少し前の話になりますが、韓国で裁判沙汰になっている『帝国の慰安婦』をめぐって、東京大学駒場キャンパスで、同書の主張に批判的な学者と擁護する学者が論争する「研究集会」が開かれたそうです。
こちらはそれを伝える東京新聞の4月19日付の記事(→リンク)。土田修という記者の署名記事です。記事の見出しは
「朴裕河氏著「帝国の慰安婦」都内で評価めぐり激論」
「擁護派」として名前が挙げられているのは西成彦(立命館大学教授)。『帝国の慰安婦』は「日韓対立のパラダイム」を越え、新しい認識の可能性をひらくと評価したらしい。
反対派のほうは、鄭栄桓(明治学院大学准教授)。こちらは『帝国の慰安婦』における証言・史料の読解が恣意的だと批判したとのこと。
集会の総括として、主催者の一人の本橋哲也(東京経済大学教授)は、「帝国の慰安婦が実証研究の上で多くの問題をはらんでいるが日本で評価されすぎた。自分は朴氏への起訴に対し抗議声明に加わったが、今では後悔している」と述べたとのこと。
短い記事で、賛否両論を紹介しています。
ところが、土田記者は、東京新聞にこれが出た数日後に韓国のハンギョレ新聞に長大な記事を寄稿し、4月22日に記事化されました(→リンク)。題して、
「学問の自由を楯にするのは、右翼に手を貸す所業」
びっくりするようなタイトルです。
よく調べると、この記事はハンギョレの日本語版にも載っています(→リンク)。
日本語版記事のタイトルは
「朴裕河氏の「帝国の慰安婦」めぐり擁護と批判で初の討論会」
しかし、二つの記事を比べてみれば、タイトルや小見出しが違うだけでなく、全体の分量も日本語版のほうが長い。どうも、土田記者が寄稿した文章が長大すぎたため、訳者または整理部記者によって一部省略され、また見出しも韓国人読者の好みに合うように変更されたようです。韓国語版の記事のほうが長くて、日本語翻訳版のほうが短いというのは今までも見たことがありますが、逆のケースは珍しい。
以下、詳細バージョンである日本語版に沿って話を進めます。
記事のサブタイトルに「日本の記者が見た「帝国の慰安婦」論争」とあり、冒頭で
「日本軍「慰安婦」被害者と日本軍人を「同志的関係」とした朴裕河世宗大教授の著書「帝国の慰安婦」をめぐる論争が日本の学界にも大きな波紋を投げかけている。「韓日和解の新しい可能性を提示した名著」と肯定的な評価がされる一方で、「論争する価値もないつまらない本」とする批判の声も上がる。3月28日、日本の東京大学駒場キャンパスで「帝国の慰安婦」の賛否論者が参加した討論会が開かれた。東京新聞の土田修記者が、日本国内での論争を考察する記事を送ってきた。」
と紹介されています。
つまりこの記事は、東京新聞の「報道記事」とは違い、土田記者の「意見記事」です。
この研究集会のタイトルは「慰安婦問題にどう向き合うか-朴裕河氏の論著とその評価を素材に」だそうです。
記事前半は、研究集会での各発表者、発言者の発言内容がかなり詳しく紹介され、後半では「解説サイド」という見出しで、土田記者の解説、コメントが記述されています。
東京新聞では、擁護派として西教授、反対派として鄭准教授、総括として本橋教授の3人だけが紹介されていましたが、ハンギョレでは擁護派が西教授以外に岩崎稔教授(東京外国語大学)、浅野豊美(早稲田大学教授)、批判側が鄭准教授以外に小野沢あかね(立教大学教授)、梁澄子(日本軍慰安婦問題解決全国行動共同代表)が挙げられ、岩崎教授以外の人たちに関しては、それぞれかなり詳しく意見が紹介されていました。岩崎教授の発言が紹介されなかった理由は不明。
それぞれの論者が具体的にどのような発表をしたかは記事を読んでいただくとして、先の東京新聞に比べると発言内容が詳しく紹介され、よくわかります。
発表は、擁護派の西氏に続き、批判派の鄭氏、擁護派の浅野氏、批判派の小野沢氏、梁氏と続きます。
研究集会後半は「討論」だったようで、登壇者は上野千鶴子(東大名誉教授)、北原みのり(作家)、中西新太郎(横浜市立大教授)、金富子(東京外大教授)、吉見義昭(中央大教授)ら。
それぞれの立場から、『帝国の慰安婦』に対する批判や擁護の意見を述べています。
5時間にわたった集会の最後に、本橋氏と中野氏が総括を行いました。東京新聞には本橋氏の発言のみ紹介されていましたが、こちらは中野氏の発言もあります。
「朝鮮人慰安婦が日本軍兵士協力者であり『同志的関係』を結んだとする同書の認識は、1992年の金学順さんの証言以前に後退する主張であり、驚愕した。日本軍の法的責任を否認する本を支持することはナショナリズムに陥る危険がある。現在の日本の思想状況に危惧を感じる」
この記事を読むかぎり、討論は「批判派」のほうが優勢で、「擁護派または中立派の学者が批判派の発表や意見を聞いて翻意した」かのような印象を与えます。
土田記者のスタンスは、記事後半の「解説的サイド」という不思議な見出し(この見出しは日本語版のみ)が立てられた後の記事を読むと、「批判派」への肩入れが明らかですが、ここまでの発言の紹介の仕方にもそのような傾向ははっきりしています。
全体として、批判派の意見に紙面が多く割かれ、まとめかたも、擁護派の意見に対し批判派の反論を紹介して終わることが多い。
私が問題に思うのは、記事後半の「解説的サイド」です。
まず、集会全体に対する土田記者の印象。
「擁護側」の中に、元慰安婦被害者を支援する市民運動に対する「嫌悪感」を示したり、論点を著者の在宅起訴へとすり替えることで、対話の可能性を封じる言動があったのは残念だ。
そして『帝国の慰安婦』の挺対協批判や少女像批判が日本の嫌韓と安倍政権・右翼に手を貸すものだと述べる。
朴氏は、挺対協が被害女性に「抑圧される民族の娘」として存在することを強制し、その運動は「平和ではなく不和のみを作り続けている」と非難している。日本の知識人の中にも挺対協の運動や少女像設置に嫌悪を抱く者がおり、『帝国の慰安婦』はそれらの嫌悪と共鳴して、少女像の撤去を闇取引する安倍政権や日本の右翼の「戦前回帰」に手を貸しているだけではないか。
討論においては、浅野氏が「会場の失笑を買った」とか、上野氏の「刑事告訴批判」に対し梁氏の反論のほうを好意的に紹介するなど、批判側に立った記事の書き方が目立ちます。土田氏は挺対協の活動を肯定的にとらえているようで、
「擁護派」や日本のマスメディアに広がる「挺対協バッシング」を看過することはできない。
などと述べています。
研究集会では、『帝国の慰安婦』について、「同書が「証言や史料の解釈が恣意的で間違いが多く、学術的評価の対象ではない」とする意見が大勢を占めた」とまとめられています。
「言論弾圧事件」については、「「学問や言論の自由」という価値観を根拠に被害女性による民事・刑事告訴や韓国検察による在宅起訴を批判する意見もあった」と紹介されていますが、それを受けて、『帝国の慰安婦』を「何の根拠もないまま他者を冒涜し傷つける点ではヘイトスピーチと変わりがない」と決めつけ、パリの反イスラムのデモになぞらえて、「『帝国の慰安婦』を絶賛し、朴氏の在宅起訴を「学問や言論の自由」の観点で非難する日本の知識人やマスコミも同様の「集団ヒステリー」に陥っているのではないか」などとまで書く。
資料の恣意的解釈や間違いに依拠し元「慰安婦」を傷つける言論を容認することは、「言論の自由」を守ることではない。「学問や言論の自由」を盾に同書の持つ致命的な問題点に目を閉ざそうとする者は、自ら仕掛けた罠にはまったも同然だ。
そして、抗議声明に署名した本橋氏が研究集会において「署名を撤回した」ことを称えて記事は終わります。
ジャーナリストという、「言論の自由」に最も敏感であるべき者が、韓国の言論弾圧をこれほどあからさまに支持するというのは、まさに「驚愕」です。土田記者は、サンケイ新聞言論弾圧事件においても、韓国を支持する論陣を張っていたんでしょうか。
かつて、慰安婦問題の一大キャンペーンで同問題の火付け役を果たした朝日新聞は、吉田証言関連記事の「撤回」後、朴教授への言論弾圧については、社説で朴氏への刑事起訴は「検察当局が歴史観を訴追したもので、韓国の自由の危機だ」「異論の封殺は自由に対する挑戦である」と断じていました。
土田氏は、本当にこの起訴が「言論弾圧」ではないと思っているのか、それとも韓国の新聞に寄稿するに際して、韓国でのウケを狙ったリップサービスなのか。もし前者なら、ジャーナリストとしての資質を疑います。
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私も両方が異なる事は気づきましたが、ハンギョレが私をめぐってそういう事をすでにたくさんやってきたことと(そこでやる気を起こせなかった)、最近裁判準備をやっていて余裕がなかったため、比較分析はしませんでした。しかし改めて見るとやっぱりひどいですね。タイトルの付け方からして。東京新聞の記者の見識もそうですが、ハンギョレの記者のやり方に強い憤りを覚えます。以前私が書いた本文にも私の意図とは異なるタイトルをつけていました。
日本語版のフェイスブックページやツイッターにシェアさせてください。
http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2016/03/28/0200000000AKR20160328172600073.HTML?from=search
土田記者にとって困る発言内容だったからのようです。
こんな発言もあったそうです。
木宮正史東京大教授は、「慰安婦問題によって日韓関係が悪化したが、その悪循環にどう対応するかを著者が考えたもの」とし、「朴教授の問題提起は、日本社会においてある程度有効性がある」と評価した。木宮教授は「(軍慰安婦問題が解決されないでいることについて)、日本だけのせいにするのではなく、韓国側も歩み寄る必要があると考えたのだろう」と解釈した
http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?code=970203&artid=201603281906221
土田記者は自分に都合の悪い発言をカットしたのでしょう。
シェアはもちろんOKです。
3.28 研究集会 「慰安婦問題」にどう向き合うか 集会記録集 http://satophone.wpblog.jp/?p=3340
(おまけ)朴裕河氏と2枚の「慰安婦」の写真
http://satophone.wpblog.jp/?p=2905
>韓国軍慰安婦についても取り上げれば、バランスのとれた、魅力的なサイトになると思いますよ。
最近、私の見ているサイトで話題に上ったので、現在、調べている最中です。また、記事書いたら、ここでご連絡します。
>現在、調べている最中です。
それが終わったら米軍慰安婦のほうもよろしくお願いします。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20170112/p1#c
このエントリーのコメント欄で話題になりました。
この問題を、シツコクもっと取り上げろと、言ってた方がいたのですが、なぜがコメントの返事が返ってきません。
ひょっとしたら、韓国軍の慰安所が、全部合わせても、漢口の積慶里慰安所の規模にも、遠く及ばないと言う事実をご存知なかったのかもしれません。
犬鍋さんはご存知でしたかねw。
韓国軍の慰安所が何か所あったかは知りません。
米軍慰安婦が日本軍慰安婦の何倍ぐらいいたか、サトぽんさんはご存じですか?
朝鮮戦争時の韓国軍慰安婦については、リンク先に書いているように、李栄薫の「大韓民国の物語」から、「公式報道によれば、 一九五二年にソウルの三か所と江陵の一か所に収容された慰安婦は全部で八十九名だったといいます。」を引用して論じてあります。小規模の部隊が運営していた例もあったそうですが、もっと多かったと言うソースがあれば、ぜひとも教えて下さい。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20170112/p1#c
ちなみに、漢口の積慶里慰安所は、約八年間、常時、二百八十人の「慰安婦」を抱えていました。
つうか、実際に調べてみて、こんなに少なかったんだと、話題に出してきた人に、改めて腹がたちましたがね。
もちろん、問題の本質は数ではありません。日本軍の恥部を、少数とはいえ、そっくり受け継いだということでは、韓国軍も当然に非難されるべきとは考えますが、日本軍の慰安所と異なるのは、日本軍の場合、在中国の領事館が絡んでいるからですね。つまり、外務省が容認(というか共犯)した制度でした。
日本軍慰安所での堕胎の問題など、もっと本質的な文章化するべき問題があるので、そんなに急いで書くつもりもありません。
って、犬鍋さんの返答次第ですがね。