赤塚不二夫そっくりだ。愛想はないけれどいかにも人の良さそうなアジョシが迎えてくれます。
そうか,ここだったのか,チョンニャンニの二次会というのは。
「ぼくたちが行くと演歌をかけてくれるんですよね」とS氏。
店は小汚いシッレポジャンマチャ(室内布張馬車)といった趣。中央のだるまストーブから換気の筒が天井に伸びているのですが,金属の筒のつなぎ目から水が漏れるのでしょうか,半切りにされたマッコルリのペットボトルがぶら下がっているのが,哀愁を誘う。
テーブルの下では,生まれてこのかた一度もシャンプーをしたことがないであろう,薄汚い雑種の犬が二匹,うろちょろしている。名前を聞くと
「エップニ(かわいこちゃん)」
どこがっ!?
注文も聞かずに焼酎が二本でてきた。一本はチャミスル,もう一本は最近発売されたチャミスルプレッシュ(19.8度)で,この不統一がまたたまらない。
「どうですか。なかなかでしょう」
「うん,最高!」
K氏は私の「ディープ好き」を完全に理解してくれているようです。ッピョタギヘジャングク(カムジャタンみたいな豚の骨の鍋)とジョンの盛り合わせをつつきながら,焼酎の杯を傾けていると,演歌調のテープが流れてくる。
キターッ!!
「ナカムラ,チェゴ(最高)!」とアジョシ。
歌っている歌手が「ナカムラ」だと言うことですが,日本語の発音がちょっと変。途中から,韓国語になったりもします。
感情をこめて
「ちゅぐない~♪」
とかやられたら,笑うほかありません。
こうして,ソウル焼け跡の夜はなごやかに更けていったのでした。願わくは,この一画が末永く再開発されませんことを。
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いくら情感たっぷりにやられても
ぜんぜん切なくありませんでしたね。^^;
ところが…。
看板(김제식당)には光がともっておらず、囲いがされていました。あの一帯はとうとう再開発されることになったようです。ソウルはどんどんディープな場所がなくなっていく…。私たちはこれからどこにいったらいいのでしょう。アカチュカ先生はどこに行ってしまったのでしょう。
残念なことです。
存在自体が奇跡のような場所でした。