弁理士の日々

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優先権・遡及効と証拠除外効

2007-05-08 22:51:51 | 知的財産権
前回報告した「優先権制度に関する最近の判決事例とその利用方法-人工乳首事件の影響-」(廣瀬隆行先生)の講演では、「アンブレラ理論を否定した判決」というのが紹介されています(知財高裁平成18年3月22日判決)。アンブレラ理論とは何でしょうか。

優先権基礎出願の明細書に発明「A」が記載され、優先権主張出願の請求項に「A+B」が記載されています。基礎出願と優先権出願との間に、「A」が記載された刊行物が刊行されました。この場合に、優先権は有効か、という問題です。

パリ優先権の効果については、「遡及効」と「証拠除外効」という大きな二つの解釈の流れがあったようです。この点については、パテント誌2006年6月号で、特許庁審判官の柴田和雄氏が「改良発明に対する複合/部分優先権制度の意義-証拠除外効から遡及効への解釈の転換-」という論文を発表されています。こちら(pdf)です。

証拠除外効とは、「優先期間中に、優先権基礎出願に記載の発明(この場合は「A」)と同じ発明を記載した公知文献が現れても、その文献は、優先権主張出願の新規性・進歩性を判断するための文献から除外される」という効果です。別名、アンブレラ理論と呼ばれるようです。

上記パテント誌の論文によると、部分優先権についてのパリ条約のもともとの趣旨は、この「証拠除外効」であったというのです。

一方、「遡及効」とは、優先権主張出願の請求項に係る発明について、所定の条件の下、優先権基礎出願時に出願されたとみなす効果です。
今回の事例では、優先権主張出願の請求項には「A+B」発明が記載されており、このA+B発明について、遡及効が認められなければ、優先期間中のAについての公知文献によって新規性・進歩性の判断がなされます。
「証拠除外効」の考え方では、Aについての公知文献がなかったことになります。一方、「遡及効」の考え方では、優先権が認められるのか否かをまず判定しなければなりません。

このような問題を検討する際には、状況を明確にする必要があります。
(1) パリ優先権か、国内優先権か
 パリ優先権の効果は、パリ条約4条Bで規定され、部分優先権については4条Fの規定があります。一方、国内優先権の効果は特許法41条2項で規定されています。両者は規定ぶりが全く異なるので、別々に検討する必要があります。

(2) 「A+B」とは、「A or B」かそれとも「A&B」か
 「A or B」とは、例えば、Aが「温度100~200℃」、Bが「温度200~300℃」といったような場合です。
 一方「A&B」とは、部材Aと部材Bとを組み合わせた装置、といった場合です。


講演会で紹介された知財高裁平成18年3月22日判決(平成17年行ケ10296)(裁判所ホームページ)を読んでみました。パリ優先権ではなく、国内優先権の問題でした。
発明は、耐摩耗性皮膜被覆部材であって、(Al、Ti)(N、C)の化学組成を持つものです。そして、Al/(Al+Ti)比率がxで示されます。
・優先権基礎出願(先の出願)
 0.2≦x≦0.65
・優先権主張出願(本願)
 0.2≦x≦0.75
・先の出願と本願との間に、x=0.64のものが記載された刊行物が刊行されました。

本願は、先の出願に比較して、xの範囲として0.65~0.75の部分だけ拡張されています。上記「A or B」の場合に属します。

この問題は国内優先権の効果の問題ですから、特許法41条2項の解釈の問題です。同項は日本語として厳密ですので、解釈の振れが発生する余地がありません。
41条2項「国内優先権の主張を伴う特許出願に係る発明のうち、当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の出願当初の明細書等に記載されている発明については、以下の実体審査に係る規定の適用にあたり、当該特許出願が先の出願の時にされたものとみなす」

つまり、0.2≦x≦0.65については先の出願時、0.65~0.75については本願出願時を基準として、新規性・進歩性が判断されます。従って、0.65~0.75の部分について、刊行物(x=0.64)との関係で進歩性の有無を判断すべきことが明らかです。

ところが審決は、この判断を行っていないのです。審決を読んでびっくりしました。審決のどこを探しても、特許法41条2項が出てこないのです。審判官が、国内優先権の効果を規定した41条2項を忘れていたとしか思えません。

当然のこととして、この審決は取り消されました。
ただし、再開した無効審判はまだ終結していません。0.65~0.75の部分について、刊行物(x=0.64)との関係で進歩性を有するか否か、審理しているのでしょう。

国内優先権においては、41条2項の規定が明確なので、アンブレラ理論が登場する余地はありません。
では、パリ優先権ではどうなのでしょうか。この点については別の機会に。
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