つぶやき、或は三文小説のやうな。

自由律俳句になりそうな、ならなそうな何かを綴ってみる。物置のような実験室。

読書の風景

2019-04-15 12:38:10 | 文もどき
頁をめくるたび、ああ、始まってしまう。と思う。
見開きの右側に重みが乗ってくると、ああ、終わってしまう。と思う。
単語をひとつ、どこで見たのだっけと戻っていき、そこからまた頁をめくり始める。見開きの左側が頼もしく指を押してくれて、私はなんだか安心する。
降りる駅を乗りすごし、少しだけ肩をそびやかし、章末で本を閉じる。
人気のないプラットフォームを横切っていくとき、私の手の中には未練たらしく本がある。すきあらば、頁をめくれるように。

懐古主義的

2018-09-23 15:59:41 | 文もどき
胸が詰まる。

まだ学校に通っていた頃、転校生がやってきた。ベッドタウンだったが転校生は珍しいし、そのうえ帰国子女だった。
朝礼のために体育館へ移動するとき、ぽつねんと佇んでいるのを見て声をかけた。たぶん、月曜日は朝礼があって、とかなんとか。上ずった声で、つまらないことばかり懸命に話し続けたのだっけ。体育館に着いて整列させられたとき、その子と少し離れた。
ぴったり前後についていればよかったのに。
私は体育座りで友達と小声でおしゃべりをし、その子がどうしているか、気にもかけなかった。
朝礼が終わり、教室へ戻ると近くの席の子が言う。あの子のすぐ近くに並んだけど、話しかけなかった、と。転校生とは席が離れていて、移動教室へ行ってしまうと、私もその子のことを思い出さなかった。
次の日から、転校生は学校へ来なかった。
クラスのお母さんみたいな生徒が毎日家に電話したらしいが、本人は出なかったと。赤派だった担任はわざわざホームルームでそう述べ、ため息をついた。それだけだった。
私はたちまち後悔した。体育館で離れなければよかった。もっと、やさしく話しかければよかった。もっともっと、面白い話題を提供できればよかった。
あの日、あのとき、ぽつねんと立つあの子がどんな気持ちでいたのか、思いやれたらよかったのに。
私のせいで、あの子は学校に来られなくなったのかもしれない。
その答えを知るのが怖くて、私は転校生お家に電話することもできず、担任にその後の近況を聞くこともしなかった。
いま、目の前にあの時の私がいる。
彼女が謝りながら涙をこぼすのを見て、私がこちらを見ているのに気づいた。責め立てられるのではないかと怯えて、誰にも転校生のことを話せなかった私。俯いて、紺色の制服の膝に目を落として、時折上目遣いにこちらを恨めしげに見ている。
恨めしいのは私のほうだ。あのとき、全力で何かしていたら、そのあとはずっと後悔せずにいられたのに。どうしてあなたはそんなに意気地がないのか。昔からそうだ。逃げ回るばかりで。
ハッとした。制服姿の私は悔し涙をひと粒、膝に落とした。声もなく、わかっているよ、と伝えてきた。私だって、ずっと思っているのだから。
私は注意を静かに泣いている彼女に戻して、話を始めた。
辛い思いをしている人がいるのに、もっと早くに気づいていたのに、何もできなかった。声をかけて、話を聞いて、そうしていたら、苦しみから助けることができたかもしれないのに。
痛みや後悔をすることは悪いことじゃない。でも、悩み苦しんだ結果、その人が出した結論と、あなたは直接関係ないのだと。だから、あなたのせいじゃないし、そのことで苦しまなくていい。
そうでしょうか。
ポツリと彼女は言い、納得がいかない顔で俯いた。
私たちは物語の主人公じゃない、自分が誰かを変えたり、助けたりすることはそんなに簡単にうまくいくはずもない。できるんじゃないかと言うのは、自己陶酔というものだ。口には出さないで、代わりに先の言葉を繰り返した。
自分が納得していない言葉で相手を納得させられる訳もないのに。
でも、気がついたら紺色の制服は消えていて、彼女の頰にも笑みが浮かんだ。

遠くの子守唄

2018-09-13 19:56:40 | 文もどき
すべてのものごとに意味があるのだとしたら、きっとそれは価値のあることなんだろう。
すべてのものごとが起こりうるべくして起こるのなら、それが運命というものなんだろう。
もしもすべてのものごとに意味なんてなくて、ただ偶然に起きたのだとして、それがなんだというのだろう。
こぼれたミルクがコップに戻ることはないし、頭からパンツをちょうどよく履くことはできない。
手品のタネは見えないから楽しいのだし、涙はいつか乾く。
魚が空を飛ばないと言って嘆くことはないんだよ。
だから、リンゴが歌うからと驚くこともないわけだ。
さあ、おやすみ。できることなら、素敵な夢をごらん。

不調に関する考察

2018-08-14 18:14:44 | 文もどき
まるで深海にいるようだ。
深く、昏い、底すら見えないところで、ぐいぐいと圧がせまってくる。身を縮め、身体中の空気を抜いて隙間をなくし、小さく丸まって圧に堪える。
肺や空っぽの胃袋や息を抜く喉や耳管、筋肉、血管、細胞の中まであらゆる隙間を見つけて私の内側へと潜り込む。
小さく縮み、私は次第に柔らかさを失っていく。やわらかさとは、空気を孕んだ隙間を持つことなのだ。
およそ、元の体積を失って小さくなった私は密度を高め、かたくなっていく。頑なに縮こまり、余計な隙間は何もない。カチンコチンにかたまって、身動きも取れずただ底に転がる。
嵐の日、風や波やあらゆるものがふたたび私を巻き上げるときまで、それは、深く、昏く、私を締めあげてゆくのだ。

梅雨入りに

2018-06-08 18:21:29 | 文もどき
数学者曰く、嬉しく感じることは、今日もあの謎は解けぬであろうという期待である。
謎について存分に考えを巡らせることの出来るから一日の訪れを寿ぎ、朝を迎えるこたの喜ばしさについて教えてくれたのは、朝の掃除をしている最中のことだった。
思えば不思議な人であった。
爾来、解けぬ謎が齎らす快楽について折々思う。
其れは我が身に降りかかるその時まで、姿の見えぬ雨のようなものだ。