575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

蔵の町そぞろ歩けば鱗雲  麗子

2018年10月31日 | Weblog

どこか不思議な魅力のある句です。
何回も読み返して、この句の調べの良さに気付きました。
蔵、そぞろ、鱗。この3つの言葉に秘められたR音。
これが句をそっと支えているような気がします。

俳句は詩。意味だけではなく、調べも大切なんですね。(遅足)

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美男なるシャバーニの背ナ秋淋し  等

2018年10月30日 | Weblog

名古屋の東山動物園のゴリラ・シャバーニ。
全国的に名を知られるようになったのは最近のこと。

シャバーニの写真がツイッターに投稿されたのを、
川崎フロンターレの大久保選手が公式ツイッターで紹介。
これがきっかけで「イケメン」ゴリラとして
名を知られるようになったといいます。

スマホもツイッターも知らない私には今一つ遠いお話でしたが、
たしかに見に来る人の数は増え、みな写真を撮っています。

それにしても、あの苦み走った顔がイケメンとは?
昔なら、男は黙って○○ビール!の三船敏郎かな?
三船敏郎に対する美男は中村錦之助だったけれど・・・
日本人の美意識も180度、変わったのでしょうか?(遅足)


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九九いつも「七」でつまずき鰯雲   郁子

2018年10月29日 | Weblog

両手を使いながら学ぶことが出来る足し算と引き算。
しかし掛け算と割り算は頭の中で仕事です。
飛躍的な思考が必要です。
でも学校では当たり前のように九九の勉強へ。
躓く子が出るのも当然ですね。

我が子も小学校5年生の時、分数で躓きました。
抽象的思考を必要とする算数。
子供にとって人生最初の関門かも知れません。 
上五の「いつも」が少し気になります。

  九九の子の「七」でつまずく鰯雲

           

  算術の少年しのび泣けり夏

西東三鬼の1936年年の作です。(遅足)
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野分来る庭に揚羽の二度三度  佐保子

2018年10月28日 | Weblog

南の海上には台風が。風も時々強く吹いてきます。
さきほどから庭に揚羽蝶の姿が・・・二度三度と。

「来る」という動詞が、「野分」にも、「揚羽」にも
かかって働いています。
なかなか技巧的な句ですね。
意味も分かりやすく良い句です。

今年は台風の上陸が多い年でした。災害も想定外の大きさ。
気候が温帯から亜熱帯へ。
俳句も、時代にあわせたものへと変っていくのでしょうか?
微妙な時代です・・・遅足
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父、竹中 皆ニの短歌から ~ 流氓 ( りゅうぼう ) ~ 竹中敬一

2018年10月27日 | Weblog


父は昭和45年、滋賀県東近江市の石塔寺を訪れた際 「 流氓 」と

題した歌を数首 詠んでいます。


  近江の国 蒲生郡に いにしへの 百済びとらは移り住みにき


  風霜に曝され たてる石の肌 大石塔のめぐりを歩む


  石塔は声なけれども然れども 過去流氓のいのちを伝ふ


  大いなる角の石もて造りたり 声なき石の流氓の声


私が滋賀県の蒲生 ( がもう ) 郡や神崎 ( かんざき ) 郡に百済からの

渡来人が移り住んだことを知ったのは、司馬遼太郎の 「 街道をゆく

~ 韓 ( から ) のくに紀行 ~ 」からでした。

古代の朝鮮半島では高句麗 ( こうくり )、新羅 ( しらぎ )、百済

( くだら )の三国が対立。660年、百済は新羅、唐の連合軍に敗れ、

滅亡する。

663年、倭 ( 日本 )と百済再興軍は白村江 ( はくすきのえ ) の海戦で、

新羅・唐の連合軍に大敗。 司馬遼太郎氏は

「 … 敗戦の現地日本軍は百済人たちを大量に亡命させるべく努力した。

さらには当時の天智政権は国をあげて かれら亡国の士民を受け容れる

べく国土を解放した。

日本歴史の誇るべき点がいくつかあるとすれば、この事例を第一等に

推すべきかもしれない。」と述べています。

百済からの亡命者の中には百済王子の末裔、鬼室集斯 ( きしつしゅうき )

という人物がいました。この一族が移り住んだという場所が石塔寺の

近くにあるというので行ってみることにしました。

東名高速道路八日市インターから30分位、車一台がやっと通れる農道

のような小道を鈴鹿山脈の方向へ行くと、鬼室 ( きしつ ) 神社の案内板

が出てきます。

この辺りは、地元の人に聞くと小野 ( この ) という集落で、水田に囲ま

れた小さな森が鬼室集斯を祀った神社でした。本殿裏に石の墳墓があり

ました。

「 日本書紀 」の天智天皇四年 ( 669 )に

「 鬼室集斯 等 男女七百餘人 還居 近江国蒲生郡 」とあります。

鬼室集斯は天智天皇の大津宮 ( おおつのみや ) で初代の今でいう文部

大臣を務めた後、小野の地で没したとされています。

鬼室神社の入口にはハングル文字の案内板もあり、父のいう " 流氓

( りゅうぼう ) "の跡が偲ばれます。ふと、父の歌が思い出されました。


  しづかにも季 ( とき ) の移るは 吹く風に日の光にもあはれあれども



写真は滋賀県蒲生郡日野町小野 ( この ) の鬼室神社 筆者 撮影

             

百済の人々は今で言えばAIの先進技術を身につけた人たち。
天智天皇としては願ってもないことだったのでしょうね。

のちに高句麗の人達も亡命してきましたが、こちらは関東に住んでいます。
微妙に政治的なものが反映しているのでしょうか? 遅足





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その中の闇に落ちたる虫ひとつ   遅足

2018年10月26日 | Weblog

この句は報告句ではなく観念句です。
虫時雨のなか、ふっと消えていく虫の声。
そんな虫もいるのでは?という句です。
一つの虫が闇に消えていった。それを闇に落ちた、と。

 そのなかのひとつの虫の闇へ落つ

これでは、あまりもそのまま。語順を変えてみました。

 その中の闇に落ちたる虫ひとつ

「その中の」と「虫」が離れて、意味が分かりにくくなっています。

 そのなかに闇の力や虫落つる

いまいちですね。「落ちる」を変えてみました。

 そのなかの闇に溺るる虫の声

まだまだ、言葉は動きそうです。



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見立ての世界   麗

2018年10月25日 | Weblog
先日、とても楽しい展覧会に行って来ました。

あのNHKの朝の連続ドラマ「ひよっこ」のオープニングを彩っていたミニチュア作家、田中達也さんの「MINIATURE LIFU 展」です。
ドラマのオープニングを毎朝、桑田さんの音楽とともに食い入るように見つめていました。
田中さんの作品は身近にある文房具や日用品を題材に見立てており単なるミニチュア作品ではありません。

そしてタイトルが思わずくすっと笑ってしまう洒落たものばかり。
写真のタイトルはパンを新幹線に見立てたその名も「新パン線」です。

会場内はカメラを手に作品を撮影する人でにぎわっていました。(撮影可なのです)写真が100点、実物の作品も30点展示されており、ほっこりできて、その手があったか!と脱帽すること間違いなしです。懐かしい「ひよっこ」の世界にも会えますよ。

1981年熊本生まれの田中さん、ネット上で毎日作品を発表しています。
この展覧会を見てから、身の回りの物が想像力ひとつで違った世界に見えることがわかり、多いに刺激を受けました。名古屋のテレビアホールで11月25日まで絶賛開催中です。ぜひご覧ください。
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「月光」弾く喜寿の手習い虫の声  千香子

2018年10月24日 | Weblog

齢をとってからピアノを習い始める。喜寿の手習い。
喜寿とは七十七歳。むかしなら十分にお年寄りですが、
現代社会では個人差が大きくまだまだ若々しい方も多くみえます。

指を動かすことは老化防止に効果があるそうです。
喜寿の手習いにはそうした作者の気持ちも込められているようです。

この句のウイーク・ポイントは、その中七。
喜寿の手習い、にあるのではないでしょうか?
もう少し映像が見えるようにする必要がありそうです。

たとえば、鍵盤に置く喜寿の指、としてみます。
手習いかどうかは分かりませんが、久しぶりにピアノに
触れる様子は伝わります。

問題は季語の虫の声と月光。両方は生かせません。
 
「月光」といっても初歩もあります。「月光」を使いたかった、と作者。

まず月光を季語として使ってみます。

 月光の鍵盤に置く喜寿の指

 月光の鍵盤を撫づ喜寿の指

虫の声を生かして

 喜寿の指鍵盤に置く虫の声

いずれも作者の意図からは遠く離れてしまったようですね。ごめんなさい。遅足


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憲法の生きてるとこに水をやる   丸山 進

2018年10月23日 | Weblog
私の尊敬する川柳作家・丸山さんの句集『アルバトロス』のなかの一句。
句集が発行されたのは10年以上前とか。

憲法さん、齢、70歳。まだまだ元気。死んでいませんよ。  遅足



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露けしや病を語る友の文  亜子

2018年10月22日 | Weblog

露けし、は秋の季語。露にぬれて、しっとりしている様を指します。
和歌では、涙がちであるという意味を込めて用いています。

俳句のお手本のような姿のよい句です。
季語の「露けし」が一句の空気を表しています。
中七、下五も、過不足のない良い表現です。
言葉も的確に選ばれています。

神はディールに宿る。そういう観点で読むとどうでしょう?
中七、下五の言葉、「病」「語る」「友」「文」が、
意味の伝達には適しているのですが、
読者の気持ちに引っかかるものが感じられません。

「友」の「病」はどんな状況なのか?
「語る」は必要でしょうか?
また「文」は?的確なコトバでしょうか?

  露けしや予後を伝える友の文字

季語の露けしや、は付きすぎでしょうか? 遅足

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俳句の神はディテールに宿る   遅足

2018年10月21日 | Weblog

 秋澄むや視力検査の円の切れ

先日の栴檀中央句会で特選に選ばれた句です。
(作者の名を失念してしまって申し訳ありません)

先生は下五の「円の切れ」を褒めてみえました。
言われてみて、そうだ!と気づきました。

写生句は単なる報告の句になる危険性があります。
これを脱出するヒントがありそうです。
たとえば、私の句。

  歯並びの鬼神のごとし柘榴笑む

鬼神のごとし、が抽象的。より具体的にして

  悪ガキの欠けたる前歯柘榴笑む

良し悪しは別にして、顔立ちのはっきりした句になったと思いますが。
どうかな?改悪かも。


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父、竹中 皆ニの短歌から ~ 石塔寺 ( せきとうじ ) ~竹中敬一

2018年10月20日 | Weblog


父の第3歌集「 しらぎの鐘 」( 昭和57年 ) の中に滋賀県東近江市

石塔にある石塔寺を訪れた時の歌が数首載っています。


 ゆく夏のアシヨカ王山 石塔寺 近江の国にわれは来りて


 石の肌 曝れたる大き石塔に 晩夏の光あかあかと差す


 丘の上の松にひとたび風吹きて それよりのちは絶ゆることなし


 大いなる四角の石を積み重ね 塔たてりけり沈黙の塔


石塔寺へ車で行く場合、名神高速道路の八日市インターから20分

近くで緑に包まれた所に出ると 、その標識が出てきます。

お寺の案内書によりますと、石塔はインドのアシヨカ王が仏教興隆

のため、世界中にたてた仏舎利塔の一つと伝えられています。

お寺で聞いたところ、158段の石段を登れば大きな石塔が見える

とのこと。私にはとても無理と思いつつも、手すりにつかまりながら、

急な石段をゆっくりゆっくり進みました。この日は私以外、誰も訪れ

る人もなく、いつの間にか平坦な丘の上に出ました。

その時、見たままを一首


 百五十八段を登りつめれば眼前に 石塔たてり 晩夏の光浴びて


大きな石塔を初めて見た印象は 、かって訪ねた新羅 ( しらぎ )の都

韓国慶州の南山に点在する石仏群や石塔に似ているということでした。

「 街道をゆく ~韓( から ) のくに紀行~ 」( 朝日文芸文庫 ) のなかで、

司馬遼太郎氏は、百済 ( くだら ) の都があった扶余 ( ふよ ) を訪れた

際に見た百済 ( ひゃくさい ) 塔に関して次のように述べています。

「 日本の近江蒲生郡は日本書紀によってわかるように渡来人がひらいた

土地だが、その蒲生郡に石塔寺 ( いしとうじ ) という寺があり、丘陵上

に石塔五重塔が立っている。この石塔五重塔も由緒が謎だが、瓜二つと

いっていいほごこの扶余の百濟塔と似ている。 」

石塔寺の石塔は三重塔で、司馬氏の勘違いだと思います。それほど、

両方の石塔が似ていたということでしょう。


石塔寺の近くに、百済の王子の末裔を祀る神社があるというので行って

みることにしました。(続く)

写真は滋賀県東近江市の石塔寺 筆者 撮影

           

随分むかしに行ったことを思いだしました。

変ったお寺だなという印象でしたが、そんな歴史があるんですね。(遅足)










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10月句会の結果です。  遅足

2018年10月19日 | Weblog
秋晴れの句会。難しい題詠をクリアーした亜子さんがトップ賞でした。

題詠「柘榴」

①実柘榴の人類初めて食べた日(狗子)千香子・遅足
②ざくろ揺れ旧事数えて軒端上ぐ(結宇)千香子・郁子・すみ
③祖母の指石榴つまめば艶かし(すみ)等・亜子・静荷・晴代
④七十余年味わい知らず柘榴の実(能登)狗子
⑤実柘榴やこっそりぬりし母の紅(晴代)能登・佐保子・遅足・等・亜子・静荷・麗子
⑥実柘榴や住む人の無き庭に熟れ(麗子)佐保子・狗子
⑦実柘榴や枝に短冊「とらないで」(等)
⑧はちきれて妖しく赤く柘榴かな(郁子)千香子。佐保子
⑨何事ぞ呵呵大笑の熟れ柘榴(亜子)能登・遅足・等・静荷・晴代・狗子・すみ・郁子・麗子
⑩歯並びの鬼神のごとし柘榴笑む(遅足)亜子・晴代・麗子
⑪閉ぢてゐる柘榴の口や鳥の嘴(はし)(佐保子)能登
⑫ざくろの木整地後もあり線路ぎわ(千香子)すみ
⑬柘榴裂ける白い歯に血を滲ませて(静荷)郁子

自由題

①「月光」弾く喜寿の手習い虫の声(千香子)
②露けしや病を語る友の文(亜子)静荷
③その中の闇に落ちたる虫ひとつ(遅足)佐保子・郁子
④野分来る庭に揚羽の二度三度(佐保子)千香子・晴代・狗子
⑤九九いつも「七」でつまずき鰯雲(郁子)遅足・等・狗子・すみ
⑥美男なるシャバーニの背ナ秋淋し(等)能登・亜子・静荷
⑦蔵の町そぞろ歩けば鱗雲(麗子)千香子・等・晴代
⑧冷やかや花びんに水の音そそぐ(晴代)佐保子・遅足・亜子・狗子・麗子
⑨白萩や波間の虻の八艘跳び(能登)遅足・亜子・郁子・すみ
⑩米びつを清め新米納めけり(すみ)能登・佐保子・静荷・晴代・麗子
⑪先駆けか金木犀に回り道(結宇)千香子・すみ
⑫長き夜の柱時計の狂い打ち(狗子)等・郁子・麗子
⑬秋入日帰校児童の大荷物(静荷)能登

次回は11月21日(水)午後1時20分~芸文12階会議室Cです。
お題は「冬はじめ」です。
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石榴句会   麗

2018年10月18日 | Weblog
昨日は6名の参加でちょっぴり淋しい句会でした。遅足さんの事故から一ヶ月。句会にはまだ参加できませんでしたが、終わってからお電話したらとてもお元気そうなお声で安心しました。来月にはお元気な姿を見られそうです。

それでは石榴句会の一言講評です。なかなか難しいお題でした。

題詠「柘榴」

①実柘榴の人類初めて食べた日

ウニやなまこのように初めて石榴を食べた人の勇気をたたえました。縄文人でしょうか?下5の字足らずがもったいないかな?

②ざくろ揺れ旧事数えて軒端上ぐ

どんな旧事を思い出されたのでしょうか?今や軒端が死語になっていますが、七夕の歌にはちゃんと出てきてますよね?

③祖母の指石榴つまめば艶かし

祖母の指。働き者のごつごつした指か、あるいは白いきれいな指か?ルビーのようなつややかな石榴をつまむ祖母の細やかな指使いが艶めかしいです。

④七十余年味わい知らず柘榴の実

酸っぱくてそんなにおいしいものではないという声多数。私も実は食べたことがありません。

⑤実柘榴やこっそりぬりし母の紅

母の留守に鏡台の引き出しから取り出してぬってみた口紅。少女ならではの思い出。その赤さと石榴の赤がよくマッチします。作者は弟さんの口にもぬってお母さんにばれたとか!

⑥実柘榴や住む人の無き庭に熟れ

廃屋になった屋敷の庭に、石榴が実っていました。人も家も変わるけど石榴の生命力はそのままです。

⑦実柘榴や枝に短冊「とらないで」

実景でしょうか?

⑧はちきれて妖しく赤く柘榴かな

中七の表現に一考をという声がありました。

⑨何事ぞ呵呵大笑の熟れ柘榴

満場一致でトップ賞!「呵々大笑」という表現をつかったところがいかにも石榴らしい。「何事ぞ」もパンチがあり効いています。作者は植物図鑑を見てこの一句を作られたとか!!まさに大賞です。

⑩歯並びの鬼神のごとし柘榴笑む

こちらはより具体的に「歯並びの鬼神」と石榴を表現しました。鬼子母神ととった方もおられました。

⑪閉ぢてゐる柘榴の口や鳥の嘴(はし)

確かにくちばしのようですね。

⑫ざくろの木整地後もあり線路ぎわ

わざと残したのでしょうか?なざか切り倒せない存在感。

⑬柘榴裂ける白い歯に血を滲ませて
どこか不気味な果実の石榴。「血を滲ませて」が、これまた子供を食べた鬼子母神のようです。

いかがでしたでしょうか?
その形容がちょっとおどろおどろしい石榴の実。血を連想させる不気味さもありましたが、更年期の女性には効くそうです(笑)

次回は11月21日(水)午後13時20分~芸文12階会議室Cです。
お題は「冬はじめ」です。もう冬支度が始まりますね。皆元気にお会いしましょう!麗子

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柘榴句会の投句が集まりました。  遅足

2018年10月17日 | Weblog
我が家の近くで一軒だけ柘榴の木のある家があります。
今年は天候不順のせいか実が少なく例年の半分以下です。
鴉も知らんぷりです。
さて今日の句会では、どの句に風が集まるのでしょうか?


題詠「柘榴」

①実柘榴の人類初めて食べた日
②ざくろ揺れ旧事数えて軒端上ぐ
③祖母の指石榴つまめば艶かし
④七十余年味わい知らず柘榴の実
⑤実柘榴やこっそりぬりし母の紅
⑥実柘榴や住む人の無き庭に熟れ
⑦実柘榴や枝に短冊「とらないで」
⑧はちきれて妖しく赤く柘榴かな
⑨何事ぞ呵呵大笑の熟れ柘榴
⑩歯並びの鬼神のごとし柘榴笑む
⑪閉ぢてゐる柘榴の口や鳥の嘴(はし)
⑫ざくろの木整地後もあり線路ぎわ
⑬柘榴裂ける白い歯に血を滲ませて

自由題

①「月光」弾く喜寿の手習い虫の声
②露けしや病を語る友の文
③その中の闇に落ちたる虫ひとつ
④野分来る庭に揚羽の二度三度
⑤九九いつも「七」でつまずき鰯雲
⑥美男なるシャバーニの背ナ秋淋し
⑦蔵の町そぞろ歩けば鱗雲
⑧冷やかや花びんに水の音そそぐ
⑨白萩や波間の虻の八艘跳び
⑩米びつを清め新米納めけり
⑪先駆けか金木犀に回り道
⑫長き夜の柱時計の狂い打ち
⑬秋入日帰校児童の大荷物

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