つぶやき、或は三文小説のやうな。

自由律俳句になりそうな、ならなそうな何かを綴ってみる。物置のような実験室。

愛について

2017-02-01 17:56:51 | 文もどき
暗い深い森の中を、女が裸足で逃げまどう。下生えを踏みしだき、汗を滲ませ、金色の髪は乱れてなびく。荒い息づかい、苦悶に眉を寄せて、そこは森閑として音もない。
暗転。明るいリビングのソファに、愛らしい子どもが飛びのる。母親は顔をあげて微笑み、愛児を抱きあげた。傍らにはページを閉じたミステリ小説。
世界のCM大賞にノミネートされた書店のコマーシャルフィルムがふるっていた。
二流小説家の主人公は読書を趣味にするやつは、現実逃避をしていると指摘した。熟れすぎた桃のような自らの内面を恥じ入りつつも、どこかでその甘美な世界に愛を捧げる愛読家のペシミズム。
読書家のほとんどは、書物にたいして複雑な感情を抱く。作品への賞賛や作家への憧憬または消沈、反発、驚き、哀しみ、エトセトラエトセトラ。自らの内側を焦がすように読み続けることもあるだろう。
それでも読書にイエスと言う。
我が手に愛読書を。
もしも世界から本が消えたなら。
…どうなるのだろう。たぶん、どうにもなりはしなくて、彼らは自らの内にある物語を紐解くだけなのである。願わくば。
処分目的に書棚の整理をしていて、愛煙家にこれだけの本にいくらかかったのだろうかと訝られた。もちろん覚えてなどいない。愛煙家の片手にいつも紫煙の香りがあるように、我々にはインクの匂いがあるだけだし、彼らが息をするように我々は本を読む。
本の数だけ世界があり、作品の数だけ人生がある。ページの数だけ我々は生まれ、生き、死んでゆく。他人の人生を愛撫する。
これらの愛もしくは愛情表現について、持ち前のペシミズムからも、我々は他者に声高に語ることはない。
もの言わず、ページをめくる。それだけのことだ。