Activated Sludge ブログ ~日々読学~

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●2016年、17年の「報道の自由度ランキング」、2年連続72位なニッポン…「社会と政治も三流」

2017年05月17日 00時00分28秒 | Weblog


月刊『創』出版の新刊紹介【同調圧力メディア メディアが三流なら社会と政治も三流なのだ/森達也著】(http://www.tsukuru.co.jp/books/2017/04/mori-02.html)。

 《「ちょっと待って」とか「やっぱりこれは変だ」などの声を、もう少し多くの人が発していたならば、こんな状況にはなっていなかったはずだ》。

   ●2016年報道の自由度ランキング72位: 
      「メディアは二流ならば社会も二流」、アベ政治も…粗悪
    《森達也監督…政治が一流だけど、メディアは三流なんて国はありません
     メディアは二流ならば社会も二流なんです。相互作用ですから。
     「国境なき記者団」が発表する「報道の自由度ランキング」でも、
     上位に位置するノルウェーデンマークスウェーデンは、僕から見れば
     確かに政治も一流だし、社会も成熟していると感じます。
      2010年に自由度11位だった日本のメディアが、2016年には72位にまで
     下落しました。ならばメディアだけではなくて政治も国民も、同じように下落
     したということです。今のこの国のレベルは途上国以下

   『●森達也さん、「僕はもうあきらめた」
      「これから4年間でこの国がどう変わるのか、とてもとても楽しみだ」
    《つまり法案はさくさくとすべて通る。ねじれ解消良かったね。
     ならば二院制の意味は何だろうと思うけれど、もう言わない。
     だって将棋でいえば詰み。チェスならチェックメイト。臨界は超えた。
     もう制御はできない》」

 2016年、17年の「報道の自由度ランキング」、2年連続72位なニッポン。《メディアが三流》なのですから、《社会と政治も三流》ということですね…。《絶望の絶対量が足りない国》…もう十分に《絶望》してますけれどもね、まだ足りないのでしょうか? この社会や政治のダメさ加減、《もう制御はできない》のか…。

   『●「戦没 新聞人の碑」と「対馬丸犠牲者の慰霊碑 小桜の塔」
   『●カラスはやっぱり「黒い」: 「アベ様のNHK」的
      「政府が白というものを黒とは言えない」で良いのか?

   『●アベ様の政権の「暴走」許す、批判精神無き、「牙」無きメディア
   『●「薄っぺらで反知性的なタカ派が増殖している」
                    ・・・・・・アベ様達からして?

   『●失われる「メディアの作法、矜持」…
      「権力を監視する機能が失われ」、しかも、アベ様の「思う壺」
    「青木理さん、「権力と距離を置かなくちゃいけないなんていうのは、
     かつてはごく当たり前の作法としてメディア内で共有されていた」」

   『●「百田氏や自民党議員からの圧力はすべてのメディアの 
           言論の自由に対する挑戦・・・危機感を共有して」!
   『●「沖縄には明らかにおかしな新聞がある。
      本当に潰れた方がいい」…自民党には「ロクなヤツがいない」
   『●むき出しの「言論弾圧政党」: 東京新聞社説
      「沖縄の二紙のみならず、報道機関全体で抗議すべきこと」
   『●沖縄差別、その究極の姿:「報道の自由」「知る権利」の破壊に
                    立ち向かわない「本土」マスコミの差別意識
   『●「戦争のためにカメラを回しません。
     戦争のためにペンを持ちません。戦争のために輪転機を回しません」
   『●沈黙するマスコミ…「機動隊に加え、防衛省、自衛隊、
         そして米軍が総掛かりで住民たちを排除し、監視」
   『●記者排除: 「報道の自由、国民の知る権利の侵害を
        容認する閣議決定であり、強く抗議し、撤回を求める」
   『●「アベ様広報」…安田浩一さん「現地の人に話を聞く、
       裏取りするという取材の基本ができていない…デマ」
   『●確信犯…「ジャーナリストが極右的言動で
      活躍しはじめたことのほうが、より事態の深刻さを物語っている」
   『●「相手が権力者となると事情は異なる。
      忖度はおもねる姿勢につながり、権力暴走の歯止めを失わせる」
    「権力に忖度する新聞で良いのか? 「権力を監視」しない報道者、
     ジャーナリストで良いのか? 「報道機関・ジャーナリストは
     「闘って」いるだろうか?」
    『■城山三郎さん「戦争待望論を唱える若い文士がいると聞いて、
     鳥肌の立つ思いがする。平和の有難さは失ってみないとわからない
     (http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/46cffbbda63235587e36a8f40865b28b)、
     「日本は先の戦争で、ほとんどすべてを失ってしまった。
     唯一、得られたのは、憲法九条だけだ
     (http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/07980877a3742cbd8a23034f725a7386)』
    『■福島菊次郎さん《安保関連法の成立を心配し『戦争なんて始まらない
     と頭のどこかで考えているだろうね。でも、もう始まるよ
     と最後まで危ぐしていた》…代表作に「ピカドン ある原爆被災者の記録」
     「戦争がはじまる」「証言と遺言」など
     (http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/5254d4afac7034e06e96deca02372701)』
    『■反骨の報道写真家・福島菊次郎さん…『証言と遺言』の最後に赤々
     と押印、「闘え」「菊」と…「問題自体が法を犯したものであれば、
     報道カメラマンは法を犯しても構わない」……すごく重い、福島さんの言葉。
     いま、報道機関・ジャーナリストは「闘って」いるだろうか?
     
http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/5254d4afac7034e06e96deca02372701)』

   『●卑劣で幼稚で残虐な事件、5月「3日で30年に」…
       「異論を排除する、すさんだ言葉の横行」のその源流

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http://www.tsukuru.co.jp/books/2017/04/mori-02.html

同調圧力メディア 森達也著

  同調圧力メディア
  メディアが三流なら社会と政治も三流なのだ
  森達也
    ISBN 978-4-904795-46-0
    2017年4月19日発行
    定価 1500円+税
    四六判
    288頁

あの映画「FAKE」を世に問うた監督の極私的メディア論!「忖度(そんたく)」が横行する日本社会の元凶は、同調圧力を強いるマスメディアが元凶なのではないか!『創』連載をまとめた森達也さんのメディア論の真髄!

〔内容紹介〕
《「みんなが右に向かって歩いているのに、どうしてあなたは左に行こうとするのだ」――同調圧力。法や明文化されたルールではない。自主規制だ。全体で動くことを強要される。あるいは自ら強要されることを求めてしまう。特に日本人はこの傾向が強い。だから放送禁止歌のような意味不明なシステムが実体化して、原発安全神話のような虚構が何十年も存続する。「ちょっと待って」とか「やっぱりこれは変だ」などの声を、もう少し多くの人が発していたならば、こんな状況にはなっていなかったはずだ。》(本書より)

......前作『極私的メディア論』に続いて、映画『FAKE』から共謀罪まで、月刊『創』の連載コラムをまとめた新刊! 物事を白か黒かの二極に単純化し、そのどちらかに従うよう同調圧力が働くという日本社会を俎上に上げ、その中でマスメディアが果たしている役割に大きな疑問を投げかける!

《社会とメディアと政治は、互いに刺激し合いながら、少しずつ同じレベルでスライドする。楽なほうに。売れるほうに。票が集まるほうに。真実と虚偽。黒と白。二極化は楽だ。だって曖昧さが消える。すっきりとする。右と左。正義と邪悪。敵と味方。壁を作れ。悪は叩け。正義は勝つ。やがて集団の熱狂に身を任せながら、僕たちは同じ過ちを繰り返す。視点や解釈は無数にある。もちろん僕の視点と解釈は存在するけれど、最終的にはあなたのもの。自由でよい。でもひとつだけ思ってほしい。様々な解釈があるからこそ、この世界は自由で豊かで素晴らしいのだと。》


〔目次〕

広瀬健一からの問題集プロパガンダ展で見たプロパガンダ上書きされた刑場公開尖閣映像流出とポピュリズム空港での一時拘束/今、自分ができること/後ろめたいけれど、敢えて撮る/震災で表出した後ろめたさ/反骨で悔しいドキュメンタリー「死刑弁護人」/明らかな作為/誘導される民意/不謹慎という同調圧力/委縮の現在進行形/「報道」の優先順位/アナウンス効果の加害性/でも書かねばならない/なぜ戦争を煽るのか/「カメラを回す前」について/始まった日と終った日/瑣末な違和感/山本太郎と天皇制/メディアはどう対峙すべきか/少し考えればわかること/音楽家代作と言葉の軽さ/「美味しんぼ」と北朝鮮/中国と北朝鮮メディア考/ニュースの優先順位とミヒル君/朝日新聞「池上問題謝罪とは/サンデー・ジャポンと百田と朝日/彼らを救いたい/トドを撃つなよ/特異性と普遍性/『絶歌』に思うこと/取り返しのつかない転換/「テロに屈するな!」に屈するな/「チッソは私であった」/この国のメディア/日常に遍在するFAKE/映像表現とFAKE/公正中立の座標軸/「テロリズム」と共謀罪/米大統領選と世紀の読み違い/絶望の絶対量が足りない国/あとがき
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●死刑存置を目指して、市民の意識のハードルを下げさせる制度

2013年06月07日 00時00分07秒 | Weblog


asahi.comの記事(http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201305200635.html?ref=com_top_pickupと東京新聞の記事(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013052102000126.html)。

 裁判員制度に乗せられて、「死刑のスイッチ」を押させられるなんて、真っ平御免だ。ましてや、それが冤罪であったりすれば、二重三重の意味でトラウマ必至だ。死刑存置をもくろむ国や官僚、政治家が、死刑に対する市民の意識のハードルを下げさせるための制度が裁判員制度であると思う。その片棒を担がされるなんて耐えられない。敢えて重大犯罪の裁判にシロウト裁判員を参加させるところがその証左。

   『●『つぶせ! 裁判員制度』読了
   『●『官僚とメディア』読了(3/3)
   『●『裁判員制度の正体』読了

   『●手遅れ!! ~死刑のスイッチを押すことと死刑執行~
   『●死刑という制度: 「吊るせ、吊るせ」の合唱で何か状況は変わるのか?
   『●「裁判員制度」の下での「死刑制度」存置支持
   『●それは、職業裁判官の怠慢にすぎない
   『●裁判員制度下で少年死刑判決
   『●裁判員の心を慮る・・・
   『●そのスイッチを押せない
   『●『きみが選んだ死刑のスイッチ』読了(1/2)
   『●『きみが選んだ死刑のスイッチ』読了(2/2)
   『●裁判員制度: 被告にとっても憲法違反
   『●裁判員制度を即刻中止に
   『●「死刑のスイッチ」を押すこと: 裁判員のストレス障害
   『●裁判員制度という不始末に最高裁はどのような落し前を?

 「初公判から判決までは、平均六日程度で、かつては半年も要していたことと比べると、大幅に短縮された」そうだが、裁判員制度の目的はスピードアップなのか?

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http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201305200635.html?ref=com_top_pickup

2013年5月21日
極刑、向き合う裁判員 4年間で判決17件 近づく執行の局面

 「裁判員制度」は、21日で施行から4年となる。この間、計17件の死刑判決が出され、一般の市民が「極刑」と向き合ってきた。死刑判断を市民に委ねる一方で、法務省は刑場公開などの情報開示に消極的で、日本弁護士連合会などは批判を強めている。

 死刑判決17件中、確定したのは4件。うち2件は確・・・・・・。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013052102000126.html

【社説】
裁判員制度 市民参加深めるために
2013年5月21日

 裁判員制度が施行されて、四年になる。厳しい守秘義務や、有罪か無罪の評決の前に被害者が意見を述べる仕組みなどは手直しが必要ではないか。市民参加の意義を深める制度へ発展してほしい。

 裁判員に選ばれる前は「やりたくなかった」という声が52・5%だが、裁判終了後には「よい経験と感じた」という声が95・4%も占めている。最高裁がまとめた検証報告書からは、裁判に参加した市民が、この制度を肯定的にとらえていることが読み取れる。

 初公判から判決までは、平均六日程度で、かつては半年も要していたことと比べると、大幅に短縮された。その一方で、初公判前に裁判官と検察官、弁護士で争点を絞り込む公判前整理手続きが長期化している。争いのある事件では、九カ月もかかっている。

 これは問題だ。検察側が全証拠のリストを開示することで、弁護側は被告に有利な証拠を集めやすくなる。同時に争点も明確になるだろう。全証拠のリスト化は早期に実現してほしい。

 心のケアにも、もっと配慮が必要だ。死刑を言い渡した事件で、福島県の女性が「急性ストレス障害」と診断され、今月、国家賠償を求める訴訟を起こした。メンタルヘルスサポートの仕組みがあるが、全国二百十七カ所の提携先で、無料カウンセリングの利用は五回までと制限されている。もっと手厚いケアが望まれる。

 裁判員に課される守秘義務も重すぎる。判決に至る経緯や評議の内容は、生涯、口にしてはならない定めで、違反の場合は懲役刑の罰則まである。これでは精神的な負担になるのは当然だ。

 むしろ、市民がどのように考えて、結論に至ったかをある程度、オープンにした方が、将来、裁判員になる人にも参考になり、社会的な蓄積にもなるはずだ。守秘義務の緩和へ踏み出してほしい。

 何より改善を求めたいのは、被害者や遺族が法廷で意見を述べる場面だ。まだ被告が有罪か無罪か決まっていない段階で、悲痛な思いや、犯人を憎む気持ちを吐露したら、裁判員の判断に影響を及ぼさないだろうか。いったん有罪か無罪を評決し、有罪の場合に限り、法廷で被害者・遺族の意見を聞くのが筋ではなかろうか。

 裁判員に期待されるのは、市民の常識と良識である。「よい経験だった」という積み重ねこそ、この制度の浸透をより深め、民主主義を鍛え直す。
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●『記者会見ゲリラ戦記』読了

2011年02月20日 13時00分01秒 | Weblog

記者会見ゲリラ戦記』、1月に読了。畠山理仁著。扶桑社新書、2010年12月初版第一刷。

 秀逸な「まえがき」(pp.2~5)、成長物語。記者会見オープン化騒動記。
 
大マスコミの記者は、「・・・フリーランス記者に名刺を渡すことは気が進まないようだった。椅子には置けるがフリー記者には渡せない」。名刺の「交換レートの違い」。「そうした差別を経験した記者が書く本書は、これまで「椅子以下の存在」だったフリーランスの記者が、徐々に「質問する椅子」へと成長して行く物語である」。
 随所に「椅子以下の存在」といった自虐的なフリーランス記者像。記者クラブ所属の記者から見ると、フリーランス記者は「二等市民」(p.95)、「人にあらず」(p.100)、「下々の者」(p.141)、「ボールを投げることもバットを振ることもできない」(p.281)、といったところか。

 記者会見オープン化のトップは、外務省岡田克也大臣(p.14、246)と金融庁亀井静香大臣(p.14、27、82、109、101、163、166、168、236)。この二人が推進。特に亀井元大臣が主催した、フリー記者対象の第二記者会見の方が圧倒的に有益で、「「特オチ」を恐れる記者クラブ側にとっては屈辱的な状況」を生むことに(p.94)。「中には死刑廃止論者である亀井大臣から、「(死刑執行は)当分は行われないと思う」という、現職大臣としては異例の発言を引き出す参加者もいた」(p.102)。第二記者会見は記者だけでなく誰でもよい、その根底には、亀井元大臣「「当たり前ですよ、主権者なんだから」という、ごくごく当たり前の考え方」(p.27)。
 世界の常識「フリープレスの原則(p.16)。海外の記者会見は例外なく「オープン化」。「日本のように「記者クラブ加盟者以外は取材できない」という奇妙な国はない。なぜなら世界のジャーナリズムには「フリープレスの原則」(報道に携わる者は誰もが自由に取材できる)という常識があるからだ」。

 「マスのジャーナリズム」に対して、ユーストリームのようなネット生放送などの「マイクロ・ジャーナリズム」(p.21)が記者クラブ制度に穴をあける。

 枝野幸男行政刷新担当大臣に、神保哲生さんから「なぜ記者クラブは仕分けの対象にならないのか?」(p.45)。

 岡田克也外務大臣、密約問題(p.46)。
 大川興業大川豊総裁と異例の事態(p.83)。グラミン銀行、ブラック銀行。
 座談会「記者オープン化はいつ?」(マガジン9)、大川豊×岩上安身さん(pp。126-154)。「岩上 ・・・毎日新聞の記者だった西山太吉さんたちの時代は、ボスがあのナベツネさん(読売新聞主筆の渡邊恒雄氏)で、霞クラブでの記者会見では、ナベツネさんの席は記者席じゃなく、大臣の隣。記者の方を向いて座る。しかも会見の間中、自分は一言も質問しないで、パイプくわえて、大臣と後輩の記者たちに睨みをきかせていたそうだ。/・・・。/岩上 ホントだよ。西山さんが言っていた(笑)。本人から直接聞いた話。/大川 それ政治記者じゃなくて、フィクサーが表に出てるようなもんですよね。/岩上 そう、それが国民の目にさらされないだけ。・・・。新聞とテレビの情報が頼り。/大川 それ、中継してほしかったなー。/岩上 国民は実態を全然知らされない。どれほど異常な言論空間の中に、日本人はこれまで生きてきたか、ですよ。その象徴的な存在が、ナベツネ氏であったわけです」(p.131)。「畠山 ・・・本当は利益を追求する一私企業にすぎません。その上、権力側から無料の記者室など様々な利益供与を受けている。・・・。/・・・官房機密費がマスコミに流れたという疑惑」。つまり記者クラブは情報を独占することで「報じない」という権力を行使してきた。そして「報じられなかったことは、なかったこと」になってしまう。それは国民にとっても損失です」(p.154)。一方で捏造に乗せられ(乗ったふりをして)バカ騒ぎする小沢問題よりも、記者クラブの密室会見問題・利益供与問題は酷くはないか??
 官房機密費、便宜供与とマスコミ・記者クラブ・(都心の一等地でタダの家賃)記者室との癒着(p.154、161、173、198)。「官房機密費には「記者クラブを含むマスコミ関係者に渡っていたのではないか」という〝疑惑〟がある」(p.269)ことには、記者クラブ・記者室・大マスコミは当然消極的。
 都合のよい情報、捏造された情報をリーク(p.173)。特捜の会見では被疑者の弁解や供述を開示しないと言いつつ、「・・・小沢一郎前幹事長をめぐる「政治とカネ」の事件では、逮捕された石川知裕衆院議員の〝具体的な供述内容が洪水のように報じられていたよね? しかもまるで「取り調べの場にいたかのような内容」が、連日、新聞やテレビで報じられた」(p.173)。「関係者発言」(p.260)とは、どんな関係者?
 我々は騙されている。「マスコミは小沢氏のことを「雲隠れする」「逃げる」と報道し続けたが、小沢氏ほどオープンな形での記者会見を開いてきた政治家を私は他に知らないからだ」(p.264)。岩上さんのWPを見てみればこの点は明確。八丈島の釣り〝事件〟。「小沢一郎という政治家は、新進党、自由党、そして民主党と、記者会見に参加する記者に制限を設けてこなかった。・・・。/・・・。/それでもなお、国民の間には「小沢氏は情報公開に消極的な政治家」というイメージが定着している。それは記者クラブメディアによる国民へのマインドコントロールが成功したからにほかならない」(p.265)。小沢氏は、記者クラブの敵。小沢氏が不要な部分までの政治資金の公開をしていることや、毎週記者会見を開催してきたことなどは決して記者クラブは報じない。「関係者発言・情報」を基に捏造情報を垂れ流すばかり、プロパガンダ。小沢氏に比べて、「菅首相が本気で「自分はオープンな政治家だ」と思っているとしたら、それは極めておめでたい」(p.272)し、そう思わされている我々も同様に極めておめでたい。

 オープンな会見でも参加を断られる寺澤有さん(pp.160-161、178、267、272)。

 千葉景子法務大臣と死刑問題、(p.203、206、209、211)。民主党政権で初めての死刑執行。参議院議員としての任期満了前に駆け込みで執行書に署名。「死刑廃止を推進する議員連盟」に所属する議員だったのに、法務官僚にと取り込まれた哀しい人。しかも、「閉じられた「刑場公開」」(p.212)でフリー記者を騙し討ち。

 
「ボールを投げることもバットを振ることもできない」(p.281)グランドキーパーとして、記者クラブオープン化に向けてグラウンド整備に疲弊(p.282)。ようやくその第一歩、扉がわずかに開いた。記者クラブとフリー記者が対峙するなどナンセンス、なぜなら「本来、報道に携わる者が対峙すべきは権力者だからだ」(p.284)。「記者会見のオープン化がなされた時、ようやく権力と報道の本当の戦いが始まる。既に観客はガチンコ勝負を見るために、すこしずつスタンドに入り出した。記者会見が真剣勝負の場になれば、政治家も記者も技量が磨かれる。ファインプレーも出るだろう。/さあ、一刻も早く試合を始めよう。開かれた日本の民主主義のために」(p.285)。
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●『創(2010年11月号)』読了

2010年11月28日 00時26分33秒 | Weblog

『創』(2010年11月号)、11月に読了。

 
カラーグラビア「今年も行われた太地町のイルカ漁/映画「ザ・コーヴ」騒動は何を残したか」(p.22-23)。

 
中島岳志さん「被告人が語った動機の背景にあるもの/秋葉原事件・加藤被告の〝脱神話化〟の重要性」(pp.36-49)。最早忘れ去られている事件に・・・。かなり考えさせられる論文。当初バカ騒ぎしたものの、「派遣問題に還元するのは無理がある」。「つなぎ事件の直後に聞いたロックの歌詞」はかなりショック。「・・・バンプオブチキンの「ギルド」という曲の歌詞を書き込みしているのです。/それは「美しくなんかなくて、優しくもできなくて、それでも呼吸が続くことは許されるだろうか」「その場しのぎで笑って、鏡の前で泣いて、当たり前だろ 隠してるから気づかれないんだよ」という歌詞だった」。いや~、始終聞いているだけに・・・。「歌の始まりは、自分が相応の給料というものをはたしてもらっているんだろうかというような歌詞で、まさに労働と疎外の問題をテーマとして歌ったものですが、この歌の歌詞が、最後のところで、彼にメッセージが届きそうになったのです」。「「シングルイシュー」に原因を還元するのはやはり避けるべきですし、「あってほしい犯人像」を加藤に押しつけることは問題だと思います」。

 
篠田博之編集長「一体何故・・・再び〝地獄〟へ舞い戻ってしまうのか/田代まさしさん再び薬物逮捕の驚愕」(pp.50-56)。

 
佐高信さん「ニッポン文化低国を撃つ!/筆刀両断!/節操のない政治家 蓮舫」(pp.72-73)。石原慎太郎との共通点は、小沢一郎に批判的なことと外国人地方参政権に反対なこと。節操のなさは田原総一朗氏譲りらしい。「蓮舫が支持する菅は郵政民営化に賛成だった。それで私は菅を〝愛嬌のない小泉純一郎〟と名づけれいるのだが、いわゆる新自由主義の小泉・竹中(平蔵)「改革」のチョーチン持ちをしていたのが田原だった」。

 
香山リカさん「「こころの時代」解体新書/取調べ可視化でも虚偽自体は防げない」(pp.78-81)。村木厚子さん無罪判決。認知症患者のつめ切り出血でっち上げ事件について、福岡高裁は逆転無罪の控訴審判決。

 
森達也さん「極私的メディア論/第55回 上書きされた刑場公開」(pp.82-85)。二人の死刑執行を命じた千葉景子法務大臣が刑場を開示。しかしながら、「・・・きわめて多くの制約や限定の上・・・」。「そもそも法務省はつい十数年前まで、執行したことすら公開しなった。死刑の存在理由を犯罪抑止にするのなら、あきれるほどの論理矛盾だ」。「・・・処刑した死刑囚の名前を明かすように・・・。これも鳩山邦夫法相(当時)の(唯一の)英断だった)」。「情報を公開してもらうのではない。公開することが当たり前なのだ」。

 
「アフガン拘束事件の常岡さんと語る/ハイリスク・ローリターンの戦場取材になぜ挑むのか/座談会 常岡浩介・原田浩司・綿井健陽」(pp.90-101)。

 
今西憲之氏「検察内部腐敗の実態/証拠改ざん! 暴かれた検察庁の内部腐敗」(pp.102-111)。村木事件は、「宣告前から「無罪」が決まりきった、検察史上、類を見ないような判決公判。・・・いかにインチキでとんでもないものだったのか・・・」。全員が破棄した「取り調べメモ」。三井環口封じ逮捕と大阪検察。

 
佐藤潤一氏・鈴木徹氏「「グリンピース裁判」が提起したものは何か/「クジラ肉裁判」敗訴 地裁判決の問題点」

 「永六輔[放送タレント]×矢崎泰久[元『話の特集』編集長]のぢぢ放談/第16回 リーダーなんて知らない!」(pp.130-137)。
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