百島ファンクラブ 百会倶楽部 百々物語

100% pure モノクロの故郷に、百彩の花が咲いて、朝に夕に、日に月に、涼やかな雨風が吹いて、彩り豊かな光景が甦る。

百度旋廻。

2019年01月29日 | 百伝。

適量の酒でも、それが健康となる百薬の長とは限りません。

薬(クスリ)を後ろから読むと、リスク(危険)だとか。

医療現場での基本の話。

寝たきりの胃瘻の方、鼻注の方々は、栄養摂取後の30分間は、右側体位の姿勢となります。

心臓に負担をかけないように、身体の右側を下にして寝ます。

この10年間、ぼくも、それを固く信じて、食後は勿論、寝ている時も殆ど右側体位で横たわっていました。

そして、どうなったかと言うと、耳鳴り、眩暈が、増えました。

ストレス、老化現象、薬による血圧コントロール等々、いろいろ要因もあるかもしれません。

ただ、同じ姿勢、向きを維持していると、耳の中の三半規管、耳石器の位置もズレてしまうようです。

おまけに最近は、心臓の負担よりも、胃や腸の負担を重視しているのかな?

・・・右側よりも、左側。

「左側体位の薦め」が幅を利かせています。

脳梗塞、心筋梗塞の予防にもなるのかな?

確かに、たいていの脳梗塞で倒れる方は、間違いなくタバコと酒を飲まれています。

クスリの副作用も、リスクを伴うと言いますが、何がどうなって副作用を伴うのか素人には判りません。

ぼくの個人的な感覚ですが、寝ている間の姿勢(体位)は、とても重要な健康方法の一つに映ります。

とにもかくも、右、左、バランスよく、身体を百度旋廻させましょう。


両輪操業。

2019年01月28日 | 百伝。

雪積る寒い冬は、百島が恋しくなります。

でも、北陸を案内するならば、雪景色の時季が一番好いかもしれません。

共感という言葉の感覚。

・・・気を引き締めないとね。

生きている途中で、誰と知り合い、誰と同じ時間を過すか。

それによって、運命は自ずと決められてしまいます。

去年まで、10年以上、逝くのが間近い高齢者を見守っていました。

今年に入って、老いゆく高齢者の皆さんを見守っています。

ホテルのような施設のロビーで、同じテーブルに坐って、会話をすると同じ立場で共感することが多々あります。

受け身のままで、物事を考えてしまいます。

「次の楽しみは、何が食べられるのか? 何が飲めるのか? 何をしてくれるのか? 誰か面白いことを言ってくれるのか?」

とにかく、期待だらけの時間が、高齢者の頭の中で、ゆっくりと流れています。

共感感覚です。

自分では、何もしたくない、何も決められない・・・まさしく高齢者の認知の始まりが垣間見えます。

人間は起立して歩かないと、自立とは、そういうものだと教えられる日々です。

坐るのは、心を落ち着かせるため。

寝るのは、身を休めるため。

禅問答ではありません。

介護業界も、国からの補助がないと、施設経営も厳しいというのが事実。

・・・ほんとうかな?

これに共感すると、自転車操業に巻き込まれます。

自転車を長く全力で漕ぐ人生の余力は、ありません。

介護の現状の世界を、単純に学びたい、自分たちの再生のために。

春になれば、バイクに乗りたいものです。

身体と心は、自分の両輪。

バランスよく操業しないと、人生の終わりが、想いとは程遠いゴールになってしまいます。 

リラックスという癒しの時間。

ストレッチという励みの時間。

リハビリという再生への両輪操業です。


勘当から生まれた感動。

2019年01月27日 | 空木宝剣

初雪や 大坂なおみ 世界一

広島市内に、平成最後の初雪。

南半球のメルボルンは、40℃ほどの炎天下との事。

17時半からの、全豪オープンテニス女子決勝戦。

日本の大坂なおみが、見事チェコのクビトバを抑えて優勝。

3セットのフルセットまで、もつれ込んだが、応援する立場からしても、「この二人は、決勝の大舞台を、一分一秒
でも長く楽しんでいるんだ。」と思えたりした。

ホワイトアウトの北海道は、根室。

大坂の祖父は、娘が、異邦ハイチの彼氏を連れて来た際には、勘当したと聞く。

その時は、まさかわが娘が、世界一のテニスプレーヤーを孕むとは、想像だにしなかった事だろう。

優勝賞金3億3000万円。

現金は元気を生む。

きっと今、大坂なおみのおじいちゃんは、勘当ではなく、日々感動しているに違いない。


御百度巡り。

2019年01月25日 | 千伝。

今日は、寒かったです。

駅前にある図書館まで行くと、こんな告知がされていました。

家の暖房の電源を切って、暖かい公共の場所へ行こうという「ウォーム・シェア」というもの。

ぼく個人としては、寒い日は、お家で過ごしたいものです。

最近、炬燵の無い家庭が増えたとか・・・楽しい居場所探しも大変です。

図書館やら病院やら公共の場所には、毎日、年金生活者やら老後の高齢者でいっぱいです。

自治体も、いろいろと対策を考えているのでしょう。

こんな企画も持ち出してきました。

地球温暖化防止祈願・・・エコ御百度巡り。

百ケ所を巡ってスタンプを集めると、何かよいこともあるのでしょう。

今日のニュース、昨年一年間の日本の自殺者が、昨年に較べて、また減少したとのこと。

とても、善いことです。

それでも、年間2万人を超えているのは、悲しい日本社会の現実。

・・・さて。

最近、50歳以下の方は、老後に備えて「稼ぐ力」を身に付けなさいという社会論評もあります。

日本という国・社会の近未来の年金支給に対する不安への風潮なり、その対策を自ら講じなさいということなのでしょう。

老後は、「それなりの年金が支給される」という確信のある北欧なり、南欧なりの国民は、それほど老後に備えた貯蓄をしません。

自由の国の象徴だったUSAの「アメリカ・ファースト」という保護経済政策。

中国4千年の歴史、その間一度も選挙もしたことがない中国、共産党ファーストの「一路一帯」という自由経済政策。

ましてや、日本の経済政策は?

TPPやら自由貿易の促進、市場開放政策、企業の市場のシェアの奪い合い。

はたまた、世界の地球温暖化防止祈願という「エコ」とは・・・何ぞや?

年金は、英語で「ペンション」と言います。

小さな宿屋の語源は、老後の生活者が経営していたからという意味合いです。

最近、ぼくは、声を大にして言いたいことがあります。

地球老人年金化促進祈願という世界民間ペンション機構のような、「地球人の老後を安心して暮らせる世界の年金保障統一」を世界各国に訴えたい。

夏休みを1ケ月も2ケ月も取得するイタリア生活・・・そこに難民が殺到するのは、何故だ?

・・・そこに豊かな平和社会があるからです。

北欧のスウエーデン、ノルウェイ、デンマーク、そして、フィンランド。

それに比べて、日本の国民生活は、堂々と世界一豊かな国と言えるのかな?

地球温暖化防止のエコ御百度巡りの祈願達成は、神の力でも、稼ぐ力でもなく、政治の力ではないでしょうか。

・・・世界中の油を浪費する飛行機を飛ばさない、世界中の軍隊の活動を中止にする等々。

このような声明宣言、荒唐無稽な運動展開の方が、平和活動に通じると思います。

地球老人年金化促進祈願という「エコ」は、ありえないです。


空福の時間。

2019年01月21日 | 千伝。

~今朝の日本経済新聞一面の記事から~

70歳を過ぎても働く意欲を持っている人が3割。働いている人に限定すると37%に上る。2017年の70歳以上就業率(15%)を上回り、高齢者就労を促進する政府の取り組みにあわせて労働参加が進みそうだ。一方で8割近くが老後に不安を感じている。社会保障の負担増や給付減に備え、長く働いて収入を確保しようとする様子がうかがえる。

今日一日だけ、久しぶりの無職という身分でした。

明日から、また新しい職場で働きます。

人生の中にある「時間」。

70歳まで働くのならば、もっと単純明快に考えないとね。

食べること、寝ることだけは、自然のままに、無理に我慢しない方がよいかもしれません。

健康維持は、空腹の時間に難しいことは考えない。

お腹が空いたならば、何か食べればいいのでしょう。

疲れたら、眠ればいいのでしょう。


韋駄天

2019年01月21日 | 空木宝剣

新春や ガラパゴスから スマホまで

今日は、第24回都道府県対抗男子駅伝。

神戸の、大地震の翌年から始まって24回目。
広島の平和公園と宮島を往復する、世界遺産コース。
平成最後の天皇杯は、福島県が優勝。

平成の時代は、バブルの崩壊やら、目を疑うような大震災や大津波に遭遇した。
映像のない時代には、はるか遠い出来事も、今や手のひらのスマホの中に、治まってしまう。
人間の能力が、全部外に出てしまって、いつの日か人間はカラッポに。

四本足から二本足に変えたことが、いわば、人類史においてガラ系からスマホへの、大転換だったと言える。
前足が手になってからは、人間は欲しいものは何でも手に入れようとして来た。

やがては、世界や宇宙までもと。
その勘違いは、神への冒瀆となる。

恐ろしや恐ろしや。

人は、何のために走るのか?

そこに道があるからではなく、
その手が招いた災いから逃げる為に、残された二本の足で走る。

というのが正解。


百円貯金。

2019年01月21日 | 百伝。

百島郵便局へ、毎日、百円を貯金しに行くのも、話題性もあるからいいなぁ。

今日のニュースから。

昭和生まれの20代も絶滅したという平成31年・・・早いもので、今年も、もう24分の1も過ぎました。

目が赤く腫れて、しばらくチカチカしていました。

最近、知り合った上海生まれの中国人。

30年前、日本人から「面倒を見るから」と言われて来日。

今では、その寝たきりになった日本人を面倒見ている甲斐甲斐しい方です。

中国事情には疎いですが、やたらに習近平国家主席を称えます。

中国とアメリカは、地球上の未来の覇権を争っているようですが、人間は、これから何を探求していくのかなぁ?

昨日で、日本の大学入試センター試験も日程終了。

よく分からない試験選抜のシステムだけど、若者も学力の差も、どんどんと拡大しているような気もします。

でも、AI(Artificial Intelligence人工知能)だとか、情報収集とか、ロボットだとか、そういう人工知能が発達して管理する未来社会であれば、どんな頭脳、知識、道徳観を備えればいいのかと考えてしまいます。

こんなことを言うと、誤解も語弊もあるかもしれませんが、介護の業界で働く若者の中に、今の日本の首相の名前を訊いても答えられない方もいます。

彼らの大学という感覚は、例えば、東大というのは、東京にある大学で、東洋大学も東海大学も東京大学も、すべて東大なのです。

それでも、不思議に高齢者から人気のある介護する若者もいます。

昨日付けで、10年以上所属した療養型病院での勤務を終えました。

考えてみると、毎月一人看取ったとしても、十年間ならば、百人以上お見送りをしたことになります。

家族を見ても、誰か分からない認知症のまま旅立たれた方も、朝方しっかり会話されていたのに夕方には、旅立たれた方もいました。

退院されたあと、介護殺人という悲しい事件もありました。

総じて、高齢者の時間は、止まっているかのように孤独です。

年金受給額の多い方は、延命治療されるケースも多々あります。

そういえば、ぼくの知人の中にも、親が亡くなって生活が苦しくなったという者も多くいます。

充実した豊かな時間を満喫したまま人生を終えるには、長寿社会では困難極まる至難の業です。

毎日、目が痛い、身体のどこかが痛い、起きれないのであれば、来る日も来る日も嫌になります。

意義ある人生にするには、しっかりした頭脳、体力、元氣がなければ出来ないのです。

つまり、生きがい?・・・動ける、働ける、頼りにされる、必要とされること?

若い頃に聴いた「チャゲ&飛鳥」という歌い手が、唄う歌詞に「これから 一緒に 誰かを殴りにいこうか~yayaya」というフレーズがあります。

この過激な暴力容認のような歌詞は問題なのでは?

・・・と誰でも思ったのでは?

殴りに行く者は、誰かに殴られたくない凶暴な弱者です。

だから、「喧嘩が弱くても、殴られたら、殴り返すぞ」という強硬な態度でないと、笑顔だけでは現実の反社会的弱者にも負けて、競争社会では生きていけません。

笑顔が武器となるのは、笑顔、笑顔、スマイル、スマイルで通用するマクドナルド効果。

売り手、買い手、上下関係、政治、経済、中国、アメリカ、社会、生活、宗教、地位、立場、名誉、財産。

棘のある言葉は、人を傷つけます。

愛のあるAIが必要です。

人を慰め、癒し、いたわる、励ます、優しい言葉です。

先日の地元のローカルニュースで、AI溢れる郵便局の取り組みが紹介されていました。

ご近所、地域の高齢者に「毎日、郵便局まで百円を貯金しに来ませんか?」と呼びかけです。

郵便局まで歩く、元氣な姿を確認できる・・・おまけに、10年間で30万円以上貯まるとのこと。 

生活が不便でも、何か、どこか羨ましい、微笑ましいと思えるような生き方をしたいものです。

毎日、百円貯金と貯筋に励みます。


銀色の道。

2019年01月20日 | 百伝。

小学5年生の頃かなぁ・・・学校帰り、泊堂の坂道を歩きながら当時流行っていたダークダックスの「銀色の道」を歌いながら帰宅していました。

多分、物心ついて日々が憂鬱で暗い気持ちだったのかもしれません。

と、思い出したのは、昨晩の深夜便ラジオを聴いていると「銀色の道」が流れていたから。

この歌詞は、もともと北海道の炭鉱にあった鉄道レールをイメージしたものだとか。

最近、米津玄師のLemon という歌が評判になっていますが、とても難しくて歌えません。

梶井基次郎の短編小説「檸檬」も・・・思い出すなぁ。

レモンは、手榴弾ではありません。

みかんの花が咲く道・・・ぼくにとっては、今でも百島の福田桟橋から泊堂に続く道こそが、「銀色の道」です。

当時の銀色は、シルバー世代の色ではなかったようですが、未来を予測したかのような色合いの歌です。

塚田茂作詞・宮川泰作曲

遠い遠い はるかな道は

冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとりひとり 今日もひとり
銀色の はるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが 頑張ろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
二人の星よ 照らしておくれ
近い近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道


1995年 1月17日KOBE

2019年01月17日 | 空木宝剣

忘れまじ 神戸こわした 大地震

一昨日の「ブリッジ」というドラマ。

1995年1月17日5時46分に起きた阪神淡路大震災を物語っていた。
破壊された六甲道駅。

ジャッキ工法で4月の開通までこぎつけた突貫工事。
予告なしに襲ってくる自然エネルギーの驚異にさらされて、翻弄される人間模様。

大災害時における、安全地帯とは何か?
鳥のように、飛んで逃げる事が不可能であれば、せめて鋼鉄の皮膚を纏まった、シェルター衣服を開発し、身の安全
はかるしかない。

日本列島は災害列島か。

それを払拭するには、生活環境のそこかしこに、安全地帯を備える必要があろう。
つまり、雨の日の傘、寒い日のマフラー、日差しの強い日のサングラスのように。
危険を感じたら、防空頭巾やヘルメット以外の何かを開発し、備える必要がある。

平成の次の年号の未来人は、きっとすばらしい安全防具を身につけて闊歩している事だろう。


福は、どこにもある。

2019年01月11日 | 百伝。

昨日、1月10日は、十日恵比寿。

今年の西宮恵比寿神社、恒例駆け足一番の福男は、福山の消防士さんでした。

若いって、いいね。

今年に入って、丸十日間、目も痛くて、鹿児島行きも取り止めたら、老後の予行演習のような全く予定の無い日々を過ごしていました。

老後の病で「毎日が日曜日」状態が、これでは憂鬱になるなぁ・・・というのが実感です。

体調を気遣いながら患いながら老いるというのは、ツライものです。

長生きするにも、楽しみがないとね。

夜明けが赤く染まった朝。

1月10日は、父の誕生日。

1月11日は、父の命日。

あの世から、リハビリ、リハビリ、リハビリという声が伝わってきます。

リラックスは、癒しの時間。

ストレッチは、励みの時間。

よく歩きました。

福は、どこにもある。


兼高かおる

2019年01月11日 | 空木宝剣

初釜や 若草ひかり 不昧公

お題は光。

不味はまずいが、不昧は暗くなく明るい。

光速は、真空で秒速30万km。

分速1800万km。

ねおよそ8分ちょっとで、約一億5000万かなたの太陽から、光が地球に届く。

不味三昧のものに光がさすと不昧となり、世界が拡がる。

今しか照らさぬ光が、過去を照らし未来を照らすには、どれ程の光が必要なことだろうか?

ニュースでは、「兼高かおる世界の旅」の兼高さんが、1月5日に亡くなったとの事。

90歳の生涯。

1959年から31年間、地球180周で150ケ国訪問。

世界の翼パンナムは、既に存在しないが、団塊が子供の頃の日曜日の朝に、世界の景色を提供してくれた。

地中海のクレタ島も、ボルドーのブドウ畑も、ベスビオ火山も、アスワンハイダムも、ケープタウンも、フロリダのキーウエストも、ユタ州の雲も、グランドキャニオンも、昭和30年代、テレビのブラウン管に、ガイドしてくれた兼高かおるさん。

果たして、あの昔の光景は、ピラミッドを登る兼高さんの白黒の映像は、新鮮ささえ感じさせる。

おそらく、兼高さんは、冥土ではなく、冥王星めざして羽ばたいたに違いない。

合掌


百をことほぐ。

2019年01月08日 | 百伝。

1月半ばまで、ほぼ毎日、休日。

その間、今週から鹿児島まで行く予定でしたが、家内も息子もインフルエンザもしくは風邪でダウン。

おまけに、今週は町内の掃除当番やら週末の新年会予定が入っていたので、独りブラブラと時間を過ごしています。

されど、楽しみは、たくさんあります。

明日は、大雪になると行くのも難しいかもしれないということで、今日、かなり山深い場所にある温泉場まで参りました。

「雪の華」の歌が似合う風景です。

そういえば、あの雪の華を歌ったのは鹿児島出身の歌手中島美嘉さん。

ここは、彼女の元旦那でバレーボール日本代表の清水選手の地元故郷です。

地元の高齢者施設の温泉のような雰囲気もありますが、とても、いいお湯でした。 

昨年末、転職のために、いろんな高齢者施設を見学させていただきましたが、今は医療ケア専用とか、リハビリを特化した老人専用のスポーツジムかと思うような施設もありました。

とにもかくも、安心して長生きする工夫、介護保険制度の範疇での高齢者を呼び込むために苦心惨憺している介護業界です。

昨日、菊の御紋、葵の御紋のある神社の初詣を終えたあとに、「江戸時代の老い」を企画していた橘曙覧記念文学館に参りました。

歌人橘曙覧自身も自分の老いと向き合った歌を幾つか残しています。

江戸時代の武士の退職というのは、「隠居届け」というかたちで、70歳を過ぎて許されたそうです。

それまでは、長く働けるまで昇進というのが美徳だったようです。

江戸時代の介護事情は、よく尽くした者に褒美を与えていたという記録も残っています。

必要とされるまでが、仕事人の華かなぁ。

橘曙覧の独楽吟52首。

統べて「たのしみは」で始まり、「時」で終わる形式で詠んだ和歌です。

人間味溢れる圧巻の歌い手です❗

享年57歳の橘曙覧が「互いに50歳まで生きたんだから、百歳まで生きよう」と詠んだ歌も残しています。

・・・胸に沁みます。

君と我 いそぢはかくて 経にきけり 

百のよはひも いざもろともに


大吉の兆。

2019年01月06日 | 百伝。

今日は、初詣巡り。

七つ八つぐらいの神社を巡るので、たいてい、どこかでのおみくじは、大吉となります。

今日は、二番目の神社で、大吉を引いたので、続きの初詣巡りは、明日へ。

昨日は、年賀状を書いて送りました。

年賀葉書って、1月11日まで販売しているということは、1月11日までに投函すればいいのかな?

時代は、変化しているもの。

今日からのNHK大河ドラマ「いだてん」・・・心も走ります。

よい「兆(きざし)」です。

ところで、健康となる兆しは、肥満体重の3パーセントダイエットが、効果的だとのこと。

病気の源は、肥満だとのこと。

その健康の源となる腸内の細菌は、百兆個ほど存在するとのこと。

その百兆個の細胞を活かすのが、よい健康法だということです。

桃は、貴重な食材だったのでしょう。

攻める健康法・・・満腹感よりも空腹感。

兆しを逃すのが、逃亡者。

兆しに挑むのが、挑戦者。

明日も、大吉の兆。 


平成31年 謹賀新年。

2019年01月05日 | 百伝。

あけましておめでとうございます。

遅くなりましたが、新年の挨拶ができるまでに体調が快復しました。

新たな年を迎えるにあたり、この拙なる小生のブログを訪問、読んでくださる皆様に、お礼を申し上げます。

よいお年をお迎えになりましたか?

このブログ、年々と訪問者が増え続けて、何も書いていないのに、一日200人を超えることもあります。

1日百人の訪問者数で大満足している管理人である小生、時々不可解な面持ちになります。

何はともあれ、感謝しております。

ありがとうございます。

昨年に引き続き、他愛のないことを綴ると思いますが、皆様の御蔭様で書く力を頂いています。

感謝。

大晦日と元旦は、この10年間ほとんど働いていましたが、とりあえず職務という責任の荷を降ろすことができました。

今月末から、気分一新、職場を変わることにしました。

さて、元旦の遅番仕事を終えて、2日の早朝に、やっと故郷に向かうことができました。

道中、東の空には、月も金の星も、微笑んでいました。

とは言うものの、尾道の百島ではなくて、兄の家で正月を過ごしている90歳となる母を訪ねて、広島市内まで。

我が家の血筋は、あまり長生きしない系統で、90歳となる母は、まさに「生きている奇跡」、いや「生きている化石」かなと思いながら、とりあえず元気な姿に安心しました。

家内も、午後から新幹線で来広、ホテルで合流。

広島の空は、青く、楽しい正月を過ごすことができました。

 

目の前が、ひろしま市立美術館、広島市立病院。

ところで、年末から、強膜炎、胸膜炎。

両目が腫れて、昨日まで、真っ赤な状態で痛くて仕方なかったのですが、やっと快復しつつあります。

はじめに、自分を介護しないとね!

高齢者の介護をするということは、自分の介護に繋がると思うので、もう少し、福祉の世界に踏み込むつもりで、新しい仕事に取り組みます。

・・・いやいや、違うな?

そうではなくて、働ける、動けるということだけで、感謝の一年にしたいものです。

一市民としての生活者の目線を大切にしたいものですね。

市役所に行って、市民が提出する申請書の不備やら不便さを、上から目線で冷たく言い放つような職員は、どうかな?

それと同じく、介護者と要介護者の関係、社会全体を含めた人間関係のストレスも、根源は同じようなものかもしれません。

目も顔も腫れて、この腫れ具合を打破。

晴れ晴れに変えたい一年にしたいものです。

今年も、心朗らかに、穏やかに、優しく、強い気持ちで、より多くの笑顔が溢れますように。


松前重義 (1901~1991)

2019年01月05日 | 空木宝剣

東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる

( 石川啄木 1886~1912)

啄木の生涯は短い。

たったの26年だが、没後106年にも名を遺す。

95回目の箱根駅伝。

参加46年にして東海大学初優勝。

さぞや、松前重義総長も喜んでおられるに相違ない。