百島百話 メルヘンと禅 百会倶楽部 百々物語

100% pure モノクロの故郷に、百彩の花が咲いて、朝に夕に、日に月に、涼やかな雨風が吹いて、彩り豊かな光景が甦る。

余生と余地。

2021年07月23日 | 千伝。

一昨日、約1年ぶりの百島まで日帰り。

ほんとうは、先週の母の卒哭忌(百日目)にあわせて帰省したかったのですが、生憎の大雨天候の為、一昨日の帰省に変更。

百島は、暑かったです。

それから誰もいない実家、寂寥感に溢れていました。

そして、今にもジャングル化した裏畑の巨大化した樹木に食べられてしまいそうな実家でした。

ご近所の京泉さんがドローンを飛ばしてくれて空中撮影した実家の写真を頂きました。感謝。

55年前、子供の頃は、僕の腰ぐらいの背丈が今や10メートルぐらいの樹高です。

樹木に呑み込まれそうな雰囲気。

このままでは、イケナイ、ダメだね❗

朝一で帰省、朝7時から夕方4時まで休みなく、ノコギリと手斧を使って、独りで伐採。

Before

After

・・まだまだです。

父が生前元気だった頃は、ちょくちょくと伐採、剪定をしていたのでしょう。

当時の泊堂の坂道を下った、10数年前の泊地区の風景です。

せめて、これぐらいにしておかないと、百島の風景、光景が見映えしません。

何年かかるか分かりませんが、更地にします。

現在の風景。

富山県の草刈り十字軍を真似て、百島伐採十文字隊を結成するのには、体重も落とさないとね❗

日本全国、空き家、放棄耕作地に覆い被さる地方の時代。

デジタル化する未来社会だけど、楽しみとなる余生ならぬ人生の余地も開墾しないとね❗


御殿山テラス。

2021年06月30日 | 千伝。

誰が名付けたのか?

百島北端に軍殿山。
百島南端に殿山。

中央に百島最高峰十文字山。

さらに上池(おかいけ)から眺めて十文字山を覆い隠すように聳えるのが、エイレッサン(山)・・・我々の世代よりも年長の方は、そう呼びます。

エイレッ山・・叡列山と書くのかな?

多分、西林寺の裏手の茶臼山からも道が通じているのかも知れません。

ルート全部合わせて、百島御殿山トレッキングコース、あるいは総称名として御殿山テラスと個人的に呼んでいます。


神様からのプレゼント。

2021年06月23日 | 千伝。

 

昨日の2度目のワクチン接種後、今日は風邪を引いたようなキツさ、関節痛、ダルくてムカムカと吐くような体調不良になりました。

おそらく感染すると、こんな症状になるのかな?

それに比べて、一緒に接種した高齢者、特に認知症の方は全く何事も無かったように平然として、ワクチン接種した事自体を忘れているのです。

つまり、ワクチン接種後の副反応の影響の大小は年齢年代ではなく、認知能力のレベル差ではないかと思うのです。

認知症で膵臓のガン患者さんがいて、食も細く週に数回点滴をしていますが、明るいのです。

自分自身がガン患者であることも、点滴したことも即忘れてしまうのです。

勿論、自分の身内も我が子のことも忘れています。

もしも、認知機能が正常ならば、周りはともかく、逆にご本人が背負う悲しみが大きくなるのではないかと、最近考えるようなりました。

認知症で、ガンが進行していない例も実際あるのです。

先人の賢者が言う「忘却力は、神様からのプレゼントだ」と言うのは、正解かも知れません。


同級生への想い。

2021年06月19日 | 千伝。

百島在住の同級生が亡くなったという知らせがあった。

本村地区の区長も務め、百島診療所での送迎車担当を勤めていた村上広喜君、早すぎるのではないか?

我々同級生が百島に帰省すれば、ナンダカンダと言っても心の拠り所となる存在が、広喜君でした。

百島の現状を誰よりも知り、我々同級生に伝えてくれていた広喜君。

年金支給年齢の65歳となる今年、我ら同級生の中には、百島へ生活軸を戻すつもりの人生計画を立てて、広喜君を大いに頼りにしていたはずです。

いづれは、百島の瀬戸内イチゴ、百島ふるさと農園、百島での地域活動を率いてくれると期待していたのに、残念の極みです。

子供の頃から、賢くて走るのが速くて真面目で、百島大好きで、百島生活を大事に愛していた同級生の村上広喜君のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

同級生であったことへの誇り、敬意、そして感謝。

広喜君、ありがとう❗

合掌


月命日と般若心経。

2021年06月04日 | 千伝。

今朝、目覚めると降りしきる雨。

先日の第1回目のワクチン接種後の翌日は左腕の痛み、その翌日は左腕が重く、昨日は左腕が少し痺れました。

ところで、二枚目俳優だった田村正和さんと渡哲也さんの共通の趣味は、独り焚き火でした。

今日は、母の2度目となる月命日。

母は、同じ日に他界した田村正和さんの事も、同じ日が誕生日だった渡哲也さんの事も知らないはず。

月命日に焚き火をしながら、それを伝えたくても行う場所がない、余程大きな屋敷内でないとね、焚き火は出来ません。

代わりに、ベランダで、防災用ランタンを点けました。

今まで買って食べた事もなかったけれども、最近、スーパーで思い出したかのようによく買ってしまうヤマザキの白あんパン・・母の好物でした。

美味しいです・・よく食べます。

最近、僕の好物となった白あんパン。

母の好物だった白あんパンとミニトマトを供え、それを食べながらコーヒーを飲みます。

ランタンの灯りで般若心経の独唱和。

全ての悩み事が、小さく見えてくる?

月命日が、感謝する日となりました。

和やかに事を始める・・・・笑顔でね🎵

ベランダで、ミニトマトでも栽培しようかなぁ。


ファーザー。

2021年05月24日 | 千伝。

映画「ファーザー」を観てきました。

この映画、役者も素晴らしく、その演技力に圧倒されます。

舞台はロンドンに暮らす認知症となった父親とその娘との心の交錯をスリリングに丁寧に描いています。

認知症を扱う日本映画ならば、どうしても介護苦による親殺し、親子心中まで突っ走る傾向が多々ありますが、英国人は、どうかな?

もっと、笑い、ペーソスがあってもよかったのでは?

日々、認知症の高齢者と接していると、その言動に驚く事も少なくなり、時系列ではなくバラバラの過去の時間軸に日々生きていることに気がつきます。

この映画「ファーザー」は、在宅介護から施設に入居するまでの認知症の世界観で映画は終わっていますが、認知症の方の現実人生は、まだまだ終わりません。

昔、英国の上流富裕層の老人ホームでボランティア活動していた頃を思い出しました。

ユダヤ系婦人が隣席のイングランド婦人に食事中に指で横腹をつねられたりするイジメ、入浴中には要介助の白人高齢者を黒人介護者による暴言、乱暴な介助、虐待行為が日常茶飯事だったのを思い出してしまいました。

今の英国社会では、白人介護者も増えたようです。

親が子を認知できないというのは、現状の施設環境の介護世界ではよくあり得る事、不安やら嘆く事があっても、未来を語る事も約束事が守れなくなるのが認知症です。

加えて、施設内では好き嫌いの激しい認知症の方と我慢強く協調性のある認知症ではない方との間でいざこざ、いさかい、イジメとなる場面もあります。

昨晩のNHK スベシャル番組「パンデミック 迫る介護崩壊」を観ていました。

日本の介護崩壊の危機の要因は、低賃金による人手不足、膨れ上がる国家予算の社会福祉分野だと伝えていました。

誠実な農民は、悪人の王子よりも価値があるように、勤勉に働いている介護者は、働かない政治家や批評家よりも価値があるのです。

・・・・声を大きくしないと、この格差社会は変わらないだろうなぁ。

さて、この映画「ファーザー」、医療介護に従事する皆さんは勿論の事、身内に要介護の認知症の方がいらっしゃる御家族の皆様にもお薦めの映画です。


百音に続く。

2021年05月16日 | 千伝。

20代の若い頃に、京都在住の演歌作詞者の方のお話(武勇伝)を聞く機会があった。

酒の席で無礼講となり、師匠?先輩?であった渋谷天外さんをボコボコにしたとか、そんな話だった。

渋谷天外という人物、名前は聞いた事はあるが、詳しくは存じ上げていないし、上方の大物喜劇役者だったぐらいしか知識がなかった。

ただ年長の大物役者を、無礼講とはいえ若い衆が酔った勢いで叩いたり蹴ったりするのは、よくないだろうと、その作詞家に対しての正義という嫌悪感が渦巻く感情を押し殺して傾聴した思い出がある。

あれから40年。

NHK 朝ドラ「おちょやん」の番組が終了した。

主人公のモデルは浪花千栄子さんの生涯。

時々、観たり観なかったりしていたが、ドラマ後半になって、気がついた事。

浪花千栄子さんは、渋谷天外と結婚しており、女癖の悪い渋谷天外に裏切られており、一時は役者業から離れていた。

そんな状況下で、役者復帰に大きく手助けしたのは、花菱アチャコさんの存在だったとの事。

それが無ければ、浪花千栄子という大物役者も埋もれた存在になっていたかもしれない。

花菱アチャコさん、福井県勝山市出身。

もう10年以上昔、療養型病院に入院されていた患者さんの一人に、花菱アチャコさんの従妹という女性がいて、年齢が99歳、とても面白く芸達者でよく笑わせてくれた。

手招きしては「ほんとうの事を教えてあげる。わたしは、はたち(二十歳)なんだよ」と呟くのである。

いつも文庫本を読んでいて、「小さな字も読めるんだ❗」と、感心していた。

ある日、文庫本を逆さまにして読んでいる姿を見てしまった。

それから数週間後、あの世に旅立ったが、今思えば、浪花千栄子さんと容姿が似ていたような気がする。

楽しい思い出に感謝。

合掌。

さて、明日からの朝ドラマは、「おかえりモネ」だとの事。

気仙沼の島育ちの百音、響きがいいね❗


花いちりん。

2021年05月11日 | 千伝。

昨日は、母の日。

花束ひとつ。

ああすれば、よかった❗

こうすれば、よかった❗

伝えきれなかった後悔という想いが、いっぱいある❗

花*花を通して、母と語る。

なでしこ(撫子)の花が咲いていた。

隣のくちなし(梔子)の花が咲くのは、間もなくだ。

母への気持ちとして、天に花一輪を捧げた。


五月一日。

2021年05月01日 | 千伝。

今日から5月。

22年前の5月1日の事は、よく覚えている。

しまなみ海道開通日、百島へ帰省した日。

あの日、皇太子御夫妻であった天皇皇后両陛下は、百島の対岸に御滞在されていた。

去年の5月1日の事は、覚えていない。

2年前の昨日は、平成最後の日。

2年前の今日は、令和最初の日。

でも、2年前の5月1日の事も、あまり覚えていない。

こうして、令和の時代を生きている。


人生というワクチン。

2021年04月28日 | 千伝。

6月にワクチン接種できる運びとなりました。

やっとです❗

日本製のワクチンが供給できていないというのが、そもそもの日本の問題なのでしょう。

日本の接種率の低さは、政策力の無さと比例しているのかもしれません。

かと言って、香港のように、欧米製のファイザー社ワクチンも、シノバックの中国製ワクチンも両方接種できる恵まれた環境にあるのにも関わらず、どちらかを選ぶのか、踏み絵のような状態となり接種率が低く停滞しているとの事です。

今年のアカデミー作品賞は「ノマドランド」が授賞しました。

車上生活が面白く楽しいというストーリー映画ではありませんが、「清く貧しく百々と美しい」という表現が似合う映画です。

自ら有人宇宙船を飛ばせていない日本。

自らワクチン製造も出来ていない日本。

科学技術の先進国と自負する日本のブランドは、どうなる事やら?

ノマド(遊牧民)のランドのように、日本は清く美しく貧しい国を目指すべきなのでしょうか。


百島の心棒、心の杖。

2021年04月26日 | 千伝。

富士山などの名だたる霊山には、六根清浄の杖を千円程度の売り物にしています。

七合目、八合目、頂上と上がる毎に、その杖に焼き印を入れる、更に千円ほど支払いますから、杖は商売繁盛のツールとして進化します。

さて今は、各地の地元民のボランティア有志の活動の一環でしょうか、小さな低山の登山口には、竹の杖を置いて利用して下さい、とあります。

百島も、十文字山、軍殿山の登山口に竹の杖を置く。

イノシシと遭遇しても、杖は心強い心棒に変わるでしょう。

一層のこと、福田桟橋に百島産の竹の杖を置いて、「百島散策に差し上げます。お使い下さい。百島土産にお持ち帰り下さい。」とすれば、案外より良い、楽しい百島宣伝となります。

もうひとつは、百島の対岸にある広島県有数のセレブホテル「ベラビスタ スパ&マリーナ 尾道」の客室から見える風景のメインは、百島です。

僕ならば、百島のポジションから「ベラビスタ スパ&マリーナ 尾道」 に滞在中の宿泊客の皆様に向けて、大きな文字盤のオブジェを設置します。

夜空を照らす電灯文字でも、いいかな?

・・・貴殿の存在価値は、何ですか?

65歳になれば、百島生活を計画していましたが、母の介護も必要無しとなり頓挫。

ただ、書き残したい事、書き遺さなければならないモノは盛り沢山あります。

百島の心棒作りは、同級生仲間の結束、心の杖が必要です。

存は在り、尊も有りますが、損は無いです。


News を漁る、掘る。

2021年04月25日 | 千伝。

今日から、東京、大阪、京都、兵庫は、緊急事態宣言発令。

昔、フランキー堺さん主演の「私は貝になりたい」というドラマがありました。

福井地方、昨日今日と鯖江サンドームにてジャニーズのNEWSのコンサートがあり、県内外からおよそ1万5000人が集まっているとの事。

昨夜は、福井市内で、鈴木雅之さんのコンサートもあったとの事。

とりわけ、大阪方面からNEWS ファン約3000人ほど来られているとか・・・しっかり対策をして福井を楽しんで帰宅してくださいね。

明日の個人的な楽しみは、福井県に初出店したアウトドア用品の販売大手「モンベル」に足を運ぶつもりです。

さて、元気なNews と元気にさせるNews は、同じようで違います。

種をまく前に、土を耕すでしょう。

その土を耕す前に、雑草を抜かないとね。

砂浜は、土を耕すように空気を入れないとね。

だから、貝(かい)を漁り続けないと、砂浜を掘らないと、貝は逃げて行きます。

潮干狩りは、出来なくなります。

「私は貝になりたくない」


天国への情愛。

2021年04月23日 | 千伝。

先程、NHK のテレビ番組で「今日の聖火リレー」を観ていました。

大分県速見郡日出町の尾畠春夫さん、やはり聖火リレー走者で参加されていました。

81歳の尾畠さんの言葉。

「今、いちばん伝えたいのは、天国のお母ちゃんに、春夫は元気で走っとるよ」、と言って涙をこぼしながら話されていました。

スーパーボランティアと言うよりも、人間としての感情的な上品な情愛を受け取りました。


アジア、大東亜圏。

2021年04月20日 | 千伝。

もし、日本政府が、ロシアのワクチンも中国ワクチンも購買すると発表すれば、世界は良い意味でも驚くだろうなぁ❗

案外、ミャンマーのクーデター問題の解決の糸口になるかもしれません。

加藤官房長官が、前厚生大臣だった頃は真面目な印象でしたが、満員の通勤電車にも乗った事がないという一般国民とかけ離れた素性は、菅内閣の短命を暗示意図するのかもしれません。

アメリカと中国の対立、覇権争いが続いています。

但し、気候変動に関わる地球温暖化対策には、米中両国は、協力するとの事。

日本は、日米同盟に基づいて、軍事、経済、何でもアメリカに追随する政治姿勢です。

ほんとうに、日本の未来は、これで正しいのかな?

考えてみてください。

ロシアを含めての大東亜圏、中国、韓国、台湾、そして日本。

世界の高度な精密機械製造の圧倒的なシェアを誇るのは、大東亜圏。

大東亜圏無しの地球の5G、6Gの未来のネットワーク世界は、成り立ちません。

欧米は、この事実をよく知っているのです。

大東亜圏が一体と成れば、地球の覇権を握る事ができます。

それを断じてさせてはならないのが、欧米の立場であり・・・アジア太平洋地域の平和安全を維持するというアメリカ側の日本は重要な防波堤なのです。

世界に貢献する公正公平、覇権ではないという共産党第一主義主張とは裏腹に、内政干渉はするなという中国の領土拡張、サイバー攻撃、北朝鮮の横柄ぶりな脅威、隣国人として嫌な感じです。

歴史上、日本は和寇の時代から何度大陸に侵略をしたのやら? 逆に島国の日本へ大陸の隣国から侵略されたのは、鎌倉時代の元寇のみ?・・・油断大敵、油断禁物です。

されど、今は平時。

電気が灯らない、水道蛇口から水がでない、交通網はストップ、移動は歩きか、小舟、馬牛、産業革命以前の時代となるのが有事災害。

だから昔は毎日が戦争準備やら防災訓練のような有事の日々だったのでしょう。

以前、批評家が「中国人として生まれた事がマイナスのスタート」だと酷いコメントをしていました。

じゃ、どこの国の何人として生まれたならば、よかったのかな?と訊きたい。

白人が黒人を、黒人が黄色人のアジア人を差別攻撃するアメリカ国内の社会現状。

中国の漢民族、共産党第一、都市戸籍と農村戸籍・・・公平公正な社会制度?

黄禍(イエローペリル)と言われた人権無視の時代があったのをワスレテハなりません。

中立平和(調和ハーモニー)こそが、百年先、千年先の道しるべかもしれません。


良心の自由。

2021年04月03日 | 千伝。

国家権力による国民を抑圧、まともな自由な選挙権もなく、職業も移住も制限するというのは、民主主義ではありません。

しかし、あるべき理想の民主主義国家では、いちばん無駄、整理縮小すべき職業は、政治を稼業とする必要としない多すぎる議員連中かもしれません。

今日は、今年のアカデミー作品賞の有力候補二作「ノマドランド」「ミナリ」を続け様に観て参りました。

一本目の「ノマドランド」・・・ノマドとは遊牧民の事。

現代風に言えばキャンプカーで生活してアメリカ国全土を旅する人(高齢者が多い)の人生観を独特の映画手法で描いていました。

主人公は、ホームレスではなく、ハウスレスという旅する生き方だと主張します。

例えば、クリスマス時季前には、あの巨大化したAmazonの出荷倉庫内で非正規日雇い労働者として生活費を稼いで、各地でバイトをしながらノマドとしての生活を維持しています。

生活基盤、精神基盤、家がある豊かさ、家がないという豊かさ、経済に頼る生活基盤、精神基盤・・・この映画には、悪人は登場しません。

アメリカの大自然を満喫していない都市生活を否定しているわけではありませんが、生き方を考えてしまう映画でした。

数年前の「LA ・LA・ランド」とは、Land and が対照的な好い映画でした。

2本目は「ミナリ」・・・1980年代、アメリカのアーカンソ州に移住して田畑を開墾して農業を目指す若い韓国系アメリカ人家族のストーリーです。

これまた田舎の農家暮らしと都市生活の対比が鮮明となります。

当時、毎年約3万人の韓国人がアメリカ全土に移民していたとの事。

あちらこちらで韓国人コミュニティが出現します。

そのネットワークで農業経営を成功させる姿を幼い息子に見せたい若い父親、一方、ソウルという都会育ちの母親は、アーカンソの片田舎の不安定な生活よりも、安定した経済生活を求めてカリフォルニアに移り暮らしたいと別れ話にもなります。

結末は、途中から一緒に暮らし始めた「口の悪い大雑把なおばぁちゃん(若い母親の母)」が、孫との関わりから重要な役割となります。

最後の映画シーンは、「すべてのおばぁちゃんに捧ぐ」でした。

昨年のアカデミー作品賞の韓国映画「パラサイト 半地下の家族」を違う意味で彷彿させる好い映画でした。

余談ですが、韓国人のエネルギッシュな思い出があります。

1980年代のニューヨークの街頭には、ワゴンセール用の台車に花を積んで、それを押しながら、花を売っていたアジア系の人間が街頭販売していました。

ひと花を買って会話をすると、韓国からアメリカに移住して来たとの事。

内心、こういった街頭販売で生活が成り立つのかなぁ?と同情気味で、韓国人と会話したのを思い出しました。

その後、10年後、20年後だったか、ニューヨークの花き市場のシェアをイタリア系アメリカ人から韓国系アメリカ人が奪取したという新聞記事を見つけました。

日米同盟を優先事項、アメリカに追随していれば、日本は未来永劫に安全策と考える政治家は、もっと日韓、日中の外交問題にも頭を回して欲しいものです。

言論の自由、表現の自由。

今日観た映画二作、良心の自由が備わっていました。