つぶやき、或は三文小説のやうな。

自由律俳句になりそうな、ならなそうな何かを綴ってみる。物置のような実験室。

懐古主義的

2018-09-23 15:59:41 | 文もどき
胸が詰まる。

まだ学校に通っていた頃、転校生がやってきた。ベッドタウンだったが転校生は珍しいし、そのうえ帰国子女だった。
朝礼のために体育館へ移動するとき、ぽつねんと佇んでいるのを見て声をかけた。たぶん、月曜日は朝礼があって、とかなんとか。上ずった声で、つまらないことばかり懸命に話し続けたのだっけ。体育館に着いて整列させられたとき、その子と少し離れた。
ぴったり前後についていればよかったのに。
私は体育座りで友達と小声でおしゃべりをし、その子がどうしているか、気にもかけなかった。
朝礼が終わり、教室へ戻ると近くの席の子が言う。あの子のすぐ近くに並んだけど、話しかけなかった、と。転校生とは席が離れていて、移動教室へ行ってしまうと、私もその子のことを思い出さなかった。
次の日から、転校生は学校へ来なかった。
クラスのお母さんみたいな生徒が毎日家に電話したらしいが、本人は出なかったと。赤派だった担任はわざわざホームルームでそう述べ、ため息をついた。それだけだった。
私はたちまち後悔した。体育館で離れなければよかった。もっと、やさしく話しかければよかった。もっともっと、面白い話題を提供できればよかった。
あの日、あのとき、ぽつねんと立つあの子がどんな気持ちでいたのか、思いやれたらよかったのに。
私のせいで、あの子は学校に来られなくなったのかもしれない。
その答えを知るのが怖くて、私は転校生お家に電話することもできず、担任にその後の近況を聞くこともしなかった。
いま、目の前にあの時の私がいる。
彼女が謝りながら涙をこぼすのを見て、私がこちらを見ているのに気づいた。責め立てられるのではないかと怯えて、誰にも転校生のことを話せなかった私。俯いて、紺色の制服の膝に目を落として、時折上目遣いにこちらを恨めしげに見ている。
恨めしいのは私のほうだ。あのとき、全力で何かしていたら、そのあとはずっと後悔せずにいられたのに。どうしてあなたはそんなに意気地がないのか。昔からそうだ。逃げ回るばかりで。
ハッとした。制服姿の私は悔し涙をひと粒、膝に落とした。声もなく、わかっているよ、と伝えてきた。私だって、ずっと思っているのだから。
私は注意を静かに泣いている彼女に戻して、話を始めた。
辛い思いをしている人がいるのに、もっと早くに気づいていたのに、何もできなかった。声をかけて、話を聞いて、そうしていたら、苦しみから助けることができたかもしれないのに。
痛みや後悔をすることは悪いことじゃない。でも、悩み苦しんだ結果、その人が出した結論と、あなたは直接関係ないのだと。だから、あなたのせいじゃないし、そのことで苦しまなくていい。
そうでしょうか。
ポツリと彼女は言い、納得がいかない顔で俯いた。
私たちは物語の主人公じゃない、自分が誰かを変えたり、助けたりすることはそんなに簡単にうまくいくはずもない。できるんじゃないかと言うのは、自己陶酔というものだ。口には出さないで、代わりに先の言葉を繰り返した。
自分が納得していない言葉で相手を納得させられる訳もないのに。
でも、気がついたら紺色の制服は消えていて、彼女の頰にも笑みが浮かんだ。