特待生と野球留学

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盛岡商に学べ?

2007年06月11日 | ブルータス

06-07年シーズンの高校サッカー日本一は盛岡商でした。05-06年シーズンの野洲高校に続いて公立高校の連覇です。

★高校サッカー選手権
【06-07年】優勝:盛岡商 準V:作陽 4強:神村学園、八千代
【05-06年】優勝:野洲 準V:鹿児島実 4強:遠野、多々良学園
【04-05年】優勝:鹿児島実 準V:市立船橋 4強:国見、星稜

実は、盛岡商は06年秋の高円宮杯では1回戦で星稜高校に1対8と大敗しています。

★高円宮杯全日本ユースサッカー選手権(U18)大会
【06年】優勝:滝川第二 準V:名古屋グランパス8ユース 4強:初芝橋本、ガンバ大阪ユース
【05年】優勝:東京ヴェルディユース 準V:コンサドーレ札幌ユース 4強:滝川第二、サンフレッチェ広島ユース
【04年】優勝:サンフレッチェ広島ユース 準V:ジュビロ磐田ユース 4強:鵬翔、鹿児島実

同年代のユースチームと高校チームが競う高円宮杯では、ここ数年ユース優勢が続いています。冬の国立で公立高校が連覇した背景には、有力選手がユースに流れている事情があるに違いありません。

さて、滝口氏の「記者の目」は5月16日付でした。5月24日に毎日新聞は再度、「記者の目」を特待生問題に費やしています。書いているのは盛岡支局の安田光高氏です。

■記者の目:発端の地から野球特待制度を考える(リンク先はGoogleのキャッシュ)

安田氏は「岩手県は高校野球の後進県だ」と言います。まあ、否定するのは難しいところです。07年春までの春夏通算は28勝76敗、戦後の春夏通算は19勝62敗、87~06年の20年間では6勝25敗、97~06年の10年間では2勝13敗、どの期間で区切っても勝率で46位です(→「いつか、テイクオフ」)。ブービー4冠?なのです。

安田氏は次のように書いています。

今年1月、東京の国立競技場で全国高校サッカー選手権大会を取材した。優勝した岩手県代表の盛岡商は冬場、雪でグラウンドが使えない。このハンディを克服し、県立高校が県内選手だけで戦って全国制覇した。

この冬は暖冬だったよなあと思いながら、意地悪な私は気象庁のWebサイトを調べてみました。06年12月、盛岡市で1センチ以上の降雪が観測されたのは5日ありました。たしかに12月17日の雪は痛かったかもしれませんが、すくなくとも大会直前に関しては「ハンディ」を強調するようなことでもなかったようです。

安田氏は続けます。

05年に夏の甲子園を取材した時のことだ。<略>花巻東は15年ぶりの出場。アルプススタンドは満席になると思っていた。しかし、空席が目立った。<略>04年のセンバツでは、岩手県から県立一関一が出場した。この時、スタンドは満席だった。「これが地元代表ということなのか」と思ったものだ。選手の構成が、純岩手県チームだからだったのかもしれない。

アルプスの話ですから、それはそのとおりだったのでしょう。04/03/24(水)14:52開始の第3試合は、拓大紅陵が一関一を6対0で降しました。この試合の観衆は1万5000人と発表されています。05/08/12(金)8:30開始の第1試合は、樟南が花巻東を13対4で退けました。 この試合の観衆は1万2000人です。

一関一も花巻東も平成19年度の募集人員は240名です。一関一は1898年創立ですが、花巻東は1956年の開校です。一関一は49年ぶりの出場でした。前回出場が1955年春です。花巻東はその翌年の開校なのです。こうした条件を無視して、単にアルプスの入りだけで、花巻東を引き合いに出すのは失礼な話です。 

だいたい、一関一は「21世紀枠」というお情けで出ただけの話ですが、花巻東はトーナメントを勝ち上がってきたのです。花巻東の05年夏のベンチ入り選手に県外中学出身は秋田の1人しかいません(花巻市は内陸部)。

04年春の一関一のキャッチャーは宮城県の中学出身者でした。「純岩手」ではありません。まあ、一関市は宮城県に隣接しています。一関一は昔から宮城からの越境入学を認めてきたはずです。「まず岩手が「留学」廃止を」と言うなら、そっちも禁止すべきでしょう。先に結論がある記事の見本のようなものです。