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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

唐木田通り 34

2007-03-19 20:28:30 | 唐木田通り
身分を証明するものは出てこなかった。金銭には手をつけず身分を隠したかったのだから、怨恨による殺人なのだろうが、もっと山奥にでも隠せばよいものを何でこんなに発見されやすい場所を選んだのか、刑事達にはそこが第一の疑問点だった。
「発作的な犯行で、処置に困った揚句、公園に置いていったのでしょうか」
森川刑事が、先輩の杉橋刑事に聞いてきた。
「それは充分考えられるな、この頃はちょっとした事で親子でも殺しあう世の中だからな、それにしても車で1時間も行けば人目につかない所は沢山あるんだが」
そんな話をしている時、鑑識係から遺留品が見つかったとの報告がきた。
ネクタイピンで、右手に握られていたそうである。
「何かのメッセージでしょうか」
森川がまた質問してきた。
「それはどうかな、なにかのはずみという事も考えられる・・・これは銀製だな、おや、文字が彫ってある」
「ぎんれい、ですか」
「銀嶺、雪が銀色に輝く嶺か、なんだか水商売風だな」
杉橋はピンとくるものがあった。勘なんかに頼るな、と後輩達には常々教え込んでいるが、長い経験の中から自然に選り分ける、実際それも必要になる部分もある。
仏は東京か、関東から来ていると思われる。やはり東京から捜索願いの身元照会を
依頼しようと考えていた。
木曜日、由起子は所轄の警察に捜索願いを提出した。会社はとりあえず長期休暇扱いにしてくれたので、給料はいままで通り振り込まれる。
「由起子さん、こうなったら私はできるだけ早く岐阜に行こうと思っています」
良一は村瀬にメールを送っておいた。彼は何かを知っている気がする。
「そうね・・・今週待ってそれから決めましょうか」
土曜日になり、実家の母に今後の予定を話終わった直後、警察から電話があり、残念ながら岐阜の公園でご主人が発見されたので、至急確認に行って貰えないかと連絡してきた。
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唐木田通り 33

2007-03-18 15:54:41 | 唐木田通り
達彦の会社からも出社していないとの連絡があり、今回は有給休暇で全くの私用で取っている。
沢村が問い合わせたところ、井上は出社しているという。予定通りだとすれば先週の金曜から出社しているはずだが、確認はまだとれていない。
「私には出張だといって、やはり女性問題で出かけたのね」
「そうでしょう、今日は火曜だから明日でまる一週間になります」
沢村はいつ警察に連絡しましょうか、と由起子に言いそびれていた。
「そうね・・・木曜日になったら、私捜索願いを出そうと思うの」
「そうするしかないですね、それまでに連絡があるかも知れません」
由起子は、連絡はもう来ないだろうと感ずるものがあったが、向き合いたくなかった。

同じ日の早朝、岐阜公園を散策していた老夫婦が、つつじの植え込みの中に倒れている人を発見し警察に通報した。
早速警察官二人が駆けつけてみると、中年の男性で、鈍器のような物で後頭部を強打されており、それが致命傷になったようだ。年齢は40才前後にみえた。
財布には一万円札5枚と千円札3枚が入っていたが、銀行及びクレジット類のカード、免許証、身分証明書等は見当たらなかった。
スーツ、靴は日本のメーカーだが良い品物で、ネクタイはイタリア製、腕時計はスイス製のブランド物を身につけている。
「この仏さん、亡くなってから数日経っていますね」
若い方の刑事が近づいて調べている。
「うん、もうすぐ鑑識が来るからはっきりするだろう、それにしても土、日に発見されなかったとはな」
中年の先輩刑事が不審気な顔をしている。
「違う場所で殺されて夜中に運ばれたのかもしれませんよ」
「でもなあ、こんな暑い時期にどこに隠していたんだろう、どうみたって4,5日は過ぎているよ」
話している内に鑑識係が到着し、本格的な検証が始まった。



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唐木田通り 32

2007-03-12 05:20:12 | 唐木田通り
8月最終週の水曜日、達彦は二泊の予定で出張した。先週に引き続きまた岐阜行きである。仕事か私用か、或いはその両方で問題が出ているのだろうか。
「また行ったのですか」
良一は由起子からの連絡を受けて、すぐ村瀬の携帯に電話をしたが、マナーモードになっており、留守伝を入れておいた。
翌日昼近くになって、漸く村瀬からメールが届いた。

連絡遅れてすみません、接待の付き合いで遅くまで飲みすぎてしまい、今日になって気づきました。中谷さんからは何の連絡も来ていませんので、仕事の用事ではないのではないか、と思うのですが、来られたらすぐに電話します。沢村さんも今度はぜひ泊まり掛けでいらっしゃって下さい、お待ちしております。 村瀬

向こうの会社に顔を出していないという事は、やはり井上と向井に絡む問題なのだろう。
良一は達彦の会社に電話をして、井上に商談の為伺いたいと申し出たところ、2日間の休暇を取っているとの返答があった。やはり一緒なのだ、岐阜で何か起きているか、起きかけているのかもしれない。すぐにでも追いかけて行きたいのだが、9月になるまでは動きがとれなかった。
その日由起子と一緒に帰る為、新宿西口京王線側の、二人の待ち合わせ場所で時間を合わせた。
「良一さんは急ぐことないですよ、どうせ例の女性関係なんですから」
「それはそうですが・・・」
良一は余程もう一人の女性の存在を話してしまおうかと思ったが、我慢した。
翌日金曜の夜、達彦が帰ってくる予定だったが、土曜になっても帰ってこなかった。
由起子は以前もこういう事があったので、大して気にはしなかった。週末をいい人とゆっくりしていたいのか、きちんと清算するからやり直そうとあれ程言っていたのに、それとも話がこじれて長引いているのか。
そんな風に考えている内に日曜が終わり、月曜も何の連絡も来ず、帰ってこなかった。
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唐木田通り 31

2007-03-11 11:47:41 | 唐木田通り
「あの井上玲子なんですが、彼女は岐阜出身だったのです」
「また岐阜ですか」
「ええ、それで村瀬さんに電話をしたのですが、彼は井上の事は知らないと言っていました」
「偶然にしては何か不自然ね」
「私もそう思います、岐阜をもっと詳しく調べれば真相に近づけるでしょう」
良一は、向井智子の存在をいつ由起子に告げようか迷っていたが、井上が岐阜出身だと分かった段階でまだ言わない様にした。もしかしたら井上と向井に何らかの接点を見出せるかも知れない、解明してからにしようと考えていた。
「ところで良一さんの事ですけれど、ご家庭の方はどうなっているの?」
「家内はもう戻るつもりはなく、私がいまの家を出て、アパートを借りてでもいいから自分達だけの生活を始めてくれなければ、別れるしかないと言い張っています」
「そう、決意は固そうね・・・良一さんはどうするか纏まってきたの」
「いや、まだ、決めかねています」
「そうでしょうね、お子さんも居るし、まだ時間が掛かるわね」
由起子は自分の場合と違い、良一の家族の問題なので、良一が両親と別居さえすれば解決できるので、自分が邪魔をしなければ基に戻れるだろうと思っている。
雨は降りそうにないが曇ってきたので、唐木田通りを別所公園方向に向かって歩く事にした。
良一と知り会ってからまだ2ヶ月もたっていないのに、人生の大きな変化の波にもまれている、良一と会ったからこそうねりが大きくなったのだが、でもその為自分の気持ちに正直に取り組むきっかけを作ったともいえる。
「由起子さん、近じか僕はもう一度岐阜に行くつもりです、仕事の都合で9月になるかもしれませんが」
「そう、でもご家庭の問題もあるし、そちらを優先になさったら如何ですか」
「話は度々しています、時間を掛けて解決するしかないですから」
良一は由起子との時間を第一にしたかった。
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唐木田通り 30

2007-03-05 18:12:22 | 唐木田通り
由起子が住んでいる稲城の西隣りが若葉台で、よこやまの道が始まる多摩東公園から比較的近いので、土曜の朝、若葉台駅から公園に向かう事にした。
駅から多摩大学辺りまで上りきると一番見晴らしがよくなり、聖蹟桜ヶ丘方面まで下る道も度々歩いている。
岐阜に旅行して以来、良一が会うのを避けている気配があり、由起子は自分に都合の悪い話を聞いて隠しているのだろう、と推測していた。
達彦が何をしたとしても関心が薄くなっているので、驚くよりも呆れる方が強いだろうと思っている。
8月も終わりに近づいているが、今の日本は9月のお彼岸頃までは夏の延長になって来ている。
達彦は相変わらず出張が多く、ついこの間も岐阜に出かけていた。良一が会ってきた村瀬から連絡をもらっているので、行けば必ず分かる、最低でも月一回は行く様だ。やはりあそこが問題の根っこなのだ、事情を知らなくても感ずるものが有る。
この際達彦の後を着けてでも、現場に乗り込んで話をつけてしまおうかと考えていると、良一から、話があるので会いたいと連絡があった。
まだ早い時間なので昼には充分間に合う。唐木田駅で待ち合わせることにした。
駅を出てすぐ右に戻る形で、ハンバーガーショップを過ぎるとすぐ左側に小さなレストランがある。個人宅を改造して営業しているらしく、落ち着いたインテリアで、普段何気なく寄るのに最適だ。二人共香りの良いコーヒー付きのランチセットを頼んだ。
「急に呼び出してすいません、用事があったのではないのですか?」
「いいえ、朝早めに起きて、よこやまの道の出発点に行ってたのよ」
「歩くつもりだったのですか」
「そう、あなたと最初に出会ったのもよこやまの道でしたし、この頃会ってくれそうもないから、歩きながら考えてみようと思っていました」
「すいません、調べていたのです、一つ分かりました」
「悪い話?」
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唐木田通り 29

2007-01-10 04:20:02 | 唐木田通り
「お疲れ様でした、何か分かりましたか?」
由起子は早速聞いてきた。
「少しは分かりましたが、心配いりませんよ、あなたの身辺にはあまり影響はなさそうですから」
沢村は、達彦は極秘書類の単なる運び屋的な仕事を任されていただけで、問題が公になったとしてもあまり大きな制裁は受けないだろうと説明した。
「そうなの、よかった、勇み足で岐阜まで来てしまったわね」
「思ったより、いい結果でほっとしました」
「有難う、本当に」
そう言うと由起子は身を投げ出す様に沢村に寄りかかり、激しく唇を求めてきた。
心細さと安心感が積極的な行動を促したのだろうか。沢村は動揺した。
翌日、二人はロープウェイに乗り岐阜城に向かった。
斉藤道三、織田信長ゆかりの地と看板が建っているすぐ上にお城が見える。
お城の中には、本でよく見かける細面の信長の絵が掛けられていて、下を覗くと急な分だけ眺めがとてもよい。
金華山を囲むように長良川が流れ、野球場、競技場、ホテル等が見える。
「一望千里ね、ホテルがあんなに小さく見える」
「昔の人は生活物資をどうやって運んだのだろうね」
「そうね、きっと大仕事だったのに違いないわ」
この日も今年一番といえる暑さだったので、公園からホテルへ戻る予定にしていたが、由起子の提案で、昔の町並みを見る為寄り道をすることにした。沢村は後からついていったのだが、狭い川の近くに来て、住所を何気なくみた時はっと気づく事があった。村瀬から向井智子の住所を聞き出していたのだが、それがこの辺りなのである。
無論、すれ違ったとしても誰も顔を知らず、何も気にすることはないのだが、向井と彼女の小さな子供が手をつないで歩いているのでは、とつい周りを見渡してしまった。
「良一さん、何処を見ているの?」
由起子の問いかけも耳に入らなかった。


                  -第三部-


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唐木田通り 28

2007-01-06 10:08:03 | 唐木田通り
「その後から二人は付き合い始めたのですか」
「そうらしいのです、彼女、向井智子というのですが、それまで会社でも親戚の様な親しさで接してくれていたのが、急に避けるようになってきて、帰りに呼び出して問い詰めると、泣き出してしまいました」
年が一回り以上も違うのに、彼女から見ると都会的で、自分が近くで知っている男性達とは違う、何かあか抜けた感じがして、優しくて親切なところに惹かれていったと話し、東京にも呼ばれて何回か会いに行ったそうだ。
「それでもその向井さんは、東京で暮らす気にはならなかったのですか」
「その事も考えたらしいのですが、そうもいかなくなりまして」
「どうしてですか」
「ええ、それは・・・その、彼女にはいま3才になる男の子がいるんです」
「何ですって!それじゃ、その子は中谷氏の・・・」
「そういう事なんです」
中谷達彦という男は、他所に子供まで作っていたのか。
「本当なんですか、まだ信じられないが」
「誰にも打ち明けられず、中谷さんが気づいた時はもう5ヶ月目に入っていたそうで、認めるしかなかったのでしょう」
[それで村瀬さんが相談に乗ってあげていたのですね」
「向井さんは名古屋の実家には戻れず、東京にも知り合いが居ませんので、ここで住まいを探すしかなかったのです。何かあればご両親がすぐに来れる距離ですからね」
沢村は村瀬と別れた後、重い足取りでホテルに向かっていた。
これではとても由起子に話せそうにない。経理上の追求はあまり影響を受けなくて済みそうだが、私生活がこれ程の状況になっていたとは、想像を超えていた。
バスで長良橋の手前まで行き、橋を歩いて渡ってもホテルはすぐ左側にあり楽だ。
船着場や鵜飼いの銅像を近くに見ながら、長良川を渡って行く。織田信長もここを歩いたのだろうか、歴史の重みを感じながらホテルに入った。


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唐木田通り 27

2007-01-04 04:40:07 | 唐木田通り
「それで、現在でもその彼女とは続いているのですか」
「続いています、彼女はこの会社を辞めていますが、今でも岐阜に住んでいます・・・その住まい探しをしたのは私なんです」
「あなたが面倒をみたのですね」
「みるようになっていったのです」
いまだに続いているのは、抜き差しならぬ事態に陥っているという事なのか、それでも由起子にはやり直そうと何度も頼んでいるそうだが、矛盾だらけだ。
「いまでもこちらに執着しているというのは、彼女の為なんですか、東京に連れてきた方が会いやすい訳ですから」
「それはそうする方法もありますが・・・」
また村瀬の歯切れが悪くなってきた。
「何か彼女のご家族との問題でもあるのですか」
「いや、そういうことは特にないのですが」
考えがまとまらないのか、落ち着きがなくなり、混乱している様子もみえる。
「村瀬さん、今日も暑いし、ビールでも飲みませんか」
「はあ、そうですね、それがいいかな」
一息入れようと乾杯した。かなり飲めるらしく、すぐにコップ3杯飲み干した。
「沢村さん、本当は今日ゆっくり泊まって、夜は長良川鵜飼いを見て頂こうと予定していたんですよ」
夕方名古屋に戻るという事にしておいた。
「仕事の都合で残念なんですが、やはり岐阜は鵜飼いと、清流ですか」
「そうですね、刃物の町関市、古い町並みが残されている美濃市、そしてもっと北上すると、水の城下町郡上八幡があります」
「郡上八幡て、お盆には徹夜で踊り明かすあの郡上踊りの」
「そうです、楽しいですよ、見る踊りではなく、踊る踊りといわれ、皆で踊り明かすのです」
「その熱気も凄いんでしょうね、きっと」
少しアルコールが回り、舌も滑らかになってきた。
「彼女が入社した年の夏、私がお膳立てをして、部長代理と三人で郡上踊りに行ったのです、それが結局きっかけとなって・・・」
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唐木田通り 26

2007-01-01 14:00:25 | 唐木田通り
近くの喫茶店で話を聞くことにした。
「中谷部長代理とは、仕事上のお付き合いが一番多かったものですから、よく飲みにも連れて行って頂きました」
村瀬は達彦と同世代で2,3才年上らしいのだが、気が合うらしく達彦は来る度に彼を専属担当者扱いにしていたので、こちらの社長も商談や接待は任せっきりにしていた。それでも経理上の問題等は全く相談を受けた事が無かったので、営業面だけを託されていたのだと説明された。
「それで・・・仕事の話は大体これで全部なのですが、実は私的な件で頼まれるというか、そういう成り行きになっていった事がありまして」
話が急に進まなくなってきたので、問題点に近づいてきた様だ。
「決して誰にも話さないと約束します」
沢村が再度念を押したので、覚悟ができたらしく話出した。
「5年前に名古屋の短大を卒業して、うちの会社に入社したきた事務員が居たのですが、彼女は頭も良く、来客の応対も如才ないので、社長もとても気に入って、秘書兼接客用としての仕事を受け持たされていました。外見は特に美人という感じではないのですが、控えめで理知的な態度は誰にも好感を持たれ、部長代理も当然彼女を可愛がり、仕事が終わると私と彼女を誘ってよく食事や飲みに行ったものです。彼女は飲んでも普段と変らず、個人的にも控えめな美しさが滲み出ている様で、素敵な女性でした」
「その彼女と、中谷さんが道ならぬ仲になっていった、という事なんですか」
「そうです、私は自分の会社の後輩でもあり、何とか彼女に諦めさせようと、年齢にあった男性と見合いじみたこともさせてみたのですが、一途に走り出した彼女には効果がありませんでした」
沢村は、達彦という男が分からなくなってきた。
たぶん井上と付き合う以前から、若い世間知らずの女性にも手をだしていたなんて、由起子が知ったら・・・とても彼女に話せることではない。
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唐木田通り 25

2006-12-30 16:26:52 | 唐木田通り
古い町並みの前に立ち、小さな川を前にして、そびえ立つ岐阜城を見ていると、一、二世紀前と変らない景色の中に佇んでいる自分を感じ、由起子は寛いだ気分になっていた。
この辺り一帯は、まだ昔ながらの民家が残っていて、岐阜提灯を吊るせば観光写真になる様な生活空間がある。
沢村はMデパート仕入れ係の紹介状を持って達彦の関連会社を訪れていた。
「暑い中お越し頂き恐縮です、村瀬と申します」
差し出された名刺には営業課長と入っていた。
「沢村です、うっかりして名刺をきらせてしまってすいません、名古屋に用事があったものですから寄らせて貰いました」
Mデパートの食品売り場主任という事にしておいた。デパートの名前を出しただけで相手は平身低頭である。
「実は、村瀬さんには折り入って伺いたい事があります。決して口外はしませんので、教えて頂きたいのです」
沢村は遠まわしに会社の経理上の問題点はないか問いただしたが、彼は何も分からない様だった。
「私共の会社は中小企業ですので、経営者の一言で事は決まります」
村瀬の説明は的を得ていた。重要事項は経営者本人しか知らないだろう。
「いきなりこんな質問で気を悪くなさらないで下さい。私は中谷さんご夫婦と面識があり、奥さんとも何回かお会いしたことがあるのですが、この頃相談を受ける事が多くなり、心配していたものですから、ご主人に知られないように調べているところなんです」
「さようですか、会社の経営については本当に知らないのですが・・・どうしようかな」
「何か知っているのですか、なんでもいいですから聞かせて貰えませんか、決して誰にも話しませんから」
「分かりました、沢村さんとこうしてお会いできたのも縁でしょうから、ちょっと表に出ましょう」
この会社の事務所はTデパートのすぐ近くで、通りを西側に渡って行くと、夜で有名なあの柳ケ瀬がある。
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