つぶやき、或は三文小説のやうな。

自由律俳句になりそうな、ならなそうな何かを綴ってみる。物置のような実験室。

今ふたたびの、荒野

2017-01-27 21:51:09 | 文もどき
間違い、あやまち、言葉はこの場合なんでもいいんだけど。ハプニング、とかアクシデント、とカタカナにすると日本語の場合は意味合いとしてマイルドかつライト風味になる。ツナ缶にあるような、ね。
なんの話だっけ。
そう、アクシデントが起きたんだ。人為的ミス、ヒューマンエラー? まあ、これだってなんでもいいんだ。で、じゃあ取り戻そうよってなったときにひとりが糾す。
その前に言うことあるよね?
日本人は礼儀正しくて慎み深いけれど、ちょっぴり小狡い。黙ってしおらしくしていたら、それでもう大丈夫、みたいな雰囲気を期待しちゃう。きみだってそうだろう? 僕は少なくともその気持ちはよくわかる。
結論から言えば、彼は勿論あやまったんだ。ごめんなさい、自分のせいですって。
この話はこれでおしまい。
そうだよ、みんなで取り戻す努力をして、ハッピーエンド。言わせるなよ。

長い方の後半をばっさり切ってみた。多少スッキリした気がするけど、たぶんスクロールが短くなっただけのことだ。
何か取り留めのないことをその時の気分で書き記そうとして、残るのはたいてい柴田元幸の訳書を読んでいることに気づく。
それってカーニヴァルみたいなもんかもしれない。レイディ・デスのようなとんでもないセクシーな脚の持ち主が踊るサンバなら、なお良し。あんただってきっとそう思うだろうよ、ミスタ・スロー・デス。
ハードボイルドになれないことは充分承知なんだけれど、チャールズ・ブコウスキにもやっぱりなれるはずもない。


パルプ/チャールズ・ブコウスキ:柴田元幸・訳(ちくま文庫)