弁理士の日々

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1号機非常用復水器の構造を幹部は知らなかった

2011-12-18 17:37:09 | サイエンス・パソコン
原発幹部、非常用冷却装置作動と誤解 福島第一1号機(12月18日朝日朝刊)
『東京電力福島第一原発の事故で最初に炉心溶融した1号機の冷却装置「非常用復水器」について、電源が失われると弁が閉じて機能しなくなる構造を原発幹部らが知らなかったことが、政府の事故調査・検証委員会(畑村洋太郎委員長)の調べで分かった。委員会は、機能していると思い込んでいた幹部らの認識不足を問題視している。また、その結果、炉心溶融を早めた可能性があるとみて調べている。 』

うわっ! 朝日新聞に先を越されてしまった。
私も今までの報道を総合して、1号機の非常用復水器についてはきっと上記のような状況だったに違いないと想像しており、このブログにアップしようと考えていた矢先だったのです。

原子炉が全交流電源を喪失した場合でも、発生し続ける崩壊熱を除去するための冷却を続けなければなりません。福島第一の2~6号機では、その役割を隔離時冷却系が担っています。原子炉が有している蒸気圧力でタービンを回転させ、主に圧力抑制室に溜まった水を循環して燃料を冷却する構造です。
それに対して1号機は、全く異なった「非常用復水器」によって冷却する構造です。圧力容器との間のバルブが開いており、非常用復水器内の冷却水が供給され続けている限り、自然に冷却がなされる仕組みとなっています(非常用復水器の動作メカニズム)。

3月11日の地震発生と津波来襲以降に1号機の非常用復水器がどのような動作実態だったのかについて、以下のようにレビューしていました。
14:52 非常用復水器(IC)自動起動
15:03頃 ICによる原子炉圧力制御を行うため、手動停止。その後、ICによる原子炉圧力制御開始。
15:37 全交流電源喪失
18:18 ICの戻り配管隔離弁(MO-3A)、供給配管隔離弁(MO-2A)の開操作実施、蒸気発生を確認。
18:25 ICの戻り配管隔離弁(MO-3A)閉操作。
21:30 ICの戻り配管隔離弁(MO-3A)開操作実施、蒸気発生を確認。
(例えば1号機の非常用復水器稼働状況

15時37分(津波来襲)から18時18分までの非常用復水器作動状況については、当初は種々の説がありましたが、現時点では上記朝日新聞記事にあるように「電源が失われると弁が閉じて機能しなくなる構造」に起因し、「津波来襲直後から動作していなかった」という認識に立っているのでしょう。
18時18分頃にたまたま計装用バッテリーが一時的に復旧して「非常用復水器が停止状態にある」ことが判明し、A系の3A弁と2A弁を開きました。オペレータはこのときに「蒸気発生」を確認しています。
さらにその後、今度はオペレータが自分の意思で、18時25分に弁を閉として休止し、21時30分に再度開きました。

このような経過をたどった1号機について、最近になって東電は、11月30日東電報告書・1号機で記事にしたとおり、燃料棒の大部分は溶融した上で圧力容器から抜け落ち、格納容器の底部に落下しているという見立てをしました。1号機がこのようにひどい状況に陥ったのは、津波来襲直後から燃料棒の冷却機能を失っていたことに起因しています。

この当時、発電所の現場ではどのような認識に立っていたのでしょうか。
津波来襲直後、1号機は圧力容器内の水位計が表示されず、非常事態との認識に立ちました。そころがその後、水位計が復旧して正常水位であると表示されたため、それ以降はこの水位情報を信頼しきってしまったのです。後から考えたら、この水位計の表示が誤りだったのでした。1号機の圧力容器内では、11日の夜も早い段階で、すでに水位が下がって燃料棒がむき出しになり、何千℃もの温度に到達して燃料棒は溶融崩壊していたのです。

原子炉は、核分裂反応を停止した直後であり、崩壊熱の発生量は膨大です。発生する熱を冷却する唯一の手段が非常用復水器なのですから、津波来襲で全交流電源を喪失した直後、何はさておき「非常用復水器は正常に作動しているか」を確認する必要があったことになります。
しかし1号機の中央操作室では、津波来襲の3時間後、たまたま計装電源が一時的に復旧してランプが点いたので、はじめて非常用復水器が休止していたことに気づいたのです。これがまず呑気すぎます。非常用復水器の動作状況が不明なのであれば、所内からバッテリーをかき集めてでも計装電源を復旧して作動状況を確認し、停止状態にあるのであれば弁を開いて動作させるべきでした。
また、津波後3時間で非常用復水器を開にしたときに蒸気発生を確認しています。非常用復水器が動作していれば蒸気が発生するということは、津波来襲後に蒸気が発生していないことを確認するだけで、「非常用復水器が動作していない」ことに気付けたはずです。

また、発電所長が詰める免震重要棟においては、1号機の非常用復水器の動作状況について関心を示していませんでした。おそらく、津波後3時間経過後に非常用復水器停止に気付いて弁を開にしたことも、その15分後に意図的に閉としてさらに3時間にわたって停止し続けたことも、免震重要棟にいる幹部は知らなかったのでしょう。「中央操作室から何の報告もないということは、正常に動いているのだろう」と勝手に想像していたものと思われます。

これら開示された情報を通じて私は以下のように想像しました。
福島第1原発で最初に建設された1号機と、それ以降の2~6号機とでは構造に相違があります。非常用冷却装置についていえば、1号機が非常用復水器であるのに対し、2号機以降は隔離時冷却系です。
当時発電所に詰めていたエンジニアの大部分は、2号機以降の構造については熟知していても、1号機に関しては「あれだけは古いタイプだから」ということで熟知には至っていなかった可能性が高いです。それは、私がエンジニアとして工場に勤務していたときの経験からしても、よくあることであり、責められることではないと思います。
特に、「計装電源をすべて喪失した場合、制御系はフェールセーフによって非常用復水器の弁を閉にするシーケンスが組まれている」などという制御ロジックについて、頭に入っている人がいなくてもおかしなことではありません。
このとき、免震重要棟に詰める幹部は、1~6号機の6機について目を配るのですから、1号機への配慮がおろそかになることはあり得るでしょう。しかし、1~3号機は直前まで発電を行っていたので、崩壊熱除去のための冷却が命であることは熟知していたはずです。

問題は1号機の中央操作室です。何で交流電源喪失直後、「非常用復水器は動作しているか?」という点について注意を払わなかったのでしょう。計装盤の表示が消えているのですから、動作確認ができません。非常用復水器が命綱であることを認識していれば、まずは万難を排して動作確認をするはずです。
さらに、非常用復水器が動作していれば、冷却水が蒸発して蒸気が発生するといいます。実際、18時18分に非常用復水器を作動させた際には蒸気発生が確認できています。だとしたら、計装盤が表示されていないのであれば、「蒸気は出ているか?」に注意を払うべきでした。
また、せっかく再開した非常用復水器の動作を、再開の7分後には再度「閉」としています。蒸気発生が確認できなくなったので、非常用復水器の破損を懸念したためといいます。またこの動作を免震重要棟には連絡しませんでした。ということは、1号機のオペレータは「非常用復水器が動作しない限り圧力容器内では大変なことが起こる」という認識を持っていなかったことになります。これはたいへんなことです。

免震重要棟に詰める幹部は、非常用復水器が死活的に重要であることは認識していたが、非常用復水器が動作しているものと信じ込み、「非常用復水器の動作を確認せよ」との指示は出していません。1号機のオペレータは、当初は非常用復水器の動作状況を確認できず、3時間後に「閉」を確認して「開」動作を行ったものの、15分後には「閉」にしてしまった。そして1号機のオペレータは、免震重要棟の幹部に対して「津波来襲後3時間にわたって非常用復水器の動作が確認できない」「3時間後に、それまで非作動であったことが確認できた」「さらにその15分後に意図的に停止した」という事実を報告していなかったことになります。
その結果、1号機に消防車で淡水注入を始めたのが12日5時46分ですから、もうどうしようもなく手遅れだったのです。

1号機で核燃料が溶融して圧力容器の底を破り、格納容器底部に落下したということは、落下の際に格納容器底部の溜まり水に落下し、水蒸気爆発を起こしてもしょうがない状況でした。もし水蒸気爆発を起こしていれば、1号機の格納容器が破裂し、今の日本はもっともっと破滅的な状況に陥っていたでしょう。そうならなかったのは単に運が良かっただけです。
12日の午後に1号機建屋の水素爆発がありました。これにより、その直前に準備が完了した電源車による電力の供給ラインが使えなくなり、また1号機への消防車による注水もやり直しとなりました。また、飛び散った放射性の瓦礫により、それ以降の復旧作業を大幅に阻害することとなりました。

このように考えると、1号機の非常用復水器について、もっと早く気づいてくれていれば、事故の実態はずいぶんと違ったものになっていたのではないかと悔やまれます。誤表示であることが後から分かった水位計が、むしろ回復しない方が良い結果を導いたことでしょう。

新聞報道にある『委員会は、(非常用復水器が)機能していると思い込んでいた幹部らの認識不足を問題視している。また、その結果、炉心溶融を早めた可能性があるとみて調べている。』のうち、後半はその通りではあるものの、前半については酷であるようにも思いますが、結果責任ということであればやむを得ないかもしれません。
工場を預かる責任者が常に肝に銘じなければならないことでしょう。
コメント (1)
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